アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも

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「だとしても、アストリウス様。お義姉様が懐妊なさっては、喩えお相手が貴方であっても不貞は不貞です。お義姉様のお立場は、かえって悪くなるのでは?」

「私が彼女を望んだと言ったら?」
「貴方様、それは真のことですの?」
「いやいや待て待て、勘違いは止してくれ。そうじゃない、義姉がそう主張したなら困るだろう。」

アウローラの胡乱な眼差しに、アストリウスばかりかフランクもジョージも慌てる。

アウローラは我慢強い。忍耐もあれば感情のコントロールもそれなりに出来る。
けれどもそれはアストリウスを除外しての話である。アストリウス関連では、アウローラは辛抱が利かない。

「アストリウス様。」
「...何だろう。」
「何故、貴方様がお義姉様を諭すことをなさらなかったのでしょうか。」
「...」

フランクとジョージが、それ見た事かと言う視線を投げ掛ける。当然だろう。そんな問題含みの女性を滞在させて、おまけに婚約者の方を遠ざけるだなんて。

「お義兄様がお帰りを促す前に、貴方様から領地へ帰るようにお進め出来なかったのですか?」

「しっぽを掴もうかと思ってだな。」
「は?」

ほらあ~と言う視線が侍女からも向けられる。

「それは真逆、お義姉様がハニートラップを仕掛けるのをお待ちになっていらしたと?」
「まあ、そうなるかな。いやいやいや、そうではない。その兆しが見えたらフランクもジョージも加勢する予定でだな、」
「は?」

アウローラがフランクを、それからジョージを見る。

「私はアウローラ様と同じ事を考えておりました。可及的速やかに領地へお戻り頂けるようにお話しすべきと。」

「フランク、お前、いつから裏切り者になったんだっ」

「いいえ、旦那様。ジョージとて同じ事を思っておりました。」

「裏切り者達め。」

ギリギリとアストリウスは歯軋りしそうなほどに歯を噛み締めている。

「アウローラ。誓って言う。私は君以外の女人に手は出さない。侮ってもらっては困るな。我が家は商会経営の家系だよ。約束事を反故にすることを良しとしない。だから君に約束する。私の妻は君だけだ。他の女性など有り得ない。」

「良くぞ申されました旦那様。」
「加勢を有難う。」

アストリウスの背後には、フランクがぴたりと控えて頷いている。扉の側で控えるジョージもまた、うんうん頷いている。

「貴方様を信じております。」
「そうか、信じてくれるか。」

八つも年上の男が、まだ学生の婚約者の顔色を窺っている。それが何だか可愛らしく思えてしまって、アウローラは思わず吹き出した。

「君、笑ったのか?」
「いいえ、くしゃみを抑えただけです。」
「いいや、笑った、私は見た。」

「ふふ、それでアストリウス様。お義姉様の件はそれで落ち着かれたのですか?」
「うむ。まあ、兄が文を寄越したからな。結局それで義姉は領地へ帰ったよ。」
「とてもお美しい御方でしたわね。」
「見目はそうかも知れないが、私はチョコレートが好きだな。」

シャルロッテは豊かな金髪が美しい女性であった。それをアストリウスは、アウローラの栗毛が好きだと言ってくれている。

「私は、宵闇が好きですわ。夜が極まって漆黒の暗闇にいると心が鎮まります。星空も冴えて美しいわ。」

黒髪も夜空を思わせる青い瞳も好ましく思っているのだと伝えてみる。

「邸に返したくないな。」
「なりません、旦那様。」
「解ってるよ。言っただけだろう。」
「胸の内がお口を通して漏れ出たのですよ。」
「仕方ないだろう。久しぶりに会えたんだ。」
「先日、舞踏会に行かれたばかりでしょう。それでジョージが風邪を引いたとか。」

軽快なお喋りに気持ちも軽くなる。あの好戦的な義姉が領地に帰った事で、アウローラは漸く安堵したのだった。


それからは比較的穏やかな日々であった。
学園も、最終学年はそろそろ自由登校になる。
ミネットとトーマスは、卒業式典を控えて生徒会活動に忙しそうであった。それでもトーマスは、学園の休みの日には父に帯同して外向きの執務を習い始めた。

ミネットはと言うと、母から執務を習うのは学年が上がってからと決めているらしく、休みの日には友人と過ごしている様であった。

母と過ごせるのもあと少し。母を助けられるのも、もう僅かな期間しかない。

「お母様。今度、観劇に行きませんか。前にアストリウス様に連れて行って頂いた演目がとても泣けましたの。」
「まあ。それは哀しい物語であったのかしら?」
「ええ。少し前に流行っていた小説が舞台化されたのですわ。」
「観劇なんてしばらく行ってなかったわね。」
「私、嫁ぐ前にお母様と二人で出掛けたいのです。私の我が儘を聞いて下さいますか?」
「貴女が我が儘を言う事なんて滅多に無いじゃない。勿論、良いわよ。早速チケットを手配させましょう。」

アウローラの我が儘に付き合うと言うていになったけれど、母は確かに柔らかな笑みを浮かべて執務のスケジュールを確認している。

母の笑顔が消えない様に、この先も母が笑えることを、アウローラは胸の内で一人願っている。



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