45 / 62
【45】
しおりを挟む
領地に到着してからの数日は、兎に角来客が絶えなかった。当主の縁談が王子の口添えから縁付いたものであったことから、アウローラに注目が集まるのも無理のないことと思われた。
以前参加した舞踏会で、既に顔を会わせていた貴族等も、二人が領地にいる事を聞き付けて態々挨拶に訪れたりで、それはとりも直さず義父母の面前で二人を新たな当主夫妻と認めて支える事を示すものであったのだろう。
領地には、侯爵家が経営する商会がある。それは王都の商会と比べれば小さな店舗であったが、ここがフェイラー侯爵家発祥の地で、この商会こそが貴族として商いに転身した際に建造した記念すべき第一号であった。
瀟洒な店構えは古き良き古の趣きがあり、アウローラはひと目でこの店舗が好きになった。ミネットほど流行に敏感ではないけれど、どちらかと言えばアウローラは王道をいくクラシカルなものを好ましく思っており、代を重ねて価値を増した建物は、街並みの美しさと合わせてアウローラの心を擽った。
「君の装いが御婦人等のお眼鏡にかなってね、商会でも南洋真珠の人気が高いんだよ。ここでも、ほら。」
アストリウスが指し示したのは、新年の舞踏会でアウローラが身につけた、淡い紅を帯びた薄桃色の南洋真珠の耳飾りであった。
「それから、あれも。」
それはアストリウスが婚約の記念に贈ってくれたものと同じ、グレーを帯びた黒蝶真珠であった。南洋真珠らしい照りが美しい
「まあ、これって...」
「君の名を頂戴した。」
「いつから?」
「ギャラリーに飾った日から。」
黒蝶真珠は、耳飾りに指輪に首飾りとシリーズになっており、『Lady Aシリーズ』と命名されていた。
「君の領地の硝子と併せたんだ。君の名を付けて当然だろう。」
アウローラが継承した男爵領の硝子細工の技術を、アストリウスは新たにシリーズ展開する目玉商品として活かしている。
今日のアウローラの装いも、勿論、『Lady Aシリーズ』の耳飾りで、大粒の黒蝶真珠の縁に同じく濃いグレーの小粒な硝子ビーズを編み込んで雛芥子に見立てたものであった。
アストリウスがアウローラの腰を抱いて店内を歩けば、それだけで、若き当主とその婚約者の姿をひと目見ようと通りまで人集りが出来た。
「漸く当主らしい事が出来た気分だ。アウローラ、君のお陰だ。」
「いいえ、貴方様の帰省を領民達は待っていたのですわ。侯爵家のルーツが領地にあると貴方がお示しになれば、きっと彼等はこれからもフェイラー侯爵家を領地と共に盛り立ててくれるでしょう。」
アウローラがそう言えば、アストリウスは照れくさげな笑みを見せた。
自身にはストイックなアストリウスである。歯の浮く褒め言葉には乗らない様に気をつけている。だが、アウローラの言葉に素直になれるのは、アウローラもまた次期当主として研鑽を重ねていたのを知っているからだろう。
早春の領地への帰省が、二人の門出の一幕となったのは間違いないと思われた。
予想外だったのは、
「シャルロッテ、何をしている?」
「あ、あなた、」
義姉がアストリウスを襲った事か。
正確に言うなら、深夜にアストリウスの寝室へ義姉が侵入した。だが、寝入っているアストリウスの横に身を滑らせたところで明かりが灯され、ランプを手にした義兄に現場を押さえられた。
そうして、危険を冒して侵入した寝台にアストリウスはおらず、代わりに侍従のジョージが横たわっていた事から、義姉はこれが自身を追い込むものであったのを悟った。
では、アストリウスはどこにいたかと言えば、それは可憐な婚約者の部屋に夜這いを掛けて、ぷるぷる震える侍女が掲げ持った箒に行く手を阻まれているところであった。
シャルロッテの行動を予期しての事であったから婚約者の部屋へ避難したのであって、決してアウローラに不埒な事をしようとしたのではないと、しれっと言うのは誰も信じなかった。
こうして家族が揃う邸の中で、義弟を襲うという破廉恥極まりない行為に及んだシャルロッテは、その晩のうちに生家へ早馬で文が出されて事の仔細が伝えられる事となった。
現行犯であったのと、夫がその発見者であったから、彼女に弁明は許されなかった。侯爵家の為に子を産みたかったと、最後まで主張したシャルロッテであったが、彼女の両親も兄も過失は娘にあると認めて、港湾の領地での商いに影響することなく、後日、義兄とシャルロッテの婚姻は離縁となった。
シャルロッテの騒動で有耶無耶にされたもう一つの襲撃事件は、後ほど侍女からジョージへ、ジョージからフランク始め家令や侍女頭へも報告された。
しかし、アウローラは知らない。彼等が何処かアストリウスの失敗を惜しんでいた事を。婚約者の乙女を奪う行為であったにも関わらず、彼等が主の目論見の成功をなんとなく、そこはかとなく願っていたのだとしたら..。
全然腕力の無い侍女とは、以前も『蜂蜜用意します』発言をしたあの侍女で、細腕をぷるぷるさせて、生まれたての仔鹿の様にふるふるぷるぷる震えながらアウローラを守り抜いた功績により、婚姻の際にはアウローラ付きの侍女となって輿入れに伴うこととなったのは、また別のお話し。
以前参加した舞踏会で、既に顔を会わせていた貴族等も、二人が領地にいる事を聞き付けて態々挨拶に訪れたりで、それはとりも直さず義父母の面前で二人を新たな当主夫妻と認めて支える事を示すものであったのだろう。
領地には、侯爵家が経営する商会がある。それは王都の商会と比べれば小さな店舗であったが、ここがフェイラー侯爵家発祥の地で、この商会こそが貴族として商いに転身した際に建造した記念すべき第一号であった。
瀟洒な店構えは古き良き古の趣きがあり、アウローラはひと目でこの店舗が好きになった。ミネットほど流行に敏感ではないけれど、どちらかと言えばアウローラは王道をいくクラシカルなものを好ましく思っており、代を重ねて価値を増した建物は、街並みの美しさと合わせてアウローラの心を擽った。
「君の装いが御婦人等のお眼鏡にかなってね、商会でも南洋真珠の人気が高いんだよ。ここでも、ほら。」
アストリウスが指し示したのは、新年の舞踏会でアウローラが身につけた、淡い紅を帯びた薄桃色の南洋真珠の耳飾りであった。
「それから、あれも。」
それはアストリウスが婚約の記念に贈ってくれたものと同じ、グレーを帯びた黒蝶真珠であった。南洋真珠らしい照りが美しい
「まあ、これって...」
「君の名を頂戴した。」
「いつから?」
「ギャラリーに飾った日から。」
黒蝶真珠は、耳飾りに指輪に首飾りとシリーズになっており、『Lady Aシリーズ』と命名されていた。
「君の領地の硝子と併せたんだ。君の名を付けて当然だろう。」
アウローラが継承した男爵領の硝子細工の技術を、アストリウスは新たにシリーズ展開する目玉商品として活かしている。
今日のアウローラの装いも、勿論、『Lady Aシリーズ』の耳飾りで、大粒の黒蝶真珠の縁に同じく濃いグレーの小粒な硝子ビーズを編み込んで雛芥子に見立てたものであった。
アストリウスがアウローラの腰を抱いて店内を歩けば、それだけで、若き当主とその婚約者の姿をひと目見ようと通りまで人集りが出来た。
「漸く当主らしい事が出来た気分だ。アウローラ、君のお陰だ。」
「いいえ、貴方様の帰省を領民達は待っていたのですわ。侯爵家のルーツが領地にあると貴方がお示しになれば、きっと彼等はこれからもフェイラー侯爵家を領地と共に盛り立ててくれるでしょう。」
アウローラがそう言えば、アストリウスは照れくさげな笑みを見せた。
自身にはストイックなアストリウスである。歯の浮く褒め言葉には乗らない様に気をつけている。だが、アウローラの言葉に素直になれるのは、アウローラもまた次期当主として研鑽を重ねていたのを知っているからだろう。
早春の領地への帰省が、二人の門出の一幕となったのは間違いないと思われた。
予想外だったのは、
「シャルロッテ、何をしている?」
「あ、あなた、」
義姉がアストリウスを襲った事か。
正確に言うなら、深夜にアストリウスの寝室へ義姉が侵入した。だが、寝入っているアストリウスの横に身を滑らせたところで明かりが灯され、ランプを手にした義兄に現場を押さえられた。
そうして、危険を冒して侵入した寝台にアストリウスはおらず、代わりに侍従のジョージが横たわっていた事から、義姉はこれが自身を追い込むものであったのを悟った。
では、アストリウスはどこにいたかと言えば、それは可憐な婚約者の部屋に夜這いを掛けて、ぷるぷる震える侍女が掲げ持った箒に行く手を阻まれているところであった。
シャルロッテの行動を予期しての事であったから婚約者の部屋へ避難したのであって、決してアウローラに不埒な事をしようとしたのではないと、しれっと言うのは誰も信じなかった。
こうして家族が揃う邸の中で、義弟を襲うという破廉恥極まりない行為に及んだシャルロッテは、その晩のうちに生家へ早馬で文が出されて事の仔細が伝えられる事となった。
現行犯であったのと、夫がその発見者であったから、彼女に弁明は許されなかった。侯爵家の為に子を産みたかったと、最後まで主張したシャルロッテであったが、彼女の両親も兄も過失は娘にあると認めて、港湾の領地での商いに影響することなく、後日、義兄とシャルロッテの婚姻は離縁となった。
シャルロッテの騒動で有耶無耶にされたもう一つの襲撃事件は、後ほど侍女からジョージへ、ジョージからフランク始め家令や侍女頭へも報告された。
しかし、アウローラは知らない。彼等が何処かアストリウスの失敗を惜しんでいた事を。婚約者の乙女を奪う行為であったにも関わらず、彼等が主の目論見の成功をなんとなく、そこはかとなく願っていたのだとしたら..。
全然腕力の無い侍女とは、以前も『蜂蜜用意します』発言をしたあの侍女で、細腕をぷるぷるさせて、生まれたての仔鹿の様にふるふるぷるぷる震えながらアウローラを守り抜いた功績により、婚姻の際にはアウローラ付きの侍女となって輿入れに伴うこととなったのは、また別のお話し。
6,960
あなたにおすすめの小説
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
愛されない花嫁はいなくなりました。
豆狸
恋愛
私には以前の記憶がありません。
侍女のジータと川遊びに行ったとき、はしゃぎ過ぎて船から落ちてしまい、水に流されているうちに岩で頭を打って記憶を失ってしまったのです。
……間抜け過ぎて自分が恥ずかしいです。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目の人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる