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エリザベスの望まれた婚姻
【7】
「リズ。」
放課後の図書室で、思い掛けない人物から声を掛けられた。
「...ヘンリー様」
「ん?本を読んでたの?」
「え?ええ。今日は課題が早く片付いたので。」
「それは、恋愛小説?リズは、そういうジャンルが好きなの?」
放課後に、図書室でヘンリーと会うのは久しぶりであった。学園でも邸でもヘンリーに会うことは無くなっていた。
「小説は何でも好きよ。恋愛小説も、推理小説も。」
悲恋は特に大好物とは言わないでおく。
「そうなんだ、意外だな。」
「ヘンリー様、何かご用でしたの?」
「あ、ああ。ねえ、リズ、なぜ先に登校を?何かあったのかと思って。いや、そうじゃない、君に謝罪しなければならないんだ。ごめん、君を一人で行かせてまでシャーロットを待つ必要なんて無かったのに。」
「それなら謝罪には及びません。私が勝手にそうしているだけですから。」
「なら昼食時には、君は誰と過ごしているんだ?」
「一人です。」
「そんな、何故一人で、」
「貴方はシャーロットと先に召し上がっていらっしゃると思っておりました。」
「シャーロットはテーブルに着くと直ぐに食事を始めてしまう。でも私は君が来るのを待っていた。確かに、つい一緒に食べ始めてしまう事はあった。それが君の気を悪くさせたなら謝るよ。」
エリザベスには、毎日学年の違うシャーロットと一緒にテーブルに着くことを、ヘンリーが疑問に思わない様子が疑問に思えた。それは二人がいつも何処かで待ち合わせて、一緒に食堂へ向かっていることを意味しているのに。
「謝罪など必要ありませんわ。もう、お待ち頂く事はございませんから、シャーロットと召し上がって下さい。」
「そうはいかないよ。」
「ヘンリー様、司書の方がこちらを気にしておられます。どうぞお座りになって。」
ヘンリーが、はっとして司書を振り返り、それから静かに向かい側に座った。
図書室であるから、長い会話は避けねばならない。先程から、司書がこちらをチラチラと気にしている。
エリザベスは、元から小さな声で話していたのだが、更に声音を抑えた。
「それから、リズ。君が最近劇場に通っていると聞いた。幾人からもそう聞いている。一体誰と一緒に行ってるんだ?」
ヘンリーは、今はシャーロットの送り迎えをしていない。シャーロットがいない二人の会話は、こんな風に続いていたのを思い出す。
「一人です。一人で行っております。」
「そんなことは無いだろう。観劇に令嬢が一人でなんて、」
「館内までは護衛も侍女もついております。」
「そんなのは当たり前だろう。それとも真逆、本当に観劇に一人で?」
「一人でも十分楽しめますわ。寧ろ一人だから誰に気兼ねすることもありません。」
「気兼ねとは、それは、私の事を言っているのだろうか。」
「なぜ、そう思われるのです?貴方は私の事をお気になさらずとも宜しいのです。これまで通りシャーロットとお過ごし下さい。」
「何故、シャーロットの名が出る、」
「いつもシャーロットとお過ごしですから。」
「シャーロットは君の妹だ。将来は私の義妹となる。幼い頃からの付き合いだからと距離が近かったのは反省している。最近の君はいつでも私に気を遣っていて、何処か距離を感じてしまって。私はシャーロットとは別に、「良いではありませんか。シャーロットとご一緒にいらっしゃって。私はそれで邪魔をしたりは致しません。」
「何故そんな事を言うんだ?君は私の婚約者だよ。」
「ヘンリー様、お聞きになっていらっしゃらないの?」
「何を?」
「真逆、本当に?」
リンド伯爵は、エリザベスがヘンリーとの婚姻の凍結を願い出たのを知らせていないのか。何故、登校を別々にしたのかも。もしかして、シャーロットの縁談が壊れた理由も知らないと言うのだろうか。
「シャーロットの縁談の事はご存知で?」
近くに他の生徒がいないのを確かめて、エリザベスは声を顰めて話す。
「あ、ああ、それは父から聞いた。申し訳無かったと反省しているんだ。君のお母上からは、謝罪は不要と言われたらしくて、シャーロットにも君のお母上にも直接お詫び出来ないのを心苦しく思っていた。今は、シャーロットとは登下校を別にしているし、昼食時も一緒ではない。」
「そうなのですか。」
「君にも、すまなかったと思っているんだ。そんなつもりは無かった。シャーロットは幼い頃から側にいたから、その、距離の近さを気にしていなかった。」
ヘンリーの言葉に偽りの響きは感じられなかった。確かに二人は学園に入学する以前から、近い距離で過ごしていた。だが、心も身体もいつまでも幼子ではない。この年齢になってからは、適切な距離を測れなくては、その資質を疑われても仕方の無いことである。
エリザベスは、向かいに座るヘンリーが気付かぬほどの小さな溜め息をついた。ヘンリーがリンド伯爵から伝えられていないのなら、エリザベスが伝えねばならない。
「ヘンリー様。貴方と私の婚姻は凍結されました。」
「な、なんだ、それは!そんな事は聞いていない!君は知っていたのか?!」
「お静かになさって、ヘンリー様。司書の方がこちらを見ているわ。」
「そんなのはどうでもいい、何故だ、何故そんな事になったんだ!」
ガタンと椅子を倒す勢いでヘンリーが立ち上がる。
行き成りの激昂に、エリザベスは慌ててしまった。
放課後の図書室で、思い掛けない人物から声を掛けられた。
「...ヘンリー様」
「ん?本を読んでたの?」
「え?ええ。今日は課題が早く片付いたので。」
「それは、恋愛小説?リズは、そういうジャンルが好きなの?」
放課後に、図書室でヘンリーと会うのは久しぶりであった。学園でも邸でもヘンリーに会うことは無くなっていた。
「小説は何でも好きよ。恋愛小説も、推理小説も。」
悲恋は特に大好物とは言わないでおく。
「そうなんだ、意外だな。」
「ヘンリー様、何かご用でしたの?」
「あ、ああ。ねえ、リズ、なぜ先に登校を?何かあったのかと思って。いや、そうじゃない、君に謝罪しなければならないんだ。ごめん、君を一人で行かせてまでシャーロットを待つ必要なんて無かったのに。」
「それなら謝罪には及びません。私が勝手にそうしているだけですから。」
「なら昼食時には、君は誰と過ごしているんだ?」
「一人です。」
「そんな、何故一人で、」
「貴方はシャーロットと先に召し上がっていらっしゃると思っておりました。」
「シャーロットはテーブルに着くと直ぐに食事を始めてしまう。でも私は君が来るのを待っていた。確かに、つい一緒に食べ始めてしまう事はあった。それが君の気を悪くさせたなら謝るよ。」
エリザベスには、毎日学年の違うシャーロットと一緒にテーブルに着くことを、ヘンリーが疑問に思わない様子が疑問に思えた。それは二人がいつも何処かで待ち合わせて、一緒に食堂へ向かっていることを意味しているのに。
「謝罪など必要ありませんわ。もう、お待ち頂く事はございませんから、シャーロットと召し上がって下さい。」
「そうはいかないよ。」
「ヘンリー様、司書の方がこちらを気にしておられます。どうぞお座りになって。」
ヘンリーが、はっとして司書を振り返り、それから静かに向かい側に座った。
図書室であるから、長い会話は避けねばならない。先程から、司書がこちらをチラチラと気にしている。
エリザベスは、元から小さな声で話していたのだが、更に声音を抑えた。
「それから、リズ。君が最近劇場に通っていると聞いた。幾人からもそう聞いている。一体誰と一緒に行ってるんだ?」
ヘンリーは、今はシャーロットの送り迎えをしていない。シャーロットがいない二人の会話は、こんな風に続いていたのを思い出す。
「一人です。一人で行っております。」
「そんなことは無いだろう。観劇に令嬢が一人でなんて、」
「館内までは護衛も侍女もついております。」
「そんなのは当たり前だろう。それとも真逆、本当に観劇に一人で?」
「一人でも十分楽しめますわ。寧ろ一人だから誰に気兼ねすることもありません。」
「気兼ねとは、それは、私の事を言っているのだろうか。」
「なぜ、そう思われるのです?貴方は私の事をお気になさらずとも宜しいのです。これまで通りシャーロットとお過ごし下さい。」
「何故、シャーロットの名が出る、」
「いつもシャーロットとお過ごしですから。」
「シャーロットは君の妹だ。将来は私の義妹となる。幼い頃からの付き合いだからと距離が近かったのは反省している。最近の君はいつでも私に気を遣っていて、何処か距離を感じてしまって。私はシャーロットとは別に、「良いではありませんか。シャーロットとご一緒にいらっしゃって。私はそれで邪魔をしたりは致しません。」
「何故そんな事を言うんだ?君は私の婚約者だよ。」
「ヘンリー様、お聞きになっていらっしゃらないの?」
「何を?」
「真逆、本当に?」
リンド伯爵は、エリザベスがヘンリーとの婚姻の凍結を願い出たのを知らせていないのか。何故、登校を別々にしたのかも。もしかして、シャーロットの縁談が壊れた理由も知らないと言うのだろうか。
「シャーロットの縁談の事はご存知で?」
近くに他の生徒がいないのを確かめて、エリザベスは声を顰めて話す。
「あ、ああ、それは父から聞いた。申し訳無かったと反省しているんだ。君のお母上からは、謝罪は不要と言われたらしくて、シャーロットにも君のお母上にも直接お詫び出来ないのを心苦しく思っていた。今は、シャーロットとは登下校を別にしているし、昼食時も一緒ではない。」
「そうなのですか。」
「君にも、すまなかったと思っているんだ。そんなつもりは無かった。シャーロットは幼い頃から側にいたから、その、距離の近さを気にしていなかった。」
ヘンリーの言葉に偽りの響きは感じられなかった。確かに二人は学園に入学する以前から、近い距離で過ごしていた。だが、心も身体もいつまでも幼子ではない。この年齢になってからは、適切な距離を測れなくては、その資質を疑われても仕方の無いことである。
エリザベスは、向かいに座るヘンリーが気付かぬほどの小さな溜め息をついた。ヘンリーがリンド伯爵から伝えられていないのなら、エリザベスが伝えねばならない。
「ヘンリー様。貴方と私の婚姻は凍結されました。」
「な、なんだ、それは!そんな事は聞いていない!君は知っていたのか?!」
「お静かになさって、ヘンリー様。司書の方がこちらを見ているわ。」
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