ヴィオレットの夢

桃井すもも

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青い花

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「ヴィオレット、掴まって」
先を行くアルフレッドが手を差し伸べる。

息が上がるのを堪えながら、ヴィオレットが精一杯腕を伸ばすと、アルフレッドがすかさずその手を取って、ぐっとヴィオレットを引き上げた。

「見える?ヴィオレット。」

「ええ、見えるわ。」
未だ息が整わないヴィオレットが、はあはあ云いながら答える。

眼前には青い花。
図鑑にあった青い花。

急峻な山の尾根を登った岩陰に、ひっそりと咲いていた。

見落とす筈だわ。こんなに小さく素朴な花なのですもの。

小さな小さな青い花。
濃く深い「青」は、図鑑で見た色合いそのものであった。

絵師の手心ではなかった。

こんなに小さな花なのに、なんて美しい色を持って生まれたのかしら。
大よそ色素の薄い自分では持ち得なかった美しい色を纏う花に、ヴィオレットは顔を近づけて魅入っている。

「ヴィオレット、寒くない?」

思ったよりも長い時間をそうしていたらしく、アルフレッドが冷えないかと心配してくる。

山肌を吹き上げる風が冷たい。
先程までの汗はすっかり引いて、ぶるりと身体が震えた。

下りもアルフレッドに手を引かれて、ゆっくりゆっくり斜面を降りる。

生まれて初めて、自分が望んだ夢が叶った。

それはとても呆気無く、とても幸運で、全てを目の前のアルフレッドが叶えてくれた。

こんな友人を得られたのだと、少し前には考えも及ばなかった。

世界がこんなに色付くなんて、思いもしなかった。

王宮と云う絵本の世界に住みながら、彩りを感じることは無かった。

どうして生まれて、どこへ行くのかも分からない。

凪の海を小舟に揺られて櫂も無く、流されるまま途方に暮れて星空を見上げる。
そんな、漂泊する自身の身の上。


夢を持つことすら、これまで叶わなかったんだわ。そんな事に気付くことも無かった。

榛色の温かな瞳が、心配気にヴィオレットを見つめている。

この少年のお蔭で、夢を叶えられた。

嬉しくて嬉しくて、ヴィオレットはそっと両手でアルフレッドの手を包む。

「有難う、アルフレッド。」

「夢は叶ったかい?」

「ええ、貴方のお蔭よ。」

「それは何より、姫様。」

そこで二人、声を立てて笑った。
私、確かに姫だけれど、貴方の口から聴く姫は、とても幸せなお姫様に聴こえるわ。 


日に照らされた頬がほんのり焼けて、共に赤みを帯びていた。



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