【電子書籍化】ソレイユの夜明け

桃井すもも

文字の大きさ
3 / 50

第三章

しおりを挟む
 第三王子ノックスは、側妃のいない王国で正統な王妃腹の王子である。
 なのに彼が「不義の子」と噂されているのは、彼の見目に原因があった。

 黒に近い焦げ茶の髪に紺碧の瞳。
 白金に青という王家の色を持たずに、一人宵闇の色をまとって生まれ出た。

 まるでソレイユと逆であるから、取り替えがあったのではと思われるだろうが、二人は生まれた時期がズレている。ノックスはソレイユよりもひと月ほど早く生まれており、ソレイユが生まれた頃には既に不義の子と密かに噂となっていた。

 当然、王妃はこれを強く否定した。噂の発信者を探して不敬を問うと公言した。
 幸い王妃の祖母が同じ色の髪と瞳をしており、隔世遺伝と考えられるのに、不思議なことに代々どの妃からも白金の髪に青い瞳の子しか生まれなかった。そのために、ごく当たり前の親族からの遺伝も、それで噂を止めることはできなかった。

 ノックスが幸運なのは、彼がソレイユのようにどこか別の場所に追いやられることがなかったことで、彼は第三王子として王城にいて、王家の一員と認められて育っている。
 王妃にしても、ソレイユとは異なり疑いを掛けられたままにはせず、不貞の噂の出所も曖昧だったことから反王党派が流布したもの見做みなされて、それで一応決着した。

 だが実際はそうではなかったことは、ソレイユが王都に呼び戻されたことでもわかった。


 ソレイユが王都に戻った理由とは、貴族の子女が通う王立貴族学園に入学する歳を迎えたことが一つである。次に公爵令嬢として社交界に出ることであった。

 それらの説明を父から受けて、西の辺境伯の言葉通りだと思った。だから父が後に続けた言葉も、やはり辺境伯が予想していた通りだと理解した。

 ソレイユがノックスの婚約者候補に挙げられた。
 王家と公爵家の縁談に不足なものなど何もない。王太子であるカイルスの婚約者も、別の公爵家の令嬢である。

 王弟として城に残る第二王子のサイクロスと違うのは、ノックスは臣籍降下することが既に決まっていた。将来は、王妃が生家から譲られた伯爵位を継承して、シーズベリー伯爵を名乗ることとなる。

 第三王子が継ぐには劣る家格が全てを意味して、ノックスとは、生まれながらに兄たちよりも幸薄い王子であるのが窺われた。

 そんな王家の血を疑われた彼に、王家の血筋ではないかと疑われるソレイユを充てがうことで、二人の生来の疑いを払拭しようと考えたのだろう。

 ソレイユの出自の真実よりも、彼女を第三王子に添わせることで次代の血は王家に通じると、表向きを整えるためにノックスと婚姻を結ぶ。
 掛け合わせてしまえば、二人の子は疑うことのない王家の血脈と認められる。

 領地に引っ込んでいたソレイユには、王家の思惑もノックスの置かれた立場も詳しいことはわからないが、聞かずとも理解できるのは、ノックスが今も疑いの目から解放されてはいないということだった。

 出自に疑いを掛けられて、母に罪を負わせて、本当はこの世に生まれてくるべきではなかったのではと、ソレイユは何度も考え生きてきた。

 ノックスもそうなのだろうか。
 ソレイユが初めにノックスに抱いた感情は、同類のような同志のような、あまりに似すぎた境遇への連帯感のようなものだった。


 ソレイユの住まいとされた離れの邸は、前々公爵の妻が建てさせたものだった。
 ソレイユの曾祖母にあたる夫人は趣味人で知られていた。彼女は、当時流行した様式を用いて小さいながら瀟洒な邸を建てさせて、そこをサロンとして社交場に使っていたらしい。

 石造りの邸宅は、床も柱も天井までも手の込んだ造りで、曾祖母が好んだ絵画や彫刻作品がそのまま残されている。
 初めて邸に足を踏み入れて、ソレイユは美術館に来たのかと思った。ちなみにソレイユは美術館に入ったことはないから、全てが書物からの知識である。
 そこに領地から共に戻った使用人に不足している人員をいくらか足して、ソレイユは家族とは一人離れて暮らしている。

 姉の婚姻式があるのは知らされていたが、いきなりソレイユを表に出すわけにはいかないからと、参列はさせられなかった。思うに、姉の婚家としても噂の令嬢に出席されても困ったのだろう。
 一度だけ会えた姉は美しい人だった。すっきりとした目鼻立ちが父に良く似ていると思った。


 週に数度、ソレイユは本邸の晩餐に呼ばれる。
 兄は大抵城にいて、晩餐を共にすることはなかった。
 父と二人きりの晩餐は、見知らぬ他人と食事をするようで気が張ったが、その場でこれからのことを確かめられるのは、行き先不明の身としては不安を解消することができた。

 ソレイユは、公爵を実の父だと信じている。人々が何を疑おうと、たとえ父がソレイユの血を認めなくても、ソレイユだけは貞淑を誓った母を信じると決めている。仮に父親が誰であったとしても、母がソレイユを産んでくれたのに変わりはない。

 絵姿だけで知る母は、どことなく鏡で見る自分の顔立ちに似ていると思う。笑った時に右の頬に笑窪が浮かぶのが、亡き母と同じだと侍女頭が教えてくれた。


「ソレイユ」

 名を呼ばれてカトラリーから手を離した。口元をナプキンで拭い両手を膝に揃えてから、

「なんでしょう」と答えた。

 精巧な人形がガヴァネスの仕込み通り、隙のない動きをする。父にはそんな風に見えるらしい。 
 微かに動いた眉に、ソレイユは父をなんとなく気の毒に思った。

「慣れたか」
「はい」

 暮らしに不足はない。
 ソレイユが離れに住まわされているのは、兄には婚約者がおり、いずれ彼女が嫁いで本邸に住まうのに配慮してのことらしい。

 公爵邸は広く、端と端では示し合わせでもしない限り顔を合わせることはないだろう。何かの偶然で、うっかり玄関ホールで鉢合わせることならあるかもしれない。
 そのうっかりな鉢合わせすら、父も兄も義姉となる令嬢も、避けたいと思うのだろうとソレイユは理解した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

処理中です...