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第三章
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第三王子ノックスは、側妃のいない王国で正統な王妃腹の王子である。
なのに彼が「不義の子」と噂されているのは、彼の見目に原因があった。
黒に近い焦げ茶の髪に紺碧の瞳。
白金に青という王家の色を持たずに、一人宵闇の色を纏って生まれ出た。
まるでソレイユと逆であるから、取り替えがあったのではと思われるだろうが、二人は生まれた時期がズレている。ノックスはソレイユよりもひと月ほど早く生まれており、ソレイユが生まれた頃には既に不義の子と密かに噂となっていた。
当然、王妃はこれを強く否定した。噂の発信者を探して不敬を問うと公言した。
幸い王妃の祖母が同じ色の髪と瞳をしており、隔世遺伝と考えられるのに、不思議なことに代々どの妃からも白金の髪に青い瞳の子しか生まれなかった。そのために、ごく当たり前の親族からの遺伝も、それで噂を止めることはできなかった。
ノックスが幸運なのは、彼がソレイユのようにどこか別の場所に追いやられることがなかったことで、彼は第三王子として王城にいて、王家の一員と認められて育っている。
王妃にしても、ソレイユとは異なり疑いを掛けられたままにはせず、不貞の噂の出所も曖昧だったことから反王党派が流布したもの見做されて、それで一応決着した。
だが実際はそうではなかったことは、ソレイユが王都に呼び戻されたことでもわかった。
ソレイユが王都に戻った理由とは、貴族の子女が通う王立貴族学園に入学する歳を迎えたことが一つである。次に公爵令嬢として社交界に出ることであった。
それらの説明を父から受けて、西の辺境伯の言葉通りだと思った。だから父が後に続けた言葉も、やはり辺境伯が予想していた通りだと理解した。
ソレイユがノックスの婚約者候補に挙げられた。
王家と公爵家の縁談に不足なものなど何もない。王太子であるカイルスの婚約者も、別の公爵家の令嬢である。
王弟として城に残る第二王子のサイクロスと違うのは、ノックスは臣籍降下することが既に決まっていた。将来は、王妃が生家から譲られた伯爵位を継承して、シーズベリー伯爵を名乗ることとなる。
第三王子が継ぐには劣る家格が全てを意味して、ノックスとは、生まれながらに兄たちよりも幸薄い王子であるのが窺われた。
そんな王家の血を疑われた彼に、王家の血筋ではないかと疑われるソレイユを充てがうことで、二人の生来の疑いを払拭しようと考えたのだろう。
ソレイユの出自の真実よりも、彼女を第三王子に添わせることで次代の血は王家に通じると、表向きを整えるためにノックスと婚姻を結ぶ。
掛け合わせてしまえば、二人の子は疑うことのない王家の血脈と認められる。
領地に引っ込んでいたソレイユには、王家の思惑もノックスの置かれた立場も詳しいことはわからないが、聞かずとも理解できるのは、ノックスが今も疑いの目から解放されてはいないということだった。
出自に疑いを掛けられて、母に罪を負わせて、本当はこの世に生まれてくるべきではなかったのではと、ソレイユは何度も考え生きてきた。
ノックスもそうなのだろうか。
ソレイユが初めにノックスに抱いた感情は、同類のような同志のような、あまりに似すぎた境遇への連帯感のようなものだった。
ソレイユの住まいとされた離れの邸は、前々公爵の妻が建てさせたものだった。
ソレイユの曾祖母にあたる夫人は趣味人で知られていた。彼女は、当時流行した様式を用いて小さいながら瀟洒な邸を建てさせて、そこをサロンとして社交場に使っていたらしい。
石造りの邸宅は、床も柱も天井までも手の込んだ造りで、曾祖母が好んだ絵画や彫刻作品がそのまま残されている。
初めて邸に足を踏み入れて、ソレイユは美術館に来たのかと思った。ちなみにソレイユは美術館に入ったことはないから、全てが書物からの知識である。
そこに領地から共に戻った使用人に不足している人員をいくらか足して、ソレイユは家族とは一人離れて暮らしている。
姉の婚姻式があるのは知らされていたが、いきなりソレイユを表に出すわけにはいかないからと、参列はさせられなかった。思うに、姉の婚家としても噂の令嬢に出席されても困ったのだろう。
一度だけ会えた姉は美しい人だった。すっきりとした目鼻立ちが父に良く似ていると思った。
週に数度、ソレイユは本邸の晩餐に呼ばれる。
兄は大抵城にいて、晩餐を共にすることはなかった。
父と二人きりの晩餐は、見知らぬ他人と食事をするようで気が張ったが、その場でこれからのことを確かめられるのは、行き先不明の身としては不安を解消することができた。
ソレイユは、公爵を実の父だと信じている。人々が何を疑おうと、たとえ父がソレイユの血を認めなくても、ソレイユだけは貞淑を誓った母を信じると決めている。仮に父親が誰であったとしても、母がソレイユを産んでくれたのに変わりはない。
絵姿だけで知る母は、どことなく鏡で見る自分の顔立ちに似ていると思う。笑った時に右の頬に笑窪が浮かぶのが、亡き母と同じだと侍女頭が教えてくれた。
「ソレイユ」
名を呼ばれてカトラリーから手を離した。口元をナプキンで拭い両手を膝に揃えてから、
「なんでしょう」と答えた。
精巧な人形がガヴァネスの仕込み通り、隙のない動きをする。父にはそんな風に見えるらしい。
微かに動いた眉に、ソレイユは父をなんとなく気の毒に思った。
「慣れたか」
「はい」
暮らしに不足はない。
ソレイユが離れに住まわされているのは、兄には婚約者がおり、いずれ彼女が嫁いで本邸に住まうのに配慮してのことらしい。
公爵邸は広く、端と端では示し合わせでもしない限り顔を合わせることはないだろう。何かの偶然で、うっかり玄関ホールで鉢合わせることならあるかもしれない。
そのうっかりな鉢合わせすら、父も兄も義姉となる令嬢も、避けたいと思うのだろうとソレイユは理解した。
なのに彼が「不義の子」と噂されているのは、彼の見目に原因があった。
黒に近い焦げ茶の髪に紺碧の瞳。
白金に青という王家の色を持たずに、一人宵闇の色を纏って生まれ出た。
まるでソレイユと逆であるから、取り替えがあったのではと思われるだろうが、二人は生まれた時期がズレている。ノックスはソレイユよりもひと月ほど早く生まれており、ソレイユが生まれた頃には既に不義の子と密かに噂となっていた。
当然、王妃はこれを強く否定した。噂の発信者を探して不敬を問うと公言した。
幸い王妃の祖母が同じ色の髪と瞳をしており、隔世遺伝と考えられるのに、不思議なことに代々どの妃からも白金の髪に青い瞳の子しか生まれなかった。そのために、ごく当たり前の親族からの遺伝も、それで噂を止めることはできなかった。
ノックスが幸運なのは、彼がソレイユのようにどこか別の場所に追いやられることがなかったことで、彼は第三王子として王城にいて、王家の一員と認められて育っている。
王妃にしても、ソレイユとは異なり疑いを掛けられたままにはせず、不貞の噂の出所も曖昧だったことから反王党派が流布したもの見做されて、それで一応決着した。
だが実際はそうではなかったことは、ソレイユが王都に呼び戻されたことでもわかった。
ソレイユが王都に戻った理由とは、貴族の子女が通う王立貴族学園に入学する歳を迎えたことが一つである。次に公爵令嬢として社交界に出ることであった。
それらの説明を父から受けて、西の辺境伯の言葉通りだと思った。だから父が後に続けた言葉も、やはり辺境伯が予想していた通りだと理解した。
ソレイユがノックスの婚約者候補に挙げられた。
王家と公爵家の縁談に不足なものなど何もない。王太子であるカイルスの婚約者も、別の公爵家の令嬢である。
王弟として城に残る第二王子のサイクロスと違うのは、ノックスは臣籍降下することが既に決まっていた。将来は、王妃が生家から譲られた伯爵位を継承して、シーズベリー伯爵を名乗ることとなる。
第三王子が継ぐには劣る家格が全てを意味して、ノックスとは、生まれながらに兄たちよりも幸薄い王子であるのが窺われた。
そんな王家の血を疑われた彼に、王家の血筋ではないかと疑われるソレイユを充てがうことで、二人の生来の疑いを払拭しようと考えたのだろう。
ソレイユの出自の真実よりも、彼女を第三王子に添わせることで次代の血は王家に通じると、表向きを整えるためにノックスと婚姻を結ぶ。
掛け合わせてしまえば、二人の子は疑うことのない王家の血脈と認められる。
領地に引っ込んでいたソレイユには、王家の思惑もノックスの置かれた立場も詳しいことはわからないが、聞かずとも理解できるのは、ノックスが今も疑いの目から解放されてはいないということだった。
出自に疑いを掛けられて、母に罪を負わせて、本当はこの世に生まれてくるべきではなかったのではと、ソレイユは何度も考え生きてきた。
ノックスもそうなのだろうか。
ソレイユが初めにノックスに抱いた感情は、同類のような同志のような、あまりに似すぎた境遇への連帯感のようなものだった。
ソレイユの住まいとされた離れの邸は、前々公爵の妻が建てさせたものだった。
ソレイユの曾祖母にあたる夫人は趣味人で知られていた。彼女は、当時流行した様式を用いて小さいながら瀟洒な邸を建てさせて、そこをサロンとして社交場に使っていたらしい。
石造りの邸宅は、床も柱も天井までも手の込んだ造りで、曾祖母が好んだ絵画や彫刻作品がそのまま残されている。
初めて邸に足を踏み入れて、ソレイユは美術館に来たのかと思った。ちなみにソレイユは美術館に入ったことはないから、全てが書物からの知識である。
そこに領地から共に戻った使用人に不足している人員をいくらか足して、ソレイユは家族とは一人離れて暮らしている。
姉の婚姻式があるのは知らされていたが、いきなりソレイユを表に出すわけにはいかないからと、参列はさせられなかった。思うに、姉の婚家としても噂の令嬢に出席されても困ったのだろう。
一度だけ会えた姉は美しい人だった。すっきりとした目鼻立ちが父に良く似ていると思った。
週に数度、ソレイユは本邸の晩餐に呼ばれる。
兄は大抵城にいて、晩餐を共にすることはなかった。
父と二人きりの晩餐は、見知らぬ他人と食事をするようで気が張ったが、その場でこれからのことを確かめられるのは、行き先不明の身としては不安を解消することができた。
ソレイユは、公爵を実の父だと信じている。人々が何を疑おうと、たとえ父がソレイユの血を認めなくても、ソレイユだけは貞淑を誓った母を信じると決めている。仮に父親が誰であったとしても、母がソレイユを産んでくれたのに変わりはない。
絵姿だけで知る母は、どことなく鏡で見る自分の顔立ちに似ていると思う。笑った時に右の頬に笑窪が浮かぶのが、亡き母と同じだと侍女頭が教えてくれた。
「ソレイユ」
名を呼ばれてカトラリーから手を離した。口元をナプキンで拭い両手を膝に揃えてから、
「なんでしょう」と答えた。
精巧な人形がガヴァネスの仕込み通り、隙のない動きをする。父にはそんな風に見えるらしい。
微かに動いた眉に、ソレイユは父をなんとなく気の毒に思った。
「慣れたか」
「はい」
暮らしに不足はない。
ソレイユが離れに住まわされているのは、兄には婚約者がおり、いずれ彼女が嫁いで本邸に住まうのに配慮してのことらしい。
公爵邸は広く、端と端では示し合わせでもしない限り顔を合わせることはないだろう。何かの偶然で、うっかり玄関ホールで鉢合わせることならあるかもしれない。
そのうっかりな鉢合わせすら、父も兄も義姉となる令嬢も、避けたいと思うのだろうとソレイユは理解した。
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