お飾り王妃の日常

桃井すもも

文字の大きさ
20 / 34

お飾り王妃の提案

「それで提案なんだけどね」

 そこでもうひと口お茶を含んでから、ヘンリーは、
「君、我が国に来ないか?」
 そう言った。

 薄いシトリンの瞳がきらりと燦めく。
 澄み渡る湖面のような、どこまでも不純物を取り除いたと思われる極上の瞳。
 その瞳に惑わされるように、思わず「うん」と頷いてしまいそうになるのを、ブリジットは堪えた。

「なんの為に?」

 危ない危ない、うっかり頷くとこだったわ。内心そう思いながらブリジットは尋ねる。

「その瞳の神聖を、我が国の女神の御前にて確かめてみてはどうかと思って」
「その必要はありません」

 ブリジットは即答した。

「何故?」
「神聖である必要を感じないからです」
「それほど稀有な能力を、確かめる必要がないと?」
「いいえ、能力云々ではなくて、神聖と名付けられる必要がないのです」

 もし、とブリジットは続ける。

「もし私に貴方のいうところの能力とやらがあるのなら、私はそれを夫の為に使います。夫が治めるこの国の為に使います。それに名など必要ないのです。だって、」

 単なる覗き見が趣味なだけなのですもの、と言ってからブリジットはお茶を飲んだ。

 彼女の謙遜などではない。本心からの言葉である。
 自称、「公爵家の絞りカス」「王室の覗き見犯」、全部纏めて「お飾りの王妃」を自負しているブリジットにとって、己の能力こそが風の前の塵に同じ。

 ほら、鐘の声が聞こえるでしょう?そこまでブリジットが言い掛けるたところで、ああこれは方向転換を要するなと、流石は学生時代からの交流でブリジットをよく知るヘンリーだった。
 彼女に説法してはならない。本質が尼僧であるのだから、こちらのほうが分が悪い。

「では、観光なんてどうだい?」
「⋯⋯」

 動いてる動いてる。ブリジットの脆弱な精神が揺らいでいる。

「羽毛布団、気に入ってくれた?」
「ええ、ええ、もうサイコー」
「スパイ小説好きだよね」
「ええ、ええ、是非とも参考にしたいわ!」

 覗き見なんて破廉恥な趣味も、スパイと名が付けば立派な職業。もう憧れてるのよね!スパイが本業のお飾り王妃、これってどう?カッコいいわね!

 ちょっと興奮したばかりに、悪癖「心の声がお口から駄々漏れる」を発動したブリジット。

 けれども、勿論ヘンリーはそんなブリジットに慣れっこなので、寧ろ全く嘘をつけない目の前の王妃に、愛しげな眼差しを向けた。
 だから、これから残酷なことを言わねばならないのを、心の内でブリジットに詫びた。

「ねえ、ブリジット」
「なあに、ヘンリー」

 二人はもうすっかり学生時代の気安い空気になっている。

「君、僕の妻にならないか」
「へ?」

 ブリジットは理解が追い付かず返答もダメダメになった。

「君の夫君に側妃が必要なのは分かっているよね」
「⋯⋯」
「その候補は我が国の第三王女だ。勿論、それも知っているよね」
「⋯⋯」

 無言を貫くブリジットをそのままに、ヘンリーは続ける。

「しかし、それでは釣り合わない。王妃が公爵令嬢で側妃が王女などと。そんな無理は通らない。であれば、君は離縁の道を選ぶしかない。それも当然、君は承知しているね」

 君はそういう人だから、とヘンリーは尚も続ける。

「だからブリジット。私が君を娶るよ。私の妻にならないか」


 ブリジットは実のところ、全て承知であった。無駄に王城サーチをしているのではないし、そんな事をしなくても当然予想できることである。

 王家に嫁いで六年が経つ。
 ロビンの妻となって、六年が経ったのだ。そうして二人の仲にコウノトリは訪れていない。
 ブリジットは後継を産めずにいる。
 毎晩毎晩あれほど愛されて、今尚、子を授かれずにいる。

 愛だけで生きると覚悟を決めた夫婦は決して少なくない。
 喩え貴族であっても、縁戚から養子を得てでも夫婦でいることを選ぶ家もあるのだから。
 けれども王家にそれは認められない。
 直系の後継が必須なのだ。つまりそれは、国王陛下ロビンの子でなければならないのだ。

 ブリジットがロビンの子を産めないのであれば、産める妃に頼むまで。
 我が国には側妃の制度がある。長らく側妃を得た王がいなかっただけなのである。

 そして、この話には政治的な盟約が絡んでいるのだとブリジットは考えていた。

 ニートべ・ツトー。
 荒れ地の開墾、灌漑土木のスペシャリスト。

 国が興す大規模開拓事業の立役者である彼を隣国が派遣を許したのには、ロビンと隣国第三王女の婚姻、とりも直さずブリジットのロビンとの離縁を条件とする盟約があるのだと。


あなたにおすすめの小説

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

恋心を利用されている夫をそろそろ返してもらいます

しゃーりん
恋愛
ソランジュは婚約者のオーリオと結婚した。 オーリオには前から好きな人がいることをソランジュは知っていた。 だがその相手は王太子殿下の婚約者で今では王太子妃。 どんなに思っても結ばれることはない。 その恋心を王太子殿下に利用され、王太子妃にも利用されていることにオーリオは気づいていない。 妻であるソランジュとは最低限の会話だけ。無下にされることはないが好意的でもない。 そんな、いかにも政略結婚をした夫でも必要になったので返してもらうというお話です。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」