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お飾り王妃の提案
「それで提案なんだけどね」
そこでもうひと口お茶を含んでから、ヘンリーは、
「君、我が国に来ないか?」
そう言った。
薄いシトリンの瞳がきらりと燦めく。
澄み渡る湖面のような、どこまでも不純物を取り除いたと思われる極上の瞳。
その瞳に惑わされるように、思わず「うん」と頷いてしまいそうになるのを、ブリジットは堪えた。
「なんの為に?」
危ない危ない、うっかり頷くとこだったわ。内心そう思いながらブリジットは尋ねる。
「その瞳の神聖を、我が国の女神の御前にて確かめてみてはどうかと思って」
「その必要はありません」
ブリジットは即答した。
「何故?」
「神聖である必要を感じないからです」
「それほど稀有な能力を、確かめる必要がないと?」
「いいえ、能力云々ではなくて、神聖と名付けられる必要がないのです」
もし、とブリジットは続ける。
「もし私に貴方のいうところの能力とやらがあるのなら、私はそれを夫の為に使います。夫が治めるこの国の為に使います。それに名など必要ないのです。だって、」
単なる覗き見が趣味なだけなのですもの、と言ってからブリジットはお茶を飲んだ。
彼女の謙遜などではない。本心からの言葉である。
自称、「公爵家の絞りカス」「王室の覗き見犯」、全部纏めて「お飾りの王妃」を自負しているブリジットにとって、己の能力こそが風の前の塵に同じ。
ほら、鐘の声が聞こえるでしょう?そこまでブリジットが言い掛けるたところで、ああこれは方向転換を要するなと、流石は学生時代からの交流でブリジットをよく知るヘンリーだった。
彼女に説法してはならない。本質が尼僧であるのだから、こちらのほうが分が悪い。
「では、観光なんてどうだい?」
「⋯⋯」
動いてる動いてる。ブリジットの脆弱な精神が揺らいでいる。
「羽毛布団、気に入ってくれた?」
「ええ、ええ、もうサイコー」
「スパイ小説好きだよね」
「ええ、ええ、是非とも参考にしたいわ!」
覗き見なんて破廉恥な趣味も、スパイと名が付けば立派な職業。もう憧れてるのよね!スパイが本業のお飾り王妃、これってどう?カッコいいわね!
ちょっと興奮したばかりに、悪癖「心の声がお口から駄々漏れる」を発動したブリジット。
けれども、勿論ヘンリーはそんなブリジットに慣れっこなので、寧ろ全く嘘をつけない目の前の王妃に、愛しげな眼差しを向けた。
だから、これから残酷なことを言わねばならないのを、心の内でブリジットに詫びた。
「ねえ、ブリジット」
「なあに、ヘンリー」
二人はもうすっかり学生時代の気安い空気になっている。
「君、僕の妻にならないか」
「へ?」
ブリジットは理解が追い付かず返答もダメダメになった。
「君の夫君に側妃が必要なのは分かっているよね」
「⋯⋯」
「その候補は我が国の第三王女だ。勿論、それも知っているよね」
「⋯⋯」
無言を貫くブリジットをそのままに、ヘンリーは続ける。
「しかし、それでは釣り合わない。王妃が公爵令嬢で側妃が王女などと。そんな無理は通らない。であれば、君は離縁の道を選ぶしかない。それも当然、君は承知しているね」
君はそういう人だから、とヘンリーは尚も続ける。
「だからブリジット。私が君を娶るよ。私の妻にならないか」
ブリジットは実のところ、全て承知であった。無駄に王城サーチをしているのではないし、そんな事をしなくても当然予想できることである。
王家に嫁いで六年が経つ。
ロビンの妻となって、六年が経ったのだ。そうして二人の仲にコウノトリは訪れていない。
ブリジットは後継を産めずにいる。
毎晩毎晩あれほど愛されて、今尚、子を授かれずにいる。
愛だけで生きると覚悟を決めた夫婦は決して少なくない。
喩え貴族であっても、縁戚から養子を得てでも夫婦でいることを選ぶ家もあるのだから。
けれども王家にそれは認められない。
直系の後継が必須なのだ。つまりそれは、国王陛下ロビンの子でなければならないのだ。
ブリジットがロビンの子を産めないのであれば、産める妃に頼むまで。
我が国には側妃の制度がある。長らく側妃を得た王がいなかっただけなのである。
そして、この話には政治的な盟約が絡んでいるのだとブリジットは考えていた。
ニートべ・ツトー。
荒れ地の開墾、灌漑土木のスペシャリスト。
国が興す大規模開拓事業の立役者である彼を隣国が派遣を許したのには、ロビンと隣国第三王女の婚姻、とりも直さずブリジットのロビンとの離縁を条件とする盟約があるのだと。
そこでもうひと口お茶を含んでから、ヘンリーは、
「君、我が国に来ないか?」
そう言った。
薄いシトリンの瞳がきらりと燦めく。
澄み渡る湖面のような、どこまでも不純物を取り除いたと思われる極上の瞳。
その瞳に惑わされるように、思わず「うん」と頷いてしまいそうになるのを、ブリジットは堪えた。
「なんの為に?」
危ない危ない、うっかり頷くとこだったわ。内心そう思いながらブリジットは尋ねる。
「その瞳の神聖を、我が国の女神の御前にて確かめてみてはどうかと思って」
「その必要はありません」
ブリジットは即答した。
「何故?」
「神聖である必要を感じないからです」
「それほど稀有な能力を、確かめる必要がないと?」
「いいえ、能力云々ではなくて、神聖と名付けられる必要がないのです」
もし、とブリジットは続ける。
「もし私に貴方のいうところの能力とやらがあるのなら、私はそれを夫の為に使います。夫が治めるこの国の為に使います。それに名など必要ないのです。だって、」
単なる覗き見が趣味なだけなのですもの、と言ってからブリジットはお茶を飲んだ。
彼女の謙遜などではない。本心からの言葉である。
自称、「公爵家の絞りカス」「王室の覗き見犯」、全部纏めて「お飾りの王妃」を自負しているブリジットにとって、己の能力こそが風の前の塵に同じ。
ほら、鐘の声が聞こえるでしょう?そこまでブリジットが言い掛けるたところで、ああこれは方向転換を要するなと、流石は学生時代からの交流でブリジットをよく知るヘンリーだった。
彼女に説法してはならない。本質が尼僧であるのだから、こちらのほうが分が悪い。
「では、観光なんてどうだい?」
「⋯⋯」
動いてる動いてる。ブリジットの脆弱な精神が揺らいでいる。
「羽毛布団、気に入ってくれた?」
「ええ、ええ、もうサイコー」
「スパイ小説好きだよね」
「ええ、ええ、是非とも参考にしたいわ!」
覗き見なんて破廉恥な趣味も、スパイと名が付けば立派な職業。もう憧れてるのよね!スパイが本業のお飾り王妃、これってどう?カッコいいわね!
ちょっと興奮したばかりに、悪癖「心の声がお口から駄々漏れる」を発動したブリジット。
けれども、勿論ヘンリーはそんなブリジットに慣れっこなので、寧ろ全く嘘をつけない目の前の王妃に、愛しげな眼差しを向けた。
だから、これから残酷なことを言わねばならないのを、心の内でブリジットに詫びた。
「ねえ、ブリジット」
「なあに、ヘンリー」
二人はもうすっかり学生時代の気安い空気になっている。
「君、僕の妻にならないか」
「へ?」
ブリジットは理解が追い付かず返答もダメダメになった。
「君の夫君に側妃が必要なのは分かっているよね」
「⋯⋯」
「その候補は我が国の第三王女だ。勿論、それも知っているよね」
「⋯⋯」
無言を貫くブリジットをそのままに、ヘンリーは続ける。
「しかし、それでは釣り合わない。王妃が公爵令嬢で側妃が王女などと。そんな無理は通らない。であれば、君は離縁の道を選ぶしかない。それも当然、君は承知しているね」
君はそういう人だから、とヘンリーは尚も続ける。
「だからブリジット。私が君を娶るよ。私の妻にならないか」
ブリジットは実のところ、全て承知であった。無駄に王城サーチをしているのではないし、そんな事をしなくても当然予想できることである。
王家に嫁いで六年が経つ。
ロビンの妻となって、六年が経ったのだ。そうして二人の仲にコウノトリは訪れていない。
ブリジットは後継を産めずにいる。
毎晩毎晩あれほど愛されて、今尚、子を授かれずにいる。
愛だけで生きると覚悟を決めた夫婦は決して少なくない。
喩え貴族であっても、縁戚から養子を得てでも夫婦でいることを選ぶ家もあるのだから。
けれども王家にそれは認められない。
直系の後継が必須なのだ。つまりそれは、国王陛下ロビンの子でなければならないのだ。
ブリジットがロビンの子を産めないのであれば、産める妃に頼むまで。
我が国には側妃の制度がある。長らく側妃を得た王がいなかっただけなのである。
そして、この話には政治的な盟約が絡んでいるのだとブリジットは考えていた。
ニートべ・ツトー。
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国が興す大規模開拓事業の立役者である彼を隣国が派遣を許したのには、ロビンと隣国第三王女の婚姻、とりも直さずブリジットのロビンとの離縁を条件とする盟約があるのだと。
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