4 / 38
第四章
「マリールイーズ様、そんなにお尋ねになられては、エバーシェリン様がお食事を召し上がることができません」
そこでやんわりと諌めたのはリチャードだった。
すっかりエバーシェリンと打ち解けたマリールイーズは、利発な本領を発揮するように、次々とエバーシェリンを質問攻めにした。
「あ……その、ごめんなさい。エバーシェリン様」
マリールイーズはそこで頬を紅く染めた。小さな令嬢が恥じらう姿に、エバーシェリンは胸が熱くなった。
娘を産んですぐに儚くなったという母親は、こんな愛らしく成長する姿を想像できただろうか。せめて旅立つ前に、娘の美しい瞳を見ることができたのだろうか。
マリールイーズは晩餐を終えてからも、まだ話し足りない様子を見せた。
子爵が行方知れずとなってから、既に三カ月が経っていた。その間、邸内を訪れるのは捜索に関係する者ばかりだったろう。
入れ替わり立ち替わり出入りする大人たちの陰で、彼女はどれほど孤独でいたか。
胸の内に溜め込んだ淋しさが一気に解放されるように、マリールイーズはエバーシェリンとの会話を望んだ。
「エバーシェリン様は長旅でお疲れなんです。明日もお会いできるのですから、今夜はもう休みなさいませ」
リチャードに諭されて、マリールイーズはちらりとこちらを見た。エバーシェリンが頷けば、彼女は年相応の笑みを浮かべて、侍女に連れられていった。
ここに着いてから半日も経ってはいなかった。だがそのわずかな間に感じたことは、この家では、マリールイーズに応対するのはリチャードだということだった。
マリールイーズには侍女がいる。ほかにも身の回りの世話をする使用人は揃っていた。
だが、彼女の身辺に目を配って、寄り添うようにリチャードがいる。
子爵が不明となった邸内で、執事の職務が山積みなのは考えなくともわかることだった。
それをリチャードは、できうる限りマリールイーズのそばにいて、その姿は庇護者そのものだった。
マリールイーズが私室へ戻ると、エバーシェリンは執務室へと案内された。ここからが本来の話し合いとなる。
執務室は整然としており、主が長く不在となっている混乱は見えなかった。
「ここでしたらマリールイーズ様のお耳に入ることはありません」
そう、家令のハロルドが言った。
リチャードと侍女頭のジョージアナが同席して、子爵家の現状を説明した。
当主不在の混乱は、表向きは収まりつつあるようだった。前子爵夫妻が存命の頃から仕える使用人たちは、上手く領地の運営をしているようだ。
万が一の時には、マリールイーズが当主となる。子爵家の親族たちもそこは同意しているという。現にリチャードは、血は遠くとも親族である。
だが彼女はまだ少女であり、家を継ぐには年齢を満たしていない。
「私は学生の頃には既に、ここへお仕えすることが決まっておりました。初めは執事見習いとして、ギルバート様の侍従を兼任しておりました」
リチャードが言ったギルバートとは、子爵の名である。彼は度重なる不幸の後、両親を亡くしてから当主となった。元より侍従は付けておらず、細々としたことも自身で熟していたのだという。
リチャードが学園を卒業すると、当時高齢だった執事の下に彼を就けた。老執事が二年前に引退して、その後はリチャードが執事となった。
エバーシェリンはそこまで聞いて、会ったことのない子爵の気持ちが透けて見えるようだった。
彼はきっと、マリールイーズを生涯守る存在を決めていたのではないか。
幼いマリールイーズに同年代の婚約者を見繕うことをせず、学を修めて世間を知る青年に目星をつけていた。
リチャードとマリールイーズには、一回りの年の差がある。けれど、父親以外頼れる家族のいない彼女のために、リチャードを将来の伴侶に選んでいたのだろう。
リチャードは、主の意向を承知して、ここに来たのだと思った。
学生時代のリチャードは、男爵家の次男でありながら令嬢たちから人気があった。だが浮いた話は一つも聞いたことはなかった。
それは彼がその頃から、マリールイーズの伴侶として女子爵となる彼女を支える意思があったからだろう。
子爵がそこまで思い定めていたのは、マリールイーズの出生に理由がある。
彼女の場合、年頃になってから婿を探すといった悠長なことを言えなかった。
子爵の家族はマリールイーズだけを残してことごとく短命で終わった。命がどれほど儚く呆気なく失われてしまうのかを、子爵は身に沁みて知っていたのだろう。
すべてはエバーシェリンの憶測ではあるが、中らずといえども遠からず、だろう。
マリールイーズには、切っても切れない縁がある。その縁が巡り巡って、縁もゆかりもないエバーシェリンを、この春遅い屋敷に引き寄せた。
エバーシェリンはそこで、子爵失踪の詳細を確かめることにした。
王都からレヴィルス伯爵が間もなく到着する。その前に、できるだけ正しく詳しく現状を理解しておこうと考えた。
「早速で申し訳ないのですけれど。子爵様の失踪当日のことをお伺いしてもよろしいでしょうか」
エバーシェリンは、子爵家の人々を、一人一人見つめながら尋ねた。
彼らにとっては、もう何度も尋ねられた質問だろう。当主不明の事態である。王家もそれを確かめて、その上で「管財人」などと無理矢理な任をラグウッド伯爵家に出している。
エバーシェリンは、そのラグウッド伯爵家の前伯爵から直々に代行を頼まれた。そのために、管財人の見習い、なんて恥ずかしい言い回しをする羽目となった。
前伯爵の目論見は当たったのだろう。
子爵家の人々は、しがない見習い風情のエバーシェリンに対して丁重に接してくれる。
出会ってすぐにマリールイーズが馴染んでしまったことで、受け入れないわけにはいかなかったのだろう。
そこでやんわりと諌めたのはリチャードだった。
すっかりエバーシェリンと打ち解けたマリールイーズは、利発な本領を発揮するように、次々とエバーシェリンを質問攻めにした。
「あ……その、ごめんなさい。エバーシェリン様」
マリールイーズはそこで頬を紅く染めた。小さな令嬢が恥じらう姿に、エバーシェリンは胸が熱くなった。
娘を産んですぐに儚くなったという母親は、こんな愛らしく成長する姿を想像できただろうか。せめて旅立つ前に、娘の美しい瞳を見ることができたのだろうか。
マリールイーズは晩餐を終えてからも、まだ話し足りない様子を見せた。
子爵が行方知れずとなってから、既に三カ月が経っていた。その間、邸内を訪れるのは捜索に関係する者ばかりだったろう。
入れ替わり立ち替わり出入りする大人たちの陰で、彼女はどれほど孤独でいたか。
胸の内に溜め込んだ淋しさが一気に解放されるように、マリールイーズはエバーシェリンとの会話を望んだ。
「エバーシェリン様は長旅でお疲れなんです。明日もお会いできるのですから、今夜はもう休みなさいませ」
リチャードに諭されて、マリールイーズはちらりとこちらを見た。エバーシェリンが頷けば、彼女は年相応の笑みを浮かべて、侍女に連れられていった。
ここに着いてから半日も経ってはいなかった。だがそのわずかな間に感じたことは、この家では、マリールイーズに応対するのはリチャードだということだった。
マリールイーズには侍女がいる。ほかにも身の回りの世話をする使用人は揃っていた。
だが、彼女の身辺に目を配って、寄り添うようにリチャードがいる。
子爵が不明となった邸内で、執事の職務が山積みなのは考えなくともわかることだった。
それをリチャードは、できうる限りマリールイーズのそばにいて、その姿は庇護者そのものだった。
マリールイーズが私室へ戻ると、エバーシェリンは執務室へと案内された。ここからが本来の話し合いとなる。
執務室は整然としており、主が長く不在となっている混乱は見えなかった。
「ここでしたらマリールイーズ様のお耳に入ることはありません」
そう、家令のハロルドが言った。
リチャードと侍女頭のジョージアナが同席して、子爵家の現状を説明した。
当主不在の混乱は、表向きは収まりつつあるようだった。前子爵夫妻が存命の頃から仕える使用人たちは、上手く領地の運営をしているようだ。
万が一の時には、マリールイーズが当主となる。子爵家の親族たちもそこは同意しているという。現にリチャードは、血は遠くとも親族である。
だが彼女はまだ少女であり、家を継ぐには年齢を満たしていない。
「私は学生の頃には既に、ここへお仕えすることが決まっておりました。初めは執事見習いとして、ギルバート様の侍従を兼任しておりました」
リチャードが言ったギルバートとは、子爵の名である。彼は度重なる不幸の後、両親を亡くしてから当主となった。元より侍従は付けておらず、細々としたことも自身で熟していたのだという。
リチャードが学園を卒業すると、当時高齢だった執事の下に彼を就けた。老執事が二年前に引退して、その後はリチャードが執事となった。
エバーシェリンはそこまで聞いて、会ったことのない子爵の気持ちが透けて見えるようだった。
彼はきっと、マリールイーズを生涯守る存在を決めていたのではないか。
幼いマリールイーズに同年代の婚約者を見繕うことをせず、学を修めて世間を知る青年に目星をつけていた。
リチャードとマリールイーズには、一回りの年の差がある。けれど、父親以外頼れる家族のいない彼女のために、リチャードを将来の伴侶に選んでいたのだろう。
リチャードは、主の意向を承知して、ここに来たのだと思った。
学生時代のリチャードは、男爵家の次男でありながら令嬢たちから人気があった。だが浮いた話は一つも聞いたことはなかった。
それは彼がその頃から、マリールイーズの伴侶として女子爵となる彼女を支える意思があったからだろう。
子爵がそこまで思い定めていたのは、マリールイーズの出生に理由がある。
彼女の場合、年頃になってから婿を探すといった悠長なことを言えなかった。
子爵の家族はマリールイーズだけを残してことごとく短命で終わった。命がどれほど儚く呆気なく失われてしまうのかを、子爵は身に沁みて知っていたのだろう。
すべてはエバーシェリンの憶測ではあるが、中らずといえども遠からず、だろう。
マリールイーズには、切っても切れない縁がある。その縁が巡り巡って、縁もゆかりもないエバーシェリンを、この春遅い屋敷に引き寄せた。
エバーシェリンはそこで、子爵失踪の詳細を確かめることにした。
王都からレヴィルス伯爵が間もなく到着する。その前に、できるだけ正しく詳しく現状を理解しておこうと考えた。
「早速で申し訳ないのですけれど。子爵様の失踪当日のことをお伺いしてもよろしいでしょうか」
エバーシェリンは、子爵家の人々を、一人一人見つめながら尋ねた。
彼らにとっては、もう何度も尋ねられた質問だろう。当主不明の事態である。王家もそれを確かめて、その上で「管財人」などと無理矢理な任をラグウッド伯爵家に出している。
エバーシェリンは、そのラグウッド伯爵家の前伯爵から直々に代行を頼まれた。そのために、管財人の見習い、なんて恥ずかしい言い回しをする羽目となった。
前伯爵の目論見は当たったのだろう。
子爵家の人々は、しがない見習い風情のエバーシェリンに対して丁重に接してくれる。
出会ってすぐにマリールイーズが馴染んでしまったことで、受け入れないわけにはいかなかったのだろう。
あなたにおすすめの小説
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
騎士の妻ではいられない
Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。
全23話。
2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。
イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
真実の愛の裏側
藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。
男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――?
※ 他サイトにも投稿しています。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。