エバーシェリンは百舌鳥の巣に入る

桃井すもも

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第四章

「マリールイーズ様、そんなにお尋ねになられては、エバーシェリン様がお食事を召し上がることができません」

 そこでやんわりといさめたのはリチャードだった。

 すっかりエバーシェリンと打ち解けたマリールイーズは、利発な本領を発揮するように、次々とエバーシェリンを質問攻めにした。

「あ……その、ごめんなさい。エバーシェリン様」

 マリールイーズはそこで頬を紅く染めた。小さな令嬢が恥じらう姿に、エバーシェリンは胸が熱くなった。

 娘を産んですぐに儚くなったという母親は、こんな愛らしく成長する姿を想像できただろうか。せめて旅立つ前に、娘の美しい瞳を見ることができたのだろうか。

 マリールイーズは晩餐を終えてからも、まだ話し足りない様子を見せた。

 子爵が行方知れずとなってから、既に三カ月が経っていた。その間、邸内を訪れるのは捜索に関係する者ばかりだったろう。

 入れ替わり立ち替わり出入りする大人たちの陰で、彼女はどれほど孤独でいたか。
 胸の内に溜め込んだ淋しさが一気に解放されるように、マリールイーズはエバーシェリンとの会話を望んだ。

「エバーシェリン様は長旅でお疲れなんです。明日もお会いできるのですから、今夜はもう休みなさいませ」

 リチャードに諭されて、マリールイーズはちらりとこちらを見た。エバーシェリンが頷けば、彼女は年相応の笑みを浮かべて、侍女に連れられていった。

 ここに着いてから半日も経ってはいなかった。だがそのわずかな間に感じたことは、この家では、マリールイーズに応対するのはリチャードだということだった。

 マリールイーズには侍女がいる。ほかにも身の回りの世話をする使用人は揃っていた。
 だが、彼女の身辺に目を配って、寄り添うようにリチャードがいる。

 子爵が不明となった邸内で、執事の職務が山積みなのは考えなくともわかることだった。

 それをリチャードは、できうる限りマリールイーズのそばにいて、その姿は庇護者そのものだった。

 マリールイーズが私室へ戻ると、エバーシェリンは執務室へと案内された。ここからが本来の話し合いとなる。

 執務室は整然としており、主が長く不在となっている混乱は見えなかった。

「ここでしたらマリールイーズ様のお耳に入ることはありません」

 そう、家令のハロルドが言った。
 リチャードと侍女頭のジョージアナが同席して、子爵家の現状を説明した。

 当主不在の混乱は、表向きは収まりつつあるようだった。前子爵夫妻が存命の頃から仕える使用人たちは、上手く領地の運営をしているようだ。

 万が一の時には、マリールイーズが当主となる。子爵家の親族たちもそこは同意しているという。現にリチャードは、血は遠くとも親族である。
 だが彼女はまだ少女であり、家を継ぐには年齢を満たしていない。

「私は学生の頃には既に、ここへお仕えすることが決まっておりました。初めは執事見習いとして、ギルバート様の侍従を兼任しておりました」

 リチャードが言ったギルバートとは、子爵の名である。彼は度重なる不幸の後、両親を亡くしてから当主となった。元より侍従は付けておらず、細々としたことも自身で熟していたのだという。

 リチャードが学園を卒業すると、当時高齢だった執事の下に彼を就けた。老執事が二年前に引退して、その後はリチャードが執事となった。

 エバーシェリンはそこまで聞いて、会ったことのない子爵の気持ちが透けて見えるようだった。
 彼はきっと、マリールイーズを生涯守る存在を決めていたのではないか。
 幼いマリールイーズに同年代の婚約者を見繕うことをせず、学を修めて世間を知る青年に目星をつけていた。

 リチャードとマリールイーズには、一回りの年の差がある。けれど、父親以外頼れる家族のいない彼女のために、リチャードを将来の伴侶に選んでいたのだろう。

 リチャードは、主の意向を承知して、ここに来たのだと思った。

 学生時代のリチャードは、男爵家の次男でありながら令嬢たちから人気があった。だが浮いた話は一つも聞いたことはなかった。

 それは彼がその頃から、マリールイーズの伴侶として女子爵となる彼女を支える意思があったからだろう。

 子爵がそこまで思い定めていたのは、マリールイーズの出生に理由がある。
 彼女の場合、年頃になってから婿を探すといった悠長なことを言えなかった。

 子爵の家族はマリールイーズだけを残してことごとく短命で終わった。命がどれほど儚く呆気なく失われてしまうのかを、子爵は身に沁みて知っていたのだろう。

 すべてはエバーシェリンの憶測ではあるが、あたらずといえども遠からず、だろう。
 
 マリールイーズには、切っても切れない縁がある。その縁が巡り巡って、縁もゆかりもないエバーシェリンを、この春遅い屋敷に引き寄せた。

 エバーシェリンはそこで、子爵失踪の詳細を確かめることにした。
 王都からレヴィルス伯爵が間もなく到着する。その前に、できるだけ正しく詳しく現状を理解しておこうと考えた。

「早速で申し訳ないのですけれど。子爵様の失踪当日のことをお伺いしてもよろしいでしょうか」

 エバーシェリンは、子爵家の人々を、一人一人見つめながら尋ねた。

 彼らにとっては、もう何度も尋ねられた質問だろう。当主不明の事態である。王家もそれを確かめて、その上で「管財人」などと無理矢理な任をラグウッド伯爵家に出している。

 エバーシェリンは、そのラグウッド伯爵家の前伯爵から直々に代行を頼まれた。そのために、管財人の見習い、なんて恥ずかしい言い回しをする羽目となった。

 前伯爵の目論見は当たったのだろう。
 子爵家の人々は、しがない見習い風情のエバーシェリンに対して丁重に接してくれる。

 出会ってすぐにマリールイーズが馴染んでしまったことで、受け入れないわけにはいかなかったのだろう。



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