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第八章
エバーシェリンがここに着いてから、晴天が続いていた。
子爵邸を囲む残雪も、日を追うごとに目に見えて溶けており、地面が覗いているところもある。
三日前もこんな晴れた日だったと思いながら、エバーシェリンはマリールイーズの隣に並んで立っていた。彼女の向こう側にはリチャードがいて、二人でマリールイーズを挟むようになっていた。
向こうから馬がこちらに駆けてくる。それがだんだん大きくなって、ロータリーを回り込むのが見えていた。栗毛の馬は、王都からの客人を背に乗せていた。
ロバートソン・グラハム・レヴィルス。
若くしてレヴィルス伯爵家を継いだ男性である。
マリールイーズの実父である王太子フェルナンドとは学園では友人であり同窓で、それは母であるパトリシアとも同じ歳ということである。
パトリシアが存命でいたなら、彼女は今、二十八歳だったことになる。肖像画で見た可憐な令嬢は、きっとあの姿のまま貴婦人として年を重ねていたのだろう。
そうであったら、パトリシアにもマリールイーズにも、今とは違う未来があったに違いない。
そう思ったところで、マリールイーズと繋いだ手がきゅっと握り締められた。
エバーシェリンはマリールイーズと手を繋ぎ、ロバートソンの来訪を出迎えていた。年の離れた姉のように思うのか、マリールイーズはエバーシェリンのそばから離れない。
いつかは去りゆく客人に過ぎないことを理解しながら、エバーシェリンを慕ってくれているようだった。
マリールイーズの頭越し、向こうにいるリチャードの横顔をちらりと見れば、彼は警戒心を滲ませて、ロバートソンを見つめていた。
丁度、馬が停められて、彼が馬から降りるところだった。
マリールイーズの緊張を感じただろうリチャードの眼差しは、王都からの客人を歓迎するものではないだろう。
到着がロバートソンと一緒になっていたなら、エバーシェリンも望まれない客人と見なされたかもしれない。思い切って先に来ていてよかったと、数日前の自分を心の内で褒めた。
馬から降りたロバートソンがこちらに向かって歩いてくる。長い足が一歩一歩、そこだけ雪のない道を楽しむように見えた。
彼の視線がエバーシェリンを捉えて、わかりやすく「やあ」というような顔をした。
「出迎えご苦労。ロバートソン・グラハム・レヴィルスという。書簡が届いていると思うがね」
ロバートソンは、エバーシェリンが来た時と同じようなことを言った。「王都」とか「王家」とは付けずに、彼はそういう配慮を欠かさない。
ロバートソンにハロルドが挨拶をする。
「お待ちしておりました。雪の残る中、ご足労いただき申し訳ございません」
彼もまたエバーシェリンを迎えたときと同じことを言うと、腰を折って礼をした。
それに倣って、使用人たちも頭を下げた。
マリールイーズは彼が伯爵家当主であることを理解して、美しい姿勢でカーテシーをした。
流石、ミーガン夫人の教育と思わされる、令嬢の手本のような礼だった。
ロバートソンも同じことを思ったのだろう。
家令と向かい合っていたところからマリールイーズへ振り向いた。その時に、隣にいたエバーシェリンを見つめて目を細めた。
「マリールイーズ嬢、初めまして。これからしばらくの間、世話になります。隣領は知っているんですが、ここまで来たことはなかった。私に貴女の領地のことを教えていただけるとありがたい」
ロバートソンはマリールイーズに目線を合わせて腰を低くした。
彼の金色の髪が早春の日射しに透けるように見えた。一族揃ってチョコレート色の髪色であるマリールイーズは、まるで金髪を初めて目にするような顔をした。
そんな彼女にロバートソンは、青より暗いダークブルーの瞳を細めて微笑んだ。今にも手が伸びて、マリールイーズの頭を撫でるのではないかと思った。
彼はどちらかといえば落ち着いた見目をしているのだが、こんなふうに人に構えさせないところがある。
マリールイーズも、先ほどまでの緊張を緩めたのがエバーシェリンにもわかった。
警戒を解かずにいるのは、リチャードだった。小さな主を守るように、マリールイーズに寄り添っている。
ロバートソンは昔から晴れ男で、彼が悪天候に見舞われた話を聞いたことがない。
「それにしても、麓とこれほど景色が違うとは。驚いたな」
陽光が残雪に反射して、ロバートソンは眩しそうに目を細めて辺りをぐるりと見渡した。
それからこちらへ向き直ると、
「隅々まで、確かに探したんだね」
と、行き成り切り込むように言った。
雪融けを迎えた子爵邸で、聖夜に姿をくらました当主の捜索について確かめている。
「ロバートソン様」
エバーシェリンはそこで声をかけた。目の前に、父親を案ずる娘がいる。もっと気を遣ってほしいという気持ちを乗せたのだが、彼は正しく受け取ってくれたようだった。
「ああ、詳しいことは中で聞こうか。マリールイーズ嬢、貴女のお城にお招きくださいますかな?」
彼はまた、なんともクセのある言い回しをした。王都に出向いていたからか、宮廷人たちの回りくどい口ぶりを真似るようにも見えた。
それが自虐的なユーモアなのかわかりにくいが、少なくともそれで心証を悪くしないから得な人だと思う。
「はい、伯爵様。私でよろしければご案内いたします」
マリールイーズはそう答えて、身分が上であるロバートソンに敬意を示した。田舎領に育った十歳の少女がそうそうできることではない。
ロバートソンは、そんなマリールイーズに再び目を細めた。
それは彼女の中に王都の友人の面影を探したのか、かつて同じ学園で学んだ可憐な令嬢を思い浮かべたのかは、わからないことだった。
子爵邸を囲む残雪も、日を追うごとに目に見えて溶けており、地面が覗いているところもある。
三日前もこんな晴れた日だったと思いながら、エバーシェリンはマリールイーズの隣に並んで立っていた。彼女の向こう側にはリチャードがいて、二人でマリールイーズを挟むようになっていた。
向こうから馬がこちらに駆けてくる。それがだんだん大きくなって、ロータリーを回り込むのが見えていた。栗毛の馬は、王都からの客人を背に乗せていた。
ロバートソン・グラハム・レヴィルス。
若くしてレヴィルス伯爵家を継いだ男性である。
マリールイーズの実父である王太子フェルナンドとは学園では友人であり同窓で、それは母であるパトリシアとも同じ歳ということである。
パトリシアが存命でいたなら、彼女は今、二十八歳だったことになる。肖像画で見た可憐な令嬢は、きっとあの姿のまま貴婦人として年を重ねていたのだろう。
そうであったら、パトリシアにもマリールイーズにも、今とは違う未来があったに違いない。
そう思ったところで、マリールイーズと繋いだ手がきゅっと握り締められた。
エバーシェリンはマリールイーズと手を繋ぎ、ロバートソンの来訪を出迎えていた。年の離れた姉のように思うのか、マリールイーズはエバーシェリンのそばから離れない。
いつかは去りゆく客人に過ぎないことを理解しながら、エバーシェリンを慕ってくれているようだった。
マリールイーズの頭越し、向こうにいるリチャードの横顔をちらりと見れば、彼は警戒心を滲ませて、ロバートソンを見つめていた。
丁度、馬が停められて、彼が馬から降りるところだった。
マリールイーズの緊張を感じただろうリチャードの眼差しは、王都からの客人を歓迎するものではないだろう。
到着がロバートソンと一緒になっていたなら、エバーシェリンも望まれない客人と見なされたかもしれない。思い切って先に来ていてよかったと、数日前の自分を心の内で褒めた。
馬から降りたロバートソンがこちらに向かって歩いてくる。長い足が一歩一歩、そこだけ雪のない道を楽しむように見えた。
彼の視線がエバーシェリンを捉えて、わかりやすく「やあ」というような顔をした。
「出迎えご苦労。ロバートソン・グラハム・レヴィルスという。書簡が届いていると思うがね」
ロバートソンは、エバーシェリンが来た時と同じようなことを言った。「王都」とか「王家」とは付けずに、彼はそういう配慮を欠かさない。
ロバートソンにハロルドが挨拶をする。
「お待ちしておりました。雪の残る中、ご足労いただき申し訳ございません」
彼もまたエバーシェリンを迎えたときと同じことを言うと、腰を折って礼をした。
それに倣って、使用人たちも頭を下げた。
マリールイーズは彼が伯爵家当主であることを理解して、美しい姿勢でカーテシーをした。
流石、ミーガン夫人の教育と思わされる、令嬢の手本のような礼だった。
ロバートソンも同じことを思ったのだろう。
家令と向かい合っていたところからマリールイーズへ振り向いた。その時に、隣にいたエバーシェリンを見つめて目を細めた。
「マリールイーズ嬢、初めまして。これからしばらくの間、世話になります。隣領は知っているんですが、ここまで来たことはなかった。私に貴女の領地のことを教えていただけるとありがたい」
ロバートソンはマリールイーズに目線を合わせて腰を低くした。
彼の金色の髪が早春の日射しに透けるように見えた。一族揃ってチョコレート色の髪色であるマリールイーズは、まるで金髪を初めて目にするような顔をした。
そんな彼女にロバートソンは、青より暗いダークブルーの瞳を細めて微笑んだ。今にも手が伸びて、マリールイーズの頭を撫でるのではないかと思った。
彼はどちらかといえば落ち着いた見目をしているのだが、こんなふうに人に構えさせないところがある。
マリールイーズも、先ほどまでの緊張を緩めたのがエバーシェリンにもわかった。
警戒を解かずにいるのは、リチャードだった。小さな主を守るように、マリールイーズに寄り添っている。
ロバートソンは昔から晴れ男で、彼が悪天候に見舞われた話を聞いたことがない。
「それにしても、麓とこれほど景色が違うとは。驚いたな」
陽光が残雪に反射して、ロバートソンは眩しそうに目を細めて辺りをぐるりと見渡した。
それからこちらへ向き直ると、
「隅々まで、確かに探したんだね」
と、行き成り切り込むように言った。
雪融けを迎えた子爵邸で、聖夜に姿をくらました当主の捜索について確かめている。
「ロバートソン様」
エバーシェリンはそこで声をかけた。目の前に、父親を案ずる娘がいる。もっと気を遣ってほしいという気持ちを乗せたのだが、彼は正しく受け取ってくれたようだった。
「ああ、詳しいことは中で聞こうか。マリールイーズ嬢、貴女のお城にお招きくださいますかな?」
彼はまた、なんともクセのある言い回しをした。王都に出向いていたからか、宮廷人たちの回りくどい口ぶりを真似るようにも見えた。
それが自虐的なユーモアなのかわかりにくいが、少なくともそれで心証を悪くしないから得な人だと思う。
「はい、伯爵様。私でよろしければご案内いたします」
マリールイーズはそう答えて、身分が上であるロバートソンに敬意を示した。田舎領に育った十歳の少女がそうそうできることではない。
ロバートソンは、そんなマリールイーズに再び目を細めた。
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