エバーシェリンは百舌鳥の巣に入る

桃井すもも

文字の大きさ
10 / 38

第十章

 エバーシェリンは、名目ばかりとはいえ「管財人」を任されている。ロバートソンが必ず確認するとわかっていても、そこは自分の責任で把握したいと考えていた。

 昨晩は、ハロルドとリチャードの協力のもと、子爵が不明となった直近三カ月に加えて、更にひと月遡って会計帳簿の確認をした。

 見習いと名乗ってはいるものの、エバーシェリンは領地経営の実務ができる。ヘンリーもそれを知っており、彼女が領地経営のノウハウを一通り把握していることを見込んでいた。

 ほかにも彼らしい理由が幾つかあるのだが、そのどれにもエバーシェリンが関わっており、嫌とは言えなかったのである。

「大変でしたでしょう。ギルバート様の捜索と並行して彼の執務を滞りなく、ここまで熟すのは」

 そうエバーシェリンが言うと、ハロルドもリチャードも、ほっとするような顔をした。

 当主不明の子爵家で、一時は彼らも取り調べを受けていた。
 そこで彼らが混乱してしまっては、マリールイーズは不安を深めてしまうだろう。

 幸い、ハロルドは前子爵が存命の頃から執務の補佐をしており、その点ではギルバートより実務経験が長かった。

 リチャードも、学園では領地経営科を専攻していた。彼は今もまだエバーシェリンが同窓であることに気づいていないのだが、エバーシェリンも同じ専攻をしていたのである。

 クラスは違っていたが、同じ授業を受けていたから、帳簿を見るにも話が通じやすかった。
 こうして三人は、一晩がかりで帳票類を検めた。

「管財人、の見習い」というからには、本来の管財人が定められている。だが彼は今もラグウッド伯爵領におり、エバーシェリンは彼の代理ということで子爵領にやって来た。

 彼女には管財人の知識などないのだが、ヘンリーの目的は、初めから子爵家の財産管理ではない。
 領地の運営に問題はなく、管財人が手張って処分する資産も、ましてや負債もなかった。

 王家が望んでいるのは子爵領ではないだろう。
 わざわざラグウッド伯爵を頼んで大仰おうぎょうなことをするのは、大手を振ってマリールイーズと接触するためだろう。

「王家って、暇なのかしら」

 ついうっかり漏らした呟きに、ハロルドもリチャードも聞かぬふりをしてくれた。

「貴女がいらしてくださり助かりました」

 ハロルドは彼らしくなく、まるで弱音を打ち明けるようなことを言った。
 彼は今や最年長の使用人として、子爵家を支えている。もしもこのまま子爵が見つからなければ、これからのことを決めなければならない。

 子爵家にも親族がおり、場合によっては彼らがマリールイーズの後見人となるだろう。
 今はまだ、子爵の捜索を打ち切るには尚早ということで、親族たちも静観している。

 なにより、ラグウッド伯爵家は古くから子爵家とは友好的な間柄にあり、ヘンリーはギルバートの祖父の代から親交があった。

 彼がエバーシェリンを差し向けたことで、周囲はヘンリーがこの件で目を光らせていると知っただろう。

 子爵家は今、岐路に立たされている。
 このままギルバートが見つかることを待つのか、早々にマリールイーズに後見人をつけて彼女を当主に据えるのか。

 後者は、場合によってはマリールイーズを傷つけることになるだろう。
 彼女が当主になるということは、子爵家側は公にギルバートの生存を諦めたと同義になるのだから。

 彼女は今も、父が戻ってくると信じている。

 エバーシェリンは、マリールイーズの隣の部屋を私室としている。だから、到着したその夜に気がついた。

 夜半過ぎ、静まりかえった部屋で、漏れ出る嗚咽をこらえて啜り泣く微かな声を聞いた。声にならない息づかいは、吸うときも吐き出すときも震えていた。

 マリールイーズが夜中に目を覚まし、眠れぬまま朝を待つ、その姿が目に浮かんで、エバーシェリンは堪らない気持ちになった。

 真夜中に独りきり、少女が声を殺して泣いている。この世はなんて理不尽なことを幼い少女に背負わせるのか。

 昼間のあどけない表情を思い出して、エバーシェリンもまた眠れぬ夜を過ごしたのだった。

 ロバートソンがここに来たなら、一体、なにから着手するだろう。

 彼の人格を疑ってはいなかった。
 ロバートソンであれば、フェルナンドに対しても、臆することなく進言することができるだろう。

 なによりエバーシェリンは、彼を信じている。
 ロバートソンなら必ず、最も正しい道を見極めてくれる。そう信じているのに不安が拭えずにいるのは、相手が王家であるからだろう。

 子爵は本当に行方知れずなのか、まさかどこかに攫われてしまったのか。

 憶測を口に出すことを控えていても、子爵家の人々は一人残らずそう考えているだろう。

 相手は王家ばかりではない。フェルナンドの妃、サンドラの生家は筆頭公爵家である。

 妃の足をすくいかねない存在がマリールイーズであるなら、公爵家が何かを仕掛けてきても可怪しくない。

 エバーシェリンは、フェルナンドがロバートソンに何を託したのかを考えながら、実のところ彼の来訪を待っていた。

 春遅い子爵邸の夜は、それほど心細い気持ちにさせられた。


 ロバートソンは到着早々、旅の疲れをお茶で癒すなんて時間を取らなかった。泰然とした様子で笑みを浮かべて、子爵家の人々に現状の説明を求めた。

 四人は子爵の執務室にいた。
 入室すると上座に座ったロバートソンは、隣にエバーシェリンを座らせた。向かいの席にはハロルドとリチャードが座った。

 エバーシェリンはそこで、ハロルドとリチャードを見た。彼らもエバーシェリンへ視線を向けた。ロバートソンの到着に備えて、三人で明け方まで再三再四の確認をしていた。

 三人が目配せし合うのを、ロバートソンはじっと見ていた。向かいに座る二人の表情の変化も、見落とすことはなかった。

「先ずは、子爵が不明となった当日のことをお聞かせ願いたい」

 ロバートソンは、なにより先に子爵について確かめた。




あなたにおすすめの小説

愛していると気づいたから、私はあなたを手放します

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
愛しているのに、触れられない。 幼なじみの夫は、こう言った。 「もう、女性を愛することはできない」と。 それでも「君がいい」と言い続ける彼と、 子どもを望む現実の間で、私は追い詰められていく。 だから決めた。 彼のためにも、私は他の誰かを探す。 ――そう思ったのに。 なぜあなたは、そんな顔で私を追いかけてくるの? これは、間違った優しさで離れた二人が、 もう一度、互いを選び直すまでの物語。 ※表紙はAI生成イラストを使用しています。

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

騎士の妻ではいられない

Rj
恋愛
騎士の娘として育ったリンダは騎士とは結婚しないと決めていた。しかし幼馴染みで騎士のイーサンと結婚したリンダ。結婚した日に新郎は非常召集され、新婦のリンダは結婚を祝う宴に一人残された。二年目の結婚記念日に戻らない夫を待つリンダはもう騎士の妻ではいられないと心を決める。 全23話。 2024/1/29 全体的な加筆修正をしました。話の内容に変わりはありません。 イーサンが主人公の続編『騎士の妻でいてほしい 』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/96163257/36727666)があります。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)