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第十一章
ロバートソンの問いには、エバーシェリンが尋ねたときと同じくハロルドが答えた。
彼はこれまで何度も何度も繰り返し、子爵の当日の様子を話してきたのだろう。
子爵がその日、帰宅が遅くなったこと、その前に、マリールイーズの誕生祝いの宝飾品を受け取るために麓へ降りていたことを、エバーシェリンに話したことと同じように説明した。
「誕生祝い……」
ロバートソンもまた、そこで「誕生祝い」と呟いた。だが彼は、エバーシェリンのように日付を確かめることはなかった。
それでハロルドは、ロバートソンが誕生日がいつなのかを尋ねなかったために、マリールイーズが聖夜の生まれで、彼女が「奇蹟」のような存在であるという下りは話せなかった。
その後も、エバーシェリンに説明した通りのことをロバートソンに語って聞かせ、勿論、チョコレートのトリュフについても漏らさず話した。
「子爵は一旦、帰宅したんだな。それでどうして居場所がわからなくなったんだ?」
やはりロバートソンも、エバーシェリンと全く同じことを尋ねた。
十人いたら十人とも、不思議に思うことだろう。
「雪がいっとき止んだのです」
そこでリチャードが説明をする。
もうそこからは、ハロルドとリチャードの連携プレーのように、子爵が月明かりに引かれるように外へ出て、その際にも行く先を告げることはなかったという顛末までを話し終えた。
ロバートソンは終いまで聞くと、「ふうん」と言って黙り込んだ。
彼が今、状況整理をしているのだと、エバーシェリンもまた邪魔をしないように黙していた。
「ここは私の屋敷だぞ……か。子爵は門から外には出ていない、屋敷の近くにいたということか」
どこまでもエバーシェリンと同じ思考をしたロバートソンに、ハロルドもリチャードも何も言わなかった。
ハロルドはここで、
「まるで神隠しに遭ったように、旦那様は消えてしまわれた」
と一言一句違わず同じことを言った。
「神隠し、ねえ」
ロバートソンの口調には、同意する気配は感じられなかった。
「屋敷の周辺の捜索は、どの様に?」
神隠しなどと思うことのないロバートソンは、当然ながら子爵の捜索についてを確かめた。
それについてもハロルドが答えた。
「使用人総出でお探し致しました。夜を徹してです。ですが夜半過ぎにはとうとう吹雪になって、目を開けていることもままならない状況となってしまいました」
真夜中の吹雪に見舞われながら、男衆総出で屋敷の中も敷地も、私有道路から門扉までも、人を変えて目を変えて捜索を続けたとハロルドは説明した。
雪が降る勢いはどんどん増して、半刻も経たぬうちに膝まで降り積もった。
子爵が行方知れずになった夜は、ここ数年で滅多にない豪雪となった。
夜通し雪を掻き分けて捜索していたというのに、翌朝には全てが降り積もった雪に埋め尽くされて、一面の銀世界に閉じ込められたような有り様だった。
健脚な馬ですら歩けずに、麓へ援助を頼むことが遅れてしまったという。
「雪が止んで、ようやく麓の警邏を呼び寄せました。ほかにも、領民たちが加勢してくれたのですが」
それは雪が止んでからのことで、子爵が行方不明となってから既に三日が経っていたのだという。
「三日、かあ」
ロバートソンが呟いた。
豪雪の中、三日も埋もれていたとしたら、それはもう生存は無理だろう。だが今になっても、その姿を見つけられずにいる。靴の片方も、衣服の切れ端すら見つからない。
「それほどの雪だったのか?」
「ええ。ひと冬のうちには幾度か豪雪に見舞われることはございます」
ハロルドは、神妙な顔をして言った。
「ですが、あの時の雪は酷かった。私はこの地の生まれですが、記憶の限り、あれほどの積雪は初めてでした。麓の街でも道という道が雪に埋まって、家から出られないほどでした」
雪に埋もれて扉が開けられないのだという。
どれほどの積雪なのか、エバーシェリンには想像もつかなかった。
「雪害としか言えませんでした。麓の人々も、捜索どころか街の風景が変わるほどで、屋外に出ることすらままならなかったのです」
今も子爵邸の周辺に残る雪は、その時の根雪なのだとハロルドは言った。
「豪雪があと半日早かったら、旦那様は麓に行くことも、お一人で外に出られることもなかったのかもしれません」
そうであれば子爵はきっと、雪が降り止むまでマリールイーズとともに屋敷の中にいたのだろうか。
「ですが」
そこで口を開いたのはリチャードだった。
「ですが、旦那様はマリールイーズ様への贈り物をお持ち帰りになられました。確かに旦那様のお手で」
子爵が最後に、愛娘のために用意した贈り物。
それは生涯、マリールイーズにとってどんな思い出となってしまうのか。
思わず俯いてしまったエバーシェリンを、ロバートソンが見つめた。その眼差しを頬に感じながら、エバーシェリンは彼を見ることができなかった。
子爵は本当に、屋敷の敷地内にいたのだろうか。
誰かがどこかに連れ去ったのか。
寧ろそのほうが、豪雪に取り残されるよりも、よほど生存への希望が持てるように思えた。
「これだけは言っておこう」
そこで沈黙を破ったのはロバートソンだった。
彼はハロルドを、それからリチャードを見つめて、いささか厳しい表情をした。
「王家を疑うなら、それは違う」
「ロバートソン様……」
ロバートソンは、エバーシェリンには応えずに繰り返した。
「殿下は、この件に関わってはおられない。それだけは間違いないことだ」
ロバートソンは、王家が、マリールイーズの実父であるフェルナンドが子爵に何かを仕掛けたという、その疑いを否定した。
彼はこれまで何度も何度も繰り返し、子爵の当日の様子を話してきたのだろう。
子爵がその日、帰宅が遅くなったこと、その前に、マリールイーズの誕生祝いの宝飾品を受け取るために麓へ降りていたことを、エバーシェリンに話したことと同じように説明した。
「誕生祝い……」
ロバートソンもまた、そこで「誕生祝い」と呟いた。だが彼は、エバーシェリンのように日付を確かめることはなかった。
それでハロルドは、ロバートソンが誕生日がいつなのかを尋ねなかったために、マリールイーズが聖夜の生まれで、彼女が「奇蹟」のような存在であるという下りは話せなかった。
その後も、エバーシェリンに説明した通りのことをロバートソンに語って聞かせ、勿論、チョコレートのトリュフについても漏らさず話した。
「子爵は一旦、帰宅したんだな。それでどうして居場所がわからなくなったんだ?」
やはりロバートソンも、エバーシェリンと全く同じことを尋ねた。
十人いたら十人とも、不思議に思うことだろう。
「雪がいっとき止んだのです」
そこでリチャードが説明をする。
もうそこからは、ハロルドとリチャードの連携プレーのように、子爵が月明かりに引かれるように外へ出て、その際にも行く先を告げることはなかったという顛末までを話し終えた。
ロバートソンは終いまで聞くと、「ふうん」と言って黙り込んだ。
彼が今、状況整理をしているのだと、エバーシェリンもまた邪魔をしないように黙していた。
「ここは私の屋敷だぞ……か。子爵は門から外には出ていない、屋敷の近くにいたということか」
どこまでもエバーシェリンと同じ思考をしたロバートソンに、ハロルドもリチャードも何も言わなかった。
ハロルドはここで、
「まるで神隠しに遭ったように、旦那様は消えてしまわれた」
と一言一句違わず同じことを言った。
「神隠し、ねえ」
ロバートソンの口調には、同意する気配は感じられなかった。
「屋敷の周辺の捜索は、どの様に?」
神隠しなどと思うことのないロバートソンは、当然ながら子爵の捜索についてを確かめた。
それについてもハロルドが答えた。
「使用人総出でお探し致しました。夜を徹してです。ですが夜半過ぎにはとうとう吹雪になって、目を開けていることもままならない状況となってしまいました」
真夜中の吹雪に見舞われながら、男衆総出で屋敷の中も敷地も、私有道路から門扉までも、人を変えて目を変えて捜索を続けたとハロルドは説明した。
雪が降る勢いはどんどん増して、半刻も経たぬうちに膝まで降り積もった。
子爵が行方知れずになった夜は、ここ数年で滅多にない豪雪となった。
夜通し雪を掻き分けて捜索していたというのに、翌朝には全てが降り積もった雪に埋め尽くされて、一面の銀世界に閉じ込められたような有り様だった。
健脚な馬ですら歩けずに、麓へ援助を頼むことが遅れてしまったという。
「雪が止んで、ようやく麓の警邏を呼び寄せました。ほかにも、領民たちが加勢してくれたのですが」
それは雪が止んでからのことで、子爵が行方不明となってから既に三日が経っていたのだという。
「三日、かあ」
ロバートソンが呟いた。
豪雪の中、三日も埋もれていたとしたら、それはもう生存は無理だろう。だが今になっても、その姿を見つけられずにいる。靴の片方も、衣服の切れ端すら見つからない。
「それほどの雪だったのか?」
「ええ。ひと冬のうちには幾度か豪雪に見舞われることはございます」
ハロルドは、神妙な顔をして言った。
「ですが、あの時の雪は酷かった。私はこの地の生まれですが、記憶の限り、あれほどの積雪は初めてでした。麓の街でも道という道が雪に埋まって、家から出られないほどでした」
雪に埋もれて扉が開けられないのだという。
どれほどの積雪なのか、エバーシェリンには想像もつかなかった。
「雪害としか言えませんでした。麓の人々も、捜索どころか街の風景が変わるほどで、屋外に出ることすらままならなかったのです」
今も子爵邸の周辺に残る雪は、その時の根雪なのだとハロルドは言った。
「豪雪があと半日早かったら、旦那様は麓に行くことも、お一人で外に出られることもなかったのかもしれません」
そうであれば子爵はきっと、雪が降り止むまでマリールイーズとともに屋敷の中にいたのだろうか。
「ですが」
そこで口を開いたのはリチャードだった。
「ですが、旦那様はマリールイーズ様への贈り物をお持ち帰りになられました。確かに旦那様のお手で」
子爵が最後に、愛娘のために用意した贈り物。
それは生涯、マリールイーズにとってどんな思い出となってしまうのか。
思わず俯いてしまったエバーシェリンを、ロバートソンが見つめた。その眼差しを頬に感じながら、エバーシェリンは彼を見ることができなかった。
子爵は本当に、屋敷の敷地内にいたのだろうか。
誰かがどこかに連れ去ったのか。
寧ろそのほうが、豪雪に取り残されるよりも、よほど生存への希望が持てるように思えた。
「これだけは言っておこう」
そこで沈黙を破ったのはロバートソンだった。
彼はハロルドを、それからリチャードを見つめて、いささか厳しい表情をした。
「王家を疑うなら、それは違う」
「ロバートソン様……」
ロバートソンは、エバーシェリンには応えずに繰り返した。
「殿下は、この件に関わってはおられない。それだけは間違いないことだ」
ロバートソンは、王家が、マリールイーズの実父であるフェルナンドが子爵に何かを仕掛けたという、その疑いを否定した。
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