エバーシェリンは百舌鳥の巣に入る

桃井すもも

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第十二章

「ロバートソン様……」

 エバーシェリンは、隣に座るロバートソンを見上げた。
 ロバートソンは、王太子フェルナンドと子爵令嬢パトリシア、二人とは同窓である。
 彼らが学園で出会って惹かれ合い、恋心を募らせ、結ばれ別れるまでのすべてを間近に目撃していた人物である。

 なにより彼は、フェルナンドが信頼する数少ない存在で、だからこそ、縁もゆかりもない子爵領までやってきた。

 エバーシェリンがラグウッド伯爵家の遣いであるとするなら、彼は王太子の任のもと遣わされている。

「私の言葉を信じられなくとも構わない。だが、これだけははっきりさせておかなければ、この先の道筋が大きく変わってしまう」

 子爵家の人々が密かに王家を疑っていることは、状況を考えれば仕方のないことだろう。

「それとも君たちは、サンドラ妃を疑うかね?」

 フェルナンドの妃であるサンドラの生家。
 エディンガム公爵家は、この国の筆頭公爵家で、王家の傍流にあたる。

 金髪青眼のフェルナンドに対して、白銀の髪に青い瞳のサンドラ妃は、美しく聡明な妃として民からの人気も高い。

 ただこの子爵領ばかりは、パトリシアを王子の愛を受けた自領の姫君と思っている。

 マリールイーズに関わる秘め事も、決して領外に漏らさぬように、領民たちが固く口を閉ざしているのだと、ここへ来る前に聞いていた。

「貴方はどうお考えなのです?」

 エバーシェリンはそこで、ロバートソンに尋ねた。彼はフェルナンドのことを信じている。だが、サンドラについてはどう思うのか。

「当たり前に考えたら、面白くない存在だろう」

 それは間違いなくマリールイーズのことだろう。

「だが、手を下すならとっくにそうしているとも考えられる」

 ハロルドとリチャードの前で言うにはあまりの言葉である。だが、それこそ当たり前に考えられることだった。

「疑わしくないとは言い切れない。今はそうとしか答えられないが、ご納得いただけたかな?レディ」

 そう言ってロバートソンは、エバーシェリンを覗き込むような仕草をした。右側の口角をほんの少し上げる笑い方は、こんなときの彼の癖だ。

「……」

 彼が偽りを言っていないことはわかっている。できるなら今ここで、知っていることのすべてを聞かせてほしいと思ったが、それは無理なことなのだろう。

 彼が王城で、フェルナンドとどんな話をして、何を託されたのか。結局この日はわからず終いとなった。


「ああ、そうだ、エバーシェリン」

 当面の話はここまでと、執務室から引き上げるときに、ロバートソンに呼び止められた。

「君はどの部屋に?」

 それは、滞在している部屋のことだろう。

「マリールイーズ様のお隣ですわ」
「へえ」

 貴方は?と尋ねると、

「客間だよ。普通に」

 ロバートソンはそう答えて、リチャードを見た。客間に案内したのは彼だったのだろう。

「残念。君が隣にいるのかと思っていた」
「……」
「ああ、それと」

 そう言いながら、ロバートソンはソファから立ち上がった。それからエスコートをするようにエバーシェリンに手を差し伸べた。

「屋敷の中を案内してくれないか?」

 エバーシェリンにしても客人であるし、それほど邸内に詳しくない。なにより家令と執事の面前で、エバーシェリンは答えに困った。

「君と話がしたいだけなんだ。下心が見え見えでは格好がつかないじゃないか」

 そう言われてしまっては、ハロルドもリチャードも二人の邪魔はできないとばかりに、席を立ってしまった。

 慌ててエバーシェリンも立ち上がり、距離が近くなった瞳に向かって抗議の眼差しを向けた。

「変な言い方をしないでちょうだい」
「変なって?」

 ロバートソンは楽しそうに目を細めるだけだった。


 執務室の扉を出て、廊下を歩く。
 どこから案内しようかと考えて、あのロングギャリーを思い出した。
 壁に子爵家の人々の肖像画が飾られている、あの通路である。

 エバーシェリンはそこで、パトリシアと出会った。フェルナンドがかつて愛した子爵令嬢。
 マリールイーズの母。
 あそこには、彼女の肖像画も飾られている。

 ロバートソンは、肖像画から彼女のことを思い出すだろう。

 そう思って案内した廊下で、ロバートソンは立ち尽くしたままパトリシアの肖像画に見入った。

「驚いたな」
「ご本人に似ているの?」

 肖像画であるから似ていて当然なのだが、あまりにロバートソンが見つめるので、ついそんなことを聞いてしまった。

「生き写しだよ。まるであの頃の彼女が目の前に現れたようだ」

 ロバートソンはパトリシアから目を離すことなく言った。

「美しいな」

 エバーシェリンが初めて彼女の肖像画を目にしたときは、「可憐」だと感じた。だがロバートソンは「美しい」と表現した。

「ん?何か気になる?」

 反応を返さないエバーシェリンに気がついて、そこでロバートソンはエバーシェリンを覗くように腰を屈めて顔を寄せた。

 通路にいるのは二人きりで、辺りに子爵家の人々は見えなかった。しんと静まり返る通路でロバートソンと見つめ合う。

「ヤキモチを焼いてはくれないのかな?」

 そう言うロバートソンこそ、エバーシェリンの答えを待ってはくれなかった。
 大きな手の平でエバーシェリンの両頬を包み込むと、見上げるエバーシェリンにそのまま唇を押し当てた。

 咄嗟に身を離そうとしたが、それよりロバートソンのほうが早かった。

 押し当てられた唇は、なおもエバーシェリンを求めてくる。そのうち頬に添えた手は、エバーシェリンの首から肩へと滑り降り、細腰を捉えるとエバーシェリンを身体ごと引き寄せた。

 ロバートソンの口づけは、吐息まで呑み込むようにエバーシェリンを追い求める。

 接吻からようやく解放されたときには、息苦しさに涙が滲んだ。

「こんなところに来るなんて、私がどれだけ心配したと思っている?君はいつでもそうだ。そうやって、私の気持ちを乱すのは、」

 楽しいかい?

 そう言って、ロバートソンは再び唇を押し当てた。


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