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第十五章
初恋なんて、自分で言っておきながら、ひと回りも年下の少女に聞かせることは少しばかり恥ずかしかった。
だが、真夜中に秘密を打ち明けあうなら、今も昔も恋の話が一番である。
「エバーシェリン様の初恋のお方は、どんなお方なのですか?」
意外なことに、マリールイーズは積極的だった。これまでこんな話を誰かとするような経験がなかったのだろう。
「とても賢いお方です」
「賢い?」
ええ、と答えれば、マリールイーズは大きな瞳でその先を聞きたいという顔をした。
照明は消されており、部屋の中には月明かりが差し込むだけだった。
それでも暗がりに目が慣れてくると、向かい合って横寝になったマリールイーズの顔がよく見えた。
好奇に瞳が輝いている。同じ経験を共有していることで、少女は気持ちを高ぶらせているようだった。
「初めてお会いして、ひと目で好きになりました」
「まあ。ひと目で?一度しか会ってなくても?」
「恋とは不思議なものなのでしょう。どうして好きなのか心に尋ねてみても、答えはいつだって『好きだから』としか答えてはくれませんわ」
マリールイーズは、エバーシェリンのひと言ひと言を噛み砕いて呑み込むように、じっと聞いていた。それから、十歳の少女らしからぬ大人びたことを言った。
「エバーシェリン様の仰ることが、わかる気がします」
マリールイーズが抱く想い、それこそ恋なのだと、エバーシェリンもまた思った。恋はマリールイーズを大人の世界に誘う。
「その……今はどうなのですか?」
「勿論、今も恋をしておりますわ」
「今も?凄いわ」
エバーシェリンの長い恋を、マリールイーズは凄いと言った。
「あとは、そうですねえ」
エバーシェリンは「恋したポイント」を思い浮かべてみた。
「背がすらりと高くて、笑顔が素敵で。私のことは、まるで特別なように言ってくれて、一番そばにいるように思わせてくれる」
「……」
「ようは、私のほうが彼のことを好きなのですわ。彼はそんな私を手の平の上で眺めて楽しんでいる」
マリールイーズは何も言ってはこなかった。彼女はきっと、エバーシェリンの言葉を自分の気持ちに当て嵌めている。
すらりと背が高くて笑顔が素敵なリチャードを思い描きながら、大人の彼に追いつけないもどかしさをどうにもできずにいるのだろう。
「エバーシェリン様がお可哀想ですわ。そのお方、意地悪だわ」
エバーシェリンは思わず吹き出しそうになった。純粋な心を持つ少女に「意地悪」と思われた彼のことを思い浮かべた。
「ありがとうございます。私の代わりに彼に文句を言ってくださって」
そう言うと、マリールイーズは肩をすくめて、ふふっと吐息を漏らした。エバーシェリンに礼を言われて、どうやら照れたようだった。
そこでマリールイーズは、思い出したというように、「エバーシェリン様」と呼んだ。
「エバーシェリン様に、私の宝物をお見せいたしますわ」
その言葉と同時に毛布がもぞもぞと動いた。
ほっそりとした白い腕が伸びた。
彼女はそこでうつ伏せになると、ヘッドボードの引き出しを開いて、中から小箱を取り出した。
それからマリールイーズは起き上がると、ペタリと寝台に座り込んで、小箱の蓋をそっと開けた。
エバーシェリンもまた起き上がり、マリールイーズと向かい合わせになって小箱を見た。
乳白色の小箱は象牙のようだった。
この国のものではないのかもしれない。蓋には美しい草花模様が彫られている。
月明かりが差し込む寝台で、マリールイーズの白い手が象牙の小箱を開ける様は、どこか神秘的に見えた。
無垢な少女がまるで神の遣いであるように、この世の美しい秘密をこれから開示してくれる、そんなふうに思われた。
すっかり小箱に見入っていたのだが、次の瞬間、そこから現れた燦めきに「まあ」と声が漏れてしまった。
初めは花なのかと思ったが、見間違いだった。それは、赤い実を模したブローチだった。
「お父様からのお誕生日祝いなんです」
ああ。
マリールイーズの言葉に、胸に痛みを覚えた。ブローチは、あの夜、行方知れずになった子爵が、マリールイーズに贈った誕生祝いの品だった。
「お見せいただいても?」
「ええ」
マリールイーズの指先がそっと摘み上げたブローチを、エバーシェリンは両手で受け取った。ずしりと重みを感じるブローチは、赤い輝石でたわわな木の実が、花束のように飾られていた。
「山査子の実なんです」
パトリシアが髪に飾った赤い山査子。
花言葉は『ただひとつの恋』。そして『希望』。
山査子の赤い実は、鮮やかなピジョンブラッドのガーネットだった。
十二月生まれのマリールイーズの誕生石は、ガーネットではない。だが子爵は、亡き妹が最期に遺した姿と同じ、ガーネットの山査子をマリールイーズに贈っていた。
この贈り物が父から贈られる最期の誕生祝いのようで、エバーシェリンは不吉な予感を打ち消した。
「山査子の実が好きなんです」
「……マリールイーズ様が?」
「はい。お父様は、山査子の実を飾って聖夜のリースを作ってくださいました」
子爵家では毎年、聖夜に飾るリースを子爵自ら作っていたのだという。扉を覆うような大きなリースに、赤い山査子の実をたっぷり飾って、とても綺麗なのだとマリールイーズは教えてくれた。
「去年は……」
去年の聖夜はリースを見ることはなかったのだろう。子爵はその前に行方をくらましてしまったのだから。
マリールイーズは気丈にも、気持ちを整えるようにエバーシェリンを見上げた。そして、「それと、これは」と言って、もう一つ、小箱の中から摘み上げた。
エバーシェリンは息を呑んだ。
子爵令嬢が、ましてまだ十歳の少女が手にするようなものではなかった。
マリールイーズの手の中で、ロイヤル・ブルーの貴石が月明かりに耀いて見えた。
宵闇の中、月光が照らし出したのは、やはりブローチだった。少女がいつでも身につけられるように、首飾りでも耳飾りでもなく、ブローチを選んだのだろう。
「サファイアという石なのだと、ミーガン先生が教えてくださいました」
エバーシェリンは思わず目を瞑ってしまった。
ロイヤル・ブルーのサファイアなんて、マリールイーズに贈る主はこの世に一人だけだろう。
フェルナンドの青く澄んだ瞳が思い浮かんだ。ブローチは、実父であるフェルナンドから贈られたものだろう。
だが、真夜中に秘密を打ち明けあうなら、今も昔も恋の話が一番である。
「エバーシェリン様の初恋のお方は、どんなお方なのですか?」
意外なことに、マリールイーズは積極的だった。これまでこんな話を誰かとするような経験がなかったのだろう。
「とても賢いお方です」
「賢い?」
ええ、と答えれば、マリールイーズは大きな瞳でその先を聞きたいという顔をした。
照明は消されており、部屋の中には月明かりが差し込むだけだった。
それでも暗がりに目が慣れてくると、向かい合って横寝になったマリールイーズの顔がよく見えた。
好奇に瞳が輝いている。同じ経験を共有していることで、少女は気持ちを高ぶらせているようだった。
「初めてお会いして、ひと目で好きになりました」
「まあ。ひと目で?一度しか会ってなくても?」
「恋とは不思議なものなのでしょう。どうして好きなのか心に尋ねてみても、答えはいつだって『好きだから』としか答えてはくれませんわ」
マリールイーズは、エバーシェリンのひと言ひと言を噛み砕いて呑み込むように、じっと聞いていた。それから、十歳の少女らしからぬ大人びたことを言った。
「エバーシェリン様の仰ることが、わかる気がします」
マリールイーズが抱く想い、それこそ恋なのだと、エバーシェリンもまた思った。恋はマリールイーズを大人の世界に誘う。
「その……今はどうなのですか?」
「勿論、今も恋をしておりますわ」
「今も?凄いわ」
エバーシェリンの長い恋を、マリールイーズは凄いと言った。
「あとは、そうですねえ」
エバーシェリンは「恋したポイント」を思い浮かべてみた。
「背がすらりと高くて、笑顔が素敵で。私のことは、まるで特別なように言ってくれて、一番そばにいるように思わせてくれる」
「……」
「ようは、私のほうが彼のことを好きなのですわ。彼はそんな私を手の平の上で眺めて楽しんでいる」
マリールイーズは何も言ってはこなかった。彼女はきっと、エバーシェリンの言葉を自分の気持ちに当て嵌めている。
すらりと背が高くて笑顔が素敵なリチャードを思い描きながら、大人の彼に追いつけないもどかしさをどうにもできずにいるのだろう。
「エバーシェリン様がお可哀想ですわ。そのお方、意地悪だわ」
エバーシェリンは思わず吹き出しそうになった。純粋な心を持つ少女に「意地悪」と思われた彼のことを思い浮かべた。
「ありがとうございます。私の代わりに彼に文句を言ってくださって」
そう言うと、マリールイーズは肩をすくめて、ふふっと吐息を漏らした。エバーシェリンに礼を言われて、どうやら照れたようだった。
そこでマリールイーズは、思い出したというように、「エバーシェリン様」と呼んだ。
「エバーシェリン様に、私の宝物をお見せいたしますわ」
その言葉と同時に毛布がもぞもぞと動いた。
ほっそりとした白い腕が伸びた。
彼女はそこでうつ伏せになると、ヘッドボードの引き出しを開いて、中から小箱を取り出した。
それからマリールイーズは起き上がると、ペタリと寝台に座り込んで、小箱の蓋をそっと開けた。
エバーシェリンもまた起き上がり、マリールイーズと向かい合わせになって小箱を見た。
乳白色の小箱は象牙のようだった。
この国のものではないのかもしれない。蓋には美しい草花模様が彫られている。
月明かりが差し込む寝台で、マリールイーズの白い手が象牙の小箱を開ける様は、どこか神秘的に見えた。
無垢な少女がまるで神の遣いであるように、この世の美しい秘密をこれから開示してくれる、そんなふうに思われた。
すっかり小箱に見入っていたのだが、次の瞬間、そこから現れた燦めきに「まあ」と声が漏れてしまった。
初めは花なのかと思ったが、見間違いだった。それは、赤い実を模したブローチだった。
「お父様からのお誕生日祝いなんです」
ああ。
マリールイーズの言葉に、胸に痛みを覚えた。ブローチは、あの夜、行方知れずになった子爵が、マリールイーズに贈った誕生祝いの品だった。
「お見せいただいても?」
「ええ」
マリールイーズの指先がそっと摘み上げたブローチを、エバーシェリンは両手で受け取った。ずしりと重みを感じるブローチは、赤い輝石でたわわな木の実が、花束のように飾られていた。
「山査子の実なんです」
パトリシアが髪に飾った赤い山査子。
花言葉は『ただひとつの恋』。そして『希望』。
山査子の赤い実は、鮮やかなピジョンブラッドのガーネットだった。
十二月生まれのマリールイーズの誕生石は、ガーネットではない。だが子爵は、亡き妹が最期に遺した姿と同じ、ガーネットの山査子をマリールイーズに贈っていた。
この贈り物が父から贈られる最期の誕生祝いのようで、エバーシェリンは不吉な予感を打ち消した。
「山査子の実が好きなんです」
「……マリールイーズ様が?」
「はい。お父様は、山査子の実を飾って聖夜のリースを作ってくださいました」
子爵家では毎年、聖夜に飾るリースを子爵自ら作っていたのだという。扉を覆うような大きなリースに、赤い山査子の実をたっぷり飾って、とても綺麗なのだとマリールイーズは教えてくれた。
「去年は……」
去年の聖夜はリースを見ることはなかったのだろう。子爵はその前に行方をくらましてしまったのだから。
マリールイーズは気丈にも、気持ちを整えるようにエバーシェリンを見上げた。そして、「それと、これは」と言って、もう一つ、小箱の中から摘み上げた。
エバーシェリンは息を呑んだ。
子爵令嬢が、ましてまだ十歳の少女が手にするようなものではなかった。
マリールイーズの手の中で、ロイヤル・ブルーの貴石が月明かりに耀いて見えた。
宵闇の中、月光が照らし出したのは、やはりブローチだった。少女がいつでも身につけられるように、首飾りでも耳飾りでもなく、ブローチを選んだのだろう。
「サファイアという石なのだと、ミーガン先生が教えてくださいました」
エバーシェリンは思わず目を瞑ってしまった。
ロイヤル・ブルーのサファイアなんて、マリールイーズに贈る主はこの世に一人だけだろう。
フェルナンドの青く澄んだ瞳が思い浮かんだ。ブローチは、実父であるフェルナンドから贈られたものだろう。
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