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第十六章
「マリールイーズ様、これはどなたから?」
エバーシェリンは、思い切ってマリールイーズに確かめた。
「ミーガン先生が、ご友人から預かったのだと仰って」
「ご友人?」
「はい。お母様のお知り合いだと……それで私……」
少女ながら、サファイアが高価な貴石であることに気がついていたのだろう。パトリシアの名が出たことで、受け取っていたのではないか。
「ミーガン先生が、私が受け取るだけで、お知り合いの方はお幸せになれるのだと仰ったんです」
ミーガンは、間違いなく王家に通じている。
そうではなくて初めから王家に遣わされてここに来たのではなかったか。
マリールイーズは秘密を打ち明けるつもりで、サファイアのブローチをエバーシェリンに見せてくれた。
小さな手がますます小さく見えるほど、大粒のサファイアである。
エバーシェリンは、マリールイーズの手に乗るブローチを、触れることもできぬまま固まったように見つめた。
スクエアなテーブルカットのサファイアは、時代の古さを教えていた。それは大切に代々受け継がれてきたものではないか。
エバーシェリンは恐ろしくなった。
これは本来なら、然るべき宝物庫に保管されるものだろう。
だが、少女の寝台の枕元に仕舞われて、サファイアのブローチはそこがあるべき居場所のように喜んでいるようだった。
その情念のような愛が目に見えたようで、エバーシェリンは関わってはならない畏怖を感じてしまった。
「ミーガン先生は、いつ?」
値のつけようもない宝物を、マリールイーズはいつ受け取ったのか。
「去年の……雪が積もる少し前でした」
それはきっと、子爵が行方知れずとなる前と言うことだろう。
その先を尋ねては、マリールイーズの口から子爵のことを言わせてしまう。エバーシェリンは、もうこの話はお終いにしようと思った。
「お父様にもお見せしたのですけれど……」
「え!ギルバート様に?」
だがそこで、子爵のことに触れたのは、マリールイーズのほうだった。エバーシェリンの驚きように、うんうんと小刻みに頷いた。
「ギルバート様は、なんと仰ったのですか?」
マリールイーズのロイヤル・ブルーの瞳がエバーシェリンを見つめて揺れた。
美しい瞳だと思った。哀しみが無垢な少女を磨いたように、青い瞳は澄んでいた。
その眼差しに胸を締め付けられるような痛みを覚えて、それでもマリールイーズから目を逸らすことができなかった。
「お前が大切に仕舞っておきなさいと」
子爵は目利きであった筈だ。
麓の宝飾店の腕の確かなことも、色石の質がよいことも、彼はわかっていた。
そんな彼が、ミーガンに託されたサファイアの出処に気づかない筈がなかった。
彼はきっと、フェルナンドの気持ちを理解して、無下にできなかったのではないだろうか。
亡き妹に寄せた愛なのか、娘と呼べぬまま会えないマリールイーズへの愛なのか。どちらにせよ、ミーガンを通して王家の宝物を譲り渡すその気持ちを受け取って、そのままマリールイーズに委ねた。
王家に伝わる宝飾品は、マリールイーズの手にあってこそ本来の居場所に収まった、そんなふうに見えるのだった。
「ここにあることを、使用人たちは知っているのですか?」
マリールイーズにそう尋ねれば、彼女はゆるゆると首を横に振った。
「いつもは鍵を掛けているんです。今日はその……眠れなくて」
「ブローチを眺めていたのね?」
育ての父と実の父、二人から贈られたブローチ。赤い石と青い石は対極をなしながら、どちらもマリールイーズへの愛を表している。
「ほかにもいただいていたので、お父様は去年も同じことを仰ったんだと思いました」
「ほかにも?ほかにとは、このブローチのほかということなのですか?」
マリールイーズの言葉に驚くあまり、「ほか」を連発しながら尋ねてしまった。
エバーシェリンの言葉に頷いて、マリールイーズは再び小箱の中にある何かをつまんだ。
こちらからは蓋が手前となって中身がよく見えなかった。
次々と出てくるあり得ない宝飾品に、象牙の小箱は魔法の箱なのではないかと思った。
シーツの上にズラリと並んだ宝飾品の数々。
大半がブローチで、中には指輪もある。だが、それら全てが青く耀くサファイアだった。
年代もまちまちで、デザインから最近のものとおぼしきものもある。それはフェルナンドが個人資産で買い求めたものではないか。
高価な貴石を与えるだけが愛とは言えない。だが彼にはきっと、こうすることしか愛情を示す手立てがなかったのだろう。
愛していると、そのひと言を伝えられない彼にとって、家庭教師に頼んで贈り物を届けることしか術がなかったのだと思われた。
マリールイーズが美しく聡明に育っていることを、彼は知っているだろうか。
――多分、知っているからこそ、あのお方はあんなことをなさったのだわ。
そこでエバーシェリンは、自身も関わりのあることを思い浮かべた。
「ミーガン先生は、いつからマリールイーズ様の先生になられたのです?」
そう尋ねれば、マリールイーズは少し考えるような顔をした。
「いつからかしら。思い出せないわ」
「思い出せない?」
「ええ。だって初めからいらっしゃるから。文字もマナーも楽器も、それから刺繍も、お勉強はミーガン先生のほかには習ったことがないのですもの」
マリールイーズは、生まれながらに王族の教育を授けられていた。
子爵はどんな理由でミーガンを受け入れたのだろう。子爵家の使用人たちは、彼女をどんなふうに見ていたのだろう。
エバーシェリンは、思い切ってマリールイーズに確かめた。
「ミーガン先生が、ご友人から預かったのだと仰って」
「ご友人?」
「はい。お母様のお知り合いだと……それで私……」
少女ながら、サファイアが高価な貴石であることに気がついていたのだろう。パトリシアの名が出たことで、受け取っていたのではないか。
「ミーガン先生が、私が受け取るだけで、お知り合いの方はお幸せになれるのだと仰ったんです」
ミーガンは、間違いなく王家に通じている。
そうではなくて初めから王家に遣わされてここに来たのではなかったか。
マリールイーズは秘密を打ち明けるつもりで、サファイアのブローチをエバーシェリンに見せてくれた。
小さな手がますます小さく見えるほど、大粒のサファイアである。
エバーシェリンは、マリールイーズの手に乗るブローチを、触れることもできぬまま固まったように見つめた。
スクエアなテーブルカットのサファイアは、時代の古さを教えていた。それは大切に代々受け継がれてきたものではないか。
エバーシェリンは恐ろしくなった。
これは本来なら、然るべき宝物庫に保管されるものだろう。
だが、少女の寝台の枕元に仕舞われて、サファイアのブローチはそこがあるべき居場所のように喜んでいるようだった。
その情念のような愛が目に見えたようで、エバーシェリンは関わってはならない畏怖を感じてしまった。
「ミーガン先生は、いつ?」
値のつけようもない宝物を、マリールイーズはいつ受け取ったのか。
「去年の……雪が積もる少し前でした」
それはきっと、子爵が行方知れずとなる前と言うことだろう。
その先を尋ねては、マリールイーズの口から子爵のことを言わせてしまう。エバーシェリンは、もうこの話はお終いにしようと思った。
「お父様にもお見せしたのですけれど……」
「え!ギルバート様に?」
だがそこで、子爵のことに触れたのは、マリールイーズのほうだった。エバーシェリンの驚きように、うんうんと小刻みに頷いた。
「ギルバート様は、なんと仰ったのですか?」
マリールイーズのロイヤル・ブルーの瞳がエバーシェリンを見つめて揺れた。
美しい瞳だと思った。哀しみが無垢な少女を磨いたように、青い瞳は澄んでいた。
その眼差しに胸を締め付けられるような痛みを覚えて、それでもマリールイーズから目を逸らすことができなかった。
「お前が大切に仕舞っておきなさいと」
子爵は目利きであった筈だ。
麓の宝飾店の腕の確かなことも、色石の質がよいことも、彼はわかっていた。
そんな彼が、ミーガンに託されたサファイアの出処に気づかない筈がなかった。
彼はきっと、フェルナンドの気持ちを理解して、無下にできなかったのではないだろうか。
亡き妹に寄せた愛なのか、娘と呼べぬまま会えないマリールイーズへの愛なのか。どちらにせよ、ミーガンを通して王家の宝物を譲り渡すその気持ちを受け取って、そのままマリールイーズに委ねた。
王家に伝わる宝飾品は、マリールイーズの手にあってこそ本来の居場所に収まった、そんなふうに見えるのだった。
「ここにあることを、使用人たちは知っているのですか?」
マリールイーズにそう尋ねれば、彼女はゆるゆると首を横に振った。
「いつもは鍵を掛けているんです。今日はその……眠れなくて」
「ブローチを眺めていたのね?」
育ての父と実の父、二人から贈られたブローチ。赤い石と青い石は対極をなしながら、どちらもマリールイーズへの愛を表している。
「ほかにもいただいていたので、お父様は去年も同じことを仰ったんだと思いました」
「ほかにも?ほかにとは、このブローチのほかということなのですか?」
マリールイーズの言葉に驚くあまり、「ほか」を連発しながら尋ねてしまった。
エバーシェリンの言葉に頷いて、マリールイーズは再び小箱の中にある何かをつまんだ。
こちらからは蓋が手前となって中身がよく見えなかった。
次々と出てくるあり得ない宝飾品に、象牙の小箱は魔法の箱なのではないかと思った。
シーツの上にズラリと並んだ宝飾品の数々。
大半がブローチで、中には指輪もある。だが、それら全てが青く耀くサファイアだった。
年代もまちまちで、デザインから最近のものとおぼしきものもある。それはフェルナンドが個人資産で買い求めたものではないか。
高価な貴石を与えるだけが愛とは言えない。だが彼にはきっと、こうすることしか愛情を示す手立てがなかったのだろう。
愛していると、そのひと言を伝えられない彼にとって、家庭教師に頼んで贈り物を届けることしか術がなかったのだと思われた。
マリールイーズが美しく聡明に育っていることを、彼は知っているだろうか。
――多分、知っているからこそ、あのお方はあんなことをなさったのだわ。
そこでエバーシェリンは、自身も関わりのあることを思い浮かべた。
「ミーガン先生は、いつからマリールイーズ様の先生になられたのです?」
そう尋ねれば、マリールイーズは少し考えるような顔をした。
「いつからかしら。思い出せないわ」
「思い出せない?」
「ええ。だって初めからいらっしゃるから。文字もマナーも楽器も、それから刺繍も、お勉強はミーガン先生のほかには習ったことがないのですもの」
マリールイーズは、生まれながらに王族の教育を授けられていた。
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