エバーシェリンは百舌鳥の巣に入る

桃井すもも

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第十八章

「でしたら貴方が一番胡散臭いわ」

 悔し紛れの言葉だったが、意外なことにロバートソンにはそれで十分効いたようだった。
 目を見開いて「え?」という顔をした。

 彼がそんな顔をするのは珍しいから、エバーシェリンはなんだか久しぶりに口で勝てたようで気分がよい。

「本気で言ってるのか?嘘だろう、君に疑われるなんて懲りごりなんだ」

 ロバートソンは、勘弁してくれないかと、情けないことを言った。

「それにしても」

 そこで柱の陰に寄りかかり、ロバートソンは腕組みをする。そういうときの彼は鋭いことを言ってくるので、エバーシェリンは自然、身構えた。

「随分、手懐けたものだね」
「どういう意味?」
「ご令嬢だよ。そのうち」

 そのうち、君までマリルーと呼ぶのかな?

 酷い皮肉だと思う。エバーシェリンはロバートソンのダークブルーの瞳を見つめた。

「怒らせたなら謝るよ」
「そうわかっているなら、怒らせないでくださいな」
「肩入れすることばかりが君の仕事ではないだろう」
「ヘンリー様は、マリールイーズ様のことを案じていらっしゃるわ」

 いつになくムキになっていることは自分でもわかっていたが、マリールイーズのことを揶揄されて、黙ってはいられなかった。

 だが、ロバートソンの言葉はどこも間違ってはいなかった。子爵家に来てほんの数日しか経っていないのに、確かにマリールイーズに特別な感情を抱いている。

 だがそれこそ、エバーシェリンを選んだのは、ラグウッド前伯爵であるヘンリー翁の狙いだろう。
 もう一つは、目の前の男を抑制することか。
 後者については今のところ、こちらのほうが抑制されているようである。

 教師に叱られる生徒のように、ロバートソンの前に立ち、エバーシェリンは所在なく俯いてしまった。

「私にはできないことだよ。あのご令嬢は、君だけに秘密を打ち明けたんだ」

 マリールイーズは鍵を掛けて仕舞い込んだ、彼女の宝物を見せてくれた。
 初めて経験した、女の子が秘密を打ち明けあうお泊まり会の夜に、彼女は最も大切な秘密を明かしてくれた。

 彼女は、あのサファイアの送り主について、気がついているのだろうか。ひとつだけ言えるのは、マリールイーズはミーガンを信頼している。

 物心がつくころにはそばにいたカヴァネスであるから、それは仕方のないことなのだろう。

「ミーガン夫人が今どこにいらっしゃるのか、貴方はご存知なのでしょう?」

 ミーガンを知っているかという質問を飛ばして、ロバートソンに尋ねた。彼はきっと、彼女の存在についても承知しているだろうし、寧ろ、エバーシェリンより詳細を把握していると思われた。

「彼女は王都に戻っているよ」

 やはり思ったとおりだった。

「あまり時間は掛けられないな。領地へ戻らなければならないからね」

 ロバートソンは伯爵家当主である。
 予定外にフェルナンドから呼び出されて王都へ赴き、その足で子爵領に来ている。
 この後はラグウッド伯爵領に寄って、ご隠居様への挨拶もある。

 越冬した小麦の生育も気になるだろうし、多分、再び王都へ出向いてフェルナンドへ諸々の報告もせねばならない。

「子爵のことも、このままにはできまい」

 子爵失踪から既に三カ月が過ぎている。いつまでも失踪者の扱いに留めてはおけないだろう。
 そうであるなら、次の当主をどうするか。

 マリールイーズを当主に据えて後見人を立てるか、それとも。

「王家は子爵領を王領にしたいのかしら」

 それは、マリールイーズを正式な「後継者」として王家が迎え入れることを意味する。
 だがこの場合の「後継者」とは、子爵位ではない。

「マリールイーズ様を」

 そこでエバーシェリンは、極限まで声を落とした。

「マリールイーズ様を、第一王女としてお迎えになると?」

 フェルナンドとサンドラに子はいない。
 マリールイーズを実子と認めて正式に迎え入れるなら、彼女に立太子の可能性がないとは言えない。

「そんなこと……」

 そんなことがあっては堪らないと思う。

「あの子の生きる場所は、ここなのよ」

 フェルナンドの落胤らくいんであるマリールイーズ。

「パトリシア様は、そんなことを考えてあの子を産んだわけではなかったはずよ」

 エバーシェリンは、ロバートソンを納得させられたなら、フェルナンドを説得できるのではと思った。
 確かに肩入れしているのだろう。管財人の見習いなんて肩書きでここへ遣わされているが、あの少女に初めて出会ったときから、既に気持ちは傾いていたのだろう。

「パトリシア嬢のことなら、私のほうが知っているつもりだよ」

 それはそうだろう。ロバートソンは彼女と同窓だった。なにより、フェルナンドの友人であった彼こそ、誰よりも惹かれ合う二人を間近で見ていた筈だ。

「だが、残念ながら子を産む母の気持ちは理解が及ばない。十月十日とつきとおか、どんな気持ちで我が子を育むのかも」

 ロバートソンは、柱から身を起こすと、エバーシェリンを見下ろした。

「彼女が、殿下を純粋な気持ちで慕っていたことは知っているつもりだ。君のいうとおり、マリールイーズ嬢を王族に加えたいだなんて、一度も思わなかっただろうな」

 ロバートソンはそれから、遠くを見るような眼差しとなった。それは彼女を思い浮かべるようにも見えた。

「殿下のお子を産みたかっただけなんだろうな」

 何も考えずに、とロバートソンはつけ足した。

「そうではないわ、ロバートソン様。パトリシア様は、大切な恋人の子を産むことだけを考えていたのよ」

 宝石でも花でもなく、山査子の実を髪に飾ったパトリシア。
 マリールイーズをその身に宿して、山査子に、その花言葉どおり「慎重」に「ただ一つの恋」への「希望」を託した。




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