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第十九章
「君だってそうだ」
「え?」
ロバートソンの矛先が、こちらに向けられた。
「いずれにしても、母娘ごっこはそろそろお終いにしてもらいたい。君には本来の役割があるだろう」
随分、突き放した言い方だと思うも、ロバートソンの言葉はいつでも的を射ている。
現に、エバーシェリンこそ、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。ここに来ることを渋ったのも、そんな他人事に関わっているほど暇ではなかったからである。
確かにそう思っていた。
ヘンリーからラグウッド伯爵家に呼び出されて、子爵領に来て、あの門扉を通り抜けるその時まで、エバーシェリンには、ほかに大切なものがあった。今だって、片時も心から離れることはない。
「わかっているわ。でもどうしてか放っておけないの。きっと、ただそれだけなのだわ」
自分の口から出た声は、思った以上に力ないものだった。
「君が気持ちを引かれるのは、仕方がないんだろうな」
「ロバートソン様」
「君たちは、どこか似ているところがある」
「君たち?」
「マリールイーズ嬢もパトリシア嬢も、君も」
外見なら、似ていると言えばそうだろう。
ブルネットの髪色は、子爵家のチョコレート色の髪と似ているし、ビリジアンの瞳もパトリシアとは似て見えるかもしれない。
「今日は、屋敷の敷地内を検めるよ。君は屋敷の中にいて、マリールイーズ嬢のそばにいてやってはくれないか。そうやって、引きつけておいてくれ」
ロバートソンの言葉に、どこか引っかかるものを感じながら、エバーシェリンは頷いた。
子爵が失踪してから間もなく、ミーガンは屋敷を出たのだという。
「ご用事があるのだと仰っておられました」
マリールイーズは、どこか淋しそうな様子で言った。
物心がつくころには、ミーガンは彼女のそばにいたのだから、父親が行方不明で不安なときに、ミーガンまでいなくなってしまうのは心細いことだったろう。
「いつ頃お戻りになるかは、聞いてみたのですか?」
「はい」
そこで彼女は、ちらりと背後のリチャードを見た。話してよいものか、確認するようであった。
エバーシェリンも、そこでリチャードへ視線を移した。彼は、マリールイーズに微笑むと、エバーシェリンを見た。詳しくは、自分から話そうとするようだった。
「ミーガン夫人は、一旦、王都に戻られました。ですが、それはこれまでもあったことです」
「これまでも?」
「彼女は王都にご家族がおいでですから」
夫人というのだから、夫も家もあることはわかる。もしかしたら、子供やその家族もいるかもしれない。王都にいる家族の元に戻ることは、考えてみれば当たり前のことだろう。
「それでは、いずれは子爵領においでになるのですね?」
このままでは、マリールイーズは別のガヴァネスを雇わなければならないだろう。彼女はまだ十歳で、学園で学ぶのは数年後のことである。
リチャードは、すぐには答えなかった。彼にもはっきりとしたことはわからないのだろう。
子爵家がこれからどうなるかで、ミーガンとの契約も変わるだろうから。
だが、彼女はかつて王子妃教育を担っていた人物である。現王妃の王太子妃教育は、彼女が当たっている。
マリールイーズの周囲は、王族の影響が色濃く漂っている。子爵はどんな気持ちで彼女を守っていたのだろう。
成長するほどにフェルナンドに似る面立ちと、そんな彼女に王都流の学を授けるガヴァネス。
刺繍ばかりではなかった。
初めて見た彼女のカーテシーも、食事のマナーも、何気ない所作の一つ一つが、洗練された王都の令嬢そのものだった。
この屋敷の人間は、それを理解しているだろうか。
まるでここは王家の離宮のように、マリールイーズから他者を排斥して、純粋な美しい至宝を磨いているように思えた。
「リチャード様」
リチャードは、ここで自分が何かを尋ねられると思わなかったのだろう。榛色の瞳を、一瞬、見開いた。
だが流石は執事というか、すぐに平素の表情を取り戻した。
「ミーガン夫人を、お呼びすることは可能なのでしょうか」
自分でも無理なことを言っていると思う。
エバーシェリンは「管財人見習い」と名乗っていても、それはなんの効力も持つものではない。子爵家に入るための通行証のようなものだった。
そんな自分が、ミーガン夫人を呼び寄せるなんて初めから無理がある。
何よりここは、王都から遠く離れた場所である。早馬ならまだしも、貴婦人が馬車で来るなら、一週間は掛かるだろう。
もし、夫人がゆったりとした行程で来るなら、十日掛かったとしてもおかしくない。
そんなに長い日数を、エバーシェリンは予定してはいなかった。あと数日のうちには、ここを出なければならないと考えていた。
あと数日。そのうちにロバートソンは何某か結論を見出すだろう。その後は、王家が介入することもないとは言えなかった。
子爵のことも、一旦の区切りをつけるだろう。
リチャードにミーガン夫人のことを尋ねながら、エバーシェリンの思考はこれからのことを考えていた。
「夫人は、間もなくこちらにおいでになります」
リチャードは、思ってもみなかったことを告げた。
「多分、明日には」
どうしてそれを今の今まで教えてくれなかったのか。彼女は、必ず何か重要なことを知っている。
リチャードが敢えて明かさずにいたのかと思ったが、それ以上に驚きが勝って、エバーシェリンは何も言えずにいた。
ミーガンと、明日には対面することになる。
既に思考はそちらに傾いていた。
「え?」
ロバートソンの矛先が、こちらに向けられた。
「いずれにしても、母娘ごっこはそろそろお終いにしてもらいたい。君には本来の役割があるだろう」
随分、突き放した言い方だと思うも、ロバートソンの言葉はいつでも的を射ている。
現に、エバーシェリンこそ、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。ここに来ることを渋ったのも、そんな他人事に関わっているほど暇ではなかったからである。
確かにそう思っていた。
ヘンリーからラグウッド伯爵家に呼び出されて、子爵領に来て、あの門扉を通り抜けるその時まで、エバーシェリンには、ほかに大切なものがあった。今だって、片時も心から離れることはない。
「わかっているわ。でもどうしてか放っておけないの。きっと、ただそれだけなのだわ」
自分の口から出た声は、思った以上に力ないものだった。
「君が気持ちを引かれるのは、仕方がないんだろうな」
「ロバートソン様」
「君たちは、どこか似ているところがある」
「君たち?」
「マリールイーズ嬢もパトリシア嬢も、君も」
外見なら、似ていると言えばそうだろう。
ブルネットの髪色は、子爵家のチョコレート色の髪と似ているし、ビリジアンの瞳もパトリシアとは似て見えるかもしれない。
「今日は、屋敷の敷地内を検めるよ。君は屋敷の中にいて、マリールイーズ嬢のそばにいてやってはくれないか。そうやって、引きつけておいてくれ」
ロバートソンの言葉に、どこか引っかかるものを感じながら、エバーシェリンは頷いた。
子爵が失踪してから間もなく、ミーガンは屋敷を出たのだという。
「ご用事があるのだと仰っておられました」
マリールイーズは、どこか淋しそうな様子で言った。
物心がつくころには、ミーガンは彼女のそばにいたのだから、父親が行方不明で不安なときに、ミーガンまでいなくなってしまうのは心細いことだったろう。
「いつ頃お戻りになるかは、聞いてみたのですか?」
「はい」
そこで彼女は、ちらりと背後のリチャードを見た。話してよいものか、確認するようであった。
エバーシェリンも、そこでリチャードへ視線を移した。彼は、マリールイーズに微笑むと、エバーシェリンを見た。詳しくは、自分から話そうとするようだった。
「ミーガン夫人は、一旦、王都に戻られました。ですが、それはこれまでもあったことです」
「これまでも?」
「彼女は王都にご家族がおいでですから」
夫人というのだから、夫も家もあることはわかる。もしかしたら、子供やその家族もいるかもしれない。王都にいる家族の元に戻ることは、考えてみれば当たり前のことだろう。
「それでは、いずれは子爵領においでになるのですね?」
このままでは、マリールイーズは別のガヴァネスを雇わなければならないだろう。彼女はまだ十歳で、学園で学ぶのは数年後のことである。
リチャードは、すぐには答えなかった。彼にもはっきりとしたことはわからないのだろう。
子爵家がこれからどうなるかで、ミーガンとの契約も変わるだろうから。
だが、彼女はかつて王子妃教育を担っていた人物である。現王妃の王太子妃教育は、彼女が当たっている。
マリールイーズの周囲は、王族の影響が色濃く漂っている。子爵はどんな気持ちで彼女を守っていたのだろう。
成長するほどにフェルナンドに似る面立ちと、そんな彼女に王都流の学を授けるガヴァネス。
刺繍ばかりではなかった。
初めて見た彼女のカーテシーも、食事のマナーも、何気ない所作の一つ一つが、洗練された王都の令嬢そのものだった。
この屋敷の人間は、それを理解しているだろうか。
まるでここは王家の離宮のように、マリールイーズから他者を排斥して、純粋な美しい至宝を磨いているように思えた。
「リチャード様」
リチャードは、ここで自分が何かを尋ねられると思わなかったのだろう。榛色の瞳を、一瞬、見開いた。
だが流石は執事というか、すぐに平素の表情を取り戻した。
「ミーガン夫人を、お呼びすることは可能なのでしょうか」
自分でも無理なことを言っていると思う。
エバーシェリンは「管財人見習い」と名乗っていても、それはなんの効力も持つものではない。子爵家に入るための通行証のようなものだった。
そんな自分が、ミーガン夫人を呼び寄せるなんて初めから無理がある。
何よりここは、王都から遠く離れた場所である。早馬ならまだしも、貴婦人が馬車で来るなら、一週間は掛かるだろう。
もし、夫人がゆったりとした行程で来るなら、十日掛かったとしてもおかしくない。
そんなに長い日数を、エバーシェリンは予定してはいなかった。あと数日のうちには、ここを出なければならないと考えていた。
あと数日。そのうちにロバートソンは何某か結論を見出すだろう。その後は、王家が介入することもないとは言えなかった。
子爵のことも、一旦の区切りをつけるだろう。
リチャードにミーガン夫人のことを尋ねながら、エバーシェリンの思考はこれからのことを考えていた。
「夫人は、間もなくこちらにおいでになります」
リチャードは、思ってもみなかったことを告げた。
「多分、明日には」
どうしてそれを今の今まで教えてくれなかったのか。彼女は、必ず何か重要なことを知っている。
リチャードが敢えて明かさずにいたのかと思ったが、それ以上に驚きが勝って、エバーシェリンは何も言えずにいた。
ミーガンと、明日には対面することになる。
既に思考はそちらに傾いていた。
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