毎夜、同じ夢をみる

桃井すもも

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【35】

晩餐が終わり部屋へと戻っても、リディアの心は落ち着かなかった。

現実で出会ったルパートは、夢とは比べものにならないほど、力強く鮮やかな存在感を放っていた。
艶のある黒髪は夢より更に濃く艶やかで、リディアを見つめる眼差しには揺らがない意志が浮かんでみえた。

夢の中でさえ彼の愛に浮かされた。現実には未通であるのに、夢の中では何度も何度もルパートから夜通し愛された。

現実に生きるルパートは、確かな存在感を持っている。夢では曖昧だったことも、細部まで知ることができた。

それらは夢と符合したりしなかったり様々だったが、例えば生家の紋章が盾と向かい合う二羽の鳩であるとか、決定的な夢との合致を知ってしまうと逃れられない気持ちになる。

王都からも王家からもキャロラインからも遠く離れた筈なのに、ここでルパートと再会して、それが運命の指し示す道なのだと、そう言われているようで不安に駆られた。

『リディア嬢の心ひとつだと、そう理解することだ』

ルパートの言葉は、未来はリディアの選択に委ねられていると、そう言っている。その言葉に瞬時に思い浮かんだのは、夢でリディアを見つめたノアだった。
夢の中に一瞬だけ現れたノア。その瞳は哀しみを湛えて揺れていた。なぜそんな哀しそうな顔をするのだと、目覚めたリディアは胸が痛んだのだ。

「夢の中で、私はルパート様を選んだのだわ」

理由は分からない。多分、アルレスかキャロラインが原因なのだろう。夢の中では、その二人さえどうしていたかはわからない。

「メリンダ様はどうなさったのかしら」

夢でもアルレスとの縁を結んでいるのなら、メリンダはアルレスと婚姻したのだろうか。それとも彼女もまた進む未来を選んで、別の人生を生きていたのだろうか。

なぜこれほど夢に囚われるのかわからない。たかが夢なのだと気にせずとも良いのだし、寧ろ気にしないほうが良いだろう。
なのに、夢の中で受けたルパートの深い愛が現実でも重なって、リディアを不安にさせた。

「まさか、私はルパート様を愛してしまうと?」

確かに夫人となったリディアは、ルパートへ穏やかな愛を抱いていた。それがリディアが選択した結果なのだとしたら、

ノアを手放したのは、リディアの意志だ。

どんな理由があったとしても、抗えない勢力に引き離されたのではなくて、自分の意志でノアから離れて、あの夏の庭園でルパートの申し出に応えたのだとしたら。

リディアは眠るのが怖くなった。眠ってしまったらきっと夢をみてしまう。
もう一度夢をみてしまったら、きっと見たくはない未来を見てしまいそうで、リディアはまんじりともせずに空が白むまで寝台の中で天井を睨みつけていた。

夜が明けはじめたことに安堵したのだろう。リディアはそこで、つい微睡に入ってしまった。
それで夢をみた。だが、その夢がいつもと違っていることに夢の中で気がついた。

ノア様と婚約した日だわ。

ノアとの顔合わせで向かい合わせに座った瞬間に、夢のリディアの中に入り込んでいた。
 
目の前にノアがいる。今より二つ若いノアは幼い顔をして見えた。
あの時はリディアも緊張していたから、こんなふうに真っ直ぐ彼を見つめることなんてできなかった。

「余り、見つめないでくれないか」
「え?」
「いや、失礼。そうではなくて、その、なんだか落ち着かなくて」
「あ、ああ、失礼致しました」

まさか懐かしかったからとは言えずに、咄嗟にリディアは謝罪した。

「いや、謝らないでほしい。僕が恥ずかしくなってしまっただけだ」

現実では交わさなかったノアとの会話。
現実では互いにどこか距離があって、もっとぎこちなかったと思う。

ノアがノアであることを知っている夢の中のリディアは、少しだけ心に余裕がある。だから一度も俯くことなく、ずっとノアを見つめていた。

少年の面影を残す十五歳のノア。頬が今より丸く見える。手も今ほど大きくない。だけど、さらりとした黒髪も翡翠色の瞳も全て、リディアのよく知るノアだった。

なぜ惹かれてしまったのか。人を好きになるのに理由なんてわからない。確かにノアは綺麗な面立ちの青年だったが、それだけで好きになったのではない。

ノアの漂わせる空気、控えめな気質、小柄であるのに曲げない意志の強さ。恥ずかしい時には目を伏せて長い睫毛が瞳を覆う。そんな些細なことさえ愛おしくて、リディアは一日一日ノアへの好意を積み重ねた。

そうやってノアをどんどん好きになったのだと、夢の中のノアを見つめて思った。

「ノア様」

夢に干渉できる筈もない。けれども言わずにはいられなかった。現実では気恥ずかしくて言えなかった言葉。

「ノア様。私は貴方のことを貴方が思う以上にお慕いするでしょう」

ノアは、行き成りのリディアの言葉に驚いたような顔をした。

「私たちの間に、例えば何かトラブルや越えられそうにない事が起こったとしても、ノア様。私を信じて下さいね?私も貴方を信じて、決して離さないと誓います」

初々しい婚約者同士の会話ではないだろう。
こんな熱い気持ちを打ち明けられて、きっとノアは困ってしまう。

そう思ったリディアに、ノアは綺麗な笑みを見せてくれた。

「ありがとう、リディア嬢。いや、リディアと呼んでも良いかな」
「勿論ですわ、ノア様」

その言葉に、ノアは少年の面影を残した顔を破顔させたのだった。
目に沁みるような眩しい笑みだった。


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