毎夜、同じ夢をみる

桃井すもも

文字の大きさ
36 / 47

【36】

夢から覚めると、夜はすっかり明けていた。
白んだ空を見た筈がそのまま微睡んで、ノアと婚約した日の夢をみた。

ほんの二年前には、二人の未来に暗い雲はひと欠片も見えなかった。半年後に学園へ入学してから、梯子が一つまた一つと下ろされるように足元が揺らいで見えなくなった。

夏はあっという間に過ぎていく。
リディアとノアは、間もなく王都へ帰らなければならない。
メリンダはこのまま暫くは公国に身を置くそうで、復路はノアとリディアの二人になる。
ノアは帰りの行程では騎乗しないことを選んだ。

「君と過ごせる時間を、馬の上で終わらせたくない」

来る時には護衛を兼ねて騎乗していたノアが、こんな自己主張をしたのはきっと、王都に戻れば再びままならない環境が待っていることと、もう一つ、ルパートから浴びせられた辛辣な言葉に影響されたからだろう。

ノアに傷ついてほしくない。けれどリディアが口出しできることではない。
ただ、ノアには夢で語った同じ言葉を伝えたいと思った。

『私たちの間に、例えば何かトラブルや越えられそうにない事が起こったとしても、ノア様。私を信じて下さいね?私も貴方を信じて、決して離さないと誓います』

それは今こそノアに伝えたいリディアの本心だった。


王都に向けて出発する、三日前のことだった。
使節団として小国に渡っていたテリュースから書簡が届いた。早馬で届けられた書簡はメリンダ宛で、彼女はそれに目を通してからノアとリディアを呼び寄せた。

「三国の共同事業が無事締結されるとのことよ」

共同事業締結を足掛かりに、王国と小国との国交樹立と軍事同盟が締結されることとなった。締結式は王国で執り行われる。小国の使節団を招いて結ばれる運びとなるらしい。

「テリュース様の大公即位が早まるかもしれないわ」

そうなれば、メリンダは婚姻後には大公妃となる。

「おめでとうございます、メリンダ様」

「ふふ、まだまだ先のことだわ。公国は王国と小国を結ぶ中継国としてますます大きな役目を担うでしょう。街道の整備もあれば、物流の拠点ともなる。忙しくなるわ、折角の新婚気分も味わえそうにないわね」

第二王子妃として生きる運命を、メリンダは自分の意志とは違う力で曲げられて、結果、更に重い立場に据えられた。
けれどもその表情は晴れやかで、メリンダがアルレスとの切なく苦しい別れを越えた今、彼女は確かに幸せなのだと思えた。

「まだ、何かおありで?」

そう尋ねたのはノアだった。どうやらメリンダの表情から、話には続きがあると気づいたようだ。

「キャリントン公爵家」
「まさか」
「ノア様、おわかりになった?」

リディアは、何やら考えが通じたらしいノアとメリンダを交互に見た。

「販売取扱の権利を、キャリントン公爵家が勝ち取ったようね。共同生産されるシルク製品の販売はキャリントン百貨店が代理店となって請け負うわ」

「それは……」

確かめようとするリディアに、メリンダは笑みを浮かべて答えた。

「ヴィリヤーズ百貨店は大きな販路の獲得に失敗したわ。表向きは正式な競争入札が為されたでしょう。けれど国営事業に裏取引は付きものよ。王家を侮る平民商家にみすみす力を与えるかしら。三国協定の王国代表は王太子殿下が担うのよ。弟を破談に導いた家にあの御方は忖度なんてなさらない」

それからメリンダは、「王都に戻るのが楽しみね。学園もようやく静かになるでしょう」

そう言った後に、更に続けた。

「お二人にも、きっと道が開けるわ。たとえ越えられそうにない事が起こったとしても、お互いを信じて決して離れては駄目よ」

それは夢の中でリディアがノアに語った言葉そのままだった。

メリンダにはきっと、アルレスに残した心がある。あんな最後となってしまっても、二人が過ごした時間は長い。やんちゃが過ぎる王子とともに、メリンダはアルレスとの未来を思い描いてきた筈だ。

二人は道が分かれてしまって、メリンダはテリュースの妃となる。その道をメリンダは幸福なものとして受け入れながら、幼馴染であり恋人であったかつての婚約者を忘れきったわけではないのだろう。

そのメリンダに、ノアとリディアは励まされている。同じ轍を踏みないように、心を通わせろと告げられている。



「リディア」

メリンダと別れて部屋に戻る通路で、隣を歩くノアに名を呼ばれた。

「ノア様、私、貴方にどうしてもお伝えしたいことがあったのです」

ノアの言葉を待たずに話し出したリディアに、ノアは黙ってその言葉を聞いてくれる。
そうだノアは無口な質であるが、会話を厭う人ではなかった。リディアは改めてそう思った。

「メリンダ様に先を越されてしまいました。私、王都に帰る前に貴方にどうしても言いたかったの」

「なに?それは」

「私を信じて下さる?何があっても何が起こっても、私はノア様を諦めない。ずっと貴方の側にいるわ」

夢の世界でノアを選ばなかったリディア。
それは何かがあって何かが起こった末に、ノアを信じきれずにその手を離してしまったからだ。

今回は、そんなことにはしない。

なぜだか夢が最初の世界で、現実が二度目のように思えてくる。そんなことは小説や物語の中の出来事なのに、この世にはそんな不思議なことが一つくらいありそうに思えた。

だからリディアは思ったのだ。
今度こそ、ノアの手を離さない。あんな哀しい顔は一度たりともさせやしない。



あなたにおすすめの小説

政略結婚の作法

夜宮
恋愛
悪女になる。 そして、全てをこの手に。 政略結婚のために身分違いの恋人のいる王太子の婚約者となった公爵令嬢は、妹の囁きを胸に悪女となることを決意した。 悪女と身分違いの恋人、悪女になるはずだった妹の物語。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。

愛する人のためにできること。

恋愛
彼があの娘を愛するというのなら、私は彼の幸せのために手を尽くしましょう。 それが、私の、生きる意味。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。