毎夜、同じ夢をみる

桃井すもも

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【37】

三男であるノアの婚姻先に、両親は嫡女を選ばなかった。
同じ伯爵家の次女、同い年の少女を選んだ。

元より婿入りを願った訳ではないし、騎士の道に進もうと決めていたから、婚姻相手に爵位を望んではいなかった。

一代限りの騎士爵を得ても、ノアの子に爵位は残せない。

そんなノアに充てがわれたリディアは、ノアの初恋の少女だった。
淡い金色の髪、濃い翠の瞳。
大人しい令嬢かと思えばそうではない。突然、思い掛けない気丈さを発揮する。

そんな彼女は貴族籍に拘ることなく、近衛騎士を目指すノアに嫁ぐ為に、自身も王城勤め侍女を目指してくれた。

嫡男に嫁げるなら、別の道があっただろう。リディアのことだから、良き貴族夫人として家と夫と子を守るに違いない。

それでもノアは、リディアの人生を変えるとわかっていても、リディアを得られたことを嬉しく思っていた。

両親が無口なノアの感情を読み取って、リディアを婚約者に選んだのを知っている。

幼い頃の子供同士のお茶会で、初めて出会ってから何度か顔を合わせていた。それで親しくなれた訳ではなかったが、柔らかな春の新緑を思わせる彼女のことを、ノアはいつも目で追っていた。

リディアの髪を飾る緑色のリボン。
自分の色を纏う婚約者。

たったそれだけのことなのに、思わず触れずにはいられないほど愛おしく思う。頬にキスしたあとの胸の鼓動の速さといったら。あんな気持ちにさせられる女性をリディア以外にノアは知らない。

一日一日リディアへの恋心を募らせる。はにかむリディアのこちらを見上げる眼差しが、ノアは堪らなく好きだった。

アルレスやキャロラインに巻き込まれる形で、リディアと疎遠になるのは辛かった。
王子と豪商の娘。学園の中にいて、ノアは彼らに抗えぬまま身動き出来ずにいた。それで誰を犠牲にしたかは、言わずともわかることだった。

リディアの父親がノアに見切りをつけることなくノアの忍耐を認めてくれていたから、リディアとは破談にされずに済んでいた。まるで綱渡りをしているような日々。それほどリディアに犠牲を強いた。

アルレスは、洒落もの好きで華やかな気質が目立つが、本来愚かな王子ではない。なのにメリンダへの余りの遣りようは、流石に見ていられなかった。騎士を目指すノアの精神に、キャロラインが加わった集団は、兎に角居心地が悪かった。

望んでアルレスの側近候補になったわけではなかったが、王族付きになることでリディアに安定した暮らしを保証できると思っていた。

多分、それは大きな間違いではなかったが、それもメリンダあってのアルレスだったのは確かだろう。

そのメリンダに、アルレスは何故あんなことが出来たのか。そう何度も思うのに、公爵家と侯爵家の側近候補たちに忖度するあまり、静観することを選んだノアは口出しをしなかった。
そのことは、あの男、ルパートに突かれるまで胸の奥にしこりとなって残っていた。

アルレスからキャロラインの側にいるよう頼まれて、その結果キャロラインがリディアに的を移して、それは許しがたいことだと憤った。何処までアルレスに仕えればよいのか。これが臣下の役割なのかと思い悩んだ。

経済界の重鎮の娘。流行の先を行く洗練されたキャロラインに、アルレスはひと目で惹きつけられた。
貴族の旧家と平民の大家。二つを代表するような令嬢を二人とも自分の側に置くことを望んだ。
キャロラインを優遇することを先にするあまり、結果的に馴染んだメリンダへの気配りを放棄した。

アルレスが、本心からメリンダを忌み嫌った訳ではないのを知っている。彼女を将来の伴侶として、長い年月を一緒に学び成長してきた。
それは、メリンダが学園に姿を見せなくなってから、アルレスが何処か心あらずになったことでもわかることだった。

あの庭園でメリンダを連れ出したノアを、アルレスは後から叱責することはなかった。
彼はきっと解っていたのだろう。蝶を愛でることに夢中になり過ぎて、帰る場所だったメリンダを永遠に失ってしまったことを。

王家なのか侯爵家なのか、ノアには知り得ない大きな力が動き出して、ノアはアルレスから離された。夜会の出席も免除されて警護という名目であの夜も会場にいた。

そこで見つけたリディアの姿。ノアの贈ったドレスを纏うリディアが、口をぱくぱくさせた。ノアの名を呼んでいる。その姿が堪らなく愛おしい。
なんで彼女を見るだけで、こんなに胸が熱くなるのか。

堪えきれずにリディアの指先に口づけた。
照れたリディアがなにかを呟いた。周囲の喧騒でよく聞こえなかった。けれども、彼女の表情がノアを恋しく慕っているのだと語っていた。

そのまま抱き締めてしまいたかった。リディアの手を取りダンスホールに進んで、細い腰に手を当てて一緒に踊りたいと思った。

上手く出来ずにいた諸々を、リディアを抱き締めターンをして、全て振り払ってしまいたい。
幼い頃から好んでいたリディア。誰にも触れさせたくない、ノアだけの婚約者。

なのに騒ぎの先で見つけたのは、リディアを抱きかかえるルパートだった。

リディアが倒れたのは小さな騒ぎとなって、何が起こったかわからぬまま、ノアは一旦回廊に出ていたのを再び会場に引き返した。

倒れていたのはリディアだった。それを受け止めていたのはルパートだった。
後から知った男の名前。自分ではとても太刀打ち出来ないエリート文官。

本能が彼を危険だと告げて、足元にも及ばない格の違いを見せつけられて、それでもどうしてもリディアだけは奪われたくない。

言葉で言い表せない衝動に駆られ、小さなリディアの頬を両手で包んだ。
ノアを映す瞳を見つめて、奪うようなキスをした。

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