毎夜、同じ夢をみる

桃井すもも

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【43】

久しぶりに夢をみた。
一生分の夢をみてしまったから、もう夢をみることはないと思っていた。

夢の中でリディアは、あの夏に戻っていた。
アルレスがキャロラインに魅了されて、メリンダを失った夏。

朝の学園でノアを見つけた。

「ノア様」

駆け寄ったリディアに、ノアは笑みを浮かべたあと、ほんの僅かに顔色を曇らせた。

「どうしたの?ノア様」

ノアはいつものように、リディアの鞄を手に持って、もう片方の手でリディアの手を握った。

二人並んで歩き出す。歩き出して間もなく、ノアはリディアを見下ろした。

「リディア、ごめん」

嫌な気持ちが心を覆う。ノアが謝罪するのはいつでもキャロラインが絡んでいる。

「夜会に、君をエスコートできなくなった」
「え?」

夜会とは、王家主催のファイナルの夜会だ。
現実では、ノアは王城の警護に当てられて夜会には出席していない。

「贈ったドレスを着てくれる?」

夢の中でもノアからドレスを贈られていた。ノアの色のドレスを着て、なのにリディアはノアにエスコートを願えない。
返事をする前に、リディアは確かめずにはいられなかった。

「ノア様は、どなたをエスコートするの?」

見上げたノアの顔は苦しげなものだった。

「キャロライン嬢なのね」
「すまない」

ノアは繋いだ手に力を込めた。

「ごめん、リディア」

ノアが再び謝ってくる。もう何度謝ったか。
大丈夫と言えたなら、きっとノアの心は軽くなるだろう。なのにそう言えないし、言いたくない。

口を開いてしまったなら、「なぜ貴方がキャロライン嬢をエスコートするの」「なぜ貴方ばかりがキャロライン嬢の面倒を見るの」「なぜ私たちばかりがアルレスとキャロラインの犠牲にならなければいけないの」。そんな言葉が溢れ出して、きっと止められなくなると思った。

だから結局リディアは口を噤んで、二人は気まずいまま教室の前で別れた。

ノアの顔を見られなかった。せめて別れ際にその瞳をみつめていたなら、あんなことがあった後に後悔をせずとも済んだのだろうか。

偽りでも「大丈夫、気にしていないわ」と笑って言えたなら、ノアもリディアに安堵の笑みを見せてくれたのだろうか。

夢の中なのに、リディアはこの先に起こることを知っているように後悔している。嫌だ、この先を見たくない、もう十分。

夢だとわかっているのに、胸が締めつけられて苦しくなった。

ドレスは現実でもノアから贈られたドレスだった。ノアの瞳と同じ深い翠色のドレス。それはリディアの白い肌にしっくり馴染んだ。


リディアは夜会の会場にいた。
パートナーがいないリディアは両親の後について、兄も婚約者のイサベルと共に参加している。それはリディアが既に経験した、現実と同じ風景だった。

会場でノアの黒髪を探しても、彼の姿は見つからない。
まだ会場入りしていないのだろうか、ノアの両親は既に来ている。

とうとう王族たちが現れて、国王陛下が開会の言葉を述べた。そして、ここでも現実通りにアルレスとメリンダの婚約解消が告げられた。

「この度、アーリントン侯爵家の息女メリンダ嬢とロードデール公国の嫡男テリュース卿との婚約が整った。これに先立ち、第二王子アルレスとの婚約は解かれ、アルレスには今後、新たな婚約が結ばれることとなった」

途端に辺りはざわめきが起こり、それが波のように広まっていく。
もう一度、記憶をなぞるように夢は進む。

場面は変わり、リディアは兄の婚約者であるイサベルとテラスにいた。夢が現実通りであるのなら、ここでキャロラインが現れる。

この先をみたくない。夢だとわかりながら息が詰まる。
だが彼女は夢の通りに姿を現した。隣には、リディアの恋する黒髪の婚約者が、紙のように色を無くした顔をしてキャロラインをエスコートしていた。

「ノア様……」

わかっていたのに、覚悟していたのに、これはノアの本意などではないのに。

キャロラインのドレスには、裾に毛足の長いファーフリンジが縫い留められて、それが歩くたびに軽やかに揺れている。ボリュームを抑えたストレートなシルエット。どこまでも記憶の通りのキャロライン。

「見ては駄目よ、近寄っても駄目」

イサベルがリディアの前に立って二人の姿を隠した。ノアからはリディアの姿は見えないだろう。

「さあ、ウィルバートの所へ行きましょう。ここから離れたほうが良いわ」

兄と合流しようというイサベルの言葉で、テラスから会場に戻ろうと踏み出した。

人の波が割れていくのが視界の端に見えていた。見たくなくとも目に入る。キャロラインの進む道が開かれていく。

キャロラインがホールの中央辺りで飲み物を受け取って、視線の雨を浴びながらシャンパンを飲み干した。その隣にはノアがいる。

見たくない、見たくない。イサベルに手を引かれるまま目を瞑った。彼女の姿も、側に侍るノアも見たくない。彼女の声なんて聞きたくない。

「まあ、貴女」

どうしてリディアに気づいたのか。

「ねえ、貴女、聞こえないのかしら?」

どうしてここでリディアに声を掛けられるのか。

「貴女、失礼ではなくて。ここは学園ではございませんのよ。社交マナーを知らないのなら、貴族の夜会はまだ早いのではなくて?」

立ち止まったイサベルが、リディアを庇うようにキャロラインに向かって言い放った。

辺りには好奇心から貴族たちが集まり出して、事の成り行きを見つめている。

社交に練れたイサベルに真っ向から非難されて、流石のキャロラインも言葉に詰まった。だが、彼女は瞬時に矛先をリディアに向けて、そこで口角を上げて笑みを浮かべた。

キャロラインがノアの腕を引き寄せる。ノアはそれには動かなかった。ならばとキャロラインは自らノアに身体を押し付け、

「ノア様、貴方を私の専属護衛に雇おうかしら」

そう言って、ノアの肩に頭を預けた。

「はっ。とんだ阿婆擦れだな。ここがどこかわかっているのか?恥ずかしくて見ていられない」

その声は、リディアの背後から掛けられた、と思った時には目の前に広い背中が見えた。漆黒のジャケットにうねる黒髪が揺れていた。この声、この後ろ姿。リディアは彼を知っている。

キャロラインとノアから遮るように、ルパートがリディアの前に立ち塞がった。


    

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