43 / 47
【43】
久しぶりに夢をみた。
一生分の夢をみてしまったから、もう夢をみることはないと思っていた。
夢の中でリディアは、あの夏に戻っていた。
アルレスがキャロラインに魅了されて、メリンダを失った夏。
朝の学園でノアを見つけた。
「ノア様」
駆け寄ったリディアに、ノアは笑みを浮かべたあと、ほんの僅かに顔色を曇らせた。
「どうしたの?ノア様」
ノアはいつものように、リディアの鞄を手に持って、もう片方の手でリディアの手を握った。
二人並んで歩き出す。歩き出して間もなく、ノアはリディアを見下ろした。
「リディア、ごめん」
嫌な気持ちが心を覆う。ノアが謝罪するのはいつでもキャロラインが絡んでいる。
「夜会に、君をエスコートできなくなった」
「え?」
夜会とは、王家主催のファイナルの夜会だ。
現実では、ノアは王城の警護に当てられて夜会には出席していない。
「贈ったドレスを着てくれる?」
夢の中でもノアからドレスを贈られていた。ノアの色のドレスを着て、なのにリディアはノアにエスコートを願えない。
返事をする前に、リディアは確かめずにはいられなかった。
「ノア様は、どなたをエスコートするの?」
見上げたノアの顔は苦しげなものだった。
「キャロライン嬢なのね」
「すまない」
ノアは繋いだ手に力を込めた。
「ごめん、リディア」
ノアが再び謝ってくる。もう何度謝ったか。
大丈夫と言えたなら、きっとノアの心は軽くなるだろう。なのにそう言えないし、言いたくない。
口を開いてしまったなら、「なぜ貴方がキャロライン嬢をエスコートするの」「なぜ貴方ばかりがキャロライン嬢の面倒を見るの」「なぜ私たちばかりがアルレスとキャロラインの犠牲にならなければいけないの」。そんな言葉が溢れ出して、きっと止められなくなると思った。
だから結局リディアは口を噤んで、二人は気まずいまま教室の前で別れた。
ノアの顔を見られなかった。せめて別れ際にその瞳をみつめていたなら、あんなことがあった後に後悔をせずとも済んだのだろうか。
偽りでも「大丈夫、気にしていないわ」と笑って言えたなら、ノアもリディアに安堵の笑みを見せてくれたのだろうか。
夢の中なのに、リディアはこの先に起こることを知っているように後悔している。嫌だ、この先を見たくない、もう十分。
夢だとわかっているのに、胸が締めつけられて苦しくなった。
ドレスは現実でもノアから贈られたドレスだった。ノアの瞳と同じ深い翠色のドレス。それはリディアの白い肌にしっくり馴染んだ。
リディアは夜会の会場にいた。
パートナーがいないリディアは両親の後について、兄も婚約者のイサベルと共に参加している。それはリディアが既に経験した、現実と同じ風景だった。
会場でノアの黒髪を探しても、彼の姿は見つからない。
まだ会場入りしていないのだろうか、ノアの両親は既に来ている。
とうとう王族たちが現れて、国王陛下が開会の言葉を述べた。そして、ここでも現実通りにアルレスとメリンダの婚約解消が告げられた。
「この度、アーリントン侯爵家の息女メリンダ嬢とロードデール公国の嫡男テリュース卿との婚約が整った。これに先立ち、第二王子アルレスとの婚約は解かれ、アルレスには今後、新たな婚約が結ばれることとなった」
途端に辺りはざわめきが起こり、それが波のように広まっていく。
もう一度、記憶をなぞるように夢は進む。
場面は変わり、リディアは兄の婚約者であるイサベルとテラスにいた。夢が現実通りであるのなら、ここでキャロラインが現れる。
この先をみたくない。夢だとわかりながら息が詰まる。
だが彼女は夢の通りに姿を現した。隣には、リディアの恋する黒髪の婚約者が、紙のように色を無くした顔をしてキャロラインをエスコートしていた。
「ノア様……」
わかっていたのに、覚悟していたのに、これはノアの本意などではないのに。
キャロラインのドレスには、裾に毛足の長いファーフリンジが縫い留められて、それが歩くたびに軽やかに揺れている。ボリュームを抑えたストレートなシルエット。どこまでも記憶の通りのキャロライン。
「見ては駄目よ、近寄っても駄目」
イサベルがリディアの前に立って二人の姿を隠した。ノアからはリディアの姿は見えないだろう。
「さあ、ウィルバートの所へ行きましょう。ここから離れたほうが良いわ」
兄と合流しようというイサベルの言葉で、テラスから会場に戻ろうと踏み出した。
人の波が割れていくのが視界の端に見えていた。見たくなくとも目に入る。キャロラインの進む道が開かれていく。
キャロラインがホールの中央辺りで飲み物を受け取って、視線の雨を浴びながらシャンパンを飲み干した。その隣にはノアがいる。
見たくない、見たくない。イサベルに手を引かれるまま目を瞑った。彼女の姿も、側に侍るノアも見たくない。彼女の声なんて聞きたくない。
「まあ、貴女」
どうしてリディアに気づいたのか。
「ねえ、貴女、聞こえないのかしら?」
どうしてここでリディアに声を掛けられるのか。
「貴女、失礼ではなくて。ここは学園ではございませんのよ。社交マナーを知らないのなら、貴族の夜会はまだ早いのではなくて?」
立ち止まったイサベルが、リディアを庇うようにキャロラインに向かって言い放った。
辺りには好奇心から貴族たちが集まり出して、事の成り行きを見つめている。
社交に練れたイサベルに真っ向から非難されて、流石のキャロラインも言葉に詰まった。だが、彼女は瞬時に矛先をリディアに向けて、そこで口角を上げて笑みを浮かべた。
キャロラインがノアの腕を引き寄せる。ノアはそれには動かなかった。ならばとキャロラインは自らノアに身体を押し付け、
「ノア様、貴方を私の専属護衛に雇おうかしら」
そう言って、ノアの肩に頭を預けた。
「はっ。とんだ阿婆擦れだな。ここがどこかわかっているのか?恥ずかしくて見ていられない」
その声は、リディアの背後から掛けられた、と思った時には目の前に広い背中が見えた。漆黒のジャケットにうねる黒髪が揺れていた。この声、この後ろ姿。リディアは彼を知っている。
キャロラインとノアから遮るように、ルパートがリディアの前に立ち塞がった。
一生分の夢をみてしまったから、もう夢をみることはないと思っていた。
夢の中でリディアは、あの夏に戻っていた。
アルレスがキャロラインに魅了されて、メリンダを失った夏。
朝の学園でノアを見つけた。
「ノア様」
駆け寄ったリディアに、ノアは笑みを浮かべたあと、ほんの僅かに顔色を曇らせた。
「どうしたの?ノア様」
ノアはいつものように、リディアの鞄を手に持って、もう片方の手でリディアの手を握った。
二人並んで歩き出す。歩き出して間もなく、ノアはリディアを見下ろした。
「リディア、ごめん」
嫌な気持ちが心を覆う。ノアが謝罪するのはいつでもキャロラインが絡んでいる。
「夜会に、君をエスコートできなくなった」
「え?」
夜会とは、王家主催のファイナルの夜会だ。
現実では、ノアは王城の警護に当てられて夜会には出席していない。
「贈ったドレスを着てくれる?」
夢の中でもノアからドレスを贈られていた。ノアの色のドレスを着て、なのにリディアはノアにエスコートを願えない。
返事をする前に、リディアは確かめずにはいられなかった。
「ノア様は、どなたをエスコートするの?」
見上げたノアの顔は苦しげなものだった。
「キャロライン嬢なのね」
「すまない」
ノアは繋いだ手に力を込めた。
「ごめん、リディア」
ノアが再び謝ってくる。もう何度謝ったか。
大丈夫と言えたなら、きっとノアの心は軽くなるだろう。なのにそう言えないし、言いたくない。
口を開いてしまったなら、「なぜ貴方がキャロライン嬢をエスコートするの」「なぜ貴方ばかりがキャロライン嬢の面倒を見るの」「なぜ私たちばかりがアルレスとキャロラインの犠牲にならなければいけないの」。そんな言葉が溢れ出して、きっと止められなくなると思った。
だから結局リディアは口を噤んで、二人は気まずいまま教室の前で別れた。
ノアの顔を見られなかった。せめて別れ際にその瞳をみつめていたなら、あんなことがあった後に後悔をせずとも済んだのだろうか。
偽りでも「大丈夫、気にしていないわ」と笑って言えたなら、ノアもリディアに安堵の笑みを見せてくれたのだろうか。
夢の中なのに、リディアはこの先に起こることを知っているように後悔している。嫌だ、この先を見たくない、もう十分。
夢だとわかっているのに、胸が締めつけられて苦しくなった。
ドレスは現実でもノアから贈られたドレスだった。ノアの瞳と同じ深い翠色のドレス。それはリディアの白い肌にしっくり馴染んだ。
リディアは夜会の会場にいた。
パートナーがいないリディアは両親の後について、兄も婚約者のイサベルと共に参加している。それはリディアが既に経験した、現実と同じ風景だった。
会場でノアの黒髪を探しても、彼の姿は見つからない。
まだ会場入りしていないのだろうか、ノアの両親は既に来ている。
とうとう王族たちが現れて、国王陛下が開会の言葉を述べた。そして、ここでも現実通りにアルレスとメリンダの婚約解消が告げられた。
「この度、アーリントン侯爵家の息女メリンダ嬢とロードデール公国の嫡男テリュース卿との婚約が整った。これに先立ち、第二王子アルレスとの婚約は解かれ、アルレスには今後、新たな婚約が結ばれることとなった」
途端に辺りはざわめきが起こり、それが波のように広まっていく。
もう一度、記憶をなぞるように夢は進む。
場面は変わり、リディアは兄の婚約者であるイサベルとテラスにいた。夢が現実通りであるのなら、ここでキャロラインが現れる。
この先をみたくない。夢だとわかりながら息が詰まる。
だが彼女は夢の通りに姿を現した。隣には、リディアの恋する黒髪の婚約者が、紙のように色を無くした顔をしてキャロラインをエスコートしていた。
「ノア様……」
わかっていたのに、覚悟していたのに、これはノアの本意などではないのに。
キャロラインのドレスには、裾に毛足の長いファーフリンジが縫い留められて、それが歩くたびに軽やかに揺れている。ボリュームを抑えたストレートなシルエット。どこまでも記憶の通りのキャロライン。
「見ては駄目よ、近寄っても駄目」
イサベルがリディアの前に立って二人の姿を隠した。ノアからはリディアの姿は見えないだろう。
「さあ、ウィルバートの所へ行きましょう。ここから離れたほうが良いわ」
兄と合流しようというイサベルの言葉で、テラスから会場に戻ろうと踏み出した。
人の波が割れていくのが視界の端に見えていた。見たくなくとも目に入る。キャロラインの進む道が開かれていく。
キャロラインがホールの中央辺りで飲み物を受け取って、視線の雨を浴びながらシャンパンを飲み干した。その隣にはノアがいる。
見たくない、見たくない。イサベルに手を引かれるまま目を瞑った。彼女の姿も、側に侍るノアも見たくない。彼女の声なんて聞きたくない。
「まあ、貴女」
どうしてリディアに気づいたのか。
「ねえ、貴女、聞こえないのかしら?」
どうしてここでリディアに声を掛けられるのか。
「貴女、失礼ではなくて。ここは学園ではございませんのよ。社交マナーを知らないのなら、貴族の夜会はまだ早いのではなくて?」
立ち止まったイサベルが、リディアを庇うようにキャロラインに向かって言い放った。
辺りには好奇心から貴族たちが集まり出して、事の成り行きを見つめている。
社交に練れたイサベルに真っ向から非難されて、流石のキャロラインも言葉に詰まった。だが、彼女は瞬時に矛先をリディアに向けて、そこで口角を上げて笑みを浮かべた。
キャロラインがノアの腕を引き寄せる。ノアはそれには動かなかった。ならばとキャロラインは自らノアに身体を押し付け、
「ノア様、貴方を私の専属護衛に雇おうかしら」
そう言って、ノアの肩に頭を預けた。
「はっ。とんだ阿婆擦れだな。ここがどこかわかっているのか?恥ずかしくて見ていられない」
その声は、リディアの背後から掛けられた、と思った時には目の前に広い背中が見えた。漆黒のジャケットにうねる黒髪が揺れていた。この声、この後ろ姿。リディアは彼を知っている。
キャロラインとノアから遮るように、ルパートがリディアの前に立ち塞がった。
あなたにおすすめの小説
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
魔法のせいだから許して?
ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。
どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。
──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。
しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり……
魔法のせいなら許せる?
基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
心の中にあなたはいない
ゆーぞー
恋愛
姉アリーのスペアとして誕生したアニー。姉に成り代われるようにと育てられるが、アリーは何もせずアニーに全て押し付けていた。アニーの功績は全てアリーの功績とされ、周囲の人間からアニーは役立たずと思われている。そんな中アリーは事故で亡くなり、アニーも命を落とす。しかしアニーは過去に戻ったため、家から逃げ出し別の人間として生きていくことを決意する。
一方アリーとアニーの死後に真実を知ったアリーの夫ブライアンも過去に戻りアニーに接触しようとするが・・・。