今日も空は青い空

桃井すもも

文字の大きさ
21 / 55

【21】

しおりを挟む
「まだ無理をしなくて良いんだぞ。」

「ご心配頂き有難うございます。ですがもう大丈夫ですわ。それよりも、すっかりロバート様に負担をお掛けしてしまいました。」

「そんな事は気にせずとも良いんだ。」
 ロバートは渋顔である。

 あの夜会の日から既に一週間が過ぎていた。離縁の話し合いを父に任せたまま、今日まで連絡は無い。知らせが無いのは気になるも、いつまでも引き籠ってはいられない。

 商会は今、多忙を極めている筈である。夜会で着ていたドレスは王女殿下からご所望を受けた。あれから御婦人方からも問い合わせや注文が立て込んでいる事だろう。

 何より、王女のドレスを来月までに仕立てなければならない。婚約の席に相応しくデザインの修正が必要となる。

 ロバートと伯爵夫妻にすっかり甘えさせてもらっていたが、そろそろ仕事の遅れを巻き戻したい。

「ロバート様が一緒なのですから、何も心配はありませんわ。」

 そう言えば、ロバートは漸く納得してくれた。


 ロバートの邸に滞在しているのだから当然なのだが、商会への行き帰りも二人揃って行動する。

 ギャラリーへ顔を出すのは流石に控えて、生産の確認やら職人達との打ち合わせやらと仕事は山積みであったから、邸に籠っていた時よりも随分と気が紛れた。
 仕事に助けられると云うのは本当の事であるらしい。


 数日もすれば仕事を離れて鈍った身体も漸く慣れて、ロバート一人では捌き切れなかった用件も二人揃えばで難なく片付いた。

 そうしてグレースは王城へ登城する事となった。ドレスを補正するに当たって、王女の希望を確認する為である。


「グレース夫人、んん、夫人とお呼びして良いのかしら。」

 王女殿下にまで気を使わせてしまう情けなさ。

「どうぞグレースとお呼び下さいませ。」

「ではその様に。早速ですがグレース嬢、その、大丈夫?」

 王女がたちまち呼び名に嬢を付けたのに、グレースは思わず吹き出しそうになった。そうだわ。私ったらもうすぐ「グレース嬢」に戻るのだわ。

 王女殿下は将来降嫁される御身から、幼い頃より民に寄り添う教育を施されていた。故にこんな気さくな風に心遣いをして下さる。

「何だか驚くほど可怪しな令嬢だったわね。あの場であの様に騒ぐとは余程の強心臓ではないかしら。家の事情はそれぞれですけど、貴女は本当に大変なお家に嫁がれたと思うのよ。」

「お心遣いを頂戴しまして有難うございます。あの場では早々に収める事が適わず申し訳ございませんでした。」

「いえ、そんな事は気にせずとも良いのよ。ところで貴女、これからどうなさるの?」

「お恥ずかしい事ですが、父を通して離縁の話し合いを致しております。」

「まあ。貴女ばかりが勝手を強いられて。良い方向に行くのを祈っているわ。」

 王女殿下にまで励まされてしまい、グレースはすっかり恥じ入った。


 それからはドレスの確認も滞りなく進み、納品の目安を伝えてから退席した。

 王宮の侍女に案内されて、長い回廊を王城の馬車止まりまで歩く。
 城内は、何処もかしこも様式美を計算し尽くした美の結晶の様な空間である。目に映るもの全てが美しい。

 天井まで見惚れて歩いていると回廊の先に遠目にも分かる高貴な姿が現れた。
 侍女と共に脇に控えて頭を垂れる。の方が通り過ぎるのをそのまま待てば、

「グレース嬢。」
 お声掛けを頂戴した。

「もうグレース嬢と呼んで宜しいかな?」

 ああ恥ずかしい。ことごとく王族達に離縁の身であるのを確認される。

「漸く自由の身であるな。お目出度う。」

「お心遣い痛み入ります、アレックス王太子殿下。」

「畏まらずとも良いよ。同窓であろう。」

 グレースは、アレックス殿下とは貴族学園の同窓である。同じ学年で共に学んでいた。

「知らぬ仲でもなかろう。偶にはこうして気安く話せる時間も欲しいのだよ。で、これからどうするのかな?」

 アレックス殿下が気軽な風に尋ねる。

「まだ先の事は決まっておりません。暫くは商会経営に勤しもうかと。」

「ふうん。君程の才媛だ。引く手数多あまたであろうよ。全くもって惜しい事をした。あの盆暗に奪われなければ私が妃に求めたのを。」
 殿下の軽口は続く。

「滅相も御座いません。」

「まあ、昔のよしみで偶には話し相手になって欲しいものだね。」

 軽口を言いたいだけ言ってから、アレックス殿下はではまたと去って行った。

 ほんの一刻ほどの事であったのだが、グレースはどっと疲れてしまった。


「なんだかとっても疲れたわ。」
「お疲れ様でございます。」

 馬車で待っていたフランシスに労われる。王女殿下からも王太子殿下からも離縁の話しを尋ねられ、侍女や護衛の見守る中にいてその恥ずかしい事と言ったら。

「離縁って、大変ね。」
「お察し致します。」

 ところがグレースの苦労はこれだけで済まなかった。


「阿呆が突撃してきたよ。」
「え?」

 リシャールが商会に現れたと言う。
 ロバートの言葉に固まるグレース。

「真逆、」「真逆だ。」
「本当に?」「本当だ。」

 困った元夫である。もうこの際、元夫と呼んでもよいだろう。離縁が覆る事はないのだから。



 そうしてもしかしたらと覚悟をすれば、やはりこうなる。

「グレース!お願いだ、話しを聞いてくれ。」

 出禁なんて何のその。商会へ二度目の突撃を果たしたリシャールに、とうとうグレースは対峙せねばならなくなった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。

クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。 そんなある日クラスに転校生が入って来た。 幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新不定期です。 よろしくお願いします。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...