秘め事はいつも図書室

桃井すもも

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第十七章

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「フルール」

 エドワードのこんな低い声音も、こんな重く熱の籠もった眼差しも、フルールは知らない。

「エ、エ、」

 エドワードと言いたいのに、喉が渇いて貼りついて、上手く発語ができなかった。

「なんだい?フルール」

 エドワードは瞳孔が開いて視線が定まらないように見せかけて、射抜くような鋭い眼差しをフルールに向けていた。

「フルール」

 それはまるで、鬱蒼と草木の生い茂る森の中で魔物に名を呼ばれるようにフルールには思えた。
 怖い、エドワードが怖い、なのに目を離せない。このフルールを地獄の底まで引き摺り込もうとする悪魔に、あゝ引き摺り込まれたいなどと思ってしまう。

 狂っているのはエドワード?それとも自分?

 エドワードの大きな手の平が、フルールの両頬を包む。そのまま瞳を覗き込まれて、彼の吐息がフルールの唇に触れた。

 チュッ。

 リップ音は鼻の頭から聞こえた。
 エドワードがキスしたのはフルールの鼻だった。

「ぎゃー」

 大凡乙女と思えない声。フルールは失神するかと思った。初めてのキスが鼻頭。恥ずかしい嬉しい、でも鼻頭。

 フルールはその前に旋毛つむじにも口づけされているのだが、本人はそこのところは未確認なのでわかっていない。

 乙女の夢の初めてのキス→鼻頭

 もう、それって残念至極、でも幸せ!

 混乱するままフルールは白目を剥きかけた。失神寸前である。

「フルール、一人で地獄に行っては駄目だ。行くなら僕と一緒だよ」

 その言葉にフルールは失いかけた魂を現世に呼び戻した。

「はっ!」

 大きくひとつ息をついて、至近距離でこちらを見竦みすくめるエドワードの瞳の近さに再び失神しそうになった。

 しっかり!フルール!勝負はまだ終わっていない。

「エ、エドワード様」
「なに?フルール」

 吐息!もう吐息がいちいち唇に触れるのよ!

 もうこのまま何も考えずに、その吐息に溶かされてしまいたい。溶けた吐息と一心同体になって再びエドワードのお口の中に飲み込まれてしまいたい。

 フルールは、類稀たぐいまれな体質なのだろう。狂愛とか猛愛とか偏執的な愛を目の当たりにしても動じない、大きな心の器と強靭な精神を兼ね備えていた。

 だが、ここは学園の健全にして善良なる生徒が集うお庭のベンチだ。

「お待ちになって、エドワード様。それ以上はなりません」

 器の大きなフルールは、立ち直りも早かった。

「残念」

 狂った猛愛モードから通常モードにシフトチェンジしたエドワードは、全然残念そうでもない様子でフルールから離れた。あゝエドワード様ぁ、と密かにフルールのほうが残念に思う。

 だが、今は大切な戦の最中、愛欲に流され誤魔化されてはイケナイのだ。

 フルールは、まだ若干距離の近いエドワードを見上げた。何故か両手は繋がれている。これは拘束なのだろうか。

「エドワード様。はっきりさせましょう」
「ああ、そうだね」
「貴方の愛はどこにあるの?」
「君にあると言った筈だ」
「では、あの飴どうするの?私、お妾さんは要らなくてよ」
「飴?踏みつぶしても良いんだけれど、君が荒事を嫌うから放っておいた。妾?僕をそんな男と思ったのか?ちょっと死にたい気分だよ」

 人を愛欲の地獄に引き込もうとしたくせに、この悪魔何を言う!

 キッとエドワードを睨んでみた。なのにエドワードはにやりと愉悦の浮かんだ笑みを見せた。

「君の誤解も思い込みも、僕には可愛いものだけれど、君以外に心を移す、そんな男だと思われるのだけは嫌なんだ」

 エドワードはそこで、真剣な眼差しになってフルールを見つめた。揺れる瞳の中に困惑を浮かべる自分の顔が映っていた。


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