名前が強いアテーシア

桃井すもも

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【18】

エドモンドはアテーシアが答えたのには、薄っすらと笑みを浮かべるだけであった。
子爵家の娘が騎士になろうが兵士になろうが、公爵家の嫡男にはどうでも良い事だろう。社交辞令的な問い掛けに真面目に答えてしまったと後悔する。

何となく居辛い気持ちになってしまって、ここまで荷物を運んでもらったからと、アテーシアは「有難うございました」と再び頭を下げて用度室を出ようとした。

「ああ、そうだ。シア嬢。手伝ったついでと言う訳では無いのだが、こちらもひとつ手伝ってもらっても良いだろうか。」

その言葉に振り返る。
エドモンドは感情の見えない薄ら笑いを浮かべたまま、頼みたい事が有ると言う。

「生徒会室に運ぶのを手伝ってはくれないか。重くは無いから安心してほしい。少しばかり大きくてね、二度に分けて運ぼうと思っていたんだよ。」

アンドリューは王族の立場もあって生徒会執行部に所属している。確か、副会長ではなかったか。そうして、アンドリューの側近候補は三人共生徒会に所属していた筈である。

二度に分ける位なら、あの口の悪いパトリックを連れてくれば良かったものを。彼等は手際が悪いのだろうか。
アテーシアは、自分でも呆れ顔をしているのが分かったが、別にエドモンドに遠慮は必要無いように思えた。こんな時についつい公爵令嬢の鷹揚さが悪い意味で出てしまう。

だが、エドモンドとて公爵家の令息で、しかも彼は嫡男であったからしたたかさならアテーシアより上だった。

「これなんだが、よろしく頼むよ。」

と、箱を指さして見せた。
成る程、確かに。
箱はひと抱えほどのもので、何やら紙製のパッケージされたものが綺麗に収められている。何かの記念品のようである。重さは持ってみないと分からないが、この箱を二箱重ねて歩くのは大変だろう。

「承知しました。」

仕方無しにアテーシアは了承した。


この用度室は三階にあり、生徒会室は四階にある。荷物を抱えて階段を上がりながら、さてはエドモンドはアテーシアが子爵家の娘であるからと下に見て頼んだのだなと思った。

貴族令嬢が重い物を持たないのは本当の事である。荷物とは使用人が持つもので、カトラリーより重いものを持たない令嬢等が現実に存在するのをアテーシアは学園に入って知った。

しかもアテーシアは剣を持つ位には重いものを持てるのだから、エドモンドがしめしめコイツに持たせようと思うのも当然の事だろう。

エドモンドの本心がどうであるのか解らないのに、アテーシアはそんなことを勝手に想像するのであった。アテーシアの中では、エドモンドが小五月蝿いパトリックに並んで狡猾な男として認識された。アンドリューの側近候補とは碌なのがいない、などと決め付けるのであった。

「中まで運んでもらっても良いかな。」

片手で箱を抱えたまま生徒会室の扉を開けてエドモンドが言う。
ここまで来ては何処に運ぶのも大差は無いから、アテーシアは促されるまま中へ入った。

初めて入る生徒会室は、当たり前だがアテーシア達の教室と変わりは無かった。机と椅子が一組ずつ並ぶ教室と異なるのは、大きなテーブルを囲むように椅子が並んでいることか。
奥には衝立てで区分けされた場所があり、もう一つあるテーブルには紅茶用のカップやお茶の道具が置かれている。

エドモンドが女子生徒を連れて来たのに、生徒会の面々は驚いている様な顔を向けている。その中には、あの小五月蝿いパトリックの顔も見えた。

そうして、テーブルの正面には一組の男女が並び座って、何やら書類を覗き込んでいる。
頭を寄せ合い熱心に話し込んでおり、もう少し近寄ったなら、おデコがコツンとぶつかるのではないかと思われる程、二人の距離は近かった。

二人の内の男子生徒の方が、誰かが入ってきた気配を感じたらしく頭を上げた。頭を寄せ合いながら交わす会話は楽しいものだったのだろう。彼は口元に笑みを浮かべたままであった。それはとても自然な笑みで、少なくともアテーシアが向けられた事は無かったものであった。

「では、失礼致します。」
「あ、ああ。有難う、助かったよシア嬢。」

エドモンドがアテーシアの視線の先に気が付いて少し慌てる風なのを、構わずアテーシアは出入り口へと身を翻した。
それから扉を閉める前に、高貴な人物に向けて会釈をして静かに扉を閉めた。


あんな表情が出来るのだな。
先程のアンドリューの表情を思い出す。
六年間を婚約者として過ごして来たが、その六年とはアテーシアは妃教育を詰め込むばかりで、人間アンドリューと関わることは少なかった。その間に、アンドリューにはアンドリューの人間関係が育まれるのは当然である。

隣り合って座っていたのは、侯爵家のご令嬢だ。カロライナ・アストレイ・アーズビー。アーズビー侯爵家の息女である。
白金の髪に濃紺の瞳。クラスは隣のBクラスで、アテーシア達とは同学年である。

つまりはそういう事だろう。
アンドリューに三人の令息が側近候補として侍る様に、彼女もまたアンドリューの近くに侍るのを認められた令嬢なのだろう。

つい先程エドモンドと話した将来が、本当に現実のものとして姿を現す様な、アテーシアはそんな予感を覚えた。

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