名前が強いアテーシア

桃井すもも

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【19】

週末に邸に帰れば、母と使用人達が嬉しそうに出迎えてくれた。
晩餐はアテーシアの好物が並んで、数日遅れの十六回目の生誕日を家族が皆で祝ってくれた。

十六歳とはこの国では成人と見做される。
厳密には令嬢はデヴュタントを以って認められるのだが、晴れて成人の年齢に達したのだとシャンパンで乾杯した。

両親と兄から誕生祝いの贈り物を受け取る。
父は自身のカフスを造り替えてイヤリングにしたのを贈ってくれた。カフスは鮮やかなピーコックカラーの孔雀石で、代々の公爵家当主に継承されるものであるのを、嫁いで家を出る身の上のアテーシアに、父は父娘おやこの証と贈ってくれた。

母からは深い紺碧色の石が嵌められた髪飾りを贈られた。大粒の石は光の角度で赤くシラーが輝いて見える。見れば見るほど魅入られる、美しい石である。

兄はにやにやしながら、長い包みを持ち込んだ。

「これは...」
「欲しかったのだろう?」
「お、お兄様、有難うございます。今日ほどお兄様が兄で嬉しく思った事はございません!」
「ええっと、それは褒められているのかな?」

兄はそう言いながらも目を細めて、
「抜いてごらん」と促した。

兄からの祝いの品はサーベルであった。
小柄なアテーシアに合わせて作ったのだろう。一般的なものより反りが緩く小振りで細身であった。鞘から抜くと白銀の刃が照明の灯りを跳ね返した。
なんと美しい剣なのだろう。護拳は流麗な曲線を描き柄の部分には公爵家の紋が小さく彫られている。公爵令嬢アテーシアが持つ為にこの世に生まれた剣である。

「美しいですわ。まるで生きているみたい。」
「命を吹き込むのはお前だよ。大切なものを護るんだ。」

兄の言葉は胸にすとんと落ちた。
この剣は、アテーシアばかりでなくアテーシアの大切な人を大切に思う矜持を護る剣だろう。

刃にアテーシアが映っている。まるで自分自身の分身と向き合う様な、相棒に出会えた様な気がした。

今なら許されるだろうか。
アテーシアは父を見る。父はその温かな眼差しに「今度は何かね」と言う困惑を浮かべている。


「お父様、もうすぐ夏が参りますね。」
「そうだね、行き成りだが、確かにそうだなアテーシア。」
「それで、お願いがありますの。」
「...」
「それで、お願いがありますの。」
「ああ、大丈夫だよ、聞こえているよ。」

聞こえているらしいがその先を聞こうとしない様子の父に、待ちくたびれたアテーシアは短刀直入切り込む事にした。何せ剣を貰ったばかりだからね。

「夏のお休みに、辺境領へバカンスに行きたいのです。」
「駄目に決まっているだろう。」
「そうでしょうか。」
「そうだろう。お前の身体はお前一人の身では無い。勝手に決められるものではない。」

「それなのですが、」
と、アテーシアは今日の事を話してみた。ご令嬢と仲良さげに身を寄せていたからと、別にそれでアンドリューに大きな非など無い。アテーシアが言いたい事は、それがアテーシアとアンドリューの有り様を端的に表しているのだと言うことだった。

「私と殿下には、過去も現在も、交流も信頼も生まれぬままで来ております。殿下にとっても望まぬ縁というお気持ちがあって然るべきかと思います。あのお方は賢明な方ですから、もしもの際にも私に瑕疵となるような事はなさらないでしょう。」

「ああ、アテーシア。何もそこまで考えずとも良いのではないか。殿下とて側に侍る令嬢の一人や二人居ても可怪しくないだろう。学園に通われているのだから、そんな交流もあって当然だ。それに目くじらを立てるのは行き過ぎであろう。」

「そうかしら。」
「お母様?」
「六年ですわよ、旦那様。私が貴方と婚約したのは学園に入る直前でしたけれど、貴方は毎朝私を迎えにいらしたわ。毎夕私を邸に送って下さったわ。そうして毎日気持ちを確かめて思い遣りを積み重ねて来たでしょう。絵に描いたような政略からの婚約であったのに。」

「いや、だが、しかし、」
「アテーシアがこの邸で缶詰の様に妃教育を詰め込まれている間、殿下はそれを励ます事も慰める事もございませんでしたでしょう。献身とは当然のものだと侮って頂いては困ります。
旦那様。殿下は、同じ教室にアテーシアがいるのを気が付いておられるのでしょうか。喩え身なりと名を変えていたとして、髪色も瞳もそのままです。声音も纏う空気もアテーシアそのものなのです。仮に気付いておられたら、それなりのご配慮をお見せになって宜しいのではないでしょうか。生徒会に誘う事も出来た筈ですわ。」

父は母の言葉に口を噤んだ。

「アテーシアの成人を迎える誕生祝いに、殿下は素晴らしい花を贈って下さいました。あれが希少なものである事は私も十分承知致しております。
ですが旦那様、花とは何れ朽ちてしまうものなのです。枯れて朽ちて、何れこの世から姿を失うのです。殿下は「消え物」をアテーシアに贈ったのですよ。消えて無くなるものしか贈っては下さらなかった。それが殿下のお気持ちなのでしょうね。」

父は眉間に皺を寄せて、少し考える様子を見せた。

「解った。陛下には私から話しておこう。辺境伯は西で良いな。彼処は当主の目が行き届いて治安も良い。風光明媚であるしな。明日にでも西の辺境伯へ文を出そう。」

「有難うございます、お父様。」

アンドリューの心がアテーシアに無いのだとしても、流石に今直ぐ婚約関係をどうこうする事は出来ないだろう。王太子の婚姻とはそれ程重い契約である。父は、一旦二人が物理的な距離を取ることが良いと判断したらしかった。


アンドリューから贈られた誕生祝いとは花束であった。
濃い青に紫が差す大輪の薔薇は、近年品種改良が進められている新種の薔薇である。
品種改良は王太子であるアンドリューの采配の下に行われており、希少で貴重な青い薔薇には完成前から『Queen's rose 王妃の薔薇』と名が付けられていた。
アンドリューから贈られたということはアテーシアを未来の王妃と認めていると示しているだろう。

残念ながら、アンドリューに認められずとも、二人の婚姻は国が定めた事である。
贈られてきた薔薇とは、王太子の執り行う事業の途上で生み出されたもので、完成品ではない。完成した暁には、『青い薔薇Queen's rose』は大陸諸国への輸出用に王国の主軸生産のひとつとなるのは間違いなかった。
それは国益の為であり、アテーシアの為ではない。アンドリューは、開発途上で生まれた副産物をアテーシアに祝いの品と称して充てがった。

先日、自身が断った筈の茶会の席に現れて禁書の棚の鍵を渡そうとしたのは、アンドリューがアテーシアの誕生祝いには消え物しか与えない事を見越しての贖罪だと思うのは、穿り過ぎた考えだろうか。

「あんな事をしてまで証明して見せずとも宜しいのに。」

妃に渡すその鍵を、態々あの場で贈ろうとしたアンドリュー。
アテーシアはそれを断っている。


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