26 / 60
【26】
「それで、シア嬢。君はそのサーベルを携えて、騎士でも目指すのかな?」
アンドリューの言葉に、アテーシアのカトラリーを持つ手が止まる。
ここではアテーシアは子爵令嬢シアである。入学してから此の方、毎日顔を合わせるアンドリューがシアの正体に気付いた素振りは無かったから、多分バレてはいないだろう。
それは、毎日顔を合わせているにも関わらず、アンドリューは他人の空似ほどにもシアとアテーシアの類似に気が付いていないという事で、アテーシアは心が冷えるのを感じた。
「将来の事は未定でございますが、そういう道もあろうかと考えております。」
「成る程。」
アテーシアは、最も有り得る自身の未来を考えて、王妃となった自分が思い浮かばなかった。汗に塗れて剣を振るう己の姿しか思い浮かばなかった。
「確かに君なら可能だろうね。素質も技量も備えている。」
「はあ。」
「君が望むなら、」
望むなら?
「夏季休暇の間を、王城の騎士団で鍛錬してみてはどうかな?」
思わぬアンドリューの言葉に、アテーシアのテーブルにいた面々も、周りにいる生徒達も一瞬固まる。
王太子殿下自ら令嬢を騎士団に誘っていると受け止められても可怪しくない。
「大変有難いお言葉でございますが、既に稽古先は決まっております。」
「ほう、それは何処かな?」
「辺境伯領地でして、」
「ふうん。辺境伯領地。それは、北かな?南かな?東もあるし、それとも西なのかな?」
アテーシアは、そこでうっかり辺境の名を出してしまったことを後悔した。まるで誘導される様に答えてしまった。だから、追い詰められているのが分かっていながら、答えない訳には行かなかった。
「その、に、西の、」
「ほう。奇遇だね。実は私の婚約者もこの夏を西の辺境伯領地で過ごすんだよ。何処かで君と顔を合わせるかも知れないな。」
ほおら。面倒くさい事になった。
「そうだな。もし彼女に会ったなら、元気にしているのか彼女の様子を知らせてくれないか。文なら辺境伯に預けてくれれば彼が早馬で送ってくれる。私の婚約者とはね、」
そう言って、アンドリューはアテーシアへと向き直った。
「酷く恥ずかしがり屋でね。文も月に一度しかくれないんだ。私はそれを楽しみに待っているのだが、如何せん月に一度だ。とても寂しく思っているんだよ。だから君が彼女を見掛けたなら、様子を教えて欲しいんだ。頼めるかな?シア嬢。」
何言ってんだ。没交渉はそちらが望んだ事だろう。アテーシアは何だか腹が立って来た。寂しいだとう?どの口が言う。
「残念ながら、それは難しいと思われます。私は殿下のご婚約者様を存じ上げません。お顔も分からないのですから、仮に何処かで擦れ違ったとしても、きっと気付くことは出来ないでしょう。何より辺境伯領は広いですから、きっとお会いする事も無いと思われます。」
この際だ、もう一声言ってやろう。
「それ程お寂しいのであれば、殿下から文をお出しになれば宜しいのでは?ご婚約者様も殿下からの文を頂戴したなら、きっと直ぐにお返事をお書きになると思います。」
どうだ、参ったか。
いっつもいっつも、文を出すのはこちらから。貴方様はそれにちょろっと返事を書くだけでしょう。それもお茶会に欠席する言い訳を書くくらいで!
女々しい台詞を吐くアンドリューに、アテーシアは不敬を忘れて胡乱な視線を向けた。
「解った。そうしよう。愛する婚約者殿に文を書くことにするよ。」
そう言って、アンドリューは感情が見えない笑みを浮かべた。
は。寝言は寝て言え。
もうアテーシアは心底心が冷え込んだ。
周りで頬を染めてるご令嬢方。騙されてはいけませんよ。この高貴なお方はとんでもない大嘘つきですからね。
愛?どの口が言ってんだ。
「届くと良いですね。」
そんな文、果たして本当に書くのだろうか。そもそも文とは書かねば届かない。
アテーシアは、アンドリューの話しに真面目に付き合うのが馬鹿馬鹿しくなった。パトリシアを見れば、彼女も食事を終えている。殿下の戯言に付き合うのは終いである。
ナプキンで口元を拭い、すっくと席を立つ。それに合わせた様に、パトリシアも立ち上がった。
「本日は、お席にお誘い頂きまして誠に有難うございました。それではお先に失礼させて頂きます。」
アンドリューへ会釈をしてテーブルから離れた。食堂の出口に向かうその背中に、
「楽しかったよ。」
アンドリューの声が掛かる。最後まで油断ならない男である。沸点低いし大嘘つくし、ちっとも油断ならない。アンドリューとはこれほど面倒な男であったか。
「ふふ。シアったら、あんな風に殿下とお話し出来るのね。二人とも楽しそうだったわ。」
「どこが?あの胡散臭いお方との会話の何処が楽しそうに見えたので?」
「殿下を胡散臭いと思うところかしら。」
「もう、あんなのは御免蒙りたいですね。あんな面倒くさい方だとは思いませんでした。」
「殿下は楽しそうだったわよ。」
それと、とパトリシアは並び歩くアテーシアを見る。
「貴女が私を迎えに来ると言ってくれて、とても嬉しかったわ。本当に、そんな事があったなら素敵だと思ったの。これから月夜の晩が楽しみよ。騎士姿の貴女が窓から現れるんじゃないかと思えるから。」
そう言って、綺麗な笑顔を見せてくれた。
アンドリューの言葉に、アテーシアのカトラリーを持つ手が止まる。
ここではアテーシアは子爵令嬢シアである。入学してから此の方、毎日顔を合わせるアンドリューがシアの正体に気付いた素振りは無かったから、多分バレてはいないだろう。
それは、毎日顔を合わせているにも関わらず、アンドリューは他人の空似ほどにもシアとアテーシアの類似に気が付いていないという事で、アテーシアは心が冷えるのを感じた。
「将来の事は未定でございますが、そういう道もあろうかと考えております。」
「成る程。」
アテーシアは、最も有り得る自身の未来を考えて、王妃となった自分が思い浮かばなかった。汗に塗れて剣を振るう己の姿しか思い浮かばなかった。
「確かに君なら可能だろうね。素質も技量も備えている。」
「はあ。」
「君が望むなら、」
望むなら?
「夏季休暇の間を、王城の騎士団で鍛錬してみてはどうかな?」
思わぬアンドリューの言葉に、アテーシアのテーブルにいた面々も、周りにいる生徒達も一瞬固まる。
王太子殿下自ら令嬢を騎士団に誘っていると受け止められても可怪しくない。
「大変有難いお言葉でございますが、既に稽古先は決まっております。」
「ほう、それは何処かな?」
「辺境伯領地でして、」
「ふうん。辺境伯領地。それは、北かな?南かな?東もあるし、それとも西なのかな?」
アテーシアは、そこでうっかり辺境の名を出してしまったことを後悔した。まるで誘導される様に答えてしまった。だから、追い詰められているのが分かっていながら、答えない訳には行かなかった。
「その、に、西の、」
「ほう。奇遇だね。実は私の婚約者もこの夏を西の辺境伯領地で過ごすんだよ。何処かで君と顔を合わせるかも知れないな。」
ほおら。面倒くさい事になった。
「そうだな。もし彼女に会ったなら、元気にしているのか彼女の様子を知らせてくれないか。文なら辺境伯に預けてくれれば彼が早馬で送ってくれる。私の婚約者とはね、」
そう言って、アンドリューはアテーシアへと向き直った。
「酷く恥ずかしがり屋でね。文も月に一度しかくれないんだ。私はそれを楽しみに待っているのだが、如何せん月に一度だ。とても寂しく思っているんだよ。だから君が彼女を見掛けたなら、様子を教えて欲しいんだ。頼めるかな?シア嬢。」
何言ってんだ。没交渉はそちらが望んだ事だろう。アテーシアは何だか腹が立って来た。寂しいだとう?どの口が言う。
「残念ながら、それは難しいと思われます。私は殿下のご婚約者様を存じ上げません。お顔も分からないのですから、仮に何処かで擦れ違ったとしても、きっと気付くことは出来ないでしょう。何より辺境伯領は広いですから、きっとお会いする事も無いと思われます。」
この際だ、もう一声言ってやろう。
「それ程お寂しいのであれば、殿下から文をお出しになれば宜しいのでは?ご婚約者様も殿下からの文を頂戴したなら、きっと直ぐにお返事をお書きになると思います。」
どうだ、参ったか。
いっつもいっつも、文を出すのはこちらから。貴方様はそれにちょろっと返事を書くだけでしょう。それもお茶会に欠席する言い訳を書くくらいで!
女々しい台詞を吐くアンドリューに、アテーシアは不敬を忘れて胡乱な視線を向けた。
「解った。そうしよう。愛する婚約者殿に文を書くことにするよ。」
そう言って、アンドリューは感情が見えない笑みを浮かべた。
は。寝言は寝て言え。
もうアテーシアは心底心が冷え込んだ。
周りで頬を染めてるご令嬢方。騙されてはいけませんよ。この高貴なお方はとんでもない大嘘つきですからね。
愛?どの口が言ってんだ。
「届くと良いですね。」
そんな文、果たして本当に書くのだろうか。そもそも文とは書かねば届かない。
アテーシアは、アンドリューの話しに真面目に付き合うのが馬鹿馬鹿しくなった。パトリシアを見れば、彼女も食事を終えている。殿下の戯言に付き合うのは終いである。
ナプキンで口元を拭い、すっくと席を立つ。それに合わせた様に、パトリシアも立ち上がった。
「本日は、お席にお誘い頂きまして誠に有難うございました。それではお先に失礼させて頂きます。」
アンドリューへ会釈をしてテーブルから離れた。食堂の出口に向かうその背中に、
「楽しかったよ。」
アンドリューの声が掛かる。最後まで油断ならない男である。沸点低いし大嘘つくし、ちっとも油断ならない。アンドリューとはこれほど面倒な男であったか。
「ふふ。シアったら、あんな風に殿下とお話し出来るのね。二人とも楽しそうだったわ。」
「どこが?あの胡散臭いお方との会話の何処が楽しそうに見えたので?」
「殿下を胡散臭いと思うところかしら。」
「もう、あんなのは御免蒙りたいですね。あんな面倒くさい方だとは思いませんでした。」
「殿下は楽しそうだったわよ。」
それと、とパトリシアは並び歩くアテーシアを見る。
「貴女が私を迎えに来ると言ってくれて、とても嬉しかったわ。本当に、そんな事があったなら素敵だと思ったの。これから月夜の晩が楽しみよ。騎士姿の貴女が窓から現れるんじゃないかと思えるから。」
そう言って、綺麗な笑顔を見せてくれた。
あなたにおすすめの小説
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。