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第十三章
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司祭は、そんなウォルターにも微笑みで頷いた。それから、ルドヴィカへ笑みを向け、それから背後にいるアーチーを見た。
「初めまして、司祭殿」
アーチーはそう言ったが、名乗ることも頭を下げることもしなかった。その声は硬く、無闇な詮索を受け付けないとする圧が感じられた。
「ここは霊廟なのですね?」
アーチーから発せられるピリリとした空気を破るように、ルドヴィカは司祭に尋ねた。
「左様でございます」
見ればわかることであるから、司祭の答えも短いものだった。
不思議なことに、こんな突然の突入にもかかわらず、司祭は至って落ち着いていた。にこにことした好々爺にしか見えなかった。
ルドヴィカは、自身が王家に関わりのある者であると打ち明けなければならない。
サンドラの屋敷は王家の所有である。あの通路を通ってきたということは、屋敷の中に足を踏み入れることを許された者だと言っていることになる。
「わたくし、訳あってサンドラ様のお屋敷におりますの」
全く説明になっていない説明である。だがここにはウォルターがいるから、彼が何よりの証となるだろう。
「そうですか、そうですか」
おじいちゃん、老司祭は、ほほほと笑みを漏らして頷いた。人好きのする老司祭には、ルドヴィカの身分を探る意図はないようだった。
「ここのことをお聞きしてもよろしいかしら」
「勿論でございます。こちらは、かつてこの地を護りここに命を賭した英霊が眠る場です」
「サンドラ様がこちらに通っていたのは、ここに眠る誰かのために?」
「ええ、仰る通りです」
老司祭は聞けば答えてくれるが、聞かれたこと以上を話すことはなかった。
それなのに、彼はルドヴィカに笑みを向けて言った。
「ルドヴィカ様。よろしければ粗茶など如何でしょう」
老司祭はルドヴィカをお茶に誘ってくれた。粗茶というのは謙遜ではなく、王家が所有する屋敷に住まう貴婦人の口に合う代物ではないことを、正直に告げているのだろう。
粗茶だってなんだって大歓迎である。
ルドヴィカの持てる時間は悠久である。まだまだ死ねそうにはないのだから、お茶一杯饗されて好々爺とお話できるなんて、素敵な時間の過ごし方である。
「是非とも、お招きに預かりたいと存じます」
「ルドヴィカ様」
老司祭に答えたルドヴィカに、途端にアーチーが難色を示した。教会なのか老司祭なのか、いまだに警戒を解こうとしない。
彼は王都の人間らしく、鮮やかな金色の髪に青い瞳の美しい青年である。本来なら、こんな廃妃寸前の幽閉妃に付き合わずともよかった筈だ。
若く未来のある青年を巻き込むのは申し訳なく思うが、ここは是非とも粗茶タイムに付き合って欲しい。
ウォルターを見れば、彼は元より老司祭とは顔馴染みであるから、粗茶タイムについても構わないと思うようで、平然としていた。
「では、こちらへ」
そう言って、渋るアーチーを気にすることなく、老司祭は歩き出す。
ルドヴィカは、自分とさして変わらない身丈の小柄な老司祭の後に続いて霊廟を出た。
霊廟には、複数の棺が置かれており、そのうちの誰にサンドラが祈りを捧げていたのか知りたい気持ちはあった。
彼ばかりでなく、サンドラもこの地に眠っているのなら、墓所の場所を教えてもらえればとも考えていた。
折をみて、彼女の墓所に参ってみたい。終の棲家を同じくする、時代を超えた不思議な共感が生まれていた。
ルドヴィカは、生涯この地に住まうのかもしれない。マクシミリアンや王家の考えは、わずかにも漏れ聞こえてくることはなかった。
これからどうなるのかわからずに数日を過ごすうちに、静かな諦念が湧いていた。マクシミリアンの妃でなければ、どこにいても同じである。
むしろ生涯ここにいて、誰にも嫁がず貴族社会からも離れて、自分ではない妃と生きるマクシミリアンを見ることなく生きるほうが、よほど幸福なことに思えてきた。
そう考えた時に、ここに移されたことはマクシミリアンの恩情なのだと思った。マクシミリアンもきっと、同じことを考えたのではないか。
貴族の社会からも、弾き出された妃としての生き方からも、他の女性を正妃とするマクシミリアンを目にすることも、そのどれからもルドヴィカを遠ざけようとしたのだろう。
彼は優しい夫だったから。
ルドヴィカは、すっかり髪がなくなって、窓から差す日射しを受けて光る老司祭の頭頂部を眺めながら、ついうっかり涙が滲むのを堪えた。
おじいちゃんのハゲ頭を見つめて、「ここは教会だ、現実に戻れ」と王都を思い浮遊する傷心を引き戻した。
老司祭は、聖職者らしく正直者だった。
出されたお茶は非常に、なんというか、控えめに言っても不味かった。アーチーなんて、ひと口含んだだけで、もう手が出ないようだった。
「ほっほっほっ、不味いでしょう、不味いでしょう」
ルドヴィカが、必死にお茶を飲む姿に、老司祭は楽しげに笑った。
「こちらは薬草茶です。苦く渋く不味いですが、身体にはよく効きます。特に、傷を負うことの多い騎士たちには効能を認められております」
成る程、道理で不味かったわけだと頷いたルドヴィカの横で、ウォルターは何てことない顔をして、お代わりまでしていた。
紅茶にグレードはあれど、この教会では安価な紅茶すら贅沢なものなのだろう。菓子も軽食もない老司祭とのお茶会に、ルドヴィカは尋ねてみた。
「司祭様は、甘いお菓子はお好き?」
その言葉に彼は、多分、今日会ったうちで一番瞳を輝かせたように見えた。
「初めまして、司祭殿」
アーチーはそう言ったが、名乗ることも頭を下げることもしなかった。その声は硬く、無闇な詮索を受け付けないとする圧が感じられた。
「ここは霊廟なのですね?」
アーチーから発せられるピリリとした空気を破るように、ルドヴィカは司祭に尋ねた。
「左様でございます」
見ればわかることであるから、司祭の答えも短いものだった。
不思議なことに、こんな突然の突入にもかかわらず、司祭は至って落ち着いていた。にこにことした好々爺にしか見えなかった。
ルドヴィカは、自身が王家に関わりのある者であると打ち明けなければならない。
サンドラの屋敷は王家の所有である。あの通路を通ってきたということは、屋敷の中に足を踏み入れることを許された者だと言っていることになる。
「わたくし、訳あってサンドラ様のお屋敷におりますの」
全く説明になっていない説明である。だがここにはウォルターがいるから、彼が何よりの証となるだろう。
「そうですか、そうですか」
おじいちゃん、老司祭は、ほほほと笑みを漏らして頷いた。人好きのする老司祭には、ルドヴィカの身分を探る意図はないようだった。
「ここのことをお聞きしてもよろしいかしら」
「勿論でございます。こちらは、かつてこの地を護りここに命を賭した英霊が眠る場です」
「サンドラ様がこちらに通っていたのは、ここに眠る誰かのために?」
「ええ、仰る通りです」
老司祭は聞けば答えてくれるが、聞かれたこと以上を話すことはなかった。
それなのに、彼はルドヴィカに笑みを向けて言った。
「ルドヴィカ様。よろしければ粗茶など如何でしょう」
老司祭はルドヴィカをお茶に誘ってくれた。粗茶というのは謙遜ではなく、王家が所有する屋敷に住まう貴婦人の口に合う代物ではないことを、正直に告げているのだろう。
粗茶だってなんだって大歓迎である。
ルドヴィカの持てる時間は悠久である。まだまだ死ねそうにはないのだから、お茶一杯饗されて好々爺とお話できるなんて、素敵な時間の過ごし方である。
「是非とも、お招きに預かりたいと存じます」
「ルドヴィカ様」
老司祭に答えたルドヴィカに、途端にアーチーが難色を示した。教会なのか老司祭なのか、いまだに警戒を解こうとしない。
彼は王都の人間らしく、鮮やかな金色の髪に青い瞳の美しい青年である。本来なら、こんな廃妃寸前の幽閉妃に付き合わずともよかった筈だ。
若く未来のある青年を巻き込むのは申し訳なく思うが、ここは是非とも粗茶タイムに付き合って欲しい。
ウォルターを見れば、彼は元より老司祭とは顔馴染みであるから、粗茶タイムについても構わないと思うようで、平然としていた。
「では、こちらへ」
そう言って、渋るアーチーを気にすることなく、老司祭は歩き出す。
ルドヴィカは、自分とさして変わらない身丈の小柄な老司祭の後に続いて霊廟を出た。
霊廟には、複数の棺が置かれており、そのうちの誰にサンドラが祈りを捧げていたのか知りたい気持ちはあった。
彼ばかりでなく、サンドラもこの地に眠っているのなら、墓所の場所を教えてもらえればとも考えていた。
折をみて、彼女の墓所に参ってみたい。終の棲家を同じくする、時代を超えた不思議な共感が生まれていた。
ルドヴィカは、生涯この地に住まうのかもしれない。マクシミリアンや王家の考えは、わずかにも漏れ聞こえてくることはなかった。
これからどうなるのかわからずに数日を過ごすうちに、静かな諦念が湧いていた。マクシミリアンの妃でなければ、どこにいても同じである。
むしろ生涯ここにいて、誰にも嫁がず貴族社会からも離れて、自分ではない妃と生きるマクシミリアンを見ることなく生きるほうが、よほど幸福なことに思えてきた。
そう考えた時に、ここに移されたことはマクシミリアンの恩情なのだと思った。マクシミリアンもきっと、同じことを考えたのではないか。
貴族の社会からも、弾き出された妃としての生き方からも、他の女性を正妃とするマクシミリアンを目にすることも、そのどれからもルドヴィカを遠ざけようとしたのだろう。
彼は優しい夫だったから。
ルドヴィカは、すっかり髪がなくなって、窓から差す日射しを受けて光る老司祭の頭頂部を眺めながら、ついうっかり涙が滲むのを堪えた。
おじいちゃんのハゲ頭を見つめて、「ここは教会だ、現実に戻れ」と王都を思い浮遊する傷心を引き戻した。
老司祭は、聖職者らしく正直者だった。
出されたお茶は非常に、なんというか、控えめに言っても不味かった。アーチーなんて、ひと口含んだだけで、もう手が出ないようだった。
「ほっほっほっ、不味いでしょう、不味いでしょう」
ルドヴィカが、必死にお茶を飲む姿に、老司祭は楽しげに笑った。
「こちらは薬草茶です。苦く渋く不味いですが、身体にはよく効きます。特に、傷を負うことの多い騎士たちには効能を認められております」
成る程、道理で不味かったわけだと頷いたルドヴィカの横で、ウォルターは何てことない顔をして、お代わりまでしていた。
紅茶にグレードはあれど、この教会では安価な紅茶すら贅沢なものなのだろう。菓子も軽食もない老司祭とのお茶会に、ルドヴィカは尋ねてみた。
「司祭様は、甘いお菓子はお好き?」
その言葉に彼は、多分、今日会ったうちで一番瞳を輝かせたように見えた。
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