囚われて

桃井すもも

文字の大きさ
2 / 48

【2】

プラチナブロンドの髪は、顎のラインで切り揃えられている。
以前は肩を越して背まで伸びているのを、幅の細いリボンでゆったりと結わえていたが、学園を卒業した際に切り落とした。

家の爵位は伯爵位であるが、辿れば王家にも繋がるらしい。

ローレンはセントフォード伯爵家の嫡男である。他に兄弟姉妹は無い。唯一人の子息である。

伯爵家の王家との繋がりからか自身の才からか、王太子の側近候補と目されて、その見目の美しさから幼い頃より人の目を惹いていた。

鮮やかなロイヤルブルーの瞳が王家の血が流れている事を確かなものと示していたし、家にも勢いがあったから、幼い頃は当然、今も常に羨望の眼差しを受けている。
何を考えているのか、その感情を現さない表情からは心の内は読み取れない。


王都の学園に通ってなければ、同じ学年に学んでなければ、クリスティナにとってのローレンは、やはり同じ学年である王太子殿下共々、高嶺の花と遠目に眺めるだけの存在であったろう。

尊い貴人の集団であった。
王太子殿下とそれに侍る令息達。令息達は皆身分もあれば姿も良く、将来の側近と認められた者達が揃っていた。

同じ学年であっても低位貴族の子女であるクリスティナが、高貴な集団に近付く事などないのだから、本当であればあんな関わりを持つことも無かった筈である。


何処でどんな手違いがあったのか、放課後に教師に頼まれ教材を取りに行った物品庫で、行き成り腕を取られて囚われた。

一瞬何が起こったのか理解が及ばず、声を出したくても音を忘れた様に言葉が出ない。
引き摺られる様に力強い両腕に拘束されて、それから先は悪夢であった。

どうしてこんな事が、何故自分の身に。
混乱で目眩がするのは、表も裏も無く攻められ揺さぶられた振動から起こったのか。

殺されるのではないか。
その恐れが声を上げるのを留まらせた。騒いだらこのまま首を絞められ殺められるのではないか。実際、あがらい難い強い力で抑えられて、既に絞められているのと変わらなかった。

初めての痛みも感覚も只々恐怖に塗り替えられて、早くこの悪夢が終わって自分を押さえ込む力から解かれたい。父や母や兄姉の顔を思い出して、あの邸に帰りたいと只管そればかりを考えた。

熱を放って漸くこちらを確かめようと思ったらしい男と目が合って、そこで男があの高貴な集団の一人である事が解ってクリスティナは混乱した。

何よりクリスティナを認めたローレンが、戸惑いを見せた。
怪訝な表情が「お前は誰だ?」と語っている。真逆、人違いをされたのか。

クリスティナは絶望とはこう云う感情なのだと思った。
乱されボタンの飛び散ったブラウスを胸の前で引き寄せる。ずり下ろされた下着が何処へ行ったのか分からない。あんなものをこんな所へ置いては行けない。

けれども何より今はここから逃れなければならないと、ただそれだけを頭に思い、がくがくと力の入らぬ腰に有りっ丈の力を込めて立ち上がった。

未だ不審そうに、何が起こったのか考えているらしいローレンには構わずに、そのまま扉から飛び出した。

足に漸く力が戻って、このまま走り出してしまいたかったが、それは叶わなかった。
一歩歩いたところで内股を伝うものに足元まで汚されて、長いスカートの中には何も履いてはいなかったから、このまま歩いてしまっては廊下の床まで汚してしまうのが容易に分かった。

それが引き金になって、下腹部に残る違和感も接触した箇所の嫌な痛みも、何より男に襲われて令嬢の尊厳を散らされてしまった事実の全てが、堰を切ったように頭の中に流れ込んで来た。

「待て」

後ろから腕を掴まれ掛けられた声は氷点下の冷たさで、やはりこのまま帰る事は出来ないのだと悟る。

「おい」

腕を掴まれたまま振り返ることの無いクリスティナに焦れたのか、短い声に苛立ちが含まれている。

このままでは埒が明かないと判断したらしいローレンに、無理矢理身体の向きを変えられて対面した。

初夏の夕日が廊下に差し込んでいる。
それがローレンの顔に影を作って、同じ年の学生であるのに、それはまるで地獄の門番の様に思われた。こんな美しい門番がいればの話だが。

「ルース子爵家の娘か。」
どうやらクリスティナの生家を知っているらしい。

「何故ここに来た。」

「あ、アンダーソン先生に言われて、」

それだけでローレンには通じたらしいく、あろう事か彼はそこで小さく舌を打った。

それから制服の内側からハンカチを取り出して、徐ろにクリスティナの内腿を拭った。
「ひっ」とクリスティナが微かに漏らした悲鳴にもならない悲鳴を聞いて、ほらとばかりにこちらへハンカチを寄越す。
自分で拭けと言うのだろうか。

そうしてローレンは、片方の掌に持っていたらしいものをハンカチを受け取ったクリスティナの手に重ねるように押し付けた。

脱ぎ捨てられた下着であった。

もうそれからはどうやって戻って来たのか分からない。
気が付いたら、既に皆が下校して誰も居なくなった教室に戻っていた。

もう迎えの馬車が着いているだろう。
早くしなければ、御者が不審に思ってしまう。
腹が痛むのか擦れた所が痛むのか、それとも心が痛んでいるのか、己の尊厳を輝く男に無惨に汚された事に、自分が容易く踏み躙られるちっぽけな存在であるのを痛みと共に思い知ったのであった。

それが学園に入って二年目の夏の初めの事である。

それからクリスティナは、未だにローレンに囚われたままでいる。



あなたにおすすめの小説

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

旦那様はとても一途です。

りつ
恋愛
 私ではなくて、他のご令嬢にね。 ※「小説家になろう」にも掲載しています

【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】 いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。 婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。 貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。 例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。 私は貴方が生きてさえいれば それで良いと思っていたのです──。 【早速のホトラン入りありがとうございます!】 ※作者の脳内異世界のお話です。 ※小説家になろうにも同時掲載しています。 ※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。