囚われて

桃井すもも

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湖畔で二人を目撃した後も、ローレンは変わらず王城へ出仕していた。

アランは二人の事を王太子に報告をした筈で、場合によってはローレンに処分や処罰が与えられる事も予想されたが、果たしてローレンもテレーゼにもその様子は窺えず、あの日の事は初めから無かったかの様に思われた。

テレーゼは王族には珍しく、腹に何かを隠せない人柄である。兄に注意を受けたなら、端で分かる程には気落ちする筈が、その様子に特段変わったところは見られなかった。

テレーゼが無事に城に戻った事が幸いしたのか、フレデリックはアランの報告を受けてそれを陛下に上げる事なく様子見する事にしたのだろうか。

ローレンが謹慎している様子も無かったから、どうやらその考えで間違い無いのだろう。

フレデリックの腹の内は解らない。
甘さの残る美麗な顔をそのまま信じてはならない。

彼は将来国の長となる人物で、飄々と軽口を言いながらその裏側で事を容易く動かすのである。
これと狙った物事は決して的を外さない猛禽の様な人物である。
それは王城勤めの長い父や兄の様子からクリスティナが勝手に思っていた事なのだが、ここ最近のフレデリックを見るにつけ、その考えに相違は無いように思われた。


テレーゼは相変わらずであった。
元気を無くすその姿は、正しく花が萎れる様で痛々しい。

第一王女の手伝いと称して頑張っていた公務も、このところはすっかり意欲を失ってしまい、今は庭園の散策だけを好んでいた。

そこには、何かのタイミングで兄と一緒になれたなら、そこに侍るローレンとも会えるのではと期待をしているのが見て取れた。

フレデリックには、そんなテレーゼを見張るように申し渡されたが、これまで度々出会っていたフレデリックは、まるで行動を変えたように悉く(ことごとく)テレーゼとはすれ違う。テレーゼとローレンが顔を合わせる暇(いとま)も無い。


フレデリックがそれ程用心するのには理由がある。
テレーゼは、平素はおっとりと大人しい姫君であるが、一度関心を寄せると驚く程の行動力を見せる。時には無茶な行動も取ったりするのを兄や姉が諌める事もしばしばであった。

フレデリックは、その行動力が先の湖畔への散策だと思うのだろう。
王族の身で恋人を侍り護衛すら伴わず城を出てしまう。ローレンの助力があっての事でも、それを王女が願わねば実行されない筈なのだ。

純潔を保ったまま輿入れをすると云う、至極当然の事をテレーゼは兄から危ぶまれている。その信用の無さは決定的で、そこをクリスティナも気の毒に思うも、自覚が必要な御身であるから仕方が無いのであった。


「テレーゼ様。食欲が湧きませんか?」

朝も温めたミルクだけで済ませていたのに、昼餉にも手をつけられないテレーゼに、クリスティナは声を掛けた。

「テレーゼ様。せめて果実だけでも召し上がりましょう。フレデリック殿下がお泣きになってしまわれます。テレーゼ様はお兄様を悲しませたいのでございますか?」

「いいえ、いいえ、そんな事思っていないわ。でも何も食べたくないの。味すら解らないのですもの。」

「ひと口だけ、ひと口だけ食べてみましょう。こちらの苺は王妃様の温室で栽培されたものです。こんな寒い季節にこれだけ赤く熟れているなど。きっとお味も甘いでしょう。王妃様の御心と思ってどうかお召し上がり下さいませ。」

「まあ、王妃様が?ええ、分かったわ。苺だけ食べるわね。」

テレーゼの小さな口が赤い苺を喰む。
清廉な姫のそこだけが艶めかしく、それは恋を知った乙女の姿なのだと切なく見えた。

そのひと口に力を得たのか、テレーゼは果実とクリームを添えたスコーンを一つ平らげた。お茶にはミルクをたっぷり入れたものを用意した。

ほんの僅かな量であったが、食を得たテレーゼは眠気が起こったらしく、午後には寝台で横になっている。

クリスティナは、侍女頭に呼ばれていたからと一緒にいた侍女に断りを入れて、テレーゼの私室を出た。

今朝方、回廊でアランとすれ違った。

王女の宮の手前の回廊、普段はフレデリック付の側近が通ることの無い回廊である。
これが合図なのだろう。アレンの姿にそう思って歩みを進めた。

擦れ違い樣、「15時」とアレンが囁いた。
場所は事前に知らされていたから、15時に落ち合う事を承知してクリスティナは頷いた。


落ち合う場所は、クリスティナにとっては馴染の深い場所であった。
ローレンに呼び出される部屋の真隣であったから。
高位貴族のアランは王城内にも私室を与えられているが、他にも仮眠室が用意されており、この部屋は鍵さえ掛けてしまえば誰とも会う事は無い。

部屋に向かうまでに人と擦れ違いそうな時には、回廊を支える太い柱の陰に隠れるのがクリスティナのこの四年で培った得意技であったから、部屋さえ分れば人目に付かず落ち合うことは容易かった。

少し離れた先に見える隣の部屋は、これまで散々ローレンに苛まれていた部屋である。
あの大泣きに泣いた夜以降、ローレンとは会っていない。文字通り、視線すら合わせていなかった。

ローレンは今、それどころでは無いのだろう。愛する人を失ってしまうのだから。

そこまで考えて、クリスティナはその先の思考をやめた。
もう関わりの無い事なのだ。
用無しのクリスティナがあの部屋を訪れる事は無い。
今はそのローレンからテレーゼを守ることをフレデリックから命じられて、それを遂行するだけなのだ。
まるでローレンの敵(かたき)になった様である。


ドアノブをゆっくり回すと鍵は開いており、ノックをせずに扉を開ける。
それから滑り込むように中に入って室内を見れば、落ち着かない風にアランが佇んでいた。

アランはクリスティナがここに無事に来た事を安堵する様な顔をした。



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