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炎に照らされるローレンの横顔を見つめる。
テレーゼ王女が恋した男。
プラチナブロンドの髪が炎の灯りに照らされて、白金が黄金色に輝いている。
王家と同じロイヤルブルーの瞳の中に、燦めくオレンジの灯りが映る。
「テレーゼ様を愛していらっしゃったのでしょう?」
心を落ち着けて、クリスティナはもう一度訊ねた。
あの秋の森の湖畔で、腕を貸して見つめ合い歩く二人の姿が蘇る。
恋を覚えた心を咎めることなど誰にも出来ない。可憐な王女を前にして恋をするなと言うほうが無理である。
「くそっ、あいつめ、」
「え?」
「ああ、いや気にしないでくれ。信じるか信じないかはお前次第だ。私は王女にはなんの感情も無い。寧ろ、面倒な荷を背負わされたと思っていた。」
「え?」
「全て、あいつ、いや殿下の指示だ。」
「え?」
クリスティナは、もう理解が追いつかない。
「殿下は王女を疎ましく思っている。」
「え!!」
「側妃ごと片付けたいと思っている。」
「...」
この四年間テレーゼに侍る間、フレデリックは妹弟の中で最もテレーゼを慈しみ可愛いがって来た。その姿は傍からみても微笑ましくて、兄は兄でも生家の兄とは大違いだと幾度も思ったものである。
あの姿が偽り?
フレデリック殿下は役者になりたいのだろうか。
「殿下は役者にでもなりたいのでしょうか。」
その思いは、そのまま言葉になって出てしまった。
「ああ、その様に伝えておこう。」
「お止めください!駄目!絶対駄目!!」
「ふっ」
え?笑った?今笑ったの?
兄の大口を開けてあはあは笑う顔しか知らないクリスティナは、ローレンの小さな笑いに判断が出来かねた。
「何度でも言おう。信じるかはお前次第だ。だが、私がそんな事を偽る謂れは無い。」
「そんな事...。で、ですが、テレーゼ様を湖へ、」
そこでクリスティナはしまったと口を塞ぐも遅かった。
「何故それを知っている?」
「...」
「クリスティナ。」
「...」
「どうやら躾が必要ら「ア、アラン様と..」
「聞こえないな。」
「アラン様とみ、見たのです。貴方とテレーゼ様のお姿を、」
「何処で」
「王立の森林公園で、その、湖をお二人が歩いて、」
「何故お前が湖にいた。ああ、アランか。
質問を変えよう。何故アランと二人で、関係者以外立ち入れぬ湖に楽しく仲良く散策に来た。」
質問の矛先が変わってしまった。若干悪意が込められて。クリスティナは不利な立場に陥った。
「そんな事より、テレー「そんな事では無いな」
「答えるんだ、クリスティナ。」
誤魔化し切れなかったクリスティナは、そこで洗い浚い吐かされた。旅がしたいと呟いたのを耳にしたアランから、兄とキャサリン嬢の逢瀬の為に郊外へ散策に行こうと誘われた。
兄達とは道を変えて湖畔の畔を歩いていたら、ローレン達の姿を見つけた。
「あの場に誰の姿も見えなかったが、お前は何処にいた?」
「こ、木立の中に、」
「二人で?」
「二人で」
ローレンが悪い顔で笑うのは、心の底から恐ろしいとクリスティナは思う。
「それよりっ、テレーゼ様ですっ」
「ああ。殿下の指示だ。王女を堕として虜にしろと。城から連れ出したのも殿下の指図だ。」
「そんな...何の為に。」
「絶望を教えたかったのではないか?」
「え?」
「自分が如何に非力で無力で無能で役に立たない存在なのかを思い知らせたかったのだろう。王命で公国に嫁がせて。」
「テレーゼ様は、アンソニー様をお慕いなさっておられます。」
「今だけ夢を見せているんだろう。」
「それはどういう?」
「公子には妾がいる。」
「え!!」
クリスティナはこの先はもう何も驚かないと思える程、今日一日で驚いた。
「テレーゼ王女が嫁いだ先には、愛されないお飾りの妻の座が用意されている。側妃制度がなくとも、妾がいれば同じ事。
けれども、クリスティナ。王女に真実魅力があるのなら、何を恐れる必要がある?
愛人がいようと妾がいようと、夫を惹き付ける力があるなら何の問題も無いだろう。
若しくは、全てを承知で覚悟を決めて、将来の大公妃として力量を発揮すれば、また違う道が開けると思わないか?要は、自分の人生をどう生きるかだ。」
無邪気に笑うテレーゼのはち切れんばかりの笑顔が眩しかった。
あの眩しい笑顔が、どうか公国で愛されます様に。クリスティナはそう祈る事しか出来ない。
アンソニーが、あんな清廉そうな顔をしてテレーゼを侮ろうとしているだなんて。
それより何より、王太子殿下。
やはり貴方様、真に恐ろしい方でしたのね。
クリスティナはぶるりと身震いしてしまった。
「寒いのか?」
目敏く気付いたローレンがこちらを覗き込む。
その瞳の中に、暖炉の火とは異なる炎が燃えているのにクリスティナは気付いてしまった。
「クリスティナ。もう十分分かったろう。
何があったのか。事実と真実は異なるかも知れないが、私が知る真実はここまでだ。それ以上踏み込めば、それは王族の手の内を探る事になる。知って良い事と知らずに良い事があるのは分かるだろう。お前の事は私が護る。けれども己から火の中に飛び込むな。分かったな?」
ローレンの言葉は、一言一言が真実に思えた。王太子の側近として侍るローレンが、何を見て、何を見て見ぬふりをしているのかは理解出来ないが、クリスティナを護るというその言葉を信じてみたいと思うのだった。
テレーゼ王女が恋した男。
プラチナブロンドの髪が炎の灯りに照らされて、白金が黄金色に輝いている。
王家と同じロイヤルブルーの瞳の中に、燦めくオレンジの灯りが映る。
「テレーゼ様を愛していらっしゃったのでしょう?」
心を落ち着けて、クリスティナはもう一度訊ねた。
あの秋の森の湖畔で、腕を貸して見つめ合い歩く二人の姿が蘇る。
恋を覚えた心を咎めることなど誰にも出来ない。可憐な王女を前にして恋をするなと言うほうが無理である。
「くそっ、あいつめ、」
「え?」
「ああ、いや気にしないでくれ。信じるか信じないかはお前次第だ。私は王女にはなんの感情も無い。寧ろ、面倒な荷を背負わされたと思っていた。」
「え?」
「全て、あいつ、いや殿下の指示だ。」
「え?」
クリスティナは、もう理解が追いつかない。
「殿下は王女を疎ましく思っている。」
「え!!」
「側妃ごと片付けたいと思っている。」
「...」
この四年間テレーゼに侍る間、フレデリックは妹弟の中で最もテレーゼを慈しみ可愛いがって来た。その姿は傍からみても微笑ましくて、兄は兄でも生家の兄とは大違いだと幾度も思ったものである。
あの姿が偽り?
フレデリック殿下は役者になりたいのだろうか。
「殿下は役者にでもなりたいのでしょうか。」
その思いは、そのまま言葉になって出てしまった。
「ああ、その様に伝えておこう。」
「お止めください!駄目!絶対駄目!!」
「ふっ」
え?笑った?今笑ったの?
兄の大口を開けてあはあは笑う顔しか知らないクリスティナは、ローレンの小さな笑いに判断が出来かねた。
「何度でも言おう。信じるかはお前次第だ。だが、私がそんな事を偽る謂れは無い。」
「そんな事...。で、ですが、テレーゼ様を湖へ、」
そこでクリスティナはしまったと口を塞ぐも遅かった。
「何故それを知っている?」
「...」
「クリスティナ。」
「...」
「どうやら躾が必要ら「ア、アラン様と..」
「聞こえないな。」
「アラン様とみ、見たのです。貴方とテレーゼ様のお姿を、」
「何処で」
「王立の森林公園で、その、湖をお二人が歩いて、」
「何故お前が湖にいた。ああ、アランか。
質問を変えよう。何故アランと二人で、関係者以外立ち入れぬ湖に楽しく仲良く散策に来た。」
質問の矛先が変わってしまった。若干悪意が込められて。クリスティナは不利な立場に陥った。
「そんな事より、テレー「そんな事では無いな」
「答えるんだ、クリスティナ。」
誤魔化し切れなかったクリスティナは、そこで洗い浚い吐かされた。旅がしたいと呟いたのを耳にしたアランから、兄とキャサリン嬢の逢瀬の為に郊外へ散策に行こうと誘われた。
兄達とは道を変えて湖畔の畔を歩いていたら、ローレン達の姿を見つけた。
「あの場に誰の姿も見えなかったが、お前は何処にいた?」
「こ、木立の中に、」
「二人で?」
「二人で」
ローレンが悪い顔で笑うのは、心の底から恐ろしいとクリスティナは思う。
「それよりっ、テレーゼ様ですっ」
「ああ。殿下の指示だ。王女を堕として虜にしろと。城から連れ出したのも殿下の指図だ。」
「そんな...何の為に。」
「絶望を教えたかったのではないか?」
「え?」
「自分が如何に非力で無力で無能で役に立たない存在なのかを思い知らせたかったのだろう。王命で公国に嫁がせて。」
「テレーゼ様は、アンソニー様をお慕いなさっておられます。」
「今だけ夢を見せているんだろう。」
「それはどういう?」
「公子には妾がいる。」
「え!!」
クリスティナはこの先はもう何も驚かないと思える程、今日一日で驚いた。
「テレーゼ王女が嫁いだ先には、愛されないお飾りの妻の座が用意されている。側妃制度がなくとも、妾がいれば同じ事。
けれども、クリスティナ。王女に真実魅力があるのなら、何を恐れる必要がある?
愛人がいようと妾がいようと、夫を惹き付ける力があるなら何の問題も無いだろう。
若しくは、全てを承知で覚悟を決めて、将来の大公妃として力量を発揮すれば、また違う道が開けると思わないか?要は、自分の人生をどう生きるかだ。」
無邪気に笑うテレーゼのはち切れんばかりの笑顔が眩しかった。
あの眩しい笑顔が、どうか公国で愛されます様に。クリスティナはそう祈る事しか出来ない。
アンソニーが、あんな清廉そうな顔をしてテレーゼを侮ろうとしているだなんて。
それより何より、王太子殿下。
やはり貴方様、真に恐ろしい方でしたのね。
クリスティナはぶるりと身震いしてしまった。
「寒いのか?」
目敏く気付いたローレンがこちらを覗き込む。
その瞳の中に、暖炉の火とは異なる炎が燃えているのにクリスティナは気付いてしまった。
「クリスティナ。もう十分分かったろう。
何があったのか。事実と真実は異なるかも知れないが、私が知る真実はここまでだ。それ以上踏み込めば、それは王族の手の内を探る事になる。知って良い事と知らずに良い事があるのは分かるだろう。お前の事は私が護る。けれども己から火の中に飛び込むな。分かったな?」
ローレンの言葉は、一言一言が真実に思えた。王太子の側近として侍るローレンが、何を見て、何を見て見ぬふりをしているのかは理解出来ないが、クリスティナを護るというその言葉を信じてみたいと思うのだった。
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