囚われて

桃井すもも

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【33】

テレーゼ王女は恙無く(つつがなく)公国へ嫁いで行った。公国へ向かう道中には王太子とアランが付き添った。
ローレンは要らぬ憶測を避けると云う口実の下、多分アンソニーと居並ぶ事を避ける為か、帯同する人員からは外されていた。

王族は尊い御身が一度に移動するのを許されないことから、国王陛下と王妃陛下は王国に残って、側妃のみが娘の婚姻式に参列した。


王宮を可憐に彩った華が一輪去ってしまった。微笑むだけで甘やかな空気を振りまいた姫であった。

テレーゼ王女の私室は、僅かな家具と不用となった物品のみが残されていた。

クリスティナは他の侍女達と共に、それらを片付け王女の暮らした世界を閉じた。
次に王女がこの城に訪れる時には、大公令息妃として貴賓の間に案内される事となる。



この後は侍女頭に呼ばれている。
王女付きの勤めを解かれたクリスティナ達に、次の配属先が知らされる事となっていた。

王城に出仕し始めて程なくしてテレーゼ付きの侍女となったクリスティナは、他の部署の事はよく解らない。

けれども、王女の輿入れを一つの区切りにして、クリスティナも新たな道に踏み出すのに丁度良い頃合いと思われた。

一人一人呼ばれて、各々次の配属先を知らされる。クリスティナは王女付きの侍女の中では最も長く仕えていたので、一番最後まで残されていた。

控えの間にいて待つ間、王女との四年間に想いを馳せる。
色々あったが、悪意や謀り事とは無縁の無垢な王女であった。そんな姫君が一人くらいいても良いだろう。世が思う「姫様」を体現した様な王女であった。

そんな事を思い返しながら待っていると、感傷に浸る間もなく名を呼ばれた。

それからクリスティナは、侍女頭から王女仕えの勤めを労われた。
クリスティナにはその実感は全く無かったが、どうやらテレーゼ王女は、扱いの難しい侍るのに忍耐を要する王族であったらしい。
そう言われれば、兎角侍女の出入りが激しかった様に思う。
他の王族には、クリスティナより年嵩の長く仕える侍女が幾人も仕えているが、テレーゼのみは、次々と人が入れ替わっていた。

貴女が仕える様になってから、王女様は驚く程に聞き分けが良くなった。
そんな事を侍女頭から聞かされて、あの可憐な王女の可愛い我が儘は、自分が思う以上のものであったのだと初めて知った。

ある意味問題児であったらしいテレーゼ。
あの夜、フレデリックが話した一言一言を思い出して、彼は王太子としてそんなテレーゼの素行を抑えなければならないが為に、あれほど愛でて、可愛い妹姫を見に来たと云う体(てい)で王女の私室を訪れていたのだろう。輿入れも、父王が決心がつかず思いあぐねるのを見かねて、王太子が取り纏めたのではなかろうかと思い至る。

フレデリック殿下、貴方様こそ真実テレーゼ王女の将来を案じておられたのではないですか。
それが真実かどうかは解らないが、そんな事もあるかも知れないと思いたかった。

あの夜が無かった様に、翌日には王家の威光を纏って王太子然とした凛々しく美しい姿を見せたフレデリックを、クリスティナは眩しいものを見るように思い出す。

今頃は、可憐な姫の行く末が幸い多き事をほんの少しは願いながら、婚礼の式典に参列している事だろう。
 

王女付きの任を解かれたクリスティナは、溜まりに溜まった休暇を頂戴する事を願って、身辺整理もあろうからとそれを許された。

丁度良い機会だ。
思い切って、夢を叶えてみようか。
クリスティナは、突然そんな事を思い立ち、早速とばかりに仕度をする。

一度生家に戻って、これからのことを報告したいし、兄の耳にも入れておきたい。
その前に、文を書こう。
もしかしたら、手を貸して貰えるかも知れない。

私室はこれまで通りに使って良いとの事であったから、文を文書を扱う部署に託して、それからは外出する分の荷物を手早く纏めてその晩の内に生家へ戻った。




目的地までは馬車で丸二日掛かる。

王都よりも北に位置するからか、途中に感じる肌を撫でる風はもうすぐ初夏を迎えるにしては冷たく感じた。

王都を出て暫くすると街並みは様相を変えて、田園風景が広がっていた。それも暫くすると家々は疎らに点在して、それからは深い森が現れた。

馬車の中に入り込む風の薫りが変わる。
秋の王都の森林は、枯れ葉の匂いを含んでいたのが、今は遅く芽吹いた新緑の薫りに包まれている。

胸いっぱいに薫風を吸い込んで、大きく息を吐いた。それだけで、自然に洗われた空気が身体の内を巡る様に思えた。

「クリスティナ、君を領地に案内出来る日が来るなんて、本当に嬉しいよ。」

「ふふ、イワン様、多分5回は聞きましてよ。」

「何度でも言わせてくれ。君から文を受け取って、どれほど私が嬉しかったか君には分からないだろうね。」

一週間の休暇を許されて、クリスティナは旅に出ようと考えた。そうして、初めて旅をするのならと考えるまでも無くクローム領しか思い付かなかった。

ローレンが、クリスティナの血が生まれた土地だと言ったように、クリスティナ自身も自分の始まりであるクロームの大地をこの目で観てみたいと思った。

そうして、イワンに領地を訪問したいが行き成りでは驚かせるといけないからと一筆認(したた)めた。それから生家に戻って、ここ最近の出来事についてを父と兄に報告をすれば、陛下に仕える文官二人は大凡の事は既に把握していたらしい。
鮮やかな手腕で王女を嫁がせたフレデリックを、二人共に認めている様であった。

久しぶりに家族で語らい、自室の寝台で久しぶりの惰眠を貪るクリスティナは、侍女に文字通り叩き起こされた。

「お嬢様、お目覚め下さい。そうして大急ぎでお支度を。クローム男爵令息様がお見えです。」

イワンの突撃がこの日の始まりであった。




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