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妖怪相談所
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妖怪相談所…そこは、現世とあの世の中間地点にある、妖怪の相談所。
そこには、ユーモア溢れるモノタチが集う。
これは、そんな妖怪たちの話。
◇
「…こんにちは」
「はい、こんにちは」
それは、子供の姿をしていた。が、現代に住まうものではないのは、見ただけで分かる。
頭に竹の笠をかぶり、丸盆を持ちその上に綺麗な紅葉豆腐が乗っている。
身に纏う着物には縁起の良い者共が描かれている。
小さな体躯だ。職員からしても、身を屈めないと接することは難しい程の。
「本日はどのようなご相談で?」
妖怪相談所の職員である男は、豆腐小僧に身を屈めて話しかける。
「あ、あっ。お、おれは、あっ、あぁ」
「落ち着いて下さい。さぁ、大丈夫ですから」
「わっ、分かった…お、おれは」
豆腐小僧は少しためらう。
言いにくい事なのだろう。
「──イジメ、られてんだ」
「そうですか。妖怪のイジメねぇ」
職員である男は少し困った顔をする。
「少しお待ち下さい…イジメの部署は生憎人がいっぱいでして」
「わかった」
豆腐小僧は近くにあった椅子に座る。
ここは、あの世と現世を繋ぐ、唯一の橋のような所。
そこには生けとし生きる者が集い、妖怪の住まう場所となっている。
周りを見渡せば、漆黒の空間が広がっている。
豆腐小僧のように相談に来ている者もいるが、それでもこの道は長く広い。
「すいません。遅れました」
妖怪相談所の職員がそう言う。
本来、生物は現世の者か、あるいはあの世の者かで分けられる。
が、職員は、あの世の者でもなく、現世の者でもない。
いわゆる、なり損ないである。
故に人と妖怪を結びつけたり、妖怪の相談を聞くことが出来る。
妖怪は妖怪に相談をすることが難しいのだ。
「はじめまして」
職員は、後からさらに別の職員をよこしたらしい。
「…なんだ?」
豆腐小僧が嫌みったらしく言う。
「おやおや、まぁ。私は妖怪相談所の吉沢です。よろしく」
「…何なんだ…」
「吉沢さんは、無所属なんだ」
「むしょぞく?」
豆腐小僧が聞き返す。
「あぁ、本来職員は、何処かしらの部署につくものだけど、吉沢さんは無所属なんですよ」
「そう言うことです。特に私は東洋妖怪はかなり得意ですから」
吉沢職員は、そう言うとにっと笑った。
職員に性別というものはない。
職員に生別というものはない。
ただし、職員には姿がある。
吉沢は、黒いスーツに身を包む、三十代くらいの男だった。
糸目である。髭などはなく、顔は綺麗に整っていると言えるだろう。髪も長くなく、短くなく、と見た目の印象は悪くない。
「…それで、案件はイジメ、とのことですが…一体、どのようなものでしょうか?お話聞かせて下さい」
「…あれは──」
◇
あれはそう、おれが妖怪学校に入学したときだった。
「やーい、やーい、豆腐小僧はおっちょこちょい!」
「やめてくれよぉ」
おれは、母ちゃんに買って貰った筆箱を投げ飛ばされていたんだ。
それだけじゃない。
トイレだと──
「おらっ」
バシャッっと冷たい水を体中にかけられて、豆腐はびしょ濡れ。
服もびちゃびちゃになった。
「おい!」
と、おれが走っても、あいつらの方が速かった。
「あいつら?」
「…一反木綿とか、一つ目小僧さ」
一番許せなかったのは、おれの妹を殴った事だった。
おれは約一年間イジメを耐えてきたけど、入学したての妹に暴力をふるって、そんで妹は学校が怖くなった。
「けど、おれにはあいつらを見返す力がない。だから、相談しに来た──」
「では、具体的に何をするんですか?」
「…え?」
「見返す…とはどんな事をすれば良いのでしょうか?確かに我々は依頼料があれば十分それに見合った事をしますよ…ですがね、具体的な計画が無いのにそれは無いでしょう」
「具体的…」
「お決まりですか?」
「うん…」
「何でしょう?」
「…おれと…おれと妹にしたことを同じようにしてくれ」
「分かりました。では、何をされたか明記していただく必要があります」
「えーと、まず」
「あぁ、最後に」
「まだあるのか?」
「えぇ、重要な事です。
──本当にそれで良いですね?」
吉沢は、奇妙な笑みを浮かべる。
「…あぁ」
「それでは、執行させていただきましょう」
◇
数日後…
今日も妖怪相談所は騒がしい。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
二人組の妖怪だった。
一反木綿と一つ目小僧。
何やら、怯えた表情をしている。
「本日はどのようなご相談で?」
「はい…変な男の人に急に殴られたり、水をかけられたりして──」
男は、にぃ、と笑った。
「で、どのようなご用件でしょう?」
「その男に、仕返しがしたいんだ!」
「なるほど…」
◇
妖怪相談所は、今日も空いている。
惑わされてはいけない。
職員たちは、あの世の者ではなく、この世の者でもないのだから。
「ふふっ」
争いは争いを呼ぶ。
ねぇ?
*****
No.2犬神
「こんにちは」
「ふむ、ここが妖怪相談所か…」
「本日はどのようなご相談で?」
「そうだな…私の服が、作れなくなったのだが──」
「詳しくお話を聞きましょう。では、あちらへ」
◇
「服とは?」
「ふむ。私は長年白い衣装しか身にまとはないと決めてな…一の髪にしている訳だが」
「ふむふむ」
犬神は、その長く黒い艶のある髪を縛り、一の髪にしている。
「まぁ、見て貰えばわかるのだがな」
犬神は立つ。その姿は美しく、すらりと高身長。
また最も印象的なのは、その身に纏う衣装だろう。
白き衣装は巫女の着る巫女装束のような、白くて神聖のある服。
「この通り、私はこの装束を気に入っているのだよ。だがね」
と、一旦話を切る犬神。
「もう、作れないのだよ」
「服が、ですか」
「その通りだとも。これを作る専門の妖怪、まぁ名を何と言ったかなぁ…そやつに作って貰っておったのだが、つい最近死んでなあ」
「ほお」
「これと似た品質の物を作れる者を探しておるのだが、中々見つからなくてなぁ」
「それを手伝え、と」
「いや、そういう訳では無い…そう言う訳ではないが、う~ん、どうしたものか」
「どうされたのですか?」
「うむ。結論から言えば、見つけたには見つけたのだよ。だが、そやつは人間なのだ」
「なんと。人ですか」
古くから、人とあやかしの関係とは面白いものである。
「そう、あれは、雨の日であったか」
◇
豆腐小僧が出んとする雨の日に、私は旅を続けたのよ。森へ森へと林を征き、空をかけて、精霊と話さんとする。
そんなある日に見つけたのよ。機織りし娘に。
「もし、私が分かるかね?」
「おや、まぁ。貴方様は犬神様…これは珍しい」
「ふふ。そうかね?ところで機織り娘よ」
「何でしょうか?」
「頼みたい事があるのだが」
「はい?」
「そうさなぁ。これから三回月がまわる頃に、この装束と同じものをつくってはおくれぬか?」
「お安い御用ですよ」
「分かった。三月経った頃に馳せ参じよう。それまでは、出で立ち参ろう」
「…ではこれにて」
そう言って私は丁度三月経った頃に女の元へ参った次第なのよ。
「出来ておるか?」
「はい、勿論」
女はそれはそれは天女の如し装束をつくってくれてたのよ。
「おお、素晴らしいものだな。貴様、名を何とするか?」
「名乗るほどではありませんよ」
森の中に一人ぽつんとある一軒家、そこに娘はすんでおったのよ。
「…それでどうなったのですか?」
「あぁ、通ううちに、私は娘に惚れていったのよ」
「それで?」
「うむ。結婚しようと思うのだが、贈り物は何が良いかと思ってな…相談に来た次第よ」
「なるほど…では婚約部署の方をお呼びしますね」
職員は部屋から出て行った後、数刻して別の職員が入ってくる。
「婚約部署の後藤だ。まず求婚するにおくるものなら、相手が何が欲しいか確認しなくちゃならない、だろう?」
「おお。そういうものか」
「そういうものさ。さて、それでその娘についてちと調べなくちゃいかん。それまでに数日いるが、いいかね?」
「あぁ、いいとも。また呼んでくれ」
◇
数日後。
「娘よ」
「はい?」
「今日は、おかしな天気よな」
「そうですね。狐の嫁入りのようですね」
「晴れなのに雨…面白いものよな」
「…」
「…」
「時に娘よ」
「はい?」
「名を何とする?」
「わたしは、悦子と申します」
「そうか、私は犬神だ」
「知ってます」
「知ってたか」
「…なぁ、娘よ」
「はぁい?」
「私と、結婚してはくれぬか?」
犬神は、真剣な眼差しで、悦子を見つめた。
さらに、そこで花を取り出した。
ただの花ではない。秘境に咲く、とても珍しく、美しく、幻想のような枯れない花。
「はい」
娘は異種間結婚を認めた。
◇
「なぁ!ここが妖怪相談所なんだろ?」
「そうですね。こんにちは」
「おう。なぁ、あんた、秘境に咲く花ってしってねーか?」
「そうですね…知っていますとも」
「なんでも、おれのじーちゃんがばーちゃんにプロポーズするときの使ったらしーぜ」
「へぇ」
その少年は犬耳を生やした、人と犬のハーフのような者だった。
*****
No.3吸血鬼
漆黒の空間に、一つの机があり、一つの椅子がある。それらが連なり、ズラァと並んでいる。
ここは妖怪相談所。あの世とこの世の中間地点に存在する妖怪の相談所だ。
◇
「あら?」
「…ん?」
「ねぇ、ここが妖怪相談所?」
突然、目の前に女が現れる。
「はい、そうですよ」
「へぇ、結構貧乏なのね。まぁ、稼ぎにはならないし、そりゃそうか」
私は目を合わせる。
「こんにちは」
挨拶は礼儀だ。
「フン。挨拶を交わす義理もないでしょ」
「左様ですか。それで、本日はどのようなご相談で?」
「そうねぇ、手伝ってほしい事があるの」
「なるほど。話は別室で聞きますよ。プライバシーの侵害になるといけないのでね」
私は女を別室へと案内した。
◇
──美人。それも国宝級の。長くなびくさらさらの髪は赤く、真紅の瞳に艶やかな唇、白い肌、高身長。そして、少し尖った犬歯のようなものが口から出ている。
若そうな見た目。張りのある体。
「とりあえず、お座り下さい」
「フン。私に対してその態度は失礼ではないかしら?」
「分かりました。お茶を持って参りましょう」
そして、職員は紅茶を持ってくる。
「フン」
女は紅茶を軽く飲んだ。
「それで、本題なのだけれど」
「その前に──」
「何よ」
「私の見解ですが、貴方、吸血鬼…ですよね?」
「正解よ。その通り」
「では、職員をかえさせていただきます。私は東洋妖怪に詳しいものですから」
「…全く」
そして、職員は部屋を出て行く。
数分してから、職員が入ってくる。
「大変遅れて申し訳ありません…私、妖怪相談所の吉沢と申します」
「全く…」
「それで、ご相談は何でしょうか?」
「まず、自己紹介するわ。私は吸血鬼よ…名前はボール・ポルクラム・ヘルモス・リーティ…」
「なるほど…先程申したように、私は妖怪相談所の吉沢です。なんと西洋妖怪から相談が来るなんて、珍しいのですがね」
「そうなの?」
「ええ。何百年かここにいますが、今まででも数回の事例しかありませんからね」
「へー」
「それでご相談は何でしょうか?」
「簡単よ。一言で言うと、草取りよ」
「はぁ。草取りですか。もう少し具体的にお願いします」
「ええ。でも、何か嫌ね…」
「何がですか?」
「もしかしたら、相談内容が外に漏れてしまうかもしれないじゃない」
「その心配は要りませんよ」
「何故」
「こちらをご覧下さい」
吉沢は一枚のプリントを取り出す。
1 相談内容が例えどんなものであれ、内密にすること。
2 どんな相談内容でも受け付ける
3 報酬が要る
…etc
「へぇ、案外適当ね」
「まぁ、そうおっしゃる方も多くいますがね」
「へぇ。まぁいいわ、そんなこと。私としてはさっさと草取りを終わらせたいのよ」
「なるほど。草取りを、ですか。しかし、指定された場所や内容をはっきりと克明に話していただかないと」
「分かってるって。けど説明は面倒くさいから、付いてきて」
「…分かりました。では、征きます」
「…現地で色々話すから」
「ええ、了解です」
「ふっ」
リーティは駆けだす。それに吉沢はついていく。
「あら?可笑しいわね。私に付いてこれる生物は中々いないのよ」
「生物ではありませんから」
「そう」
◇
太陽が爛々と照りつける草原に、吉沢とリーティは立っていた。
「それで、ここが、草取りをして欲しい場所ですか?」
「ええ、そうよ。この辺りに家を建てようと思って」
「範囲の指定と、どのくらい刈ればよいかの指定をお願いします」
「そうね。ここら一帯…とは言っても半径30メートルくらい?の草をぜーんぶ根元から刈り取っちゃって」
「分かりました…にしてもすごい量の草たちですね」
「えぇ、だからこそ、一人では出来ないと思ったからこそ手伝いを呼んだのよ」
「なるほど、合点です」
吉沢は、どこからともなく軍手と鎌を取り出す。
「ちゃんとやりなさいよ」
「分かっています。依頼ですから、そう無下には出来ませんよ」
吉沢は鎌と軍手を使い、必死に草を取り始めた。
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
◇
「やはり、こう暑いと心に来るものがありますね」
「へぇ、暑いとかあるんだ?」
「えぇ、まぁ生物ではありませんから、そう言ったものも結局は張りぼてですが、それでも疲労や幸福というのは、やはりあったほうが良いものですよ」
「ふぅん。つまり疲れたってこと?」
「そうは言っていないのですが…まぁ、そう言うことでしょう」
「…フン。もう疲れたの?軟弱ねぇ」
「そうですとも」
「む」
リーティは理解に苦しむように軽くうなった。
自分が否定的な事を言えば、相手も反発する。
そんなガキ臭いことが、リーティにとっては当たり前となっているのだ。
故に気付けない。吉沢が何故そう言う風に言うのか。
生物ではないものに代謝などない。
もちろん疲労もないし、発汗もない。
が、仕事の効率は生物と変わりない。
やれる範囲も時間も、全て限られているのだ。
そう言った枠組みは生物でなくとも、流石に越えられないのだ。
「私もやろうか?」
「やりたいならどうぞ」
吉沢がそう言うと、リーティは草を抜き始めた。
とは言ってもリーティは妖怪。生物の枠組みの中にいる。
故に代謝があり、疲労があり、発汗がある。
「大丈夫ですか?」
吉沢が問う。生物、非生物の溝は大きいため、逐次確認しなければ、どうなるのか非生物には理解できないのだ。
「今のあんたに言われるほどじゃないわよ」
一方リーティは皮肉っぽく返す。
「それでは仕事を続けましょうか」
「そうね」
二人は草を刈る。
刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る。
◇
「ごくっ、ごくっごくっ、上手い!」
「そうですか。それは良かったです」
「いやぁ、仕事終わりに飲むビールは最高ね。暑い日の仕事終わりに飲むってのがまた最高よね」
「さぁ。私は生きたことがないので何とも言えませんがね」
「いやぁ、にしても頑張ったわね」
「そうですね。綺麗になりましたね」
既にここら一帯には草は無い。
「あっ、そういえば報酬がいるだっけ?」
「そうですね。要ります」
「じゃあ、これ──」
「おい、あれみろよ」
後から不意に男の声がする。
「あの夜逃げ人じゃないか?」
「うお!?本物?すげー」
吉沢は少し不思議に思う。
夜逃げ?と。
「そこのお兄さん知らないのかい。ここにいる吸血鬼は夜逃げ人っていわれててな」
「吸血鬼の村を焼かれた時に村人全員を見捨てて一人だけ引き伸びたっていう悪女なんだよ…」
夜逃げの使い方がおかしいが、しかし確かにリーティは夜逃げ人と呼ばれているらしいことは確かだった。
「そうですか。まぁ、でも少しは節操を持って」
吉沢が男二人に言ってる時だった。
ダッ、とリーティが駆けだしたのは。
「あ、リーティさん」
「…やっぱり逃げる術はすごいな」
「ホントにすげぇや」
「…貴方方、あまり、人を貶めるような事は言わない方が良いと思いますよ」
「あぁ?なんだよ兄ちゃん」
「そうですね…こういう言葉を知っていますか?──」
そこで吉沢は、久しく笑顔を見せた。
だが、それは強烈に凶悪な笑みだった。
「『因果応報』ってね」
そう言うと、吉沢はリーティの走った方へ行った。
◇
私は生まれた頃から、家族から必要とされていなかった。
産まれたときから、世界に歓迎されていなかったとも言えるだろう。
血統の吸血鬼。だけれど両親は何処かに行ってしまっていた。
捨て子。
それでいて私はプライドが高かった。
だから誰にも相手をされず、のうのうと生きてきた。
そんなある日。
私の村は、焼き消されていた。
私が山菜を採りに行っているあいだ。
たったの半日。
それで、人生十余年過ごしてきた場所が崩壊した。
だが、不思議と哀しくはなかった。
ここにいても何も始まらない。そう思った私は逃げて、新しいところに住もうと思った。
探した。探した。探した。
そして見つけた。
良い平野だった。静かに暮らすには十分の。
でも想像以上に住むと言うことは難しかった。
まずは家を建てなければならないし、だけど、草が邪魔をしている。
全て除去するには時間がかかりすぎる。
手が付かないと思った。
そうして悩んでいた時、風の噂を聞いた。
悩みを聞いてくれるところがある、と。
こんなに下らない悩みでも相手にされるのかなぁと思い、遊び半分で行ってみた。
「案内しなさいよ」
この相談所の職員に言う。
生者ではない。非生物。
ぞっとした。
だから、悪い癖が出てしまった。
上から目線な発言だ。嫌われてしまうだろう。
「フン。私に対してその態度は失礼ではないかしら?」
またやってしまった。
もう駄目だ、追い返されるかもしれない。
と、思ったのだが──
「分かりました。お茶を持って参りましょう」
職員はそう言ってお茶を持ってきたのだ。
え!?
本気で言っているのかしら?
なんか嬉しくなった。でもなんでかしら?あ、もしかして私がすごい報酬を持ってきたとか、すごく重い悩みを持っているとか思ってるのかもしれない。
じゃなきゃ私にこんなことするわけないし…
お茶は美味しかった。
おもてなし、だ。今までそんなことはされたことがなかったので驚いた。
でも、そういう良い風に見せて裏切る人は沢山いる。
そして、相談内容を聞かれた。少々恥ずかしかったが、言う。
特に何の問題も無く承諾してくれた。
でも逆に怪しいだろう。こんなに下らないことを、やすやすとokするなんて。
ペテン師か?
けど、そんなことはなく、吉沢は真剣に草取りをしていた。
そして、ようやく終わったころ──
「おい、あれみろよ」
私のことを知ってる奴が来た。
そいつは私のことを淡々と暴露していく。なにもかも知らないくせに、情報だけは知っている。
私は駆けだした。
気付けば森の中にまで来ていた。
何してるんだろう。私は。
「なんてことない。こんなこと」
「そうですか。私にはそうは見えませんが」
若々しい声。
それは、紛れもなく、吉沢だった。
◇
「ッ、なんで来たのよ」
「まだ報酬を貰っておりませんので」
…それもそうか。さっさと金を払って──
「時にリーティさん、人の悩みとは、どんなものなんでしょうかね?」
「はぁ?」
「例えばイジメ。例えば求婚。例えば社会問題。例えば迫害。悩み事とは千差万別でありますし、おなじような事で悩む方もいらっしゃいます」
「…」
「それでね、私は思ったんですよ。この職についてかれこれ何百年といますけど、未だに解決出来ていない、“私”の悩みがあります」
「何?」
「それはね、悩みの重さですよ」
「…はぁ?悩みの重さ?」
「そうですね。悩みの重さ。例えばイジメの悩みと求婚の悩み、どっちの方が重い悩みですかね?」
「そりゃ、イジメ─」
「果たして本当にそうでしょうか?求婚をする当事者にとっては、イジメられる悩みよりも辛いかも知れませんよ?」
「…じゃあ、どういう─」
「極論、悩みとはね、無いんですよ」
「は?」
「悩みなんて結局は心の動き。重さなんて幻想だったんです。つまり、万人平等な訳です」
「…」
「特別誰かが悪いわけではない。だがそれでも当事者にとっては一方通行に見えてしまうのでしょうか?当事者は自分が被害者だと思い込んで決めつけてしまう癖があるみたいですね」
「…」
「そこで更に質問ですが、相談員とは何でしょうか?特に、妖怪の」
「…そりゃ、さっきみたいに」
「あれじゃ、大して人と変わりは無いです。妖怪にした理由があるんです」
「はい?」
「妖怪にした理由ですよ。何だと思いますか?」
「さ、さあ」
「さて、もう答は出てるようなものですがね。要するに、人もあやかしも我々から見れば一緒なんですよ」
「…」
「誰だって悩んでるし苦しんでるし、それは全く人間と変わりは無いんです。暮らしてる場所が違うだけなんですよ。陸上と水中のように、相容れないだけなんです」
「…」
「貴女が千年悩んだってイタチが千年悩んだってそこに大きな違いはありません」
「そんな…」
「ついでに言えば生死もです。貴女が死のうが誰が死のうが、私にとってはどうでも良い…本当にね」
「なら、私は何のために…」
リーティはうずくまり泣きだす。
「私が悪いみたいにいってぇ!なんでよ!死んでっていってるの!?」
「違いますよ」
吉沢は優しく語りかける。
「まだ話は続きます…」
「…?」
「──けどね、それでも誰かが困ってるとか、嫌だとか、悲しいとか、そう言うのは、嫌いなんですよ我々」
「…」
「だから、救ってあげたい。なるべく、救える人は。それが、我々非生物の役目。それが、妖怪相談所なんです。分かりましたか?」
「……分かったよ」
リーティは立ち上がる。
「おーい!」
その時、後から声がする。
さっきの男二人だ。
「さっきはすまなかった。本当に酷いことを言ったと思う…お前の事とか考えずに…」
「す、」
「「すいませんでした!」」
そう言って男二人は足早に帰って行った。
「あれ、貴方が?」
「さぁ?どうでしょうか?私は妖怪の心は分からないんですよ」
「ふ、おかしいのね」
「そうですか…」
「あ、報酬だけどさ」
◇
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
「あの、今日は上司とのいざこざで、ごにょごにょ」
「なるほど、なら、人事部署を呼びますね」
──「どうも~」
「あ、こんにちは」
「私は人事部署のリーティです、よろしく」
「よろしくお願いします」
「それで、本日はどのようなご相談で?」
◇
今日も妖怪相談所は賑やかだ。
生けとし生きるものが集い、その胸の内をあかすというのだから。
そうして、妖怪というものは均衡を保っているのかも知れない。
「吉沢さーん」
「あー、はい、寝てました…すいません」
人間はどうだろうか?
人は、自分の秘密を自分だけのものにしたがる。確かにそれは悪い事では無いだろう。だが、それでもはけ口が無いと時に人は潰れてしまう。
だから、辛いときは相談するといい。
些細な事でもいい。
そこに光があれば、人は自然とそこに行きたがるものなのだから。
「あ、吉沢人事部長」
「はい?」
「今日は相談が三件も入ってるんですって」
「へー、そりゃ大変だ」
誰かが言った。
ドッペルゲンガーとは、人の心だと。
己に扮した醜き虚像は、本当は真の己を映していただけなのかも知れない。
所詮は、影でしかないのだが。
吉沢は、帰宅する。
そこで、家の裏庭にある林の方へ行く。
そこには、大仏が飾ってあるのだ。
「おや?」
大仏の奥の方に何かが見えた気がした。
なんだろう、あれは。
あの男は何をしているのだろうか。
椅子に座り、何やら話している。
いや、それは他でもない私ではないか。
そう吉沢は感じ、家内に入った。
人の内なんて、結局は妖怪みたいなものだ。あやふやで、それでもって醜い。
でも、それでもいいのかも知れない。
それでこそ、人は人と呼べるのかも知れない。
色んなものを見て、成長して、感動して、それが人なのかも知れない。
時に、吉沢はこう思う。
自分は所詮、幾多もある星の内の一つではないのか、と。生きている意味を失いそうになる。
でもそれで、良いじゃないか。
遠い空に映る星々を見てみよ。
あれらは、遠すぎて伝わらないだけで太陽より大きかったりする。
だから、太陽のようにどこか遠くで、我々のような人を救っているのかも知れない。
太陽の日は我々にとってありがたい。
遠くの星だって、その周りの星はありがたいはずだ。
だから、所詮一人でも、どこかで人を照らしているってことを忘れちゃいけない。
自分に生きる価値があるって、覚えてなきゃいけない。
だって太陽が無くなったら、お終いだろう?それと同じ事じゃないか?
自分にとっての太陽は誰だろうか?
そいつは信頼に足る奴だろうか?
自分の悩みを相談出来る奴だろうか?
悩みなんて結局は皆同じで皆苦しんでるんだから。
一番信頼できる奴に吐くのが、一番だろう?
だから、見つけて欲しい。自分の一番信頼できる奴を。
もういるのなら、もっと頼ってやって欲しい。頼って頼られるような、言い関係になりたい。
そういうものだよ、人も妖怪も。
「だそうですけど、どうですか?」
「良いんじゃない?私はあんたに相談したんだし」
そうやって、相談所では今日も信頼に足る奴が増えていくのだろう。
それは、きっとかけがえのない奴となるんだろう。
「よいしょ、豆腐持ってきましたよぉ」
「豆腐小僧さんですか」
「ふふふ、久しいな」
「犬神さんですか」
「私もいるわよ」
「それは知っています」
──今日も妖怪相談所は賑やかだ。
妖怪相談所…そこは、この世とあの世を繋ぐ唯一の橋。
そこにはユーモア溢れるモノタチが集う。
「お客がきたよ」
「では、挨拶からいきましょうか」
「こんにちは」
そこには、ユーモア溢れるモノタチが集う。
これは、そんな妖怪たちの話。
◇
「…こんにちは」
「はい、こんにちは」
それは、子供の姿をしていた。が、現代に住まうものではないのは、見ただけで分かる。
頭に竹の笠をかぶり、丸盆を持ちその上に綺麗な紅葉豆腐が乗っている。
身に纏う着物には縁起の良い者共が描かれている。
小さな体躯だ。職員からしても、身を屈めないと接することは難しい程の。
「本日はどのようなご相談で?」
妖怪相談所の職員である男は、豆腐小僧に身を屈めて話しかける。
「あ、あっ。お、おれは、あっ、あぁ」
「落ち着いて下さい。さぁ、大丈夫ですから」
「わっ、分かった…お、おれは」
豆腐小僧は少しためらう。
言いにくい事なのだろう。
「──イジメ、られてんだ」
「そうですか。妖怪のイジメねぇ」
職員である男は少し困った顔をする。
「少しお待ち下さい…イジメの部署は生憎人がいっぱいでして」
「わかった」
豆腐小僧は近くにあった椅子に座る。
ここは、あの世と現世を繋ぐ、唯一の橋のような所。
そこには生けとし生きる者が集い、妖怪の住まう場所となっている。
周りを見渡せば、漆黒の空間が広がっている。
豆腐小僧のように相談に来ている者もいるが、それでもこの道は長く広い。
「すいません。遅れました」
妖怪相談所の職員がそう言う。
本来、生物は現世の者か、あるいはあの世の者かで分けられる。
が、職員は、あの世の者でもなく、現世の者でもない。
いわゆる、なり損ないである。
故に人と妖怪を結びつけたり、妖怪の相談を聞くことが出来る。
妖怪は妖怪に相談をすることが難しいのだ。
「はじめまして」
職員は、後からさらに別の職員をよこしたらしい。
「…なんだ?」
豆腐小僧が嫌みったらしく言う。
「おやおや、まぁ。私は妖怪相談所の吉沢です。よろしく」
「…何なんだ…」
「吉沢さんは、無所属なんだ」
「むしょぞく?」
豆腐小僧が聞き返す。
「あぁ、本来職員は、何処かしらの部署につくものだけど、吉沢さんは無所属なんですよ」
「そう言うことです。特に私は東洋妖怪はかなり得意ですから」
吉沢職員は、そう言うとにっと笑った。
職員に性別というものはない。
職員に生別というものはない。
ただし、職員には姿がある。
吉沢は、黒いスーツに身を包む、三十代くらいの男だった。
糸目である。髭などはなく、顔は綺麗に整っていると言えるだろう。髪も長くなく、短くなく、と見た目の印象は悪くない。
「…それで、案件はイジメ、とのことですが…一体、どのようなものでしょうか?お話聞かせて下さい」
「…あれは──」
◇
あれはそう、おれが妖怪学校に入学したときだった。
「やーい、やーい、豆腐小僧はおっちょこちょい!」
「やめてくれよぉ」
おれは、母ちゃんに買って貰った筆箱を投げ飛ばされていたんだ。
それだけじゃない。
トイレだと──
「おらっ」
バシャッっと冷たい水を体中にかけられて、豆腐はびしょ濡れ。
服もびちゃびちゃになった。
「おい!」
と、おれが走っても、あいつらの方が速かった。
「あいつら?」
「…一反木綿とか、一つ目小僧さ」
一番許せなかったのは、おれの妹を殴った事だった。
おれは約一年間イジメを耐えてきたけど、入学したての妹に暴力をふるって、そんで妹は学校が怖くなった。
「けど、おれにはあいつらを見返す力がない。だから、相談しに来た──」
「では、具体的に何をするんですか?」
「…え?」
「見返す…とはどんな事をすれば良いのでしょうか?確かに我々は依頼料があれば十分それに見合った事をしますよ…ですがね、具体的な計画が無いのにそれは無いでしょう」
「具体的…」
「お決まりですか?」
「うん…」
「何でしょう?」
「…おれと…おれと妹にしたことを同じようにしてくれ」
「分かりました。では、何をされたか明記していただく必要があります」
「えーと、まず」
「あぁ、最後に」
「まだあるのか?」
「えぇ、重要な事です。
──本当にそれで良いですね?」
吉沢は、奇妙な笑みを浮かべる。
「…あぁ」
「それでは、執行させていただきましょう」
◇
数日後…
今日も妖怪相談所は騒がしい。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
二人組の妖怪だった。
一反木綿と一つ目小僧。
何やら、怯えた表情をしている。
「本日はどのようなご相談で?」
「はい…変な男の人に急に殴られたり、水をかけられたりして──」
男は、にぃ、と笑った。
「で、どのようなご用件でしょう?」
「その男に、仕返しがしたいんだ!」
「なるほど…」
◇
妖怪相談所は、今日も空いている。
惑わされてはいけない。
職員たちは、あの世の者ではなく、この世の者でもないのだから。
「ふふっ」
争いは争いを呼ぶ。
ねぇ?
*****
No.2犬神
「こんにちは」
「ふむ、ここが妖怪相談所か…」
「本日はどのようなご相談で?」
「そうだな…私の服が、作れなくなったのだが──」
「詳しくお話を聞きましょう。では、あちらへ」
◇
「服とは?」
「ふむ。私は長年白い衣装しか身にまとはないと決めてな…一の髪にしている訳だが」
「ふむふむ」
犬神は、その長く黒い艶のある髪を縛り、一の髪にしている。
「まぁ、見て貰えばわかるのだがな」
犬神は立つ。その姿は美しく、すらりと高身長。
また最も印象的なのは、その身に纏う衣装だろう。
白き衣装は巫女の着る巫女装束のような、白くて神聖のある服。
「この通り、私はこの装束を気に入っているのだよ。だがね」
と、一旦話を切る犬神。
「もう、作れないのだよ」
「服が、ですか」
「その通りだとも。これを作る専門の妖怪、まぁ名を何と言ったかなぁ…そやつに作って貰っておったのだが、つい最近死んでなあ」
「ほお」
「これと似た品質の物を作れる者を探しておるのだが、中々見つからなくてなぁ」
「それを手伝え、と」
「いや、そういう訳では無い…そう言う訳ではないが、う~ん、どうしたものか」
「どうされたのですか?」
「うむ。結論から言えば、見つけたには見つけたのだよ。だが、そやつは人間なのだ」
「なんと。人ですか」
古くから、人とあやかしの関係とは面白いものである。
「そう、あれは、雨の日であったか」
◇
豆腐小僧が出んとする雨の日に、私は旅を続けたのよ。森へ森へと林を征き、空をかけて、精霊と話さんとする。
そんなある日に見つけたのよ。機織りし娘に。
「もし、私が分かるかね?」
「おや、まぁ。貴方様は犬神様…これは珍しい」
「ふふ。そうかね?ところで機織り娘よ」
「何でしょうか?」
「頼みたい事があるのだが」
「はい?」
「そうさなぁ。これから三回月がまわる頃に、この装束と同じものをつくってはおくれぬか?」
「お安い御用ですよ」
「分かった。三月経った頃に馳せ参じよう。それまでは、出で立ち参ろう」
「…ではこれにて」
そう言って私は丁度三月経った頃に女の元へ参った次第なのよ。
「出来ておるか?」
「はい、勿論」
女はそれはそれは天女の如し装束をつくってくれてたのよ。
「おお、素晴らしいものだな。貴様、名を何とするか?」
「名乗るほどではありませんよ」
森の中に一人ぽつんとある一軒家、そこに娘はすんでおったのよ。
「…それでどうなったのですか?」
「あぁ、通ううちに、私は娘に惚れていったのよ」
「それで?」
「うむ。結婚しようと思うのだが、贈り物は何が良いかと思ってな…相談に来た次第よ」
「なるほど…では婚約部署の方をお呼びしますね」
職員は部屋から出て行った後、数刻して別の職員が入ってくる。
「婚約部署の後藤だ。まず求婚するにおくるものなら、相手が何が欲しいか確認しなくちゃならない、だろう?」
「おお。そういうものか」
「そういうものさ。さて、それでその娘についてちと調べなくちゃいかん。それまでに数日いるが、いいかね?」
「あぁ、いいとも。また呼んでくれ」
◇
数日後。
「娘よ」
「はい?」
「今日は、おかしな天気よな」
「そうですね。狐の嫁入りのようですね」
「晴れなのに雨…面白いものよな」
「…」
「…」
「時に娘よ」
「はい?」
「名を何とする?」
「わたしは、悦子と申します」
「そうか、私は犬神だ」
「知ってます」
「知ってたか」
「…なぁ、娘よ」
「はぁい?」
「私と、結婚してはくれぬか?」
犬神は、真剣な眼差しで、悦子を見つめた。
さらに、そこで花を取り出した。
ただの花ではない。秘境に咲く、とても珍しく、美しく、幻想のような枯れない花。
「はい」
娘は異種間結婚を認めた。
◇
「なぁ!ここが妖怪相談所なんだろ?」
「そうですね。こんにちは」
「おう。なぁ、あんた、秘境に咲く花ってしってねーか?」
「そうですね…知っていますとも」
「なんでも、おれのじーちゃんがばーちゃんにプロポーズするときの使ったらしーぜ」
「へぇ」
その少年は犬耳を生やした、人と犬のハーフのような者だった。
*****
No.3吸血鬼
漆黒の空間に、一つの机があり、一つの椅子がある。それらが連なり、ズラァと並んでいる。
ここは妖怪相談所。あの世とこの世の中間地点に存在する妖怪の相談所だ。
◇
「あら?」
「…ん?」
「ねぇ、ここが妖怪相談所?」
突然、目の前に女が現れる。
「はい、そうですよ」
「へぇ、結構貧乏なのね。まぁ、稼ぎにはならないし、そりゃそうか」
私は目を合わせる。
「こんにちは」
挨拶は礼儀だ。
「フン。挨拶を交わす義理もないでしょ」
「左様ですか。それで、本日はどのようなご相談で?」
「そうねぇ、手伝ってほしい事があるの」
「なるほど。話は別室で聞きますよ。プライバシーの侵害になるといけないのでね」
私は女を別室へと案内した。
◇
──美人。それも国宝級の。長くなびくさらさらの髪は赤く、真紅の瞳に艶やかな唇、白い肌、高身長。そして、少し尖った犬歯のようなものが口から出ている。
若そうな見た目。張りのある体。
「とりあえず、お座り下さい」
「フン。私に対してその態度は失礼ではないかしら?」
「分かりました。お茶を持って参りましょう」
そして、職員は紅茶を持ってくる。
「フン」
女は紅茶を軽く飲んだ。
「それで、本題なのだけれど」
「その前に──」
「何よ」
「私の見解ですが、貴方、吸血鬼…ですよね?」
「正解よ。その通り」
「では、職員をかえさせていただきます。私は東洋妖怪に詳しいものですから」
「…全く」
そして、職員は部屋を出て行く。
数分してから、職員が入ってくる。
「大変遅れて申し訳ありません…私、妖怪相談所の吉沢と申します」
「全く…」
「それで、ご相談は何でしょうか?」
「まず、自己紹介するわ。私は吸血鬼よ…名前はボール・ポルクラム・ヘルモス・リーティ…」
「なるほど…先程申したように、私は妖怪相談所の吉沢です。なんと西洋妖怪から相談が来るなんて、珍しいのですがね」
「そうなの?」
「ええ。何百年かここにいますが、今まででも数回の事例しかありませんからね」
「へー」
「それでご相談は何でしょうか?」
「簡単よ。一言で言うと、草取りよ」
「はぁ。草取りですか。もう少し具体的にお願いします」
「ええ。でも、何か嫌ね…」
「何がですか?」
「もしかしたら、相談内容が外に漏れてしまうかもしれないじゃない」
「その心配は要りませんよ」
「何故」
「こちらをご覧下さい」
吉沢は一枚のプリントを取り出す。
1 相談内容が例えどんなものであれ、内密にすること。
2 どんな相談内容でも受け付ける
3 報酬が要る
…etc
「へぇ、案外適当ね」
「まぁ、そうおっしゃる方も多くいますがね」
「へぇ。まぁいいわ、そんなこと。私としてはさっさと草取りを終わらせたいのよ」
「なるほど。草取りを、ですか。しかし、指定された場所や内容をはっきりと克明に話していただかないと」
「分かってるって。けど説明は面倒くさいから、付いてきて」
「…分かりました。では、征きます」
「…現地で色々話すから」
「ええ、了解です」
「ふっ」
リーティは駆けだす。それに吉沢はついていく。
「あら?可笑しいわね。私に付いてこれる生物は中々いないのよ」
「生物ではありませんから」
「そう」
◇
太陽が爛々と照りつける草原に、吉沢とリーティは立っていた。
「それで、ここが、草取りをして欲しい場所ですか?」
「ええ、そうよ。この辺りに家を建てようと思って」
「範囲の指定と、どのくらい刈ればよいかの指定をお願いします」
「そうね。ここら一帯…とは言っても半径30メートルくらい?の草をぜーんぶ根元から刈り取っちゃって」
「分かりました…にしてもすごい量の草たちですね」
「えぇ、だからこそ、一人では出来ないと思ったからこそ手伝いを呼んだのよ」
「なるほど、合点です」
吉沢は、どこからともなく軍手と鎌を取り出す。
「ちゃんとやりなさいよ」
「分かっています。依頼ですから、そう無下には出来ませんよ」
吉沢は鎌と軍手を使い、必死に草を取り始めた。
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
刈り取る
◇
「やはり、こう暑いと心に来るものがありますね」
「へぇ、暑いとかあるんだ?」
「えぇ、まぁ生物ではありませんから、そう言ったものも結局は張りぼてですが、それでも疲労や幸福というのは、やはりあったほうが良いものですよ」
「ふぅん。つまり疲れたってこと?」
「そうは言っていないのですが…まぁ、そう言うことでしょう」
「…フン。もう疲れたの?軟弱ねぇ」
「そうですとも」
「む」
リーティは理解に苦しむように軽くうなった。
自分が否定的な事を言えば、相手も反発する。
そんなガキ臭いことが、リーティにとっては当たり前となっているのだ。
故に気付けない。吉沢が何故そう言う風に言うのか。
生物ではないものに代謝などない。
もちろん疲労もないし、発汗もない。
が、仕事の効率は生物と変わりない。
やれる範囲も時間も、全て限られているのだ。
そう言った枠組みは生物でなくとも、流石に越えられないのだ。
「私もやろうか?」
「やりたいならどうぞ」
吉沢がそう言うと、リーティは草を抜き始めた。
とは言ってもリーティは妖怪。生物の枠組みの中にいる。
故に代謝があり、疲労があり、発汗がある。
「大丈夫ですか?」
吉沢が問う。生物、非生物の溝は大きいため、逐次確認しなければ、どうなるのか非生物には理解できないのだ。
「今のあんたに言われるほどじゃないわよ」
一方リーティは皮肉っぽく返す。
「それでは仕事を続けましょうか」
「そうね」
二人は草を刈る。
刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る刈る。
◇
「ごくっ、ごくっごくっ、上手い!」
「そうですか。それは良かったです」
「いやぁ、仕事終わりに飲むビールは最高ね。暑い日の仕事終わりに飲むってのがまた最高よね」
「さぁ。私は生きたことがないので何とも言えませんがね」
「いやぁ、にしても頑張ったわね」
「そうですね。綺麗になりましたね」
既にここら一帯には草は無い。
「あっ、そういえば報酬がいるだっけ?」
「そうですね。要ります」
「じゃあ、これ──」
「おい、あれみろよ」
後から不意に男の声がする。
「あの夜逃げ人じゃないか?」
「うお!?本物?すげー」
吉沢は少し不思議に思う。
夜逃げ?と。
「そこのお兄さん知らないのかい。ここにいる吸血鬼は夜逃げ人っていわれててな」
「吸血鬼の村を焼かれた時に村人全員を見捨てて一人だけ引き伸びたっていう悪女なんだよ…」
夜逃げの使い方がおかしいが、しかし確かにリーティは夜逃げ人と呼ばれているらしいことは確かだった。
「そうですか。まぁ、でも少しは節操を持って」
吉沢が男二人に言ってる時だった。
ダッ、とリーティが駆けだしたのは。
「あ、リーティさん」
「…やっぱり逃げる術はすごいな」
「ホントにすげぇや」
「…貴方方、あまり、人を貶めるような事は言わない方が良いと思いますよ」
「あぁ?なんだよ兄ちゃん」
「そうですね…こういう言葉を知っていますか?──」
そこで吉沢は、久しく笑顔を見せた。
だが、それは強烈に凶悪な笑みだった。
「『因果応報』ってね」
そう言うと、吉沢はリーティの走った方へ行った。
◇
私は生まれた頃から、家族から必要とされていなかった。
産まれたときから、世界に歓迎されていなかったとも言えるだろう。
血統の吸血鬼。だけれど両親は何処かに行ってしまっていた。
捨て子。
それでいて私はプライドが高かった。
だから誰にも相手をされず、のうのうと生きてきた。
そんなある日。
私の村は、焼き消されていた。
私が山菜を採りに行っているあいだ。
たったの半日。
それで、人生十余年過ごしてきた場所が崩壊した。
だが、不思議と哀しくはなかった。
ここにいても何も始まらない。そう思った私は逃げて、新しいところに住もうと思った。
探した。探した。探した。
そして見つけた。
良い平野だった。静かに暮らすには十分の。
でも想像以上に住むと言うことは難しかった。
まずは家を建てなければならないし、だけど、草が邪魔をしている。
全て除去するには時間がかかりすぎる。
手が付かないと思った。
そうして悩んでいた時、風の噂を聞いた。
悩みを聞いてくれるところがある、と。
こんなに下らない悩みでも相手にされるのかなぁと思い、遊び半分で行ってみた。
「案内しなさいよ」
この相談所の職員に言う。
生者ではない。非生物。
ぞっとした。
だから、悪い癖が出てしまった。
上から目線な発言だ。嫌われてしまうだろう。
「フン。私に対してその態度は失礼ではないかしら?」
またやってしまった。
もう駄目だ、追い返されるかもしれない。
と、思ったのだが──
「分かりました。お茶を持って参りましょう」
職員はそう言ってお茶を持ってきたのだ。
え!?
本気で言っているのかしら?
なんか嬉しくなった。でもなんでかしら?あ、もしかして私がすごい報酬を持ってきたとか、すごく重い悩みを持っているとか思ってるのかもしれない。
じゃなきゃ私にこんなことするわけないし…
お茶は美味しかった。
おもてなし、だ。今までそんなことはされたことがなかったので驚いた。
でも、そういう良い風に見せて裏切る人は沢山いる。
そして、相談内容を聞かれた。少々恥ずかしかったが、言う。
特に何の問題も無く承諾してくれた。
でも逆に怪しいだろう。こんなに下らないことを、やすやすとokするなんて。
ペテン師か?
けど、そんなことはなく、吉沢は真剣に草取りをしていた。
そして、ようやく終わったころ──
「おい、あれみろよ」
私のことを知ってる奴が来た。
そいつは私のことを淡々と暴露していく。なにもかも知らないくせに、情報だけは知っている。
私は駆けだした。
気付けば森の中にまで来ていた。
何してるんだろう。私は。
「なんてことない。こんなこと」
「そうですか。私にはそうは見えませんが」
若々しい声。
それは、紛れもなく、吉沢だった。
◇
「ッ、なんで来たのよ」
「まだ報酬を貰っておりませんので」
…それもそうか。さっさと金を払って──
「時にリーティさん、人の悩みとは、どんなものなんでしょうかね?」
「はぁ?」
「例えばイジメ。例えば求婚。例えば社会問題。例えば迫害。悩み事とは千差万別でありますし、おなじような事で悩む方もいらっしゃいます」
「…」
「それでね、私は思ったんですよ。この職についてかれこれ何百年といますけど、未だに解決出来ていない、“私”の悩みがあります」
「何?」
「それはね、悩みの重さですよ」
「…はぁ?悩みの重さ?」
「そうですね。悩みの重さ。例えばイジメの悩みと求婚の悩み、どっちの方が重い悩みですかね?」
「そりゃ、イジメ─」
「果たして本当にそうでしょうか?求婚をする当事者にとっては、イジメられる悩みよりも辛いかも知れませんよ?」
「…じゃあ、どういう─」
「極論、悩みとはね、無いんですよ」
「は?」
「悩みなんて結局は心の動き。重さなんて幻想だったんです。つまり、万人平等な訳です」
「…」
「特別誰かが悪いわけではない。だがそれでも当事者にとっては一方通行に見えてしまうのでしょうか?当事者は自分が被害者だと思い込んで決めつけてしまう癖があるみたいですね」
「…」
「そこで更に質問ですが、相談員とは何でしょうか?特に、妖怪の」
「…そりゃ、さっきみたいに」
「あれじゃ、大して人と変わりは無いです。妖怪にした理由があるんです」
「はい?」
「妖怪にした理由ですよ。何だと思いますか?」
「さ、さあ」
「さて、もう答は出てるようなものですがね。要するに、人もあやかしも我々から見れば一緒なんですよ」
「…」
「誰だって悩んでるし苦しんでるし、それは全く人間と変わりは無いんです。暮らしてる場所が違うだけなんですよ。陸上と水中のように、相容れないだけなんです」
「…」
「貴女が千年悩んだってイタチが千年悩んだってそこに大きな違いはありません」
「そんな…」
「ついでに言えば生死もです。貴女が死のうが誰が死のうが、私にとってはどうでも良い…本当にね」
「なら、私は何のために…」
リーティはうずくまり泣きだす。
「私が悪いみたいにいってぇ!なんでよ!死んでっていってるの!?」
「違いますよ」
吉沢は優しく語りかける。
「まだ話は続きます…」
「…?」
「──けどね、それでも誰かが困ってるとか、嫌だとか、悲しいとか、そう言うのは、嫌いなんですよ我々」
「…」
「だから、救ってあげたい。なるべく、救える人は。それが、我々非生物の役目。それが、妖怪相談所なんです。分かりましたか?」
「……分かったよ」
リーティは立ち上がる。
「おーい!」
その時、後から声がする。
さっきの男二人だ。
「さっきはすまなかった。本当に酷いことを言ったと思う…お前の事とか考えずに…」
「す、」
「「すいませんでした!」」
そう言って男二人は足早に帰って行った。
「あれ、貴方が?」
「さぁ?どうでしょうか?私は妖怪の心は分からないんですよ」
「ふ、おかしいのね」
「そうですか…」
「あ、報酬だけどさ」
◇
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
「あの、今日は上司とのいざこざで、ごにょごにょ」
「なるほど、なら、人事部署を呼びますね」
──「どうも~」
「あ、こんにちは」
「私は人事部署のリーティです、よろしく」
「よろしくお願いします」
「それで、本日はどのようなご相談で?」
◇
今日も妖怪相談所は賑やかだ。
生けとし生きるものが集い、その胸の内をあかすというのだから。
そうして、妖怪というものは均衡を保っているのかも知れない。
「吉沢さーん」
「あー、はい、寝てました…すいません」
人間はどうだろうか?
人は、自分の秘密を自分だけのものにしたがる。確かにそれは悪い事では無いだろう。だが、それでもはけ口が無いと時に人は潰れてしまう。
だから、辛いときは相談するといい。
些細な事でもいい。
そこに光があれば、人は自然とそこに行きたがるものなのだから。
「あ、吉沢人事部長」
「はい?」
「今日は相談が三件も入ってるんですって」
「へー、そりゃ大変だ」
誰かが言った。
ドッペルゲンガーとは、人の心だと。
己に扮した醜き虚像は、本当は真の己を映していただけなのかも知れない。
所詮は、影でしかないのだが。
吉沢は、帰宅する。
そこで、家の裏庭にある林の方へ行く。
そこには、大仏が飾ってあるのだ。
「おや?」
大仏の奥の方に何かが見えた気がした。
なんだろう、あれは。
あの男は何をしているのだろうか。
椅子に座り、何やら話している。
いや、それは他でもない私ではないか。
そう吉沢は感じ、家内に入った。
人の内なんて、結局は妖怪みたいなものだ。あやふやで、それでもって醜い。
でも、それでもいいのかも知れない。
それでこそ、人は人と呼べるのかも知れない。
色んなものを見て、成長して、感動して、それが人なのかも知れない。
時に、吉沢はこう思う。
自分は所詮、幾多もある星の内の一つではないのか、と。生きている意味を失いそうになる。
でもそれで、良いじゃないか。
遠い空に映る星々を見てみよ。
あれらは、遠すぎて伝わらないだけで太陽より大きかったりする。
だから、太陽のようにどこか遠くで、我々のような人を救っているのかも知れない。
太陽の日は我々にとってありがたい。
遠くの星だって、その周りの星はありがたいはずだ。
だから、所詮一人でも、どこかで人を照らしているってことを忘れちゃいけない。
自分に生きる価値があるって、覚えてなきゃいけない。
だって太陽が無くなったら、お終いだろう?それと同じ事じゃないか?
自分にとっての太陽は誰だろうか?
そいつは信頼に足る奴だろうか?
自分の悩みを相談出来る奴だろうか?
悩みなんて結局は皆同じで皆苦しんでるんだから。
一番信頼できる奴に吐くのが、一番だろう?
だから、見つけて欲しい。自分の一番信頼できる奴を。
もういるのなら、もっと頼ってやって欲しい。頼って頼られるような、言い関係になりたい。
そういうものだよ、人も妖怪も。
「だそうですけど、どうですか?」
「良いんじゃない?私はあんたに相談したんだし」
そうやって、相談所では今日も信頼に足る奴が増えていくのだろう。
それは、きっとかけがえのない奴となるんだろう。
「よいしょ、豆腐持ってきましたよぉ」
「豆腐小僧さんですか」
「ふふふ、久しいな」
「犬神さんですか」
「私もいるわよ」
「それは知っています」
──今日も妖怪相談所は賑やかだ。
妖怪相談所…そこは、この世とあの世を繋ぐ唯一の橋。
そこにはユーモア溢れるモノタチが集う。
「お客がきたよ」
「では、挨拶からいきましょうか」
「こんにちは」
0
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