殺しの美学

村上未来

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催眠術

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 付かなかった者達は、何をやらされていたのか、分からないだろう。皆、不思議そうに伊織を見ている。

「…金はくれてやる。付かなかった奴は、出て行け」

 伊織は出口の方を見ながら、その言葉を口にした
 暫くすると一人の男が立ち上がり、首を傾げながら会場から出て行った。その様子を見ていた二人の女が、男に続いて会場を出た。会場には七人が残っている。

「…これが催眠術ですか?」

「俺以外、喋るな」

 小太りの男の質問を、伊織はその言葉で片付けた。
 言われた本人もだが、他にも何人も顔を顰めた。
 伊織はおかまいなしに、言葉を繋げた。

「…リラックスして目を閉じろ…リラックスしてだぞ」

 伊織の高飛車な言い方でリラックスできるとは思わないが、誰も文句を言う者はいなかった。皆が目を閉じた。

「…今から催眠術に掛かった者には、金を倍くれてやる。だが、掛かっている振りをした者には、金はやらないからな」

 これは実験だ。
 催眠術を掛ける者は、柔軟な物腰で喋る。そうすれば、初めて会う人間の警戒心も薄れて行く。それが信頼関係に繋がる。田村はそう言っていた。
 理屈は分かる。しかし、伊織は柔軟な物腰で喋った事がない。自分よりも身分の低い者に、そんな事はしたくないのだ。
 そこで伊織は金の力で信頼関係をも越える絆を作り上げようとした。
 どうなるか分からない。これは実験だ。駄目なら、次の手など直ぐに思い付く。
 一瞬、会場がざわめいた。

「誰が目を開けていいと言った?」

 伊織のその言葉に、皆が目と口を閉じた。
 ざわめきが消えた。それぞれが伊織の次の言葉を待っている。
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