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第3話 仲間に裏切られた日
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アレン=クロードが“仲間”という言葉を信じられなくなったのは、王都でのある一日の出来事がきっかけだった。
今でも、あの日の朝の空の色を覚えている。
青く澄んで、どこまでも高かった。それなのに、胸の奥は妙に重苦しく、風の匂いが鉄のように錆びていた。
勇者リオ、魔導師リリア、剣士ハルト、僧侶ミルラ。
かつて魔王討伐を共にした仲間たちは、王都の中央広場に集められていた。
アレンは、彼らの横に立つ。いつもの通り、静かで地味な白衣姿だった。
この日は、王の前で功績を讃えられるはずの日だった。功績を認められる日。そう信じていた。
王の宣言を告げるラッパが高らかに鳴り響き、王宮の扉が開いた。
群衆の歓声が一斉に湧いた。
しかし、王が口にした言葉は予想を遥かに裏切るものだった。
「勇者リオおよびその一行、よくぞ魔王を討った。しかし……聖魔導師アレン=クロード。この者、王国の許可なく禁術を行使したとの報告あり!」
その瞬間、アレンの思考が止まった。
群衆の歓声がざわめきに変わる。
信じられない、という顔で勇者リオが振り返った。
だが、リリアが一歩前へ進み、代わりに声を張り上げた。
「陛下の御言葉の通りです。アレンは、我々の指示を無視し、独断で聖魔融合術を使いました。それにより、味方にも危険が及びかけたのです!」
「リリア……お前、何を……?」
アレンの口から搾り出すような声が震える。
リリアは一瞬だけ目を伏せてから、顔を上げて言葉をつなげた。
「でも、アレンがそうしたのは……私たちを助けようとして、です……けど、王の許可なく行使した――それは、事実」
それは明らかに“事前に打ち合わせた言葉”の抑揚だった。
アレンはすぐに悟った。
誰かが、上層部が、彼女にそう言わせたのだと。
「王国は自由な魔法の実験を禁じている。従わなかった者には罪がある」
宰相が冷たい声で言い放つ。
アレンがどんな功績をあげようとも、《禁術を用いた》という名目があれば、立場など一瞬で崩れ落ちる。
「リオ……お前も、知ってたのか?」
アレンは勇者の顔をじっと見つめた。
リオはわずかに目を泳がせ、拳を握りしめた。
「……わからないんだ。俺たちに知らされない報告書がいくつも上がっていた。もしお前のせいで魔王が暴走しかけていたなら――」
「暴走? そんなことは起きていない。むしろ、俺の封印術が暴走を止めたはずだ」
「だが証拠がない!」
リオが叫ぶと同時に、民衆からどよめきが起こった。
“英雄たちの仲間割れ”として、面白がるようなざわめきだ。
そのざわめきが、アレンの胸に突き刺さる。
だが、リオは続けた。
「アレン、お前を信じたい。でも……王命には逆らえない。処罰を待つ間、しばらく謹慎してくれ」
その言葉が、何よりも冷たかった。
仲間が、庇うのではなく“中立”を選ぶ。
それは、切り捨てたのと同じ意味だった。
アレンは、胸の奥で何かが砕ける音を聞いた気がした。
見上げた空の青ささえ、どこか遠く霞んで見える。
「……わかりました。俺のせいで迷惑をかけたなら謝ります。ただし、禁術を使った覚えはありません」
その声は震えていなかった。
静かすぎて、かえって人々の記憶に残るほどだった。
その翌日、王国魔導師団はアレンの地位を剥奪した。
全ての資料は没収され、研究室も封印。
名前は英雄名簿から削除され、王国暦の史書には“欠番”として扱われた。
勇者リオ一行は、彼の名前を記さないまま新たな叙勲式に出席した。
その場で、第二王子レオニールはおおやけに言った。
「禁術を封じたのはリオたちである。我が王家こそが悪魔の血を鎮めたのだ」
国中は歓喜した。
市民たちに真実など関係なかった。誰かが“英雄”でさえあれば、細部などどうでもいい。
アレンは、王都の外れで暮らす孤児院を訪ね、残ったわずかな金を寄付した。
花壇の手入れをしていた子供たちに笑顔を見せようとしたが、どうしても顔が動かなかった。
「アレン先生……お城に呼ばれたんじゃないの?」
幼い少女が無邪気に問う。
「呼ばれたけど、もう用事は済んだ。これから遠いところへ行くんだ」
「そっか。また帰ってくる?」
「……どうかな。けど、君たちの笑顔があれば、それで十分だから」
少女に頭を撫でられ、やっと少し笑えた。
その笑顔を最後に、アレンは王都を去った。
季節は夏の初め。
街道には蝉のような魔蟲が鳴き、空には巨大な飛竜が羽ばたく影を落とす。
アレンは振り返らずに歩き続けた。
王都の高い尖塔が見えなくなったとき、初めて心の底から息を吐いた。
「これで、ようやく終わった」
呟いたその声には、解放の響きも、虚しさもあった。
“仲間”という言葉を信じた自分が、どれほど愚かだったのかを噛みしめながら。
◇
――だが、皮肉にもその事件こそが、彼を“最強”へ至らしめる起点となる。
孤立したことで、彼の研究は誰にも干渉されず進化を遂げた。
そしてその力は、後に王国を揺るがせる“神聖融合理論”となって世界を変えていくことになる。
彼はそのことを、まだ知らない。
今はただ、草原の風を受けながら、遠くの村を目指して歩いていた。
ルーデン村――過去の栄光も裏切りも届かぬ、名もなき辺境の地。
そこが、アレン=クロードという男が再び世界を動かす拠点になるとは、誰も想像していなかった。
そして、王都ではその頃、リリアが夜の執務室でひとり机に突っ伏し、涙をこぼしていた。
「ごめんなさい、アレン。でも……私はあなたを守れなかった」
その涙は静かに机を濡らし、蝋燭の火が揺らめくたびにきらめいた。
その光が、どこか遠く、辺境の村で空を見上げるアレンの目にもかすかに届く。
まるで、見えない絆だけが続いているように。
今でも、あの日の朝の空の色を覚えている。
青く澄んで、どこまでも高かった。それなのに、胸の奥は妙に重苦しく、風の匂いが鉄のように錆びていた。
勇者リオ、魔導師リリア、剣士ハルト、僧侶ミルラ。
かつて魔王討伐を共にした仲間たちは、王都の中央広場に集められていた。
アレンは、彼らの横に立つ。いつもの通り、静かで地味な白衣姿だった。
この日は、王の前で功績を讃えられるはずの日だった。功績を認められる日。そう信じていた。
王の宣言を告げるラッパが高らかに鳴り響き、王宮の扉が開いた。
群衆の歓声が一斉に湧いた。
しかし、王が口にした言葉は予想を遥かに裏切るものだった。
「勇者リオおよびその一行、よくぞ魔王を討った。しかし……聖魔導師アレン=クロード。この者、王国の許可なく禁術を行使したとの報告あり!」
その瞬間、アレンの思考が止まった。
群衆の歓声がざわめきに変わる。
信じられない、という顔で勇者リオが振り返った。
だが、リリアが一歩前へ進み、代わりに声を張り上げた。
「陛下の御言葉の通りです。アレンは、我々の指示を無視し、独断で聖魔融合術を使いました。それにより、味方にも危険が及びかけたのです!」
「リリア……お前、何を……?」
アレンの口から搾り出すような声が震える。
リリアは一瞬だけ目を伏せてから、顔を上げて言葉をつなげた。
「でも、アレンがそうしたのは……私たちを助けようとして、です……けど、王の許可なく行使した――それは、事実」
それは明らかに“事前に打ち合わせた言葉”の抑揚だった。
アレンはすぐに悟った。
誰かが、上層部が、彼女にそう言わせたのだと。
「王国は自由な魔法の実験を禁じている。従わなかった者には罪がある」
宰相が冷たい声で言い放つ。
アレンがどんな功績をあげようとも、《禁術を用いた》という名目があれば、立場など一瞬で崩れ落ちる。
「リオ……お前も、知ってたのか?」
アレンは勇者の顔をじっと見つめた。
リオはわずかに目を泳がせ、拳を握りしめた。
「……わからないんだ。俺たちに知らされない報告書がいくつも上がっていた。もしお前のせいで魔王が暴走しかけていたなら――」
「暴走? そんなことは起きていない。むしろ、俺の封印術が暴走を止めたはずだ」
「だが証拠がない!」
リオが叫ぶと同時に、民衆からどよめきが起こった。
“英雄たちの仲間割れ”として、面白がるようなざわめきだ。
そのざわめきが、アレンの胸に突き刺さる。
だが、リオは続けた。
「アレン、お前を信じたい。でも……王命には逆らえない。処罰を待つ間、しばらく謹慎してくれ」
その言葉が、何よりも冷たかった。
仲間が、庇うのではなく“中立”を選ぶ。
それは、切り捨てたのと同じ意味だった。
アレンは、胸の奥で何かが砕ける音を聞いた気がした。
見上げた空の青ささえ、どこか遠く霞んで見える。
「……わかりました。俺のせいで迷惑をかけたなら謝ります。ただし、禁術を使った覚えはありません」
その声は震えていなかった。
静かすぎて、かえって人々の記憶に残るほどだった。
その翌日、王国魔導師団はアレンの地位を剥奪した。
全ての資料は没収され、研究室も封印。
名前は英雄名簿から削除され、王国暦の史書には“欠番”として扱われた。
勇者リオ一行は、彼の名前を記さないまま新たな叙勲式に出席した。
その場で、第二王子レオニールはおおやけに言った。
「禁術を封じたのはリオたちである。我が王家こそが悪魔の血を鎮めたのだ」
国中は歓喜した。
市民たちに真実など関係なかった。誰かが“英雄”でさえあれば、細部などどうでもいい。
アレンは、王都の外れで暮らす孤児院を訪ね、残ったわずかな金を寄付した。
花壇の手入れをしていた子供たちに笑顔を見せようとしたが、どうしても顔が動かなかった。
「アレン先生……お城に呼ばれたんじゃないの?」
幼い少女が無邪気に問う。
「呼ばれたけど、もう用事は済んだ。これから遠いところへ行くんだ」
「そっか。また帰ってくる?」
「……どうかな。けど、君たちの笑顔があれば、それで十分だから」
少女に頭を撫でられ、やっと少し笑えた。
その笑顔を最後に、アレンは王都を去った。
季節は夏の初め。
街道には蝉のような魔蟲が鳴き、空には巨大な飛竜が羽ばたく影を落とす。
アレンは振り返らずに歩き続けた。
王都の高い尖塔が見えなくなったとき、初めて心の底から息を吐いた。
「これで、ようやく終わった」
呟いたその声には、解放の響きも、虚しさもあった。
“仲間”という言葉を信じた自分が、どれほど愚かだったのかを噛みしめながら。
◇
――だが、皮肉にもその事件こそが、彼を“最強”へ至らしめる起点となる。
孤立したことで、彼の研究は誰にも干渉されず進化を遂げた。
そしてその力は、後に王国を揺るがせる“神聖融合理論”となって世界を変えていくことになる。
彼はそのことを、まだ知らない。
今はただ、草原の風を受けながら、遠くの村を目指して歩いていた。
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そこが、アレン=クロードという男が再び世界を動かす拠点になるとは、誰も想像していなかった。
そして、王都ではその頃、リリアが夜の執務室でひとり机に突っ伏し、涙をこぼしていた。
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