追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~

たまごころ

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第8話 家を建てる勇者、土台から失敗

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 朝日が村の屋根に差し込み、鶏の鳴き声が響く。  
 ルーデン村の朝は忙しい。各家が畑へ向かい、子どもたちは水を汲み、鍛冶屋は火を起こす。  
 その喧騒の中、アレンは珍しく“自分のため”の仕事をしていた。  
 それは、家を建てることだった。  

「アレンさん、本当に平気ですか? 建てるっていっても、ここ石だらけですよ?」  
 ミーナが呆れ顔で見つめている。  
「ええ。罰が当たっても、これ以上寝床を転々とするのは流石に落ち着かないですからね。」  
 彼の仮住まいは今、村の納屋の片隅。夜になるたびに鳴く馬と小言を言う老人の合唱で眠れたものではなかった。  

 村外れの空き地を、村長が譲ってくれたのだ。  
 土地と言っても、細かい石と雑草だらけ。家を建てるには道具も材も足りない。  
 それでもアレンは、胸の中に奇妙な高揚を感じていた。  
「これくらいの方が燃えるんですよ。無から作るのは嫌いじゃない。」  
「魔法、使っちゃダメですよ?」  
「ええ、使いません。物理的な範囲で努力します。」  

 彼は鍬を握り、硬い地面に一撃を加えた。  
 ガキィイン。  
 鈍い音とともに柄が半分に折れ、ミーナが叫ぶ。  

「アレンさん!? 今の、思いっきりやりすぎですよ!」  
「……あれ? ちょっとだけ力が入ってましたね。」  
 彼が力を抜いたつもりでも、身体そのものに宿る魔力が常人を凌駕している。  
 偶然の無自覚最強。これが彼らしい。  

「やっぱり普通のやり方じゃ無理だな……」  
 アレンは折れた鍬を見つめ、少し考え込む。  
 土を均し、柱を立て、梁を組む――本来なら数人がかりの作業だ。  
 とはいえ、村人たちはそれぞれの仕事で忙しく、簡単には手を借りられない。  

 ふと村の森の方から、低い地鳴りが聞こえた。  
 それは、地中を何かが這うような振動。  
 アレンは自然と笑ってしまった。  
「……ちょうどいい助っ人を思い出しました。」  

         ◇  

 一時間後。  
 森の手前で、アレンは呼び声を上げた。  
「おーい、昨日の猪さん!」  

 誰もいない森。返事はない。  
 だが少し待つと、地面がもぞもぞと動き始めた。  
 あの巨大な三本角の猪――昨日、アレンが瘴気を鎮めた魔獣が、のっそりと姿を現した。  

「グルゥ?」  
「いやぁ、その節は助かりました。今日はちょっとお手伝いをお願いしたくて。」  
「グボ?」  

 魔獣は鼻を鳴らし、まるで理解したかのように地面を掘り始めた。  
 石をどけ、土を押し固め、まるで職人のような動き。  
 アレンのほうが驚かされた。  

「……君、本当に賢いですね。王都の訓練魔獣より頭がいいんじゃないですか?」  

 あっという間に、家の基礎ができあがる。  
 角で石を砕き、それを土と混ぜて固める。まるでセメントのような強度になっていく。  
 ミーナが口を開けて見ていた。  
「アレンさん……助っ人って、まさかその魔獣!?」  
「はい。何事も知恵と信頼ですよ。」  

「村の掟で、魔獣の利用は禁止なんですけどー!」  
「えっ!? そうなんですか?」  
「そうなんですよっ! あの子見られたら村中大騒ぎです!」  

 アレンは苦笑しながら魔獣をなだめた。  
「静かに頼みますね。終わったら山の実を持ってきます。」  
「グフッ。」  

 魔獣は鼻を鳴らし、嬉しそうに尾を振って森の奥へ戻っていった。  
 まるで忠犬のようだった。  
 ミーナは呆れ顔で肩をすくめる。  
「アレンさん、いくらなんでも無茶しますね……魔獣と協力とか、人間離れしてますよ。」  
「それは否定しません。でも、あの子は誰よりも働き者です。」  
「うーん、そういう問題じゃないと思うんですけど……」  

         ◇  

 昼過ぎ、土台が完成した。  
 石材の基礎は街道沿いの家にも劣らないほど頑丈だ。  
 アレンが自身の知識を活かして配置した水はけ用の排出溝は、村人が見ても舌を巻く出来だった。  

 そこへ鍛冶屋の親父がやってきた。  
「おいアレン、こりゃあ立派なもんじゃねぇか。ひとりでやったのか?」  
「いや、助っ人が少し。でも、ようやく柱を立てられます。」  
「よし、材料あまってるから貸してやる。お前、村のためにもなってるしな。」  

 思わぬ援助にアレンは目を見張った。  
 疑いから始まった関係が、少しずつ変わっていくのを感じた。  

 そこへ、今度は村長が来た。  
「おお、立派な基礎じゃな。……だが聞いたぞ。お前、森から魔獣を呼び出したそうじゃないか。」  
「えっ、それはですね、たまたま通りかかっただけで――」  
「まぁよい。害がないなら構わん。むしろ、畑を荒らされずに済むなら助かるわ。」  

 村長の懐の広さに、アレンは苦笑しながら頭を下げた。  
「ありがとうございます。家を建てたら、皆さんに少しでもお返しします。」  

         ◇  

 夕暮れ。  
 柱が立ち、屋根の骨組みを組み上げる頃、アレンは既に泥まみれだった。  
 魔力を封じた肉体労働は、これまで彼が避けてきた世界だ。  
 それでも、不思議な充実感があった。  

「こうやって“自分の居場所”を作るのは、初めてかもしれませんね。」  
 独り言を呟くと、背後でミーナが土をならしながら笑った。  
「私、ここに花を植えます。アレンさんの家だし、村の入り口に近いからきっと綺麗になりますよ。」  
「ありがとうございます。でも、まだ屋根も……」  

 その瞬間だった。  
 ギシギシ、と木の梁が小さく軋む音がした。  
 アレンが顔を上げると、中心の柱がじわりと傾いていく。  

「……ミーナ、下がって!」  

 音を立てて屋根骨全体が崩れた。  
 木材が土に突き刺さり、埃が舞い上がる。  

「はは……土台、完璧だったのに。梁の固定穴を浅くしすぎましたね。」  
 苦笑して立ち上がるアレンの姿に、ミーナはぽかんとした。  
「怒らないんですか?」  
「え? 何をですか?」  
「せっかく作ったのに、壊れちゃいましたよ!」  
「また作ればいい。それだけです。」  

 アレンは木材を拾い集めながら、微笑んだ。  
 王都では失敗など許されなかった。  
 一度の判断ミスで地位も名誉も奪われる。  
 だが今は違う。どれだけ崩れても、やり直せる場所がある。  

「人は、こういうところで強くなれるんですよ。」  
 その言葉にミーナは胸を衝かれたように黙り込む。  
 夕日が2人を赤く照らし、風がやさしく吹き抜けた。  

 そんな光景を、村の端から見つめている者があった。  
 神殿騎士団の装束を身にまとった女――リリアだった。  

 彼女は森の陰に隠れながら、穏やかな笑みを浮かべるアレンを見て、唇を噛みしめた。  
「……あんな顔、王都では一度も見たことがなかった。」  

 その掌の中には、封印が施された水晶玉。  
 淡い魔力が内部で渦を巻いている。  
 王都からの命――“アレンの動向を監視せよ”。  

 だが、水晶を通して見えるアレンの姿は、どこまでも穏やかだった。  
 人を助け、笑い、土に触れ、壊して、作り直す。  
 その何気ない日常こそ、世界で最も“神に近い”力だと、彼女は直感していた。  

「危険なのは……力じゃなくて、彼の“生き方”そのものかもしれない。」  

 村に夜が落ちる。  
 アレンの家の建設現場では、壊れた柱の上にランタンが灯されていた。  
 それはまるで、新たな希望の灯のように、静かに夜を照らしていた。
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