追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~

たまごころ

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第31話 王都の空に堕ちる光

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 王都へ続く街道を二人が歩き始めて三日目。  
 途中の村々にはもう人の姿は少なく、かつて栄えた交易の通り道には廃屋だけが並んでいた。  
 アレンは馬のように荷を引く魔導車の手綱を握り、リィナは後ろで小さな光玉を浮かせ道を照らしていた。  

 「静かですね。」  
 リィナがぽつりと呟いた。  
 「以前はもっと人がいたんでしょう?」  
 「ああ。戦で焼けた後、戻る者はいなかった。……神核の暴走以後、王国は“線”でしか繋がれていない。」  
 アレンの声には疲れが滲んでいた。  
 道の両脇には干上がった草地と、かつて大戦で使われた兵器の残骸が転がっている。  
 形の崩れた鉄の貝殻のような魔導兵。その中でまだ青白い火花がちらついていた。  

 リィナは小さく息を吐く。  
 「王都を、恨んでいますか?」  
 アレンは一瞬だけ沈黙し、風に吹かれた髪を押さえた。  
 「恨む……そう言われたら、昔はそうだったでしょう。けど今は違う。僕は、“止まってしまった世界”を見たくないだけです。」  
 「止まってしまった世界?」  
 「神に縋り、人が眠った世界ですよ。全てを預けてしまったら、もう“選ぶ”ことをやめるでしょう。」  
 「怖いことを言いますね。」  
 「怖いのは、そうやって笑える者がいなくなることです。」  

 二人は言葉少なに進み、空に浮かぶ王都の尖塔が見える場所までたどり着いた。  
 王都は巨大な丘の上に築かれており、周囲には三重の壁。  
 上空にはかすかに光の膜が浮かび、その形は“門”そのものの輪郭に似ている。  

 「神門……開きかけてますね。」  
 リィナが目を細めた。  
 門の縁から伸びる金の光が徐々に王都の中央塔の上部に吸い込まれている。  
 「完全に開けば、地脈まで飲みこむ。大地そのものが呑まれる前に止めなければ。」  

 丘を登る途中、巡回の騎士団に呼び止められた。  
 リリアが事前に伝達をしていたのだろう。アレンの顔を見た兵士は一瞬警戒の色を浮かべたが、敬礼の後、門を開いた。  

 石畳の街道を抜けると、王都の景色が広がる。  
 だがそこにはかつての栄華はなかった。  
 通りの両側には商家の看板が倒れ、街路樹は灰に変わり、聖堂を囲む鐘楼は空洞のように沈黙している。  
 まるで“夢だけが残った街”。  
 神を模した理想の残骸に、アレンは小さくため息をついた。  

 リィナがそっと彼の袖を引く。  
 「人が……ひとりもいませんね。」  
 「避難したか、あるいは……そのまま封印の夢に取り込まれた。」  
 「そんな……」  
 リィナの声が震える。アレンは静かに頭を下げた。  

 「彼らは恐らく、意識のないまま“安らぎ”を見ている。眠りの契約と同質の術が使われている。誰かが意図的に――」  
 彼の言葉を遮るように、中央塔の方向から鼓動のような音が響いた。  
 空気が震え、王都全域に薄い金色の霧が広がっていく。  
 リィナが顔を覆う。  
 「アレンさん、空が……!」  

 門に似た半透明の円が空に浮かび、無数の光の粒が地上に降り注ぎ始める。  
 その一つひとつが人の形をしていた。  
 「神殿の守衛術式……人魂を媒介にして天使を“再現”しているんです。」  
 光の粒は着地するたびに、鎧を纏った兵士の形を取り地を踏みしめた。  
 そして意識を持つことなく、群れのように歩き出す。  

 「これが、ハイゼルの夢……?」  
 リィナの声は震えていた。  
 アレンは杖を握りしめ、表情を引き締める。  
 「彼はもう、自分を人として数えていない。神の理を自分の内に再構築した。つまり――この王都そのものが彼の“体”なんです。」  

         ◇  

 中央塔の入り口にたどり着いたとき、空から二本の光柱が降り注いだ。  
 轟音が響き、石畳が裂ける。  
 その中から、銀の翼を持つ影が現れる。  
 「アレン・クロード……帰還者として迎えることは出来ぬ。」  
 機械のような声が響いた。  
 翼は金属で作られ、瞳は完全に光で構成されている。  
 「模造天使ですか。」  
 アレンは淡々と呟いた。  
 「リィナ、後ろへ。」  
 「でも!」  
 「防御壁を維持して。任せなさい。」  

 アレンは杖を構え、大地に刻印を描く。  
 魔法ではなく、術式陣の骨格そのものを指でなぞるような動作だった。  
 「再構築理式、第一層起動――大気の書き換え」  
 周囲の空気が一瞬で熱を帯び、翼の光が目に見えて揺らぐ。  
 模造天使が手をかざし、青白い雷光を放つ。  
 雷が落ちる瞬間、アレンは杖を軽く動かした。  

 「心配しないで。雷は、僕の昔からの友人だから。」  
 雷撃はアレンの頭上で止まり、音もなく消えた。  
 代わりに、雷の通ったルート上に金色の文様が浮かび上がる。  
 天使の身体が硬直し、次の瞬間、崩壊した残骸が光の粒に戻る。  

 リィナが目を見張る。  
 「……この王都の魔法を、全部読んでるんですね。」  
 「十年前に作ったものですから。忘れようにも、体が覚えてる。」  
 アレンは微笑んだ。だがその顔には、喜びではない寂しさがにじんでいた。  

 「中枢塔へ行きましょう。ハイゼルはそこにいる。」  

         ◇  

 塔の内部は息を呑むほど静かだった。  
 壁面に流れる魔法陣がゆっくりと回転し、内部を照らす光が空のような青を映す。  
 その中央に、一人の男が立っていた。  
 真紅の外套。長い銀髪が背まで垂れ、両目は閉ざされている。  
 しかし彼が呼吸するたび、周囲の石床がかすかに振動した。  

 アレンが一歩前に出る。  
 「……やはり、生きていたんですね。ハイゼル。」  
 「生きるという概念から外れた身だ。だが、君に会えたのは嬉しい。」  
 微笑を浮かべるその顔は、かつての恩師のものと変わらない。  
 だが、その背後で空が裂け、完全な“門”が形を成していた。  

 「神門が……もうこんなに。」  
 リィナが小さく息を飲む。  
 ハイゼルは振り返り、彼女に目を向けた。  
 「選ばれし者か。君の祈り、よく届いていた。」  
 「! あなたが……!」  
 「誤解するな。私は守りたかった。人が、神を忘れずに生きていけるように。私はただ、形を作り直しただけだ。」  

 アレンは拳を握った。  
 「その結果がこの廃都か。命の抜け殻を並べ、祈りだけを残すことが救いですか?」  
 「それもまた“安らぎ”だ。君は理解しているはずだろう。生きることが苦痛を生み、それを癒すために再構築を使った君なら。」  
 「僕はまだ、苦しむ世界を信じたかっただけです。苦しんででも進もうとする人の意志を。」  

 ハイゼルが笑う。  
 「なるほど。ならば証明してみせろ。君の理が神よりも美しいと。」  
 空気が軋む。  
 神門の光が降り注ぎ、塔全体が白に染まる。  
 アレンは杖を握り、リィナを背にかばいながら小さく頷いた。  

 「師と弟子、最後の授業ですね。」  

 光が爆ぜ、雷鳴のような音が王都全域を包む。  
 再構築の光と神門の光が交差し、世界の形が再び揺らぐ。  

 王都の空、その中心で――  
 ふたつの理がぶつかり合い、新しい“創世”が始まろうとしていた。
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