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第7話 褐色のハイエルフが登場。どうやら俺の魔力が美味しそうらしい
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「お待たせ。特製カニクリームコロッケ風・揚げ焼きだ」
俺が皿をテーブルに置くと、リビング全体に芳醇な香りが広がった。
黄金色に輝く俵型のコロッケ。
その中身は、昨晩仕留めたAランク魔物『アイアン・ハーミットクラブ』の濃厚なカニ肉と、俺が『植物支配』で改良したクリーミーな芋、そして新鮮なミルクを煮詰めたホワイトソースだ。
つなぎに使った卵も、ジャングルで見つけた鳥の巣から拝借したものだが、栄養価は抜群である。
「わあ……! いい匂いです、カイ様!」
人魚姫のメルディが目を輝かせ、フォーク(これも俺が木を削って作った)を構えた。
だが、俺は少しだけ視線をテラスの方へ向けた。
「メルディ、ちょっと待ってくれ。お客さんにも席を用意しないとな」
「えっ? お客さん?」
メルディが不思議そうに振り返る。
俺はテラスの向こう、ジャングルの緑が濃くなるあたりに向かって声をかけた。
「そこにいるのは分かっているぞ。腹が減ってるなら、遠慮せずにこっちに来て食べたらどうだ?」
俺の声が響くと、しばしの沈黙が流れた。
やがて、ガサリと葉が揺れ、一人の少女が姿を現した。
彼女は音もなくテラスの手すりに飛び乗った。
逆光を浴びて立つそのシルエットは、しなやかで野性的だ。
健康的な褐色の肌。
短い布を巻きつけただけの狩人のような衣装からは、引き締まった腹筋と長い手足が露わになっている。
そして、長い耳と、エメラルドに輝く鋭い瞳。
「……ハイエルフ?」
メルディが驚きの声を上げた。
そう、彼女は森の住人、ハイエルフだ。
だが、俺が知っている伝承のハイエルフとは少し雰囲気が違う。
もっと高慢で近づき難いイメージだったが、目の前の彼女はどこか切羽詰まったような、飢えた獣のような目をしている。
彼女は警戒心を露わにしながら、弓に手をかけていた。
しかし、その視線は俺ではなく、テーブルの上のコロッケに釘付けになっている。
「……人間。お前は、何者だ?」
彼女の声はハスキーで美しいが、微かに震えていた。
「この森の木々をあんなふうに操り、見たこともない住処を作り上げた。お前の魔力は、森の主よりも強大で……そして、異質な匂いがする」
「俺はカイ。ただの漂流者だよ。君は?」
「私はリア。この島の森を守護する一族の者だ」
リアと名乗ったハイエルフは、じりじりと距離を詰めてきた。
敵意というよりは、確認作業に近い。
「お前の周りの植物たちは、異常なほど活性化している。それに、その料理……ただの食事ではないな? 凄まじい生命エネルギーを感じる」
「ああ、俺のスキルでちょっとな。食べるか?」
俺が皿を差し出すと、リアの喉がゴクリと鳴った。
彼女の視線が揺らぐ。
プライドと食欲の激しい葛藤が見て取れる。
「私は……人間に施しなど……」
グゥゥゥゥゥ……。
彼女の決意を嘲笑うかのように、腹の虫が盛大に鳴り響いた。
静かなリビングに、その音はあまりにも大きく響いた。
「……っ!」
リアの褐色の顔が、一瞬にして真っ赤に染まる。
長い耳まで赤くなっているのが可愛らしい。
「ぷっ、ふふふ」
「わ、笑うな!」
「悪い悪い。ほら、座りなよ。毒なんて入ってないし、作りすぎちゃって困ってたんだ」
俺は空いている椅子を引き、新しい皿とカトラリーをセットした。
リアはしばらく迷っていたが、コロッケから漂う香ばしい匂いには勝てなかったらしい。
警戒しつつも、するりと椅子に座った。
「……毒見だ。森の守護者として、怪しいものを放置するわけにはいかないからな」
「はいはい、どうぞ召し上がれ」
リアはおずおずとフォークを使い、コロッケを一つ突き刺した。
そのまま口へと運ぶ。
サクッ、という軽快な衣の音がした直後。
「ん――ッ!?」
リアの瞳が見開かれた。
口の中に広がる、濃厚なクリームとカニの旨味。
そして何より、俺の魔力によって凝縮された『太陽の恵み』が爆発したのだ。
「な、なに、これ……!?」
彼女は咀嚼するのを忘れ、呆然とした。
俺の『トロピカル・ロード』によって作られた食材は、ただ美味しいだけではない。
太陽光エネルギーを魔力に変換し、濃縮還元した『食べる魔力塊』なのだ。
魔力欠乏気味だったと思われる彼女の体に、それが乾いた大地への雨のように染み渡っていく。
「おいしい……! こんなに、力が……溢れてくる……!」
リアは我を忘れて食べ始めた。
二個目、三個目と、凄まじいスピードでコロッケが消えていく。
「ちょ、ちょっと! 私の分も残しておいてくださいまし!」
メルディが慌てて自分の皿を確保する。
俺は苦笑しながら、追加のコロッケを揚げにキッチンへ戻った。
数分後。
皿をきれいに平らげたリアは、恍惚とした表情で椅子にもたれかかっていた。
肌の艶が増し、髪には光沢が戻っている。
どうやら、ただの空腹ではなかったようだ。
「ふぅ……生き返った……」
「満足してくれたみたいで何よりだ」
俺が新しい紅茶(ジャングルの茶葉で作った)を出すと、リアはハッとして姿勢を正した。
「……礼を言う、人間。いや、カイ。私は無礼を働いた」
「気にするな。それで、森の守護者さんがどうしてあんなに腹ペコだったんだ?」
俺が尋ねると、リアの表情が陰った。
彼女はカップを両手で包み込み、重い口を開いた。
「……森が、死にかけているのだ」
「死にかけている?」
「ああ。数ヶ月前から、島の北側にある『古の遺跡』から、瘴気が溢れ出し始めた。そのせいで植物が枯れ、動物たちも姿を消した。私たちハイエルフは森の恵みを糧に生きている。森の魔力が枯渇すれば、私たちは飢え、力を失う」
なるほど。
彼女が俺の料理に過剰な反応を示したのは、魔力を求めていたからか。
「長老たちは結界を張って瘴気を食い止めているが、もう限界だ。私は食料と、解決策を探しに森を出てきたのだが……」
リアは俺をじっと見つめた。
その瞳の色が変わっていく。
先ほどの警戒心とは違う、どこか熱っぽい、粘着質な視線だ。
「カイ。お前の魔力は、太陽そのものだ。いや、それ以上に純粋で、温かくて……甘い」
「甘い?」
「ああ。食べた瞬間、体中の細胞が歓喜した。こんな魔力、生まれて初めて味わった」
リアが立ち上がり、俺の方へ歩み寄ってきた。
彼女の動きは、獲物を狙う肉食獣のそれだった。
「お前の料理を食べたら、体の芯が熱くて……もっと、欲しくなってしまった」
「え、おい、ちょっと顔が近いぞ」
リアが俺の目の前まで来て、鼻先を近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。
「いい匂いだ……。料理だけじゃない。お前自身から、あの美味しい魔力が溢れ出ている」
「ちょ、リアさん?」
「なぁ、カイ。私にもっと寄越せ。お前の魔力を、直接……」
ガシッ。
リアが俺の腕を掴み、そのまま抱きついてきた。
柔らかい肢体と、甘い森の香りが押し寄せる。
彼女は俺の首筋に顔を埋め、あろうことか舌を這わせた。
「ひゃうっ!?」
俺は変な声が出た。
「うまい……。肌を舐めるだけで、魔力が流れ込んでくる……」
「こ、こら! 何をしているんですか泥棒猫! いえ、泥棒エルフ!」
黙って見ていられなかったメルディが、水路から飛び出して割って入った。
尾ひれで器用に立ち上がり(俺が作った補助具を使っている)、リアを引き剥がそうとする。
「カイ様は私の命の恩人であり、未来の旦那様です! 勝手に味見しないでください!」
「うるさい魚女。私は種族の存続がかかっているんだ。この男は、我々ハイエルフにとって唯一の希望の光……いや、極上の餌だ」
「餌扱いですか!?」
二人の美少女が俺を挟んで睨み合う。
俺は両手を上げて降参のポーズをとった。
「ストップ! ストップだ! リア、魔力が欲しいなら料理はいくらでも作る。だから俺を齧ろうとするな」
「……料理だけでは足りないかもしれない。接触による魔力譲渡(パス)の方が効率がいい」
「それは却下だ! 少なくとも今は!」
俺はリアをなだめて、ソファに座らせた。
やれやれ、とんだ『ごちそう』扱いだ。
俺のスキル『トロピカル・ロード』は、どうやら南国の住人たちには抗いがたい魅力(というより栄養価)を持っているらしい。
「わかった。森のことは俺がなんとかする」
「本当か?」
「ああ。俺はこの島を最高の楽園にするつもりなんだ。枯れかけた森があるなんて、景観的にもマイナスだしな。それに、美女が困っているのを見過ごすほど冷淡じゃない」
俺が言うと、リアは少し驚いた顔をした後、微かに頬を染めて微笑んだ。
「……お前は、変な人間だな。あんなに警戒していた私が馬鹿みたいだ」
「よく言われるよ」
「カイ、もし森を救ってくれたら……その時は、私の一族はお前に忠誠を誓おう。そして私も、お前の『所有物』になってもいい」
「所有物って……」
「ハイエルフは、自らの命を救った強者に尽くすのが掟だ。それに……お前の魔力を毎日味わえるなら、悪くない」
リアは舌なめずりをした。
どうやら、胃袋(と魔力袋)を完全に掴んでしまったらしい。
「ま、待ってください! カイ様の一番の伴侶は私です! 順番は守ってくださいね!」
「なんだと? 森と海、どちらが役に立つか勝負するか?」
再び火花を散らす二人。
俺は苦笑いしながら、窓の外の月を見上げた。
静かだった無人島生活は、どこへやら。
騒がしくも華やかなハーレム生活が、本格的に幕を開けたようだ。
◆ ◆ ◆
一方、北の国『氷厳の王国』の王都では。
「ええい、勇者アレクは何をしているのだ!」
国王の怒鳴り声が、謁見の間に響き渡った。
玉座に座る国王は、分厚い毛皮の外套を何枚も重ね着して震えている。
城内の気温は、外気と変わらないほど低下していた。
「も、申し訳ございません陛下! 暖房用の魔導炉が停止しておりまして……」
「そんなことは分かっておる! なぜ直らんのだ!」
「はっ、それが……魔導炉の制御を行っていた担当者が不在で、誰も調整方法が分からず……」
担当者。
すなわち、カイのことだ。
彼は複雑な魔力回路を持つ魔導炉を、独自の魔力操作技術で効率よく稼働させていた。
マニュアルにはない、職人芸のような微調整によって、この極寒の城を温めていたのだ。
「担当者だと? あの追放した兵站係のことか? たかが『日光浴』スキルの無能一人ごときに、この国のインフラが依存していたと言うのか!?」
「そ、それが……調査の結果、彼は『日光浴』以外にも、複数の生活魔法を独自に組み合わせて運用していた形跡がありまして……彼がいなくなった途端、全てのバランスが崩壊しました」
大臣の報告に、国王は顔を青ざめさせた。
城だけではない。
街のパン屋では発酵が進まずパンが焼けない。
病院では薬草が枯れ、ポーションが不足している。
下水道は凍結し、衛生状態が悪化している。
「勇者パーティはどうした! ダンジョンからの戦利品があれば、魔石で暖を取れるはずだ!」
「そ、それが……」
大臣は言い淀んだ。
「勇者アレク様ご一行は……『氷狼の洞窟』にて敗走。現在は王都の宿屋にて療養中でございます。装備の破損と凍傷が酷く、当分の間、活動は不可能かと……」
「なんと……!」
国王は玉座に崩れ落ちた。
勇者が雑魚ダンジョンで敗走。
この事実が知れ渡れば、国民の士気は地に落ちる。
いや、それ以前に、この冬を越せるかどうかが怪しくなってきた。
「カイを……あの男を連れ戻せ!」
「は?」
「聞こえんのか! 追放を取り消す! どんな手を使ってもいい、あの男を今すぐこの城に連れてこい! 彼がいなければ、我々は凍え死ぬぞ!」
「し、しかし陛下! 彼は『死の諸島』へ流されました。生きて帰った者はいません」
「死体でもいい! いや、生きていれば土下座してでも連れ戻せ! 第一王女のリリアーナを行かせろ! 彼女が頼めば、あの男も戻ってくるかもしれん!」
身勝手な命令が下された。
だが、もう遅い。
彼らが必死になって船を出し、南の海へ向かう頃には、カイは更なる力を手に入れ、戻る気など微塵もなくなっているのだから。
◆ ◆ ◆
「カイ、次は肉だ! 肉が食いたい!」
「カイ様、私は焼き魚がいいですわ!」
「はいはい、わかったよ。明日は特大のBBQパーティーだ」
俺は二人の美少女にせがまれ、明日の献立を考えていた。
島の生態系を支配する俺にとって、食材の確保など朝飯前だ。
「おいしいお肉のために、今夜はしっかり寝ておかないとな」
俺はふかふかのベッドに倒れ込んだ。
左右から、温かい体温が寄り添ってくる。
……あれ? いつの間にか二人とも俺のベッドに入ってきてないか?
「寒い夜は、温め合うのが一番ですわ」
「ハイエルフは体温が高いんだ。湯たんぽ代わりに使え」
「……お前らなぁ」
まあ、いいか。
北の国では震えて眠っていた俺が、今は暑苦しいほどの幸せに包まれている。
ざまぁみろ、国王。
俺はもう、絶対に帰らないぞ。
(第8話へ続く)
俺が皿をテーブルに置くと、リビング全体に芳醇な香りが広がった。
黄金色に輝く俵型のコロッケ。
その中身は、昨晩仕留めたAランク魔物『アイアン・ハーミットクラブ』の濃厚なカニ肉と、俺が『植物支配』で改良したクリーミーな芋、そして新鮮なミルクを煮詰めたホワイトソースだ。
つなぎに使った卵も、ジャングルで見つけた鳥の巣から拝借したものだが、栄養価は抜群である。
「わあ……! いい匂いです、カイ様!」
人魚姫のメルディが目を輝かせ、フォーク(これも俺が木を削って作った)を構えた。
だが、俺は少しだけ視線をテラスの方へ向けた。
「メルディ、ちょっと待ってくれ。お客さんにも席を用意しないとな」
「えっ? お客さん?」
メルディが不思議そうに振り返る。
俺はテラスの向こう、ジャングルの緑が濃くなるあたりに向かって声をかけた。
「そこにいるのは分かっているぞ。腹が減ってるなら、遠慮せずにこっちに来て食べたらどうだ?」
俺の声が響くと、しばしの沈黙が流れた。
やがて、ガサリと葉が揺れ、一人の少女が姿を現した。
彼女は音もなくテラスの手すりに飛び乗った。
逆光を浴びて立つそのシルエットは、しなやかで野性的だ。
健康的な褐色の肌。
短い布を巻きつけただけの狩人のような衣装からは、引き締まった腹筋と長い手足が露わになっている。
そして、長い耳と、エメラルドに輝く鋭い瞳。
「……ハイエルフ?」
メルディが驚きの声を上げた。
そう、彼女は森の住人、ハイエルフだ。
だが、俺が知っている伝承のハイエルフとは少し雰囲気が違う。
もっと高慢で近づき難いイメージだったが、目の前の彼女はどこか切羽詰まったような、飢えた獣のような目をしている。
彼女は警戒心を露わにしながら、弓に手をかけていた。
しかし、その視線は俺ではなく、テーブルの上のコロッケに釘付けになっている。
「……人間。お前は、何者だ?」
彼女の声はハスキーで美しいが、微かに震えていた。
「この森の木々をあんなふうに操り、見たこともない住処を作り上げた。お前の魔力は、森の主よりも強大で……そして、異質な匂いがする」
「俺はカイ。ただの漂流者だよ。君は?」
「私はリア。この島の森を守護する一族の者だ」
リアと名乗ったハイエルフは、じりじりと距離を詰めてきた。
敵意というよりは、確認作業に近い。
「お前の周りの植物たちは、異常なほど活性化している。それに、その料理……ただの食事ではないな? 凄まじい生命エネルギーを感じる」
「ああ、俺のスキルでちょっとな。食べるか?」
俺が皿を差し出すと、リアの喉がゴクリと鳴った。
彼女の視線が揺らぐ。
プライドと食欲の激しい葛藤が見て取れる。
「私は……人間に施しなど……」
グゥゥゥゥゥ……。
彼女の決意を嘲笑うかのように、腹の虫が盛大に鳴り響いた。
静かなリビングに、その音はあまりにも大きく響いた。
「……っ!」
リアの褐色の顔が、一瞬にして真っ赤に染まる。
長い耳まで赤くなっているのが可愛らしい。
「ぷっ、ふふふ」
「わ、笑うな!」
「悪い悪い。ほら、座りなよ。毒なんて入ってないし、作りすぎちゃって困ってたんだ」
俺は空いている椅子を引き、新しい皿とカトラリーをセットした。
リアはしばらく迷っていたが、コロッケから漂う香ばしい匂いには勝てなかったらしい。
警戒しつつも、するりと椅子に座った。
「……毒見だ。森の守護者として、怪しいものを放置するわけにはいかないからな」
「はいはい、どうぞ召し上がれ」
リアはおずおずとフォークを使い、コロッケを一つ突き刺した。
そのまま口へと運ぶ。
サクッ、という軽快な衣の音がした直後。
「ん――ッ!?」
リアの瞳が見開かれた。
口の中に広がる、濃厚なクリームとカニの旨味。
そして何より、俺の魔力によって凝縮された『太陽の恵み』が爆発したのだ。
「な、なに、これ……!?」
彼女は咀嚼するのを忘れ、呆然とした。
俺の『トロピカル・ロード』によって作られた食材は、ただ美味しいだけではない。
太陽光エネルギーを魔力に変換し、濃縮還元した『食べる魔力塊』なのだ。
魔力欠乏気味だったと思われる彼女の体に、それが乾いた大地への雨のように染み渡っていく。
「おいしい……! こんなに、力が……溢れてくる……!」
リアは我を忘れて食べ始めた。
二個目、三個目と、凄まじいスピードでコロッケが消えていく。
「ちょ、ちょっと! 私の分も残しておいてくださいまし!」
メルディが慌てて自分の皿を確保する。
俺は苦笑しながら、追加のコロッケを揚げにキッチンへ戻った。
数分後。
皿をきれいに平らげたリアは、恍惚とした表情で椅子にもたれかかっていた。
肌の艶が増し、髪には光沢が戻っている。
どうやら、ただの空腹ではなかったようだ。
「ふぅ……生き返った……」
「満足してくれたみたいで何よりだ」
俺が新しい紅茶(ジャングルの茶葉で作った)を出すと、リアはハッとして姿勢を正した。
「……礼を言う、人間。いや、カイ。私は無礼を働いた」
「気にするな。それで、森の守護者さんがどうしてあんなに腹ペコだったんだ?」
俺が尋ねると、リアの表情が陰った。
彼女はカップを両手で包み込み、重い口を開いた。
「……森が、死にかけているのだ」
「死にかけている?」
「ああ。数ヶ月前から、島の北側にある『古の遺跡』から、瘴気が溢れ出し始めた。そのせいで植物が枯れ、動物たちも姿を消した。私たちハイエルフは森の恵みを糧に生きている。森の魔力が枯渇すれば、私たちは飢え、力を失う」
なるほど。
彼女が俺の料理に過剰な反応を示したのは、魔力を求めていたからか。
「長老たちは結界を張って瘴気を食い止めているが、もう限界だ。私は食料と、解決策を探しに森を出てきたのだが……」
リアは俺をじっと見つめた。
その瞳の色が変わっていく。
先ほどの警戒心とは違う、どこか熱っぽい、粘着質な視線だ。
「カイ。お前の魔力は、太陽そのものだ。いや、それ以上に純粋で、温かくて……甘い」
「甘い?」
「ああ。食べた瞬間、体中の細胞が歓喜した。こんな魔力、生まれて初めて味わった」
リアが立ち上がり、俺の方へ歩み寄ってきた。
彼女の動きは、獲物を狙う肉食獣のそれだった。
「お前の料理を食べたら、体の芯が熱くて……もっと、欲しくなってしまった」
「え、おい、ちょっと顔が近いぞ」
リアが俺の目の前まで来て、鼻先を近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。
「いい匂いだ……。料理だけじゃない。お前自身から、あの美味しい魔力が溢れ出ている」
「ちょ、リアさん?」
「なぁ、カイ。私にもっと寄越せ。お前の魔力を、直接……」
ガシッ。
リアが俺の腕を掴み、そのまま抱きついてきた。
柔らかい肢体と、甘い森の香りが押し寄せる。
彼女は俺の首筋に顔を埋め、あろうことか舌を這わせた。
「ひゃうっ!?」
俺は変な声が出た。
「うまい……。肌を舐めるだけで、魔力が流れ込んでくる……」
「こ、こら! 何をしているんですか泥棒猫! いえ、泥棒エルフ!」
黙って見ていられなかったメルディが、水路から飛び出して割って入った。
尾ひれで器用に立ち上がり(俺が作った補助具を使っている)、リアを引き剥がそうとする。
「カイ様は私の命の恩人であり、未来の旦那様です! 勝手に味見しないでください!」
「うるさい魚女。私は種族の存続がかかっているんだ。この男は、我々ハイエルフにとって唯一の希望の光……いや、極上の餌だ」
「餌扱いですか!?」
二人の美少女が俺を挟んで睨み合う。
俺は両手を上げて降参のポーズをとった。
「ストップ! ストップだ! リア、魔力が欲しいなら料理はいくらでも作る。だから俺を齧ろうとするな」
「……料理だけでは足りないかもしれない。接触による魔力譲渡(パス)の方が効率がいい」
「それは却下だ! 少なくとも今は!」
俺はリアをなだめて、ソファに座らせた。
やれやれ、とんだ『ごちそう』扱いだ。
俺のスキル『トロピカル・ロード』は、どうやら南国の住人たちには抗いがたい魅力(というより栄養価)を持っているらしい。
「わかった。森のことは俺がなんとかする」
「本当か?」
「ああ。俺はこの島を最高の楽園にするつもりなんだ。枯れかけた森があるなんて、景観的にもマイナスだしな。それに、美女が困っているのを見過ごすほど冷淡じゃない」
俺が言うと、リアは少し驚いた顔をした後、微かに頬を染めて微笑んだ。
「……お前は、変な人間だな。あんなに警戒していた私が馬鹿みたいだ」
「よく言われるよ」
「カイ、もし森を救ってくれたら……その時は、私の一族はお前に忠誠を誓おう。そして私も、お前の『所有物』になってもいい」
「所有物って……」
「ハイエルフは、自らの命を救った強者に尽くすのが掟だ。それに……お前の魔力を毎日味わえるなら、悪くない」
リアは舌なめずりをした。
どうやら、胃袋(と魔力袋)を完全に掴んでしまったらしい。
「ま、待ってください! カイ様の一番の伴侶は私です! 順番は守ってくださいね!」
「なんだと? 森と海、どちらが役に立つか勝負するか?」
再び火花を散らす二人。
俺は苦笑いしながら、窓の外の月を見上げた。
静かだった無人島生活は、どこへやら。
騒がしくも華やかなハーレム生活が、本格的に幕を開けたようだ。
◆ ◆ ◆
一方、北の国『氷厳の王国』の王都では。
「ええい、勇者アレクは何をしているのだ!」
国王の怒鳴り声が、謁見の間に響き渡った。
玉座に座る国王は、分厚い毛皮の外套を何枚も重ね着して震えている。
城内の気温は、外気と変わらないほど低下していた。
「も、申し訳ございません陛下! 暖房用の魔導炉が停止しておりまして……」
「そんなことは分かっておる! なぜ直らんのだ!」
「はっ、それが……魔導炉の制御を行っていた担当者が不在で、誰も調整方法が分からず……」
担当者。
すなわち、カイのことだ。
彼は複雑な魔力回路を持つ魔導炉を、独自の魔力操作技術で効率よく稼働させていた。
マニュアルにはない、職人芸のような微調整によって、この極寒の城を温めていたのだ。
「担当者だと? あの追放した兵站係のことか? たかが『日光浴』スキルの無能一人ごときに、この国のインフラが依存していたと言うのか!?」
「そ、それが……調査の結果、彼は『日光浴』以外にも、複数の生活魔法を独自に組み合わせて運用していた形跡がありまして……彼がいなくなった途端、全てのバランスが崩壊しました」
大臣の報告に、国王は顔を青ざめさせた。
城だけではない。
街のパン屋では発酵が進まずパンが焼けない。
病院では薬草が枯れ、ポーションが不足している。
下水道は凍結し、衛生状態が悪化している。
「勇者パーティはどうした! ダンジョンからの戦利品があれば、魔石で暖を取れるはずだ!」
「そ、それが……」
大臣は言い淀んだ。
「勇者アレク様ご一行は……『氷狼の洞窟』にて敗走。現在は王都の宿屋にて療養中でございます。装備の破損と凍傷が酷く、当分の間、活動は不可能かと……」
「なんと……!」
国王は玉座に崩れ落ちた。
勇者が雑魚ダンジョンで敗走。
この事実が知れ渡れば、国民の士気は地に落ちる。
いや、それ以前に、この冬を越せるかどうかが怪しくなってきた。
「カイを……あの男を連れ戻せ!」
「は?」
「聞こえんのか! 追放を取り消す! どんな手を使ってもいい、あの男を今すぐこの城に連れてこい! 彼がいなければ、我々は凍え死ぬぞ!」
「し、しかし陛下! 彼は『死の諸島』へ流されました。生きて帰った者はいません」
「死体でもいい! いや、生きていれば土下座してでも連れ戻せ! 第一王女のリリアーナを行かせろ! 彼女が頼めば、あの男も戻ってくるかもしれん!」
身勝手な命令が下された。
だが、もう遅い。
彼らが必死になって船を出し、南の海へ向かう頃には、カイは更なる力を手に入れ、戻る気など微塵もなくなっているのだから。
◆ ◆ ◆
「カイ、次は肉だ! 肉が食いたい!」
「カイ様、私は焼き魚がいいですわ!」
「はいはい、わかったよ。明日は特大のBBQパーティーだ」
俺は二人の美少女にせがまれ、明日の献立を考えていた。
島の生態系を支配する俺にとって、食材の確保など朝飯前だ。
「おいしいお肉のために、今夜はしっかり寝ておかないとな」
俺はふかふかのベッドに倒れ込んだ。
左右から、温かい体温が寄り添ってくる。
……あれ? いつの間にか二人とも俺のベッドに入ってきてないか?
「寒い夜は、温め合うのが一番ですわ」
「ハイエルフは体温が高いんだ。湯たんぽ代わりに使え」
「……お前らなぁ」
まあ、いいか。
北の国では震えて眠っていた俺が、今は暑苦しいほどの幸せに包まれている。
ざまぁみろ、国王。
俺はもう、絶対に帰らないぞ。
(第8話へ続く)
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スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
異世界レストラン・フェルマータ ~追放料理人の俺、神の舌で世界を喰らう~
たまごころ
ファンタジー
王都の五つ星料理店を追放された若き料理人カイ。理不尽な仕打ちに絶望しかけたその瞬間、彼は異世界で目を覚ます。
そこは「味覚」が魔力と結びついた世界──。美味を極めれば魔力が高まり、料理は民を癒やし、王すら跪く力を持つ。
一介の料理人だったカイは、神の舌「フェルマータ」の力に目覚め、貧しい村に小さな食堂を開く。
だがその料理は瞬く間に世界を変え、王侯貴族、聖女、竜姫、女勇者、果ては神々までが彼の皿を求めるようになる。
追放された男の、料理と復讐と愛の異世界成り上がり劇、ここに開店!
外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます
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ファンタジー
Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。
絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。
辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。
一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」
これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい
夏見ナイ
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「お荷物」――それが、Sランク勇者パーティーで雑用係をするリアムへの評価だった。戦闘能力ゼロの彼は、ある日ついに追放を宣告される。
しかし、パーティーの誰も知らなかった。彼らの持つ強力なスキルには、使用者を蝕む”代償”が存在したことを。そして、リアムの持つ唯一のスキル【代償転嫁】が、その全てを人知れず引き受けていたことを。
リアムを失い、スキルの副作用に蝕まれ崩壊していく元仲間たち。
一方、辺境で「呪われた聖女」を救ったリアムは自らの力の真価を知る。魔剣に苦しむエルフ、竜の血に怯える少女――彼は行く先々で訳ありの美少女たちを救い、彼女たちと安住の地を築いていく。
これは、心優しき”お荷物”が最強の仲間と居場所を見つけ、やがて伝説となる物語。
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