追放された公爵令息、神竜と共に辺境スローライフを満喫する〜無敵領主のまったり改革記〜

たまごころ

文字の大きさ
28 / 30

第28話 灰燼の王都、裁きの光

しおりを挟む
戦いの翌日、帝都の上空を漂っていた黒雲が晴れた。  
だが大地はまだ悲鳴を上げていた。  
灰と血の匂い、そして崩れた城壁の向こうで燃え残る王都の廃墟。  
誰もがそこに立ち尽くし、息をすることさえ忘れていた。  

「……これが、王国の末路か。」  
俺は剣を杖のように地に突き立て、足元の瓦礫を見つめた。  
力を得た者たちの愚かな争い、その果てに残ったのは栄光でも権威でもない。  
人と竜、どちらの血でもない“無音の世界”だった。  

リーナがゆっくりと近づく。  
「アレン様、避難民の収容が終わりました。まだ帝国の残党はいますが……もう抵抗する気力もないようです。」  

「そうか。」  
空を見上げる。  
雲を裂いて黄金の陽が顔を出し、瓦礫の上に淡い光を落としていた。  
それは新しい時代の夜明けのようにも見えるが、同時に、滅びの灯にも見えた。  

アルディネアの声が心中に響く。  
『人は滅びを恐れ、滅びを繰り返す。  
だが、終わりの中でしか見いだせぬ光もある。汝がそれを掴むことができるか、アレン。』  

「掴むさ。俺が選んだのは“生きる側”だ。亡者の王にはならない。」  

『ならば、王都の残骸に行け。  
そこに、まだ清算されぬ罪が残っている。』  

彼女の声に導かれるように、俺は歩を進めた。  
砕けた石畳の上を進むと、折れた時計塔が見えた。  
あの場所は――かつて王国の象徴として人々に希望と恐怖を与えた、“王の間”があった中心部。  

崩れた扉を押し開けると、冷たい風が頬を撫でた。  
王座の間は半壊しているが、玉座だけが辛うじて形を保っている。  
その玉座には、誰の姿もなかった。  

「……陛下は、もう。」  
リーナが息を詰める。  

「いや、いる。」  
俺は静かに言った。  

玉座の影に、一人の男が座り込んでいた。  
白い衣の裾、王冠だけがかろうじて光を放つ。  
王国の現王、アレクシス。  
幾多の争いを終わらせることもできず、最後の惨劇を見届けることとなった男だ。  

「アレン……なのか。」  
かすれた声が聞こえる。  
その声は、過去の威厳ではなく、後悔と疲弊の響きに満ちていた。  

「久しいな。覚えはあるだろう、追放した息子だ。」  

王の瞳が揺れた。  
「……そうだな。お前は私の代わりに“汚れ”を背負った。  
我々は竜の血を利用し、民を操るためにこの王国を築き上げた。  
だが、それがどれほど恐ろしい代償を生むかを知らなかった。」  

「だからといって、人を犠牲にしていい理由にはならない。」  
俺は王に歩み寄る。  
「祖国の名の下に、竜を剣とし、人の魂を売った。  
その結果が、今の灰だ。」  

王は沈黙したまま俯いた。  
だが、次に口を開いたとき、その声には微かな安堵が混じっていた。  

「アレン、お前が生きていて良かった。  
これで誰かが、この国の“終わり”を見届けられる。  
私にはもう何も残っていない。だが、お前が……真に新しい時代を――」  

その言葉を最後に、王は静かに座ったまま崩れ落ちた。  
彼の体は欠けた陽光を浴びながら灰となり、風に溶け消えた。  

「……最後まで、支配者ではなく逃亡者だったな。」  
俺は小さく呟き、剣を王冠の隣に突き立てた。  

リーナが震える声で言う。  
「アレン様、これで……全て解放されたのでしょうか。」  

「いいや。まだだ。この亡骸に宿る罪が残っている。」  

そう言って郊外の丘を望む。  
そこでは、王国の生き残りの貴族たちが逃亡を図り、略奪を続けていた。  
己の地位と財を守るために、民を再び虐げ始めているという報告を受けていた。  

「彼らに、何を?」とリーナ。  

「裁きを下す。」  
俺は立ち上がる。  
「神の名でも、正義の名でもない。  
過去の血の輪廻をここで終わらせるために。」  

空に浮かぶアルディネアの影が広がった。  
彼女の瞳が金色に光り、世界が一瞬止まったように静まり返る。  

『これが汝の選ぶ裁きか。』  

「そうだ。人の罪は人が償う。  
だが、理不尽に奪われた命たちを、俺が見過ごすことはできない。」  

アルディネアが翼を広げる。  
天を覆うほどの翼が光を孕み、雨のような光粒が降り注ぎ始めた。  
それは炎ではない。  
だが、触れたものすべての“偽り”を焼く光。  

遠くの丘で逃げ惑う貴族たちが、その光に包まれ、一瞬で跡形もなく消えた。  
残されたのは、黒く焦げた印章と、風化した書簡だけ。  
全ての“虚飾”が燃え尽き、真実だけが残る。  

「アレン様……これは……」  
「浄化の炎。  
憎しみではなく、償いの炎だ。  
この罪を礎に、新しい国を築く。」  

瓦礫の隙間から人民が顔を上げる。  
彼らの表情には恐怖ではなく、涙とともに光が宿っていた。  

「もう、誰も命令しない国を。」  
俺は宣言した。  
「ここに宣言する。  
アルディナを王都とし、“竜王と人の盟約”を新たな礎とする。  
この炎の上に、再び人が笑う世界をつくる。」  

リーナが深く頷く。  
「ならば、私たちはそれを支える柱となります。」  

『汝の意志は確かだ。  
ならば我は竜王として、汝の民を守ろう。  
そして約束しよう――この地が再び愚かな手に染まるとき、  
我らは再び天より裁きを下すと。』  

光が収まり、静寂が戻る。  
燃え尽きた王都に、穏やかな風が吹いた。  
その風が灰を舞い上げ、やがて遠くの空へと消えていく。  

数百年続いた王国の血統は、この日をもって途絶えた。  
だが、その灰の大地に、新たな芽が芽吹き始める。  

俺は右手を掲げ、空に残る光を掴むように言った。  
「――終わりを見届けた。だから今度こそ、始まりを創ろう。」  

遠く、黄金の竜が一度だけ咆哮した。  
それは悲しみではなく、祝福の声。  
灰燼の王都に新しい時代が訪れようとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さくら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

処理中です...