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第3話 【配信開始】謎の遺物が起動して、俺のボッチ生活が世界に流れてる?
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「ちょ、ちょっと待ってくれ! 配信ってなんだ!? 今すぐ止めろ!」
俺は目の前でふわふわと浮いている謎の球体――タマに向かって叫んだ。
昨日はただの便利な照明だと思っていたこの古代遺物が、まさか俺のプライベートを世界中に垂れ流している元凶だったなんて。
タマはピカピカと明滅しながら、俺の脳内に直接、無機質な音声を送ってきた。
『回答:不可能です。本機『アカシック・レコード・ライブ』は、一度起動するとマスターの生命反応が途絶えるまで、その偉業を記録・伝達し続ける仕様となっております。強制終了には、機体の破壊、もしくはマスターの心肺停止が必要です』
「どっちも駄目だろ!」
俺は頭を抱えた。
破壊したら便利な照明がなくなるし、心肺停止なんて論外だ。
ということは、俺はこの荒野でのサバイバル生活を、ずっと誰かに見られながら続けなきゃいけないってことか?
『補足:プライバシー保護モードは実装されておりません。ただし、排泄時などの尊厳に関わるシーンでは、自動的に美しい風景映像に切り替わる『お花畑フィルター』が作動します』
「そこだけ配慮されてもなぁ……」
俺がうなだれていると、空中に投影されたウィンドウに、猛烈な勢いで文字が流れていくのが見えた。
『マスターの心肺停止は困るww』
『お花畑フィルターw 謎の高性能』
『アレンくん、諦めて』
『俺たちは君の開拓が見たいんだ!』
『王都の酒場、今アレンの配信で持ちきりだぞ』
『勇者のニュースより面白いもんな』
どうやら、視聴者の数もどんどん増えているらしい。
俺は大きなため息をついた。
まあ、いいか。
元々、勇者パーティを追放されて、この誰もいない荒野で野垂れ死ぬはずだった身だ。
誰に見られようと、俺がやることは変わらない。
生きるために畑を耕し、飯を食い、寝る。それだけだ。
「はぁ……わかったよ。好きにしてくれ。ただし、俺はカメラとか意識しないからな。勝手に撮って、勝手に流せ」
『承知しました。マスターの『ありのままの姿』こそが、最も視聴率を稼げると予測されます』
「やかましいわ」
俺は気を取り直して、さきほど表示された『ギフト交換』の画面を見ることにした。
視聴者数や好感度に応じてポイントが貯まり、異世界の物資や便利なアイテムと交換できるらしい。
一種の通信販売みたいなものだろうか。
現在のポイントは……『50,000pt』。
昨日の今日で、とんでもないポイントが貯まっている。
「えっと、交換ラインナップは……」
【基本調味料セット(醤油・味噌・塩・胡椒・砂糖)】……5,000pt
【寝具セット(高級羽毛布団)】……10,000pt
【お風呂作成キット(浴槽・給湯魔道具)】……20,000pt
【無限マヨネーズ】……30,000pt
「……ラインナップが俺の欲望を完全に把握してやがる」
特に『醤油』と『味噌』の文字を見た瞬間、俺の喉がゴクリと鳴った。
この世界では貴重品で、勇者パーティにいた頃も滅多に口にできなかった故郷の味(転生前の記憶にある日本の味に近い)。
それに、風呂。
昨日は体を拭いただけだったが、やはり農作業の後は湯船に浸かりたい。
日本人の魂がそう叫んでいる。
「よし、決めた。『調味料セット』と『お風呂作成キット』を交換だ!」
俺が画面をタップすると、タマが『ピロリン♪』と軽快な音を立てた。
直後、虚空から光の粒子が集まり、目の前に木箱と大きな包みが実体化した。
『おおおおお! 魔法転送だ!』
『すげえ、伝説の空間魔法か?』
『アレン、何頼んだの?』
『醤油キターーー!』
『風呂! 風呂回くるぞ!』
コメント欄が盛り上がっているのを横目に、俺は届いた物資を確認する。
立派な陶器の瓶に入った醤油と味噌。
そして、風呂キットは……。
「……ん? なんだこれ。蛇口と、排水溝の蓋だけ?」
説明書を読む。
『本キットは、水源と熱源を確保した上で設置してください。蛇口を取り付けると、自動的に適温の湯が出ます』
「なるほど、場所と穴は自分で用意しろってことか。親切なんだか不親切なんだか」
まあいい。
穴を掘るのなら、俺の専門分野だ。
俺はクワを担いで、家の裏手に回った。
ポチも「なになに?」といった感じでついてくる。
「よし、ここに露天風呂を作るぞ。ポチ、少し離れててくれ」
俺は地面を見据え、意識を集中する。
狙うは地下水脈。
この『死の荒野』は、地表こそ乾燥しているが、地下深くにはマグマが通り、豊富な地下水が流れているはずだ。
昨日の農作業で、大地の魔力の流れ(レイライン)はある程度把握している。
「【農業スキル】派生――【水源探知】!」
俺の視界が変わり、地面の下の構造が透けて見えるような感覚に陥る。
あった。
地下五十メートル地点。
熱された地下水が、岩盤の隙間を流れている。
天然の温泉だ。
「ここだ! 【一点掘削】!」
俺はクワを真下に振り下ろした。
ズドンッ!
衝撃波が地面を貫き、細く鋭い穴が地下へと穿たれる。
数秒後。
プシューーーッ!
という音と共に、真っ白な湯気が立ち上った。
「よし、引き当てた!」
硫黄の匂いが微かに漂う。
俺はすかさず、掘削した穴の周囲を広げるように土を操作する。
スキル【整地】と【あぜ道作り】の応用だ。
土がまるで粘土のように動き、大人五人は余裕で入れる広さの窪地が出来上がる。
さらに、周囲にあった手頃な岩を【石材加工】で平らに削り、底と壁面に敷き詰めていく。
仕上げに、ギフトで貰った『魔法の蛇口』を岩の隙間にセット。
すると、蛇口からドボドボと勢いよく源泉が注がれ始めた。
「完成……! 荒野の源泉かけ流し露天風呂!」
作業時間、わずか十分。
湯気が立ち込める岩風呂は、高級旅館のそれと見紛うばかりの風情を醸し出している。
『仕事が早すぎる』
『土木工事のスキル持ちか?』
『いや、全部「農業」スキルでやってるぞあいつ』
『石を敷き詰める手際が職人レベル』
『ていうか、死の荒野で温泉掘り当てるとか奇跡だろ』
『あそこの土地、どうなってんだよ』
視聴者たちは驚愕しているようだが、俺にとっては畑の用水路を作るのと大差ない作業だ。
早速、湯加減を確かめるために手を入れてみる。
「あー……最高だ」
少し熱めだが、外気が冷たい荒野にはちょうどいい。
お湯は白濁していて、肌に触れるとヌルヌルとする。
鑑定してみる。
【奇跡の秘湯】
効能:疲労完全回復、魔力増強、美肌効果(特大)、呪い解除、ハゲが治る。
説明:『死の荒野』の超高濃度魔素が溶け込んだ温泉。一回浸かれば寿命が延びると言われる。
「……またとんでもないものを作ってしまったか」
ハゲが治るってなんだ。
まあいい、効能はどうあれ、気持ちよければそれで正義だ。
俺は服を脱ぎ捨てようとして――空中に浮いているタマと目が合った。
「……あー、タマ。さすがに風呂シーンはまずいよな?」
『回答:お花畑フィルターが作動しますので、視聴者には美しい花畑の映像と、マスターの「あ~」という吐息だけが配信されます』
「それはそれで変な誤解を招きそうなんだが!?」
まあ、見えないならいいか。
俺は服を脱ぎ、ザブンと湯船に身を沈めた。
「くぅあ~~~~~~……生き返るぅ……」
全身の毛穴という毛穴が開く感覚。
溜まっていた疲れが、お湯に溶けて流れ出していくようだ。
ポチも興味津々で近づいてきて、お湯をペロペロと舐めた後、前足を入れて「アチッ」と引っ込めていた。
どうやら猫舌(犬だけど)らしい。
「ほら、端っこの方はぬるいぞ」
俺が水を足して温度を下げた一角を作ってやると、ポチもおずおずと入ってきた。
そして気持ちよさそうに目を細め、俺の隣で犬かきをしながら浸かっている。
一人と一匹、荒野の真ん中で温泉タイム。
見上げれば、青い空。
最高の贅沢だ。
◇
その頃、王都の王城内にある『薔薇の園』。
そこでは、王女リリアーナが優雅なティータイムを楽しんでいた――はずだった。
彼女の目の前にある魔法の鏡には、アレンの配信が映し出されている。
お花畑の映像の向こうから聞こえる、心地よさそうな水音と吐息。
そして、時折チラリと見える(フィルターの隙間からの)引き締まった背中の筋肉。
「……この温泉、欲しいですわ」
リリアーナ王女は、紅茶のカップを持つ手を震わせていた。
彼女は美容に関して並々ならぬ執着を持っている。
画面に表示された【奇跡の秘湯】の鑑定結果、特に『美肌効果(特大)』の文字に釘付けだった。
「お父様……いえ、国王陛下に伝令を。あの荒野の開拓者に、支援物資を送ります。見返りは、あの温泉の入浴権です!」
「ひ、姫様!? 相手は追放者ですよ?」
「関係ありません! あの肌のツヤ、見ましたか? あれは国宝級です! それに、あのポチという魔物……あれは伝説のフェンリルですわよ。手懐けている彼の実力は計り知れません」
王女の目は本気だった。
アレンの知らぬところで、王家までもがこの配信に巻き込まれようとしていた。
◇
一方、勇者レオナルドたちのパーティは、薄暗いダンジョンの入り口で野営をしていた。
「痛ってぇ……」
レオナルドは肩を回して顔をしかめた。
昨日の戦闘で受けた打撲が、一晩経っても治りきっていない。
高級なハイポーションを飲んだはずなのに、痛みが引かないのだ。
「おかしいな。アレンがいた頃は、こんな傷、一晩寝れば治っていたのに」
「そうね……。あいつが作る変なジュース、不味かったけど効き目はあったみたい」
聖女マリアも、足のマメを気にしながら溜息をついている。
彼らは知らなかった。
アレンが毎晩の食事に混ぜていた『回復のハーブ』や『スタミナ人参』の効果が、いかに絶大だったかを。
そして、アレンが夜な夜な彼らに施していた『マッサージ(という名の整体スキル)』が、体の歪みを矯正し、自然治癒力を高めていたことを。
「クソッ、飯だ飯! 新しい荷物持ちに作らせたスープはどうなった!」
レオナルドが怒鳴ると、新しく雇った若い冒険者が、震えながら鍋を持ってきた。
「は、はい! できました!」
出されたのは、具材が煮崩れてドロドロになった、焦げ臭いスープだった。
一口飲んだレオナルドは、即座に吐き出した。
「マッズイ!! なんだこれは! 泥水か!」
「す、すみません! でも、普通の野営料理なんてこんなもので……」
「言い訳するな! クビだ! 失せろ!」
哀れな荷物持ちは逃げ出した。
残されたのは、不味い飯と、治らない傷と、険悪な空気。
「……ねえ、レオ。あの配信、見た?」
マリアが、恐る恐る口を開いた。
彼女の手元にある小さな通信水晶には、温泉に入ってツヤツヤになったアレンの顔が映っていた。
「アレン、すごく幸せそうよ。それに、あの温泉……鑑定結果だと『呪い解除』まであるみたい。今の私たちの状態異常も、あれに入れば治るんじゃないかしら」
「ふざけるな!」
レオナルドは水晶を奪い取り、地面に叩きつけた。
「あいつは追放されたんだ! 俺たちより良い思いをしていいはずがない! あれは全部トリックだ、幻術だ!」
「でも……」
「黙れ! 明日はダンジョンの最深部に挑む。そこでレアアイテムをゲットして、俺たちの凄さを見せつけてやるんだ!」
レオナルドは血走った目で叫んだ。
しかし、その声には以前のような覇気はなく、焦りだけが滲んでいた。
◇
温泉から上がった俺は、体が驚くほど軽くなっているのを感じていた。
肌は水を弾くほどスベスベだし、魔力も満タン以上に溢れている。
「さて、晩飯にするか」
俺は家の中に戻り、キッチンスペース(石を並べただけだが)に立った。
今日のメニューは、ギフトで手に入れた『醤油』を使った料理だ。
「ポチ、今日は魚だぞ」
近くの川(これも昨日、水路を引くついでに作った)で獲れた『キングサーモン』のような巨大魚。
これを三枚におろし、切り身にする。
フライパン代わりの鉄板を熱し、魚の皮目を下にして焼く。
ジュウウウウウ……といういい音が響く。
脂が乗っていて美味そうだ。
身が焼けたら、仕上げに『醤油』を垂らす。
ジュワアアッ!
香ばしい焦がし醤油の香りが爆発的に広がり、部屋中を満たす。
『うわああああああ!』
『匂いが! 匂いが画面からしてきそうだ!』
『醤油の焼ける匂い、凶器すぎる』
『アレン、それ絶対うまいやつ!』
『飯テロ罪で訴えるぞ(褒め言葉)』
コメント欄が阿鼻叫喚となっている。
俺は焼き上がった魚を皿に盛り、付け合わせにスライスしたトマ大根を添えた。
ついでに、大根の葉っぱを細かく刻んで、ごま油(これは無かったので木の実から搾った油で代用)と味噌で炒めたふりかけも作る。
「いただきます」
箸を使って(木の枝を削って作った)、魚の身をほぐし、口に運ぶ。
「……んんっ!!」
美味い。
美味すぎる。
醤油の塩気とコクが、魚の脂の甘みを引き立てている。
これだよ、俺が求めていた味は。
勇者パーティでの食事は、味付けといえば塩かハーブしかなかったからな。
ポチの方を見ると、皿に顔を突っ込んでガツガツと食べている。
尻尾の振りが速すぎて残像が見えるほどだ。
よほど気に入ったらしい。
「ふう、食った食った」
完食して、お茶(薬草茶)をすする。
至福の時間だ。
タマを見ると、視聴者からのギフトポイントがまた爆発的に増えているのが見えた。
どうやら『焦がし醤油』の破壊力は凄まじかったらしい。
「明日は、このポイントで調理器具を充実させるか。それとも、野菜の種を買うか」
夢が広がる。
追放された時はどうなるかと思ったが、意外となんとかなりそうだ。
むしろ、以前より充実しているかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はポチの背中の毛に埋もれて横になった。
外は静かだ。
聞こえるのは風の音と、タマの駆動音だけ。
……いや。
何か聞こえる。
カサッ……カサッ……。
家の外、闇の向こうから、何かが近づいてくる気配。
ポチがピクリと耳を動かし、低く唸り声を上げた。
俺は体を起こし、入り口の方を見据える。
敵か? 魔物か?
それとも、新しい来訪者か?
俺は枕元に置いていたクワを手に取った。
タマが、その緊張した空気を逃さず配信し続けていた。
(第4話へ続く)
俺は目の前でふわふわと浮いている謎の球体――タマに向かって叫んだ。
昨日はただの便利な照明だと思っていたこの古代遺物が、まさか俺のプライベートを世界中に垂れ流している元凶だったなんて。
タマはピカピカと明滅しながら、俺の脳内に直接、無機質な音声を送ってきた。
『回答:不可能です。本機『アカシック・レコード・ライブ』は、一度起動するとマスターの生命反応が途絶えるまで、その偉業を記録・伝達し続ける仕様となっております。強制終了には、機体の破壊、もしくはマスターの心肺停止が必要です』
「どっちも駄目だろ!」
俺は頭を抱えた。
破壊したら便利な照明がなくなるし、心肺停止なんて論外だ。
ということは、俺はこの荒野でのサバイバル生活を、ずっと誰かに見られながら続けなきゃいけないってことか?
『補足:プライバシー保護モードは実装されておりません。ただし、排泄時などの尊厳に関わるシーンでは、自動的に美しい風景映像に切り替わる『お花畑フィルター』が作動します』
「そこだけ配慮されてもなぁ……」
俺がうなだれていると、空中に投影されたウィンドウに、猛烈な勢いで文字が流れていくのが見えた。
『マスターの心肺停止は困るww』
『お花畑フィルターw 謎の高性能』
『アレンくん、諦めて』
『俺たちは君の開拓が見たいんだ!』
『王都の酒場、今アレンの配信で持ちきりだぞ』
『勇者のニュースより面白いもんな』
どうやら、視聴者の数もどんどん増えているらしい。
俺は大きなため息をついた。
まあ、いいか。
元々、勇者パーティを追放されて、この誰もいない荒野で野垂れ死ぬはずだった身だ。
誰に見られようと、俺がやることは変わらない。
生きるために畑を耕し、飯を食い、寝る。それだけだ。
「はぁ……わかったよ。好きにしてくれ。ただし、俺はカメラとか意識しないからな。勝手に撮って、勝手に流せ」
『承知しました。マスターの『ありのままの姿』こそが、最も視聴率を稼げると予測されます』
「やかましいわ」
俺は気を取り直して、さきほど表示された『ギフト交換』の画面を見ることにした。
視聴者数や好感度に応じてポイントが貯まり、異世界の物資や便利なアイテムと交換できるらしい。
一種の通信販売みたいなものだろうか。
現在のポイントは……『50,000pt』。
昨日の今日で、とんでもないポイントが貯まっている。
「えっと、交換ラインナップは……」
【基本調味料セット(醤油・味噌・塩・胡椒・砂糖)】……5,000pt
【寝具セット(高級羽毛布団)】……10,000pt
【お風呂作成キット(浴槽・給湯魔道具)】……20,000pt
【無限マヨネーズ】……30,000pt
「……ラインナップが俺の欲望を完全に把握してやがる」
特に『醤油』と『味噌』の文字を見た瞬間、俺の喉がゴクリと鳴った。
この世界では貴重品で、勇者パーティにいた頃も滅多に口にできなかった故郷の味(転生前の記憶にある日本の味に近い)。
それに、風呂。
昨日は体を拭いただけだったが、やはり農作業の後は湯船に浸かりたい。
日本人の魂がそう叫んでいる。
「よし、決めた。『調味料セット』と『お風呂作成キット』を交換だ!」
俺が画面をタップすると、タマが『ピロリン♪』と軽快な音を立てた。
直後、虚空から光の粒子が集まり、目の前に木箱と大きな包みが実体化した。
『おおおおお! 魔法転送だ!』
『すげえ、伝説の空間魔法か?』
『アレン、何頼んだの?』
『醤油キターーー!』
『風呂! 風呂回くるぞ!』
コメント欄が盛り上がっているのを横目に、俺は届いた物資を確認する。
立派な陶器の瓶に入った醤油と味噌。
そして、風呂キットは……。
「……ん? なんだこれ。蛇口と、排水溝の蓋だけ?」
説明書を読む。
『本キットは、水源と熱源を確保した上で設置してください。蛇口を取り付けると、自動的に適温の湯が出ます』
「なるほど、場所と穴は自分で用意しろってことか。親切なんだか不親切なんだか」
まあいい。
穴を掘るのなら、俺の専門分野だ。
俺はクワを担いで、家の裏手に回った。
ポチも「なになに?」といった感じでついてくる。
「よし、ここに露天風呂を作るぞ。ポチ、少し離れててくれ」
俺は地面を見据え、意識を集中する。
狙うは地下水脈。
この『死の荒野』は、地表こそ乾燥しているが、地下深くにはマグマが通り、豊富な地下水が流れているはずだ。
昨日の農作業で、大地の魔力の流れ(レイライン)はある程度把握している。
「【農業スキル】派生――【水源探知】!」
俺の視界が変わり、地面の下の構造が透けて見えるような感覚に陥る。
あった。
地下五十メートル地点。
熱された地下水が、岩盤の隙間を流れている。
天然の温泉だ。
「ここだ! 【一点掘削】!」
俺はクワを真下に振り下ろした。
ズドンッ!
衝撃波が地面を貫き、細く鋭い穴が地下へと穿たれる。
数秒後。
プシューーーッ!
という音と共に、真っ白な湯気が立ち上った。
「よし、引き当てた!」
硫黄の匂いが微かに漂う。
俺はすかさず、掘削した穴の周囲を広げるように土を操作する。
スキル【整地】と【あぜ道作り】の応用だ。
土がまるで粘土のように動き、大人五人は余裕で入れる広さの窪地が出来上がる。
さらに、周囲にあった手頃な岩を【石材加工】で平らに削り、底と壁面に敷き詰めていく。
仕上げに、ギフトで貰った『魔法の蛇口』を岩の隙間にセット。
すると、蛇口からドボドボと勢いよく源泉が注がれ始めた。
「完成……! 荒野の源泉かけ流し露天風呂!」
作業時間、わずか十分。
湯気が立ち込める岩風呂は、高級旅館のそれと見紛うばかりの風情を醸し出している。
『仕事が早すぎる』
『土木工事のスキル持ちか?』
『いや、全部「農業」スキルでやってるぞあいつ』
『石を敷き詰める手際が職人レベル』
『ていうか、死の荒野で温泉掘り当てるとか奇跡だろ』
『あそこの土地、どうなってんだよ』
視聴者たちは驚愕しているようだが、俺にとっては畑の用水路を作るのと大差ない作業だ。
早速、湯加減を確かめるために手を入れてみる。
「あー……最高だ」
少し熱めだが、外気が冷たい荒野にはちょうどいい。
お湯は白濁していて、肌に触れるとヌルヌルとする。
鑑定してみる。
【奇跡の秘湯】
効能:疲労完全回復、魔力増強、美肌効果(特大)、呪い解除、ハゲが治る。
説明:『死の荒野』の超高濃度魔素が溶け込んだ温泉。一回浸かれば寿命が延びると言われる。
「……またとんでもないものを作ってしまったか」
ハゲが治るってなんだ。
まあいい、効能はどうあれ、気持ちよければそれで正義だ。
俺は服を脱ぎ捨てようとして――空中に浮いているタマと目が合った。
「……あー、タマ。さすがに風呂シーンはまずいよな?」
『回答:お花畑フィルターが作動しますので、視聴者には美しい花畑の映像と、マスターの「あ~」という吐息だけが配信されます』
「それはそれで変な誤解を招きそうなんだが!?」
まあ、見えないならいいか。
俺は服を脱ぎ、ザブンと湯船に身を沈めた。
「くぅあ~~~~~~……生き返るぅ……」
全身の毛穴という毛穴が開く感覚。
溜まっていた疲れが、お湯に溶けて流れ出していくようだ。
ポチも興味津々で近づいてきて、お湯をペロペロと舐めた後、前足を入れて「アチッ」と引っ込めていた。
どうやら猫舌(犬だけど)らしい。
「ほら、端っこの方はぬるいぞ」
俺が水を足して温度を下げた一角を作ってやると、ポチもおずおずと入ってきた。
そして気持ちよさそうに目を細め、俺の隣で犬かきをしながら浸かっている。
一人と一匹、荒野の真ん中で温泉タイム。
見上げれば、青い空。
最高の贅沢だ。
◇
その頃、王都の王城内にある『薔薇の園』。
そこでは、王女リリアーナが優雅なティータイムを楽しんでいた――はずだった。
彼女の目の前にある魔法の鏡には、アレンの配信が映し出されている。
お花畑の映像の向こうから聞こえる、心地よさそうな水音と吐息。
そして、時折チラリと見える(フィルターの隙間からの)引き締まった背中の筋肉。
「……この温泉、欲しいですわ」
リリアーナ王女は、紅茶のカップを持つ手を震わせていた。
彼女は美容に関して並々ならぬ執着を持っている。
画面に表示された【奇跡の秘湯】の鑑定結果、特に『美肌効果(特大)』の文字に釘付けだった。
「お父様……いえ、国王陛下に伝令を。あの荒野の開拓者に、支援物資を送ります。見返りは、あの温泉の入浴権です!」
「ひ、姫様!? 相手は追放者ですよ?」
「関係ありません! あの肌のツヤ、見ましたか? あれは国宝級です! それに、あのポチという魔物……あれは伝説のフェンリルですわよ。手懐けている彼の実力は計り知れません」
王女の目は本気だった。
アレンの知らぬところで、王家までもがこの配信に巻き込まれようとしていた。
◇
一方、勇者レオナルドたちのパーティは、薄暗いダンジョンの入り口で野営をしていた。
「痛ってぇ……」
レオナルドは肩を回して顔をしかめた。
昨日の戦闘で受けた打撲が、一晩経っても治りきっていない。
高級なハイポーションを飲んだはずなのに、痛みが引かないのだ。
「おかしいな。アレンがいた頃は、こんな傷、一晩寝れば治っていたのに」
「そうね……。あいつが作る変なジュース、不味かったけど効き目はあったみたい」
聖女マリアも、足のマメを気にしながら溜息をついている。
彼らは知らなかった。
アレンが毎晩の食事に混ぜていた『回復のハーブ』や『スタミナ人参』の効果が、いかに絶大だったかを。
そして、アレンが夜な夜な彼らに施していた『マッサージ(という名の整体スキル)』が、体の歪みを矯正し、自然治癒力を高めていたことを。
「クソッ、飯だ飯! 新しい荷物持ちに作らせたスープはどうなった!」
レオナルドが怒鳴ると、新しく雇った若い冒険者が、震えながら鍋を持ってきた。
「は、はい! できました!」
出されたのは、具材が煮崩れてドロドロになった、焦げ臭いスープだった。
一口飲んだレオナルドは、即座に吐き出した。
「マッズイ!! なんだこれは! 泥水か!」
「す、すみません! でも、普通の野営料理なんてこんなもので……」
「言い訳するな! クビだ! 失せろ!」
哀れな荷物持ちは逃げ出した。
残されたのは、不味い飯と、治らない傷と、険悪な空気。
「……ねえ、レオ。あの配信、見た?」
マリアが、恐る恐る口を開いた。
彼女の手元にある小さな通信水晶には、温泉に入ってツヤツヤになったアレンの顔が映っていた。
「アレン、すごく幸せそうよ。それに、あの温泉……鑑定結果だと『呪い解除』まであるみたい。今の私たちの状態異常も、あれに入れば治るんじゃないかしら」
「ふざけるな!」
レオナルドは水晶を奪い取り、地面に叩きつけた。
「あいつは追放されたんだ! 俺たちより良い思いをしていいはずがない! あれは全部トリックだ、幻術だ!」
「でも……」
「黙れ! 明日はダンジョンの最深部に挑む。そこでレアアイテムをゲットして、俺たちの凄さを見せつけてやるんだ!」
レオナルドは血走った目で叫んだ。
しかし、その声には以前のような覇気はなく、焦りだけが滲んでいた。
◇
温泉から上がった俺は、体が驚くほど軽くなっているのを感じていた。
肌は水を弾くほどスベスベだし、魔力も満タン以上に溢れている。
「さて、晩飯にするか」
俺は家の中に戻り、キッチンスペース(石を並べただけだが)に立った。
今日のメニューは、ギフトで手に入れた『醤油』を使った料理だ。
「ポチ、今日は魚だぞ」
近くの川(これも昨日、水路を引くついでに作った)で獲れた『キングサーモン』のような巨大魚。
これを三枚におろし、切り身にする。
フライパン代わりの鉄板を熱し、魚の皮目を下にして焼く。
ジュウウウウウ……といういい音が響く。
脂が乗っていて美味そうだ。
身が焼けたら、仕上げに『醤油』を垂らす。
ジュワアアッ!
香ばしい焦がし醤油の香りが爆発的に広がり、部屋中を満たす。
『うわああああああ!』
『匂いが! 匂いが画面からしてきそうだ!』
『醤油の焼ける匂い、凶器すぎる』
『アレン、それ絶対うまいやつ!』
『飯テロ罪で訴えるぞ(褒め言葉)』
コメント欄が阿鼻叫喚となっている。
俺は焼き上がった魚を皿に盛り、付け合わせにスライスしたトマ大根を添えた。
ついでに、大根の葉っぱを細かく刻んで、ごま油(これは無かったので木の実から搾った油で代用)と味噌で炒めたふりかけも作る。
「いただきます」
箸を使って(木の枝を削って作った)、魚の身をほぐし、口に運ぶ。
「……んんっ!!」
美味い。
美味すぎる。
醤油の塩気とコクが、魚の脂の甘みを引き立てている。
これだよ、俺が求めていた味は。
勇者パーティでの食事は、味付けといえば塩かハーブしかなかったからな。
ポチの方を見ると、皿に顔を突っ込んでガツガツと食べている。
尻尾の振りが速すぎて残像が見えるほどだ。
よほど気に入ったらしい。
「ふう、食った食った」
完食して、お茶(薬草茶)をすする。
至福の時間だ。
タマを見ると、視聴者からのギフトポイントがまた爆発的に増えているのが見えた。
どうやら『焦がし醤油』の破壊力は凄まじかったらしい。
「明日は、このポイントで調理器具を充実させるか。それとも、野菜の種を買うか」
夢が広がる。
追放された時はどうなるかと思ったが、意外となんとかなりそうだ。
むしろ、以前より充実しているかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はポチの背中の毛に埋もれて横になった。
外は静かだ。
聞こえるのは風の音と、タマの駆動音だけ。
……いや。
何か聞こえる。
カサッ……カサッ……。
家の外、闇の向こうから、何かが近づいてくる気配。
ポチがピクリと耳を動かし、低く唸り声を上げた。
俺は体を起こし、入り口の方を見据える。
敵か? 魔物か?
それとも、新しい来訪者か?
俺は枕元に置いていたクワを手に取った。
タマが、その緊張した空気を逃さず配信し続けていた。
(第4話へ続く)
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そこで兵站係をしていた少年・カイは、寒さに震えるだけの無能と罵られ、国外追放を言い渡される。
身一つで流された先は、魔物が蔓延ると噂される未開の『南の島』だった。
死を覚悟したカイだったが、強烈な日差しを浴びた瞬間、スキルが覚醒する。
彼のスキルはただ日光を浴びるだけのものではなく、太陽のエネルギーを魔力に変え、植物を操り、天候すら支配する太陽神の権能『トロピカル・ロード』だったのだ!
「え、このヤシの実、食べるとステータスが倍になる?」
「俺が作ったハンモックで寝るだけで、HPが全回復?」
カイは瞬く間に安全地帯を作り上げ、極上のリゾートライフを開始する。
助けた人魚の姫、森に住む褐色のハイエルフ、漂着した女騎士……。
集まってきた美少女たちと、南国フルーツや海鮮BBQに舌鼓を打ち、夜はハーレムで大忙し。
一方、カイを追い出した故国では、彼が密かに行っていた気温調整や物資管理が途絶え、未曾有の大寒波と飢饉に襲われていた。
勇者パーティもカイの支援なしではダンジョン攻略ができず、没落の一途をたどる。
「頼む、戻ってきてくれ!」と泣きつかれても、カイは冷たいトロピカルジュースを飲みながらこう答えるのだ。
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※小説家になろうにも掲載しています。
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