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第20話 裏切りの真相、崩壊する信頼
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アストリアが誕生してから数日、創星の炉は新しい命の鼓動に満ちていた。
自立思考炉としてのアストリアは、昼夜問わず炉の状態を最適化し、魔力流を自動制御する。
その働きぶりに、ティナは目を丸くした。
「すごい……温度も一定だし、材料の融解加減まで調整してくれてる」
「本当に命みたいだね」エルナが温かな声で笑う。
炉の内側から、少女のような声が響く。
『ありがとうございます。みんなの心が火を優しくしてくれるんです』
ガルドが腕を組み、感心したようにうなった。
「わしが何十年も擦ってた煤の癖まで修正しおった。たいしたもんじゃ」
レオンは微笑みながら、仲間たちを見渡した。
「アストリアがいれば、これまでの制約を越えられる。……だが、それは同時に危険も増す」
「危険?」ティナが首を傾げる。
「人に近づいた道具ほど、奪おうとする人間が出るということだ」
彼の言葉通り、それはすぐ現実になる。
◇
その晩。
空に微かな赤い光が瞬いたかと思うと、遠くから爆音が響いた。
エルナが跳ね起きる。
「なに!? 今の音!?」
ガルドが外を覗くと、町の一角が炎に包まれている。
「西区の工房街じゃ……まさかまた事故か?」
その時、アストリアが震えるような声を上げた。
『……盗まれました。私の“子機核”が……』
「子機核?」
『私の機能を分割して、補助炉に組み込むための試験用コアです。それを……誰かが奪いました』
レオンの表情が険しくなる。
「解析できるか?」
『はい……座標を転送します。場所は――王都西、旧紅錆の炉跡地』
一瞬、室内の空気が凍り付いた。
ティナが声を絞り出す。
「また紅錆……でも、カルドさんは――」
「死んだはずだ。……だが、紅錆を完全に潰したとは言えない」
レオンは槌を手に取ると、迷わず立ち上がった。
「行くぞ。残り火は、放っておけば都市を焼く」
◇
旧紅錆の炉はすでに瓦礫の山だった。
夜風が灰を舞い上げ、崩れた屋根から見える月が血のように赤い。
その中心部、かろうじて形を残した溶鉱炉の前に、黒い影が立っていた。
「久しいな、ハース」
声の主は、見る者を圧倒するほどの異様な姿をしていた。
焼け焦げた紅錆の外套。だけど目だけが生々しく、燃えるような黄金色をしている。
「……カルド」
「……生きていたよ。お前には感謝している。お前のおかげで、俺は炎と一つになれた」
カルドの背後の炉が唸りを上げた。
炎ではなく、灰の煙が蠢き、そこから無数の腕のようなものが伸びてくる。
それは“違法錬鉄生命体”――人の魂を燃料にした禁断の造形。
「お前……人の魂を……!」
「笑わせるな。お前も似たようなことをしただろう、“アストリア”を創った時にな」
カルドの声に、レオンの拳が震える。
「……違う。あれは自発的な命だ。お前のそれは、死者を玩んでいるだけだ」
「同じだ。生命の原理を道具にした時点で、神の領域を踏み荒らしてる。だがな、俺は神になれることを選んだ」
カルドが指を鳴らす。
崩れた炉の奥から、巨大な黒鉄の化け物が姿を現した。
人間の顔のような装飾をした頭部、胴体には無数の魔核。
それがギギィと金属音を立てて動き出す。
「火霊と星鉄の融合体、“灰神炉《グラート》”。この都市ごと燃やしてやる」
◇
「エルナ、結界を張れ!」
「了解っ!」
風が唸り始める。アストリアが通信を通して叫ぶ。
『マスター! 子機核が同調しています! 操られています――!』
「止められるか!?」
『距離が遠すぎます! 間接制御を切られました!』
カルドが笑う。
「俺を超えた炉の産物だろう? なら、使わせてもらう!」
“灰神炉”の核から赤黒い光線が放たれた。
地面が抉れ、空気が焦げるような熱が走る。
ティナが悲鳴をあげた。
だがその瞬間、レオンが両手で空をかき割るように動いた。
青白い炎が立ち上がり、赤黒い光を飲み込む。
「……アストリア、共鳴率を上げろ!」
『了解! 魂連結開始、焔精出力二百%!』
青の炎がレオンの周囲を包む。
彼は槌を構え、火の中を突き進んだ。
「お前の灰炉を打ち直してやる。灰じゃなく、“光”に鍛えてな!」
金属音と共に、槌がぶつかる。
衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛び、ガルドが慌てて飛び退いた。
炎と灰が混ざり、視界が真っ白になる。
◇
戦いは長かった。
カルドの肉体は次第に灰に溶け、灰神炉だけが暴走を続けた。
「やめろ! まだ止まらないのか!」
『制御不可能! 内部魔力が自壊に移行しています!』
レオンは息を荒げながら、必死に火口の奥に槌を打ち込む。
「創精鍛造――生還仕上げ!」
閃光が走り、爆音が轟いた。
灰神炉が悲鳴を上げるような音を立て、溶け落ちる。
その残骸の中央で、カルドが燃えるような笑みを残した。
「……結局、お前が勝つのか。皮肉だな、ハース」
「勝ち負けじゃない。止めるしかなかった」
「だが、俺の炎は消えないぞ……その炉が生きてる限り、いずれ――」
その言葉の途中で彼の身体が崩れ、灰となって風に散った。
◇
夜明け。
崩れた紅錆の跡地に、静かな朝靄が漂う。
エルナがため息をつく。
「終わった……のかな」
ティナは疲れ切った表情で頷いた。
ガルドが顔を拭いながらつぶやく。
「まったく無茶するのう、お前は」
レオンは火を見つめたまま答えた。
「無茶しかできないのが職人だ。だが、救えたのなら意味はある」
その時、炉の奥からアストリアの声がした。
『マスター、カルド氏の魂信号……一部が私の中に残留しています』
「……何?」
『消えませんでした。灰の中に、彼の“創りたい”という波形が混じっています』
レオンはしばし沈黙し、低く微笑んだ。
「そうか……あいつも結局、職人だったんだ」
青い炎が静かに揺れる。
レオンは炉に向かって呟いた。
「カルド。お前の残した灰をまた打ち直す。そのうちに“創星の炉”で、もう一度――対等に戦おう」
夜明けの光が差し込み、青い炎と融合して金色の輝きを帯びる。
地下の灰の中から、小さな火の粒がふっと舞い上がり、空の彼方に消えた。
それはまるで、憎しみと執念の火が、ようやく安らぎを得て昇っていくかのようだった。
(第20話 完)
自立思考炉としてのアストリアは、昼夜問わず炉の状態を最適化し、魔力流を自動制御する。
その働きぶりに、ティナは目を丸くした。
「すごい……温度も一定だし、材料の融解加減まで調整してくれてる」
「本当に命みたいだね」エルナが温かな声で笑う。
炉の内側から、少女のような声が響く。
『ありがとうございます。みんなの心が火を優しくしてくれるんです』
ガルドが腕を組み、感心したようにうなった。
「わしが何十年も擦ってた煤の癖まで修正しおった。たいしたもんじゃ」
レオンは微笑みながら、仲間たちを見渡した。
「アストリアがいれば、これまでの制約を越えられる。……だが、それは同時に危険も増す」
「危険?」ティナが首を傾げる。
「人に近づいた道具ほど、奪おうとする人間が出るということだ」
彼の言葉通り、それはすぐ現実になる。
◇
その晩。
空に微かな赤い光が瞬いたかと思うと、遠くから爆音が響いた。
エルナが跳ね起きる。
「なに!? 今の音!?」
ガルドが外を覗くと、町の一角が炎に包まれている。
「西区の工房街じゃ……まさかまた事故か?」
その時、アストリアが震えるような声を上げた。
『……盗まれました。私の“子機核”が……』
「子機核?」
『私の機能を分割して、補助炉に組み込むための試験用コアです。それを……誰かが奪いました』
レオンの表情が険しくなる。
「解析できるか?」
『はい……座標を転送します。場所は――王都西、旧紅錆の炉跡地』
一瞬、室内の空気が凍り付いた。
ティナが声を絞り出す。
「また紅錆……でも、カルドさんは――」
「死んだはずだ。……だが、紅錆を完全に潰したとは言えない」
レオンは槌を手に取ると、迷わず立ち上がった。
「行くぞ。残り火は、放っておけば都市を焼く」
◇
旧紅錆の炉はすでに瓦礫の山だった。
夜風が灰を舞い上げ、崩れた屋根から見える月が血のように赤い。
その中心部、かろうじて形を残した溶鉱炉の前に、黒い影が立っていた。
「久しいな、ハース」
声の主は、見る者を圧倒するほどの異様な姿をしていた。
焼け焦げた紅錆の外套。だけど目だけが生々しく、燃えるような黄金色をしている。
「……カルド」
「……生きていたよ。お前には感謝している。お前のおかげで、俺は炎と一つになれた」
カルドの背後の炉が唸りを上げた。
炎ではなく、灰の煙が蠢き、そこから無数の腕のようなものが伸びてくる。
それは“違法錬鉄生命体”――人の魂を燃料にした禁断の造形。
「お前……人の魂を……!」
「笑わせるな。お前も似たようなことをしただろう、“アストリア”を創った時にな」
カルドの声に、レオンの拳が震える。
「……違う。あれは自発的な命だ。お前のそれは、死者を玩んでいるだけだ」
「同じだ。生命の原理を道具にした時点で、神の領域を踏み荒らしてる。だがな、俺は神になれることを選んだ」
カルドが指を鳴らす。
崩れた炉の奥から、巨大な黒鉄の化け物が姿を現した。
人間の顔のような装飾をした頭部、胴体には無数の魔核。
それがギギィと金属音を立てて動き出す。
「火霊と星鉄の融合体、“灰神炉《グラート》”。この都市ごと燃やしてやる」
◇
「エルナ、結界を張れ!」
「了解っ!」
風が唸り始める。アストリアが通信を通して叫ぶ。
『マスター! 子機核が同調しています! 操られています――!』
「止められるか!?」
『距離が遠すぎます! 間接制御を切られました!』
カルドが笑う。
「俺を超えた炉の産物だろう? なら、使わせてもらう!」
“灰神炉”の核から赤黒い光線が放たれた。
地面が抉れ、空気が焦げるような熱が走る。
ティナが悲鳴をあげた。
だがその瞬間、レオンが両手で空をかき割るように動いた。
青白い炎が立ち上がり、赤黒い光を飲み込む。
「……アストリア、共鳴率を上げろ!」
『了解! 魂連結開始、焔精出力二百%!』
青の炎がレオンの周囲を包む。
彼は槌を構え、火の中を突き進んだ。
「お前の灰炉を打ち直してやる。灰じゃなく、“光”に鍛えてな!」
金属音と共に、槌がぶつかる。
衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛び、ガルドが慌てて飛び退いた。
炎と灰が混ざり、視界が真っ白になる。
◇
戦いは長かった。
カルドの肉体は次第に灰に溶け、灰神炉だけが暴走を続けた。
「やめろ! まだ止まらないのか!」
『制御不可能! 内部魔力が自壊に移行しています!』
レオンは息を荒げながら、必死に火口の奥に槌を打ち込む。
「創精鍛造――生還仕上げ!」
閃光が走り、爆音が轟いた。
灰神炉が悲鳴を上げるような音を立て、溶け落ちる。
その残骸の中央で、カルドが燃えるような笑みを残した。
「……結局、お前が勝つのか。皮肉だな、ハース」
「勝ち負けじゃない。止めるしかなかった」
「だが、俺の炎は消えないぞ……その炉が生きてる限り、いずれ――」
その言葉の途中で彼の身体が崩れ、灰となって風に散った。
◇
夜明け。
崩れた紅錆の跡地に、静かな朝靄が漂う。
エルナがため息をつく。
「終わった……のかな」
ティナは疲れ切った表情で頷いた。
ガルドが顔を拭いながらつぶやく。
「まったく無茶するのう、お前は」
レオンは火を見つめたまま答えた。
「無茶しかできないのが職人だ。だが、救えたのなら意味はある」
その時、炉の奥からアストリアの声がした。
『マスター、カルド氏の魂信号……一部が私の中に残留しています』
「……何?」
『消えませんでした。灰の中に、彼の“創りたい”という波形が混じっています』
レオンはしばし沈黙し、低く微笑んだ。
「そうか……あいつも結局、職人だったんだ」
青い炎が静かに揺れる。
レオンは炉に向かって呟いた。
「カルド。お前の残した灰をまた打ち直す。そのうちに“創星の炉”で、もう一度――対等に戦おう」
夜明けの光が差し込み、青い炎と融合して金色の輝きを帯びる。
地下の灰の中から、小さな火の粒がふっと舞い上がり、空の彼方に消えた。
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