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第27話 神鍛冶との対峙
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錬金料理祭が幕を閉じて数日。
平穏を取り戻した王都では、創星の炉の前にひとりの使者が立っていた。
淡い銀の髪を持つ長身の老人。その腰には古びた炉印を刻んだ槌が下がっている。
「創星の炉、レオン・ハース殿だな。」
「俺がそうだ。」
その姿を見た瞬間、グランがわずかに震えた声で呟く。
「まさか……“天匠”エルヴァン・ラグルド……」
その名に、室内が凍りつく。
神鍛冶と称された伝説の職人。
五百年前、神々の武具を打ったとされる存在だが、既に人界からは姿を消したはずだった。
「お前が……本物か?」とレオン。
老人は静かにうなずく。
「まがいものでないなら、その槌を見れば分かるはず。」
老人が地面に槌を突き立てると、周囲の空気が騒めき、炎の精霊たちが跪くように揺らめいた。
青と白、二色の光が交差し、工房の炉が自然と燃え上がる。
アストリアの声が震える。
『火の意思が……彼に、従っています。』
レオンは槌を握り直した。
「何の用だ、神鍛冶。」
「用は一つ。創星の火を見に来た。……そして、それを壊すためだ。」
エルナが思わず叫ぶ。
「壊すって……何を言ってるんですか!」
老人の眼は氷のように澄んでいた。
「創星の灯火は、確かに素晴らしい。だが、火はいつか己を焼く。人が“魂を創る”など、神々の定めた秩序に反する。
我はその均衡を保つために存在する。“天の鍛治”の務めだ。」
ティナが前に出る。
「だからって、壊すなんてっ……!」
レオンは片手で彼女を制した。
「やめろ。いいか、こいつは本気だ。」
エルヴァンはわずかに頷く。
「わかっているようだな。……だが抗え。」
◇
その言葉と同時に、工房の炉が弾けた。
炎が生き物のように蠢き、鉄塊が宙へ舞う。
それらは広間で合金し、巨大な鎧の形をとっていく。
「まさか、素材から即時鍛造……!?」ティナが息を呑む。
「これが“神鍛冶”の術か。」
エルヴァンが空中の槌を軽く打つたびに、鎧は生き物のように動き、レオンを見下ろした。
「その腕前、弟子として見届けてやろう。お前が鍛えの極に立てるかどうか。」
レオンの背後で、アストリアが鎮火炉の火を高める。
『マスター、炉温上昇。いつでも完全展開できます。』
「よし――創精鍛造、解式開始!」
二人の戦いが始まった。
◇
レオンが一打を放つごとに、蒼い火が弾ける。
対するエルヴァンは、一切無駄のない動作で鉄を操った。
“創る”という行為が必殺の武に転じる。
刃と槌と火、攻防が一つに溶け合うその戦いは、まるで宇宙の理を縮図にしたようだった。
「いい打撃だ。お前の火は嘘をつかん。」
「誉め言葉として受け取っておく!」
炎が乱れ、鉄屑が雨のように飛ぶ。
ティナたちは結界を張りながら見守るしかなかった。
『マスター、彼の打撃波は物理ではない。魂に直接干渉してきます!』
「知ってる! だが、こっちもな!」
レオンは槌を地に突き立てた。
「創精鍛造・心火顕現!」
彼の足元から青白い焔が立ち上がり、人影のように形を変える。
それは、これまで共に歩んできた仲間たちの“想い”そのものだった。
エルナの笑顔、ティナの涙、ガルドの苦笑、アストリアの光。
一瞬、エルヴァンの表情が揺らぐ。
「……仲間の火を炉に織り込むとは。禁忌中の禁忌だ。」
「だが、火は一人で燃えるもんじゃない!」
次の一打で、炎と炎が衝突する。
爆光と共に空間が割れ――二人は異なる空間へと飛ばされた。
◇
そこは、終わりのない赤い世界。
火だけが存在する虚無の炉。
「ここは?」
「我が“魂鍛の間”だ。鍛冶師が炎に試される場所。」
エルヴァンがゆっくり歩み寄る。
「ここでは嘘も技術も通じぬ。純粋な『創りたい』という心だけが武器だ。」
「上等だ。なら、俺は――俺の全てで打つ!」
二人の槌が再び衝突する。
衝撃が意識を貫き、世界が震える。
レオンの脳裏に浮かぶのは、国を追われた夜、初めて火を灯した少女の笑顔。
“あの火だけは絶やさない”――その誓い。
「創精鍛造・極点――創星打ち!」
溢れ出す光が辺りを白く飲み込んだ。
その輝きは、天鍛冶の火を凌駕した。
◇
気づけばレオンは工房の床に倒れていた。
頬を伝う冷たい水、エルナの叫ぶ声。
「レオンさん! 生きてる!?」
「――ああ。なんとか。」
炎は静まり、天井は抜けて空が見えた。
そこに立つエルヴァンが、満足げに微笑む。
「見事だ。創星の名は伊達ではない。お前の火は“破滅ではなく再生を打つ火”だった。」
「……壊すんじゃなかったのか?」
「壊す必要がなくなった。いや、もはや壊せぬ。」
彼はゆっくり歩み寄り、レオンの手を取った。
「この火がある限り、再び神々が地上を焼くことはないだろう。お前の火は“人の器”の証だ。」
炎の残滓が風に舞い、老人の姿を包む。
「さらばだ、創星の伝承者よ。次に会うのは、星の鍛えが完成したその時だ。」
光が消え、ただ穏やかな風だけが残る。
アストリアの声が静かに響いた。
『彼は……あなたの火を“神に返した”のですね。』
レオンは頷く。
「そうだ。でも思ったほど恐ろしい存在じゃなかった。ただ、別の形で同じものを信じていただけだ。」
ティナが笑う。
「つまり、世界最強の鍛冶師と渡り合ったってことですよ!」
「まあ、負けではないだろうな。」ガルドがにやりと笑う。
エルナが新しい火を灯す。
「じゃあ、次は“星を打つ”番だね。」
「――ああ。」
炉の中の青い炎が小さく爆ぜる。
それはまるで、誰かが頷いているようにも見えた。
(第27話 完)
平穏を取り戻した王都では、創星の炉の前にひとりの使者が立っていた。
淡い銀の髪を持つ長身の老人。その腰には古びた炉印を刻んだ槌が下がっている。
「創星の炉、レオン・ハース殿だな。」
「俺がそうだ。」
その姿を見た瞬間、グランがわずかに震えた声で呟く。
「まさか……“天匠”エルヴァン・ラグルド……」
その名に、室内が凍りつく。
神鍛冶と称された伝説の職人。
五百年前、神々の武具を打ったとされる存在だが、既に人界からは姿を消したはずだった。
「お前が……本物か?」とレオン。
老人は静かにうなずく。
「まがいものでないなら、その槌を見れば分かるはず。」
老人が地面に槌を突き立てると、周囲の空気が騒めき、炎の精霊たちが跪くように揺らめいた。
青と白、二色の光が交差し、工房の炉が自然と燃え上がる。
アストリアの声が震える。
『火の意思が……彼に、従っています。』
レオンは槌を握り直した。
「何の用だ、神鍛冶。」
「用は一つ。創星の火を見に来た。……そして、それを壊すためだ。」
エルナが思わず叫ぶ。
「壊すって……何を言ってるんですか!」
老人の眼は氷のように澄んでいた。
「創星の灯火は、確かに素晴らしい。だが、火はいつか己を焼く。人が“魂を創る”など、神々の定めた秩序に反する。
我はその均衡を保つために存在する。“天の鍛治”の務めだ。」
ティナが前に出る。
「だからって、壊すなんてっ……!」
レオンは片手で彼女を制した。
「やめろ。いいか、こいつは本気だ。」
エルヴァンはわずかに頷く。
「わかっているようだな。……だが抗え。」
◇
その言葉と同時に、工房の炉が弾けた。
炎が生き物のように蠢き、鉄塊が宙へ舞う。
それらは広間で合金し、巨大な鎧の形をとっていく。
「まさか、素材から即時鍛造……!?」ティナが息を呑む。
「これが“神鍛冶”の術か。」
エルヴァンが空中の槌を軽く打つたびに、鎧は生き物のように動き、レオンを見下ろした。
「その腕前、弟子として見届けてやろう。お前が鍛えの極に立てるかどうか。」
レオンの背後で、アストリアが鎮火炉の火を高める。
『マスター、炉温上昇。いつでも完全展開できます。』
「よし――創精鍛造、解式開始!」
二人の戦いが始まった。
◇
レオンが一打を放つごとに、蒼い火が弾ける。
対するエルヴァンは、一切無駄のない動作で鉄を操った。
“創る”という行為が必殺の武に転じる。
刃と槌と火、攻防が一つに溶け合うその戦いは、まるで宇宙の理を縮図にしたようだった。
「いい打撃だ。お前の火は嘘をつかん。」
「誉め言葉として受け取っておく!」
炎が乱れ、鉄屑が雨のように飛ぶ。
ティナたちは結界を張りながら見守るしかなかった。
『マスター、彼の打撃波は物理ではない。魂に直接干渉してきます!』
「知ってる! だが、こっちもな!」
レオンは槌を地に突き立てた。
「創精鍛造・心火顕現!」
彼の足元から青白い焔が立ち上がり、人影のように形を変える。
それは、これまで共に歩んできた仲間たちの“想い”そのものだった。
エルナの笑顔、ティナの涙、ガルドの苦笑、アストリアの光。
一瞬、エルヴァンの表情が揺らぐ。
「……仲間の火を炉に織り込むとは。禁忌中の禁忌だ。」
「だが、火は一人で燃えるもんじゃない!」
次の一打で、炎と炎が衝突する。
爆光と共に空間が割れ――二人は異なる空間へと飛ばされた。
◇
そこは、終わりのない赤い世界。
火だけが存在する虚無の炉。
「ここは?」
「我が“魂鍛の間”だ。鍛冶師が炎に試される場所。」
エルヴァンがゆっくり歩み寄る。
「ここでは嘘も技術も通じぬ。純粋な『創りたい』という心だけが武器だ。」
「上等だ。なら、俺は――俺の全てで打つ!」
二人の槌が再び衝突する。
衝撃が意識を貫き、世界が震える。
レオンの脳裏に浮かぶのは、国を追われた夜、初めて火を灯した少女の笑顔。
“あの火だけは絶やさない”――その誓い。
「創精鍛造・極点――創星打ち!」
溢れ出す光が辺りを白く飲み込んだ。
その輝きは、天鍛冶の火を凌駕した。
◇
気づけばレオンは工房の床に倒れていた。
頬を伝う冷たい水、エルナの叫ぶ声。
「レオンさん! 生きてる!?」
「――ああ。なんとか。」
炎は静まり、天井は抜けて空が見えた。
そこに立つエルヴァンが、満足げに微笑む。
「見事だ。創星の名は伊達ではない。お前の火は“破滅ではなく再生を打つ火”だった。」
「……壊すんじゃなかったのか?」
「壊す必要がなくなった。いや、もはや壊せぬ。」
彼はゆっくり歩み寄り、レオンの手を取った。
「この火がある限り、再び神々が地上を焼くことはないだろう。お前の火は“人の器”の証だ。」
炎の残滓が風に舞い、老人の姿を包む。
「さらばだ、創星の伝承者よ。次に会うのは、星の鍛えが完成したその時だ。」
光が消え、ただ穏やかな風だけが残る。
アストリアの声が静かに響いた。
『彼は……あなたの火を“神に返した”のですね。』
レオンは頷く。
「そうだ。でも思ったほど恐ろしい存在じゃなかった。ただ、別の形で同じものを信じていただけだ。」
ティナが笑う。
「つまり、世界最強の鍛冶師と渡り合ったってことですよ!」
「まあ、負けではないだろうな。」ガルドがにやりと笑う。
エルナが新しい火を灯す。
「じゃあ、次は“星を打つ”番だね。」
「――ああ。」
炉の中の青い炎が小さく爆ぜる。
それはまるで、誰かが頷いているようにも見えた。
(第27話 完)
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