異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ

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第16話 旧友の影と都市からの干渉

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その日、リステル村の朝は不思議なほど静かだった。

昨夜から降った細かな雨はもう止み、空は薄曇りの灰色に覆われている。  
強い風もないのに、薬草園の葉が時おりざわりと揺れるたび、村全体が何かを待っているような気配を纏っていた。

リオネルは工房の前で銀葉草の葉先を確かめていた。  
朝の湿り気を含んだ葉は柔らかく、香りも十分。今日は調合用に少し多めに収穫しておこう――そう考えた、そのときだった。

村の入口のほうから、馬の蹄の音がした。  
この辺境では滅多に聞かれない、硬い石を叩くような規則的な音。  
ルナとピルカが同時に顔を上げ、耳を立てる。

「……また旅人か?」

リオネルが顔を上げると、井戸の方からガルドが走ってきた。  
息を弾ませながら、珍しく真面目な顔をしている。

「リオネル! 村の入り口に、見慣れねぇ連中が来てる。  
王都の……役人か、ギルドの人間かもしれねぇ」

「王都……?」

胸がわずかに冷たくなる。  
村は最近、輝果や精霊の加護で目立ち始めている。  
それに加え、行商人ハーグや獣人カイル、そして昨夜のエルネ――  
外からの縁が重なり合えば、王都の誰かが気づくのも時間の問題だろう。

「わかった。行こう」

リオネルは杖を手に取り、ガルドとともに村の入口へ向かった。  
ルナとピルカも後を追う。

 

村の入口に着くと、そこには二頭立ての馬車が停まっていた。  
馬車の側面には、王都の紋章と似た意匠が描かれているが、微妙に異なる。

(王家ではない。となると……商会か、ギルドか)

御者台から軽やかに降り立ったのは、紺の外套をまとった男と、護衛らしき武装兵が二人。  
そして、その陰から一歩遅れて姿を見せたのは――

「……アドルフ?」

思わず、その名が口からこぼれた。

年の頃はリオネルと同じ四十代半ば。  
栗色の髪を後ろで束ね、細身の眼鏡をかけた男。  
王都の錬金術師ギルドで共に学び、かつては同じ研究室で肩を並べた旧友だった。

「やあ、リオネル。まさかこんな辺境で再会するとはね」

アドルフは微笑みながら近づいてきた。  
口元には柔らかな笑みが浮かんでいるが、その瞳は冷静で、どこか計算高い光を宿している。

「アドルフ……君がなぜここに?」

「仕事だよ。王都からの依頼でね」

アドルフは軽く外套を払うと、背後の兵たちに目配せをした。  
彼らは一歩下がり、一定の距離を保つ。

モルドが杖をつきながら前へ出た。

「ここはリステル村だよ。遠いところ、よくまあこんな寂れた村まで来たもんだねぇ」

「ご挨拶が遅れました、村長殿。  
王都錬金術師ギルド所属、アドルフ・クレインと申します。  
そしてこちらは、都市商会〈青の環〉の連絡役。王都と辺境交易の橋渡しをしている者です」

アドルフは丁寧に一礼し、その仕草は昔と変わらない貴族的なものだった。

(錬金術師ギルドと商会の連絡役……そういう立場になったのか)

「リオネル、ちょっと来てくれるかい」

モルドが小声で囁いた。  
リオネルは一歩下がり、モルドと短く言葉を交わす。

「知り合いかい?」

「ギルド時代の同僚です。腕は確かですが……  
利益と効率を優先する人間でもありました」

「なるほどねぇ。じゃあ、話を聞くにしても、しっかり足元を固めておかないとね」

モルドは小さく笑い、再び前へ出た。

「で、その仕事とやらは、この寂れた村に何の用で?」

アドルフは周囲を見渡し、薬草園や井戸、工房を興味深そうに眺めた。

「簡単に言えば、“確認”です。  
近頃、王都まで奇妙な噂が届きましてね。  
――“辺境の小さな村に、失われた精霊の加護が戻った。  
薬草は輝き、井戸は清水を溢れさせ、  
一人の錬金術師が人々を癒している”」

言葉の端に、皮肉めいた響きが混ざる。

「それがもし本当なら、王都としても看過できません。  
忘れられた土地が、突然これほどの魔力を帯び始めれば、  
災厄の芽にもなりかねないので」

「災厄、ね……」

リオネルは黙ってアドルフを見つめた。  
その視線を受け、アドルフは眼鏡の位置を直しながら続ける。

「加えて、ここには“追放された錬金術師”がいるという噂も届いている。  
名を、リオネル・グレイといったかな」

村人たちがざわついた。  
ガルドがリオネルをちらりと見て、拳を握る。  
カイルは無言のまま、アドルフと兵たちを観察していた。

リオネルは静かに一歩前へ出た。

「そのリオネル・グレイが、ここにいる錬金術師だよ」

アドルフの口元が、愉しげに歪む。

「やあ、やはり君だったか。  
てっきり、どこかで朽ち果てているんじゃないかと思っていたよ」

「期待を裏切ってすまないね。  
ここの畑も井戸も、まだ朽ちるには早すぎるものだから」

二人の言葉には穏やかな調子があったが、  
その下には張り詰めた糸のような緊張が流れていた。

 

やがて、アドルフは周囲の村人たちに向き直った。

「誤解のないように言っておきましょう。  
私はあなた方を責めに来たわけではありません。  
むしろ、この地の“可能性”を見に来たのです」

「可能性?」モルドが眉をひそめる。

「ええ。  
もしここが、噂通りの“癒しの土地”であり、  
精霊の加護と豊かな薬草に恵まれているのなら――

王都としては、公式に保護したいと考えています」

村人たちがざわめいた。

「保護? それは、どういう形で?」

リオネルが問うと、アドルフはさらりと答えた。

「単純な話ですよ。  
この村を“王都直轄の薬草供給地”に指定し、  
代わりに税の一部免除と、物資の優先供給を行う。

薬草や薬品の取引は、王都認定商会〈青の環〉を通してのみ行う――  
そうした“取り決め”です」

(やはり、そう来たか)

リオネルは胸の内で短く息を吐く。  
それは、かつてアドルフが望み、ギルドで提唱していた構想そのものだった。

効率よく資源を集め、管理し、都市のために循環させる。  
辺境は供給地であり、王都は消費と統率の中心。  
表向きは「保護」、実態は「管理」と「独占」。

ガルドが堪えきれずに口を開いた。

「要するに、うちの村の薬草と水と光を、  
王都の都合で好きなように使いたいってことか?」

アドルフはその直球を、あくまで穏やかに受け流した。

「あなた方の暮らしも豊かになりますよ。  
物資の保証、外敵からの保護、  
そして何より――

“あなた方の村に住む錬金術師”にも、  
正式な立場と研究の場が与えられる」

視線がリオネルに向けられる。

「どうだい、リオネル。  
もう一度、表の世界に戻ってこないか?

君ほどの腕が、こんな小さな村だけのものでは惜しい。  
王都に来れば、もっと大きな規模で人を癒せる」

村人たちの視線が一斉に集まった。  
ガルド、モルド、子どもたち、カイル、エルネ――  
誰もが息を呑んで、リオネルの言葉を待っている。

リオネルは一瞬だけ目を閉じ、ゆっくりと息を整えた。  
王都での日々が脳裏をかすめる。  
効率と数字、評価と比較、常に急かされるような日々。  
あの場所で、確かに多くの薬は生まれた。  
だが、その中でどれだけの笑顔を見ただろうか。

目を開き、村を見渡す。  
薬草園で笑う子どもたちの姿。  
鍋を囲む人々の笑顔。  
井戸に集う村人たちの、穏やかな声。

そして、工房の前で尻尾を振る、二匹の犬。

「……悪いが、断るよ、アドルフ」

静かな声だったが、迷いはなかった。

「ここは、私の“居場所”だ。  
この村の土と水と命を、私はこの村のみんなと共に守りたい。  
王都の都合で縛られたくはない」

アドルフの笑みが、わずかに冷たく変わる。

「考え直す気はないか、リオネル。  
これは君個人の話ではない。  
村全体の未来にも関わることだ」

「だからこそだ。  
この村の未来を、外の誰かに決められたくない。  
ここにいるのは、私ではなく“村の意思”だよ」

そう言って、リオネルはモルドに目を向けた。  
モルドはゆっくりと頷き、前に出る。

「ギルドの人だか商会だか知らないがね、  
この村はようやく、自分たちの足で立ち始めたところだよ。  
今ここで、外から鎖を掛けられるなんざ、まっぴらごめんだね」

ガルドも続く。

「物資と保護はありがてぇが、  
今だって俺たちは、リオネルさんと一緒にここを守れてる。  
あんたらの“保護”が、いつ“搾取”に変わるか分かったもんじゃねぇ」

カイルは無言のままだが、その目は明らかにアドルフを警戒していた。  
エルネもまた、不安そうに唇を噛みしめている。

アドルフはしばらく沈黙し、それから肩をすくめた。

「……なるほど。辺境の人々は、相変わらず頑固だ。  
だが、今すぐ返事を出せとは言わないよ。  
正式な“打診書”を置いていく。  
村で話し合い、考える時間はある」

そう言って、一枚の羊皮紙をモルドに手渡した。  
そこには、王都印と商会の印が並んで刻印されている。

「三ヶ月後、もう一度来る。  
そのときまでに、答えを用意しておいてくれ」

そう告げると、アドルフは再びリオネルを見た。

「個人的にはね、君には戻ってきてほしいんだよ。  
君が王都を去ってから、ギルドはつまらなくなった」

「それは光栄だが、  
“つまらない場所”に戻るつもりはないよ」

二人の視線が、最後にもう一度交わる。  
そこには、懐かしさと、決定的な価値観の違いとが、複雑に混ざっていた。

アドルフは小さく笑い、馬車に乗り込んだ。

「では、また三ヶ月後に会おう。  
それまでに、ここがまだ“無事”であることを祈っているよ」

その言葉には、どこか含みがあった。  
馬車がゆっくりと村を離れていく。  
土埃が舞い、音が遠ざかる。

 

静寂が戻ったあと、ガルドが大きく息を吐いた。

「……なんだよ、あいつ。感じ悪ぃな」  

モルドは羊皮紙を睨みながら言う。

「まあ、言ってることの半分は悪い話じゃない。  
だが残りの半分が、どうにも信用ならないねぇ」

リオネルは空を見上げた。  
曇り空の向こうで、薄い光が揺れている。  
精霊リステアの気配が、どこか落ち着かない。

(外の世界が、確かにこちらを見ている。  
黒淵遺跡の瘴気だけでなく、  
“人の欲”という別の流れも、この村に流れ込み始めた)

「とりあえず今日は、みんな普段通りに暮らしてくれ。  
この話は、夜に改めて集まって相談しよう」

リオネルの言葉に、村人たちはそれぞれ頷き、持ち場へと散っていく。  
だがその背には、ささやかな不安の影が差していた。

 

夕方、工房の前でルナとピルカが並んで座り、  
遠くに霞む街道の方角をじっと見つめていた。

「……心配か?」

リオネルが隣に腰を下ろすと、二匹は小さく鳴いた。  
風が、静かに村を撫でていく。  
森の奥から、微かに精霊の囁きが届いたような気がした。

――選ぶのは、お前たちだ。  
――ただし、流れはもう動き始めている。

リオネルは目を閉じ、静かに頷いた。

「わかっている。  
だからこそ、急がず、騒がず、この土地の声を聞こう」

遠くで、子どもたちの笑い声が聞こえた。  
薬草園を駆け回る足音が、いつもと変わらぬリステル村の日常を告げている。

その日常を守るために、  
外からの干渉とどう向き合うのか――

それはこの村にとって、そしてリオネルにとって、  
新しい“試練”の始まりとなるのだった。

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