異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ

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第15話 村の子どもたちと薬草教室

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朝の陽光が霧を溶かしながら射し込んでいた。  
雨が去った翌日は空気が澄んでいて、すべての草木が瑞々しく輝いて見える。  
井戸の滴る水音が心地よい調和を刻み、村に穏やかな時間をもたらしていた。  

リオネルは工房の前で、木の机を並べていた。  
机の上には瓶、乾燥させた薬草、石臼、そして数本の木べら。  
今日は子どもたちに薬草調合を教える日だ。  
精霊の目覚め以降、村の子どもたちは薬草に興味を持ち始めていた。  

「おじさん、本当に今日は遊びじゃなくて“お勉強”なの?」  
最初にやってきた小柄な少女が頬を膨らませて言った。  
「遊びじゃないよ。けれど楽しく学べるようにするつもりだ」  
「えー、また難しい話するんでしょ?」  
「試してみればわかるさ。今日は“香りの薬”を作る」  

「香りの薬?」子どもたちの目が一斉に輝いた。  
リオネルは微笑みながら、準備していた布袋を取り出す。  
「これは銀葉草、これはハラミント。そしてこれは花弁を干したものだ。  
匂いを嗅いでみなさい。どれも村に生えているが、混ぜ方で働きが変わる」  

子どもたちは一斉に鼻を伸ばし、草を手に取って匂いを嗅いだ。  
「なんかスースーする!」「これは甘い匂い!」「くしゃみ出た!」  
あちこちで小さな悲鳴と笑い声が上がる。  

「いい反応だ。つまり、それぞれ違う性質を持っているということさ。  
銀葉草は体を落ち着かせ、ハラミントは頭をすっきりさせる。  
この二つを混ぜると、眠気覚ましと集中を同時に得られる。  
だが、配分を間違えると苦味が強くなって飲めなくなる」  

手元の臼に薬草を入れながら、ゆっくりと石杵を動かす。  
ごりごりという音が響き、乾いた粉が香りを放つ。  
「ほら、こうやって潰す時は、力でなく“息”を合わせることだ」  

「息?」と少年の一人が首を傾げる。  
「うん。薬草は、扱う人の心に反応する。焦ると粉が飛ぶし、  
優しすぎると混ざらない。だから、心の調子を整えて混ぜるんだ」  

子どもたちは真剣な表情で石臼を動かし始めた。  
ハラハラと粉が舞い、陽の光に小さな虹を描く。  
ルナとピルカもその光を追いかけて走り回り、笑い声が響いた。  

ガルドが腕を組んで見守っている。  
「なんだ、けっこう楽しそうじゃねぇか」  
「学ぶというのは、本来楽しい行為なんだよ」  
「……それ、俺にも言ってるだろ?」  
「気づいたなら結構」リオネルがにやりと返すと、ガルドは苦笑した。  

 

やがて、子どもたちがそれぞれ混ぜ終えた粉を瓶に詰めると、  
工房の前はふわりと甘い香りに包まれた。  
「これを湯に入れると、香りが広がって気分が落ち着く。  
つまり、“香り薬”は心を癒す薬の基本形なんだ」  

「へえ! 魔法みたい!」  
「魔法じゃない。薬草そのものが“魔法”なんだ」  

目を輝かせる子どもたちの様子に、リオネルは暖かい気持ちになった。  
王都にいた頃、子どもに何かを教える機会などなかった。  
効率や市場価値ばかりが求められ、教えの根には利益があった。  

だが今は違う。ここでは、知識は誰かを癒す種になる。  

「さて、最後にもう一つ教えよう」  
リオネルは畑から摘んできた銀葉草をかざした。  
「薬草には“感謝”という言葉を忘れないこと。取ったときと同じように、土にお礼を言うんだ。  
そうすると、次の芽も強く育つ」  

ある少年が首を傾げながら尋ねた。  
「土にお礼を言っても、聞こえてるの?」  
「聞こえているとも。土は生きているからね」  
リオネルの声は穏やかで、まるで何かの祈りのようだった。  

子どもたちは薬草畑を見上げ、真似をして小さく頭を下げた。  
「ありがとう、土さん!」  
「また芽を出してね!」  
その声に、春風のようなそよぎが重なった。  
銀葉草の葉が一斉に揺れる。まるで土が微笑んでいるようだった。  

 

その日の昼、モルドがにこにこしながら現れた。  
「ずいぶん楽しそうだねぇ。まるで学校みたいだ」  
「薬草学校、というのも悪くないですね。  
彼らが成長すれば、この村に“次の錬金術師”が生まれるかもしれません」  
「いつの間にか立派な先生だよ、リオネル」  

老女の笑みには、母親のような温もりがあった。  
リオネルは肩をすくめ、笑い返した。  

 

夕方、教室を終え、子どもたちが帰ったあと。  
机の上にはまだいくつもの薬草瓶が残っていた。  
それぞれが少しずつ色も香りも違う。  
「個性が出るものだな」  

リオネルは一つ開けて香りを嗅いだ。  
苦みの奥に微妙な甘さ――少し不器用な混合の痕跡。  
だが不思議と悪くない香りだった。  
それを窓辺に置くと、ほんの瞬間だけ光が揺れた。  

「……リステアか?」  
風もないのに、瓶の周囲だけがほのかに輝いた。  
まるで精霊が興味を示したかのように。  

「彼らの学びが、この村を支えていくのかもしれないな」  
リオネルは微笑み、机を拭きながらつぶやいた。  

 

夜。  
村の外れでは再び雨の気配が漂い始めていた。  
暗雲が広がる空の向こうで、微かに光が瞬く。  
嵐ではない、しかし自然の雰囲気が違う。  

工房に戻ったリオネルは炉に火を入れ、帳簿に今日の記録をつけ始めた。  
“村の子どもたち、薬草への理解深まる。笑顔多し。  
植物反応良好。土の精、共鳴強化。  
自然と村の結びつきが、ゆるやかに強まっている。”  

そして最後にこう書き加えた。  
“穏やかなる一日。この穏やかさが、次の嵐を迎える力になるよう祈る。”  

書き終えると、外から雨の匂いが流れ込んできた。  
ルナが短く鳴き、ピルカが丸まって目を閉じる。  
リオネルは火の揺らめきを見つめながら、静かに目を閉じた。  

子どもたちの笑い声がまだ耳の奥に残っていた。  
その音が確かに、村に新しい未来が根づいていく合図のように感じられた。  

そして夜が更けていく。雨の音が優しく屋根を打ち、星の見えない夜がゆっくりと村を包み込んだ。
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