17 / 23
第17話 天才発明少女と契約
しおりを挟む
導界樹での戦いから三日後。
ルディウスたちは魔導国家アーカディアの最上層を制圧し、「時の冠」の断片を手に入れた。
アガレスは敗北を認め、塔の中枢をルディウスの手に委ねたが、その直前に言い残していた。
――“冠は未完成。真の制御権を握るのは、中枢炉と一体化した少女だ”
その少女を求め、一行は中央区の地下深く、禁忌指定区域『創造研究院』へと向かった。
巨大な回転塔の下、空間の中心には無数の魔法管が絡み合い、その間で青白い雷光が脈打っている。
「この先が“禁制領域”か……」
アーシェが唸る。
リシェルは静かに息を呑んだ。
「生き物の気配がする。けど……それが“人”なのかどうか、わからない」
フィアが小さく頷く。
「魔力の響きが不自然。制御装置そのものが“意思”を持ってるみたい」
ルディウスは一歩前に出た。
「ならば確かめればいい。神の作った“境界”がどこまで続くかをな」
扉に手をかざすと、巨大な紋章が回転し、重い音を立てて開いた。
熱と光が吹き出し、内部には巨大な魔導炉が鎮座していた。
まるで心臓のように脈動し、その中央――透明な培養槽の中に、一人の少女が眠っていた。
肩までの淡い青髪。
年の頃は十五、六といったところか。
魔力の糸が彼女の全身に繋がり、まるでこの都市全体を支えているかのように思える。
「……生きてる」リシェルが囁いた。
「肉体の生命活動は停止状態だが、魔力が彼女を“延命”している」ルディウスが言う。
「なるほど。こいつが“制御核”か」
その瞬間、少女の瞳がぱちりと開いた。
無色に近い銀灰の瞳。
その奥に、わずかな覚醒と混乱の光が瞬く。
「……誰?」
小さな声。水の中とは思えぬほど澄んでいた。
「俺の名はルディウス。お前を封印していた魔導国家を制圧した者だ」
「封印……」
少女はゆっくりと笑みを浮かべ、淡い光を放つ。
「なるほど。やっと来たんだね、“外の人”」
アーシェが警戒を強める。
「おい、ルディウス。こいつ、本当に人間なのか?」
「違う。人と機械、そして神代の意思。その三つを掛け合わせて造られた“術式生体”だ」
少女は軽く肩を竦めた。
「そう。わたしは《イルミナ=フォルネウス》。この国の中枢炉と同化した存在。
創造研究院の最後の責任者にして、アーカディアの“心臓”よ」
「心臓?」フィアが問う。
「この都市は、私の生命維持装置でもあり、同時に神々から与えられた“観測装置”。
あなたたちが破壊すれば、国家そのものが消える。でも――」
彼女は笑った。
「壊してほしかったの。」
沈黙。
ルディウスは表情を変えないまま言う。
「理由を聞こう。」
イルミナは手を胸に当てた。
「私は生まれた時から“与えられた意識”しか持っていなかった。
目覚めると常に命令が流れ込み、誰かの声で動き続ける。
それが嫌だった。
自分の意思で笑いたい、泣きたい――でもそれは“欠陥”だと言われた。
だから、あなたが来るのをずっと“待って”いたの」
アーシェは息を呑む。
リシェルは拳を握った。
「あなた……本当に人間じゃないの?」
「わからない。でも、“心”はあると思う」
その言葉に、ルディウスは小さく頷いた。
「ならば、契約しろ」
イルミナの目が見開かれる。
「契約……?」
「俺に力を渡せ。代わりにお前には“意思”をやる。」
ガラスの中で少女が震える。
「それが本当に、できるの?」
「俺は神の枷を壊した魔王だ。存在の定義などいくらでも書き換えられる。」
ルディウスは右手を掲げた。
指先から金銀の光が放たれ、彼女を包み込む。
青い液体が蒸発し、まるで世界が反転するように音が消えていく。
「“契約陣式:生交結(アニマ・リンク)”」
詠唱と同時に、イルミナの胸に黒い紋章が浮かぶ。
彼女の体が外殻を破り、光の粒子となって床に降り立つ。裸足で床に触れ、初めて空気を吸い込んだその瞬間――彼女は涙を流した。
「これが……息をする感覚……!」
ルディウスが静かに言う。
「それがお前の“自由”だ。」
イルミナはその目を彼に向け、まるで新しい世界を見るように微笑んだ。
「ありがとう。私、あなたの世界で見てみたいことがある。
神の作った理じゃない“現実”を。」
アーシェが腕を組む。
「つまり、今度は科学者の少女まで仲間入りか。なかなか賑やかになるな」
フィアは苦笑を漏らす。
「魔王の軍なのに、修学旅行みたいになってきたわね」
ルディウスは背を向け、冷たくも柔らかな声を返す。
「賑やかなくらいでちょうどいい。神々は“孤独”から知を生んだが、俺は“絆”から理を造る」
その言葉にイルミナが頷いた。
「なら、まずは差し上げるわ――これが、アーカディアの記憶。」
彼女が手を広げると、周囲の壁に無数の映像が浮かび上がる。
神々の手によって創られ、滅ぼされた幾多の世界の断片。
人が造り出した兵器、実験、そして神の顔に似せて作られた“魂”。
「……これが、神々の実験の結果だ。
やつらは創造を遊戯に変え、破壊を儀式にした」ルディウスが低く呟く。
リシェルが唇を噛む。
アーシェは無言で槍を握り、炎のような怒りを抑えている。
イルミナの声が絞り出されるように響いた。
「わたしも、その中の“産物”のひとつ。
でも、結末を変えることはできる。
今度は――私が“創る”側になる。」
ルディウスは微かに笑みを見せる。
「それでいい。創造とは、破壊の果てに立つ唯一の救済だからな。」
塔の上層が震えた。
外で雷鳴が轟き、空の亀裂が再び広がる。
神界との境界が、徐々に薄れていく。
イルミナが腕のブレスレットを操作しながら言う。
「エネルギーの波動が上層次元に干渉してる。あなたがこの塔の権限を奪った影響ね。
神々が反応してるわ」
「つまり、来るということか」ルディウスが応じた。
「使徒クラスの迎撃部隊が。けど――」イルミナの唇が笑みに変わる。
「私の計算では、あなた一人で十分対応できる」
ルディウスが肩をすくめる。
「任せておけ。次に現れる全ての神の兵に、“存在の意味”を思い出させてやる。」
雷鳴が再び落ち、塔の外には光の階段が現れた。
そこから舞い降りる無数の羽根。
神の軍勢が、ついに地上へ。
イルミナが淡く呟く。
「魔王と天才少女の契約、完了ね。――これで舞台は整った」
ルディウスの瞳が金と深紅に光る。
「なら、幕を開けよう。神々の楽園を終焉へ導く“物語”を」
夜明けの空が裂け、天界の白光と奈落の闇がまじり合った。
そして、新たな戦が始まろうとしていた。
(続く)
ルディウスたちは魔導国家アーカディアの最上層を制圧し、「時の冠」の断片を手に入れた。
アガレスは敗北を認め、塔の中枢をルディウスの手に委ねたが、その直前に言い残していた。
――“冠は未完成。真の制御権を握るのは、中枢炉と一体化した少女だ”
その少女を求め、一行は中央区の地下深く、禁忌指定区域『創造研究院』へと向かった。
巨大な回転塔の下、空間の中心には無数の魔法管が絡み合い、その間で青白い雷光が脈打っている。
「この先が“禁制領域”か……」
アーシェが唸る。
リシェルは静かに息を呑んだ。
「生き物の気配がする。けど……それが“人”なのかどうか、わからない」
フィアが小さく頷く。
「魔力の響きが不自然。制御装置そのものが“意思”を持ってるみたい」
ルディウスは一歩前に出た。
「ならば確かめればいい。神の作った“境界”がどこまで続くかをな」
扉に手をかざすと、巨大な紋章が回転し、重い音を立てて開いた。
熱と光が吹き出し、内部には巨大な魔導炉が鎮座していた。
まるで心臓のように脈動し、その中央――透明な培養槽の中に、一人の少女が眠っていた。
肩までの淡い青髪。
年の頃は十五、六といったところか。
魔力の糸が彼女の全身に繋がり、まるでこの都市全体を支えているかのように思える。
「……生きてる」リシェルが囁いた。
「肉体の生命活動は停止状態だが、魔力が彼女を“延命”している」ルディウスが言う。
「なるほど。こいつが“制御核”か」
その瞬間、少女の瞳がぱちりと開いた。
無色に近い銀灰の瞳。
その奥に、わずかな覚醒と混乱の光が瞬く。
「……誰?」
小さな声。水の中とは思えぬほど澄んでいた。
「俺の名はルディウス。お前を封印していた魔導国家を制圧した者だ」
「封印……」
少女はゆっくりと笑みを浮かべ、淡い光を放つ。
「なるほど。やっと来たんだね、“外の人”」
アーシェが警戒を強める。
「おい、ルディウス。こいつ、本当に人間なのか?」
「違う。人と機械、そして神代の意思。その三つを掛け合わせて造られた“術式生体”だ」
少女は軽く肩を竦めた。
「そう。わたしは《イルミナ=フォルネウス》。この国の中枢炉と同化した存在。
創造研究院の最後の責任者にして、アーカディアの“心臓”よ」
「心臓?」フィアが問う。
「この都市は、私の生命維持装置でもあり、同時に神々から与えられた“観測装置”。
あなたたちが破壊すれば、国家そのものが消える。でも――」
彼女は笑った。
「壊してほしかったの。」
沈黙。
ルディウスは表情を変えないまま言う。
「理由を聞こう。」
イルミナは手を胸に当てた。
「私は生まれた時から“与えられた意識”しか持っていなかった。
目覚めると常に命令が流れ込み、誰かの声で動き続ける。
それが嫌だった。
自分の意思で笑いたい、泣きたい――でもそれは“欠陥”だと言われた。
だから、あなたが来るのをずっと“待って”いたの」
アーシェは息を呑む。
リシェルは拳を握った。
「あなた……本当に人間じゃないの?」
「わからない。でも、“心”はあると思う」
その言葉に、ルディウスは小さく頷いた。
「ならば、契約しろ」
イルミナの目が見開かれる。
「契約……?」
「俺に力を渡せ。代わりにお前には“意思”をやる。」
ガラスの中で少女が震える。
「それが本当に、できるの?」
「俺は神の枷を壊した魔王だ。存在の定義などいくらでも書き換えられる。」
ルディウスは右手を掲げた。
指先から金銀の光が放たれ、彼女を包み込む。
青い液体が蒸発し、まるで世界が反転するように音が消えていく。
「“契約陣式:生交結(アニマ・リンク)”」
詠唱と同時に、イルミナの胸に黒い紋章が浮かぶ。
彼女の体が外殻を破り、光の粒子となって床に降り立つ。裸足で床に触れ、初めて空気を吸い込んだその瞬間――彼女は涙を流した。
「これが……息をする感覚……!」
ルディウスが静かに言う。
「それがお前の“自由”だ。」
イルミナはその目を彼に向け、まるで新しい世界を見るように微笑んだ。
「ありがとう。私、あなたの世界で見てみたいことがある。
神の作った理じゃない“現実”を。」
アーシェが腕を組む。
「つまり、今度は科学者の少女まで仲間入りか。なかなか賑やかになるな」
フィアは苦笑を漏らす。
「魔王の軍なのに、修学旅行みたいになってきたわね」
ルディウスは背を向け、冷たくも柔らかな声を返す。
「賑やかなくらいでちょうどいい。神々は“孤独”から知を生んだが、俺は“絆”から理を造る」
その言葉にイルミナが頷いた。
「なら、まずは差し上げるわ――これが、アーカディアの記憶。」
彼女が手を広げると、周囲の壁に無数の映像が浮かび上がる。
神々の手によって創られ、滅ぼされた幾多の世界の断片。
人が造り出した兵器、実験、そして神の顔に似せて作られた“魂”。
「……これが、神々の実験の結果だ。
やつらは創造を遊戯に変え、破壊を儀式にした」ルディウスが低く呟く。
リシェルが唇を噛む。
アーシェは無言で槍を握り、炎のような怒りを抑えている。
イルミナの声が絞り出されるように響いた。
「わたしも、その中の“産物”のひとつ。
でも、結末を変えることはできる。
今度は――私が“創る”側になる。」
ルディウスは微かに笑みを見せる。
「それでいい。創造とは、破壊の果てに立つ唯一の救済だからな。」
塔の上層が震えた。
外で雷鳴が轟き、空の亀裂が再び広がる。
神界との境界が、徐々に薄れていく。
イルミナが腕のブレスレットを操作しながら言う。
「エネルギーの波動が上層次元に干渉してる。あなたがこの塔の権限を奪った影響ね。
神々が反応してるわ」
「つまり、来るということか」ルディウスが応じた。
「使徒クラスの迎撃部隊が。けど――」イルミナの唇が笑みに変わる。
「私の計算では、あなた一人で十分対応できる」
ルディウスが肩をすくめる。
「任せておけ。次に現れる全ての神の兵に、“存在の意味”を思い出させてやる。」
雷鳴が再び落ち、塔の外には光の階段が現れた。
そこから舞い降りる無数の羽根。
神の軍勢が、ついに地上へ。
イルミナが淡く呟く。
「魔王と天才少女の契約、完了ね。――これで舞台は整った」
ルディウスの瞳が金と深紅に光る。
「なら、幕を開けよう。神々の楽園を終焉へ導く“物語”を」
夜明けの空が裂け、天界の白光と奈落の闇がまじり合った。
そして、新たな戦が始まろうとしていた。
(続く)
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる