Re:コード・ブレイカー ~落ちこぼれと嘲られた少年、世界最強の異能で全てをねじ伏せる~

たまごころ

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第40話 語り継ぐ者たち

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 夜明け前の海は鏡のように静かで、遠く水平線の向こうが薄い橙色に染まり始めていた。  
 ノア・シティの港には、人の気配が少ない。  
 浮桟橋の上に立ち、潮風を感じるたびに胸の奥がわずかに疼く。  
 この波の音を、俺は何度も聞いた。  
 戦いの後、喪失の後、そして再生の始まりにも。  

 風の向こうから、誰かが小走りに近づいてくる。  
 振り向くと――咲良がいた。毛先を束ね、白いワンピースにカーディガン。  
 かつて闘いの現場に立っていた姿からは想像できないほど穏やかだ。  
 「探したよ。やっぱりここだったんだね」  
 「……悪い。考えごとしてた」  
 「また“もう一人の自分”のこと?」  
 問いかけの中に柔らかな笑みがあった。  
 否定しようかと思ったが、喉の奥に言葉がつかえて出てこない。代わりに海に目を戻した。  

 新星はもう見えなくなった。  
 しかし、その光は確かに残っている気がした。  
 「世界はあれからどうだ?」と俺が聞く。  
 「冴希たちが発表した“語りの連鎖”プロジェクト、世界中に広まってるよ。  
 子供たちが互いに物語を交換して、それをデータじゃなく紙に書いて記録してるの。  
 “再生は語ることから始まる”って、あなたの言葉を使って」  
 「俺の?」  
 「知らない間に引用されてた。……ちゃんと人気作家だね」  

 思わず笑ってしまう。  
 「まったく、著作権の欠片もないな」  
 「でも、悪くないでしょ? 今の世界では“誰かの言葉”を共有することが罪じゃない。  
 むしろ、それが人を繋いでる」  
 咲良の瞳は、かつてRewriteの光を見上げていた時と同じように、希望に満ちていた。  
 彼女の中では、この世界の“終わり”が“始まり”に変わっているのだと分かる。  

 「……レン」  
 「うん?」  
 「今でもRewriteを思い出すことはある?」  
 「あるさ。いくらでも。  
 だけど、それを懐かしむより、どうしてああやってもがいていたのかを考えることが増えた。  
 Rewriteを“神の力”として扱ったのはたぶん間違いだった。  
 あれはただ、人がつながりたいっていう願いの形だったんだ」  

 「つながりたい、か……」  
 咲良は空を見上げた。  
 「最近ね、子供たちが“Rewriteごっこ”をするの。  
 竹の棒を向けて“君の未来を変える!”とか叫んでて」  
 「微笑ましいな」  
 「でも、それを見て笑えた時、私はようやく恐怖から解放された気がしたの。  
 Rewriteはもう呪いじゃない。“言葉遊び”になった。  
 誰もそれを力として使おうとしない。それが何よりの救いだよ」  

 ふと、遠くの桟橋に人影が見えた。  
 風に揺れる白いコート――冴希だった。  
 彼女は端末を抱えながら歩いてくる途中でこちらに気づき、小さく手を挙げた。  
 「まだ朝なのに働いてるのか」  
 「あなたが寝てる間にも世界は動いてるんだから当然でしょ」  
 彼女は少し息を切らしながら笑う。  
 「見せたいものがあるの」  

 冴希が端末を差し出す。画面には各地の映像が映っていた。  
 子供たちが描いた“Rewrite”の落書き、海辺で風を感じながら語る老人、再生した街を歩く人々。  
 そして画面の端に、信じられないものが映っていた。  
 「……これ、何だ?」  
 「観測気球からのリアルタイム映像よ。  
 北緯0度、経度0度。あの新星が消えた座標の真下――」  
 映像には、海上に浮かぶ無人の孤島が見えた。  
 島の中心には、金色の書棚のような構造物があり、その側面にはこう刻まれている。  

 《Rewrite Archive》  

 「記録庫……?」  
 冴希が頷く。  
 「世界中の人々が語った物語が、同期エネルギーの影響で自動的に“収束”してる。  
 そこでは、全員が一つの物語の登場人物になれる。  
 観測装置も電波も使ってない。  
 名称も登録もないのに、世界中の子供たちが夢の中で“あそこ”に集まってるの」  

 思わず息を呑む。  
 「まさか、Rewriteが……」  
 「いいえ」  
 冴希は首を振る。  
 「Rewriteではない。  
 これは人々の物語が、自然と“再定義”して生まれた現象。  
 あなたが言っていた“語りの環”が、現実化したのよ」  

 咲良が顔を輝かせた。  
 「レン、すごいよ! あなたの言葉が、本当に形になってる!」  
 俺はただ静かに頷いた。  
 「……俺の言葉じゃないさ。みんなの心が書いた章だ」  

 装置の映像を拡大すると、島の中央に一本の木が立っているのが見える。  
 見覚えのある枝ぶり――まるでRewriteコアが変化した姿のようだった。  
 枝先には光が宿り、無数の葉が風に揺れるたび、文字のように煌めく。  
 それは読む者によって意味が変わる、不定形の言葉。  

 「ここに、みんなの物語が記される。  
 記憶でも、記録でもない。“生きる今”として」  
 冴希の言葉が静かに響いた。  

 しばらく三人でその光景を眺めていた。  
 誰も言葉を挟まない。ただ、潮騒と風の音だけが流れる。  
 それだけで充分だった。  
 この世界が、確かに過去を越えて歩き出していることを感じられたから。  

 太陽が完全に昇る。  
 港の水面が黄金に染まり、風が新しい一日を運ぶ。  
 咲良が手を伸ばし、俺の掌を軽く包んだ。  
 「ねぇ、レン。  
 あなたがこの世界を終わらせなかったおかげで、  
 私は今もこうしてあなたの隣で笑っていられるんだよ」  
 彼女の声は柔らかく、温かい。  
 「俺もだ。Rewriteを手放してやっと分かった。  
 世界を変えるってことは、力を持つことじゃない。  
 ただ誰かと一緒に、生き続ける覚悟を持つことだ」  

 冴希が背を向け、空を見上げる。  
 「レン、あなたにはもう何も残さないわ」  
「どういう意味だ?」  
 「観測の権限も、記録の鍵も、全部解いた。  
 これからは“神の証人”じゃなく、普通の人間として歩きなさい。  
 それでようやく完全な終わりよ」  

 言葉は静かだったが、そこに含まれる優しさを俺は感じ取った。  
 冴希自身もきっと、長い闘いを終えていたのだろう。  

 海面の彼方から、再び一筋の光が走った。  
 淡く、どこか懐かしい色。  
 俺は気づく。  
 それはあの消えた新星が、再び姿を現した瞬間だった。  
 「……見えるか」  
 咲良がそっと頷く。  
 「あれは“語りの星”だよ。子供たちが付けた名前。  
 夜になると誰でも見えるんだって」  

 俺は空へ手を伸ばした。  
 星はゆっくりと流れ、日の光に溶けていく。  
 それを見届けながら、深く息を吸い――そして微笑む。  

 「Rewriteは本当に終わったんだな」  
 「ううん、終わったんじゃない」咲良が小さく首を振った。  
 「続いていくんだよ、世界が続く限り」  
 俺はその言葉に静かに頷く。  

 遠くで波が打ち寄せる音。  
 気づけば、咲良の笑い声と冴希の足音が混ざり合い、穏やかな朝が街を包み込んでいた。  
 俺たちはもう、戦うために生きているのではない。  
 伝えるために――この今を大切に残すために、生きている。  

 太陽が完全に昇る頃、港の子供が声を上げた。  
 「おはよう! 今日は何の物語を聞かせてくれるの?」  

 俺は少し考え、笑って答えた。  
 「そうだな……今日は“終わりの向こうで始まる話”をしよう」  

 波間に新しい光が映る。  
 その輝きは、確かに未来だった。  

 ――Rewrite。  
 かつて世界を塗り替えたその言葉は、もう力ではなく、祈りの名になった。  
 人が語り、人が生きる限り、それは何度でも世界に芽吹くだろう。  

 海風に髪を撫でられながら、俺は空を見上げて呟いた。  
 「ありがとう、Rewrite。そして――さよなら」  

 潮騒が答える。  
 物語は静かに幕を閉じ、しかし世界は止まらない。  

 新しい日が、また始まる。  

(完)
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