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○沼地近く
深い森と生い茂る草によって沼地は暗く、周辺の森との間で光の届かない空間を作りだしていた。イチカ達はその暗い沼地の前で足を停めた。二人は迂闊に入るのは危険だと感じた。
イチカ:「さて、今から狩りを始めるわけだが。これから、まじめに作戦会議をしたいと思います」
ドーラ:「真面目じゃない作戦会議ってなによ」
イチカ:「まぁまぁ、まず俺達は討伐対象のグールに対して圧倒的に不利だ」
イチカの素直な言葉にドーラは驚いた顔をしている。
ドーラ:「意外、素直に認めるのね。てっきり、見つけ次第倒せばいいって言うと思ってたわ」
イチカ:「おい、俺は脳筋じゃねぇ。相手を格下だと舐めてかかると、こっちが死ぬことになる。生き残るには馬鹿じゃ無理だからな」
ドーラ:「そうね。でも作戦って何か考えがあるの?」
イチカの意見にドーラは同意しつつ、作戦について聞く
イチカ:「俺達は相手の情報が少ないから、待ち伏せるのは無理だ。そこで探知術式などを使って捜索した後に状況を見て仕掛ける。聞きたいんだが、ドーラは探知術式を使えるか?」
ドーラ:「使えるわ。この術式本で簡単なものならいけるわよ」
術式本とは術式を書き込み、術式を任意に使い分けるためのものである。使い方はとても簡単で本人が扱える術式のページをめくり探して使うだけである。今ドーラが持っている本は漫画ほどの大きさで、藍色のカバーが被せてあり、表面にも円形の術式が施されている。見るからに本の材質はよく、良い品だと分かる。
イチカ:「そうか、良かった。俺も自分の本は持っているが、あんまり品質が良くなくてな。粗悪じゃないが、一度使えばそのページが燃えちまう」
ドーラ:「一般的なものは何度も魔力の負荷に耐えられないものね。これは…父様から貰った形見なの」
イチカ:「そうか。本当に娘思いの親父さんだったんだな」
魔術本は品質がよければ何度も魔力の負荷に耐えられるが、品質が良いということは値段も高くなるということになる。また、術式を日常で使う者は少ないので、需要の少なさも相まって簡単に手に入れられるようなものではない。そんな高級品をドーラの父は娘に渡している。イチカはとても娘を大切に思っていたんだろうなと感じた。
ドーラ:「見つけた後はどうする?そのまま叩く?」
イチカ:「ふぅん…相手は4、5体って話だから、囲まれたらやばい。幸い、俺達は二人とも遠距離で攻撃できるから、発見した後に撃ちやすいポイントに移動しておびき寄せるか」
ドーラ:「寄ってくるかしら?」
イチカ:「来るさ。盗賊を襲ってこんな所をうろついてるなら、やつらは飢えてる。グール種と動物との最大の違いは理性が働かない点だ。必ず食いつく」
イチカは幼少期に領主のコールから教わったことを思い出す。グール・オーガ・サイクロプスは近しい種で、これらはまとめてグール種と呼ばれている。グール種はそれぞれ皮膚の色や体格などに違いはあるが、強い飢餓感に常に苛まれていることが共通している。そのため、手当たり次第に捕食できそうな獲物を襲う。襲う際は、狼などのように相手の様子を窺ったり、〔待つ〕ことが出来ないとされている。ある実験では、飢えたグールの前に負傷した群れの仲間を置くと、すぐに襲い掛かったという記述も存在する。そのため、イチカが話した様に動物とグール種では〔最低限の理性〕という壁が存在すると言われている。
ドーラ:「自分を囮にするのは気が引けるわね」
イチカ:「そうだな。それと最後に決めておきたいことがある。ハンドサインだ」
ドーラ:「ハンドサイン?」
イチカの言うハンドサインとは前世の軍隊が使用していた手信号をイメージしていた。室内や隠密行動の際に声を出せば発見されてしまう。そんな時に軍では意思疎通のために用いられた。
ドーラはハンドサインという聞きなれない言葉に小首を傾げる。イチカはドーラの頭の上に出ているはてなに気づき、理由も含めて説明する。
イチカ:「相手は人間以上に耳も鼻も優れてる。少しの話し声で気づかれるだろう。そこで話さなくても簡単な意思疎通をする手段が必要だと思うんだ」
ドーラ:「なるほど。手話みたいなものと考えたらいいのね。どうするの?」
イチカはこのドーラの理解の速さとすぐに受け入れるところ評価していた。命がかかっている実戦ではこれほど心強いものはない。相棒の頼もしさを感じつつ、イチカは手を動かしながら説明する。
イチカ:「あんまり複雑だと、咄嗟のときに出来ないだろうから。簡単なものを三つ」
イチカは一つ目のサインとして、ドーラの前に立ち左手を垂直に伸ばして前後させる。
イチカ:「これが〔行こう〕のサイン。次に…」
二つ目のサインは垂直に伸ばした手を握り締める。
イチカ:「これが〔止まれ〕。最後は…」
最後は自分の目に向けてピースサインを作り、その手を開いて前に向ける。
イチカ:「これは〔見つけた〕だ。俺が前にいるときは肩を叩いて、これをしてくれ」
ドーラはイチカと決めたハンドサインの確認をする。その時、暗い沼地から何体もの影が飛び出した。ドーラはそれに気づき背を向けているイチカの腕を叩いて指を差す。
ドーラ:「イチカ、あれ…グールよね?」
イチカ:「んな訳ないだろぉう。作戦会議してるのにいきなり現れるとか。そんな馬鹿なぁ」
イチカが笑いながら振り向くと、そこに痩せこけた人間が四つん這いになっているようなものが五体いる。それらは遠目で見れば這っている人間に見えるかもしれない。しかし、10メートル程先にいるそれらの体は灰色で皮膚がだらりと垂れている。人間と同じような顔は白目で牙を剥き出しにして低く唸っている。
イチカ:「あ、あれだよ…森のおじさんたちだよ。妖精みたいなもんだよ」
ドーラ:「あんな妖精がいてたまるかぁ!完全に化け物よ!」
イチカ:「いやいや、まさかぁ。おじさんだって。ほら、挨拶すれば返してくれる優しい世界が…」
両手を広げてやれやれと肩をすくめるイチカに向かって、グールは唸り声を上げて走り出す。
イチカ:「ダアァァッ!襲ってきたぁぁ!」
ドーラ:「どこが優しい世界よ!厳しい世界しかないじゃない!」
二人は先ほどの計画を投げ捨てて、グールに向かって攻撃を行う。イチカは素早く銃を発砲するが、低い姿勢で素早く動くグールにはなかなか当たらない。
イチカ:「くそっ!速ぇぇ…」
イチカの放った弾丸が二体のグールに当たり、一匹の頭を吹き飛ばし、もう一匹は右肩が抉れて地面に倒れ込む。だが、当たった二体に目もくれず、一匹のグールがイチカの前に迫る。イチカは銃の装填を止め、腰から引き抜いた手斧を近づいたグールの頭に叩きつける。手斧がグールの頭に深々と刺さり、そのまま動かなくなる。三匹の相手をしているイチカの横で、ドーラは冷静に魔力を杖に込めて魔術を発動させる。淡く光る杖を向かってくる二匹へ振りかざし、サッカーボールほどの火球を放つ。放たれた火球に一匹は飲み込まれ、一瞬で炭となった。もう一匹は横にジャンプして避けたが、避けた所で放たれた火球に当たって炎に包まれた。二匹を倒したドーラに向かって、右側の茂みから勢いよく一匹のグールが現れた。ドーラが振り向いた時には、大きな口で噛み付こうと飛び掛った瞬間だった。ドーラが間に合わないと感じた瞬間、一発の弾丸が左側からグールの頭を吹き飛ばした。撃たれたグールは脳の中身と青色の体液を撒き散らしながら地面に落ちた。
イチカ:「無事か?」
後ろに引こうとして倒れたドーラにイチカは手を差し出した。ドーラは差し出された手を握って立ち上がり、笑顔でイチカに感謝する。
ドーラ:「ありがとう。助かったわ」
イチカ:「いいさ、貸しにしとく」
ドーラを立たせた後、イチカはまだ息のあるグールにとどめを刺した。イチカはとどめを指した後に前世のことを思い出していた。
イチカ(前世では犬型ロボットに銃を載せる計画を馬鹿にしてたけど、これは当たらんわ。速い…)
合計六匹のグールを倒した二人はギルド長の忠告に従って、すぐにグールの耳を切り落とした。切った耳は麻袋に入れ、死体はドーラの魔術で全て焼いた。二人は初めて冒険者としての依頼をこなし、達成感に浸りつつ町へと戻った。
○町のギルドハウス
ギルドハウスに戻るときには日が沈み始めて夕暮れになろうとしていた。ギルドハウスに入るとギルド長がカウンターで出迎えてくれた。
ギルド長:「おう、戻ったか。成果はどうだ?」
イチカ:「この通り」
グールの耳が入った麻袋をギルド長の前に置くと、ギルド長は感心したように二人を見る。
ギルド長:「ほー、やるなぁ。ルーキーだけのチームだとビビッて逃げたり、怪我や最悪死ぬこともある…だが、お前らは死ぬことなくやり遂げたな。おめでとう」
ギルド長からの素直な賞賛はこそばゆく、ドーラは照れながら答える。
ドーラ:「ありがとう。これで試験には合格でいいの?」
ギルド長:「あぁそうだ。これを持っていきな。それと依頼を受ける時の流れを説明しとく」
ギルド長は二人にチェーンで繋がれた銀色のプレートを2つ渡した。プレートは手のひらサイズの長円形で、名前・登録した場所・日付・登録完了の印が記入されている。また、印の横には小さな水晶が埋め込まれていた。二人は受け取ったプレートを首にかける。イチカにはそのプレートが認識票のように思えて、少し胸がざわついた。
ギルド長:「基本的な流れはどこも変らない。ボードに貼ってある依頼書を見て、気に入ったものをカウンターに持ってくる。持ってきたら、それを受付に渡す。渡した後は受付から詳しい説明があったり、依頼によっては依頼主と直接話をすることになる。だいたいこんな感じだ」
イチカ:「依頼は商人からが多いですか?」
イチカの質問にギルド長は目線を少し上に向けながら考える。
ギルド長:「いや、色々だな。村長とか薬草医とか場所によりけりってところだ」
イチカ:「なるほど…これは選びがいがある」
イチカは最初来た時に見ていなかったボードを見てみると、ペットの捜索から化け物の討伐など、このボードに貼られているだけでも結構な数があった。ボードを見ている二人に向かってギルド長は話を続ける。
ギルド長:「あぁそれとな。赤色の依頼は注意しろ」
ドーラ:「どうして?」
赤い依頼といわれてイチカはボードを探すが見当たらない。
ギルド長:「赤色は危険な魔獣とかの討伐依頼だからだ。たいていの赤色は都市国家のギルド本部から来た調査員が担当する」
二人は調査員という聞きなれない言葉に疑問を持った。
ドーラ:(魔獣を討伐する人たちか…)
「調査員ってどんな人?」
ギルド長:「ギルドお抱えの凄腕だ。あぶねー問題を解決する専門家ってやつだ。だが、もしその調査員がいない場合、ギルドから付近の冒険者に参加要請をすることがある」
ドーラは凄腕という単語で、更に調査員に興味が湧いた。
ドーラ:(凄腕か…今日のグールなんかすぐに倒しちゃうのかな)
イチカ:「その要請は断れないものですか?」
ギルド長:「ほとんどは、すぐに対処しないと死人がでるような件だ。良心が痛まないってなら、断るのもありかもな」
イチカはまるで断りようの無い召集令だと思った。人が死ぬかもしれないなんて言われたら、たいていの場合は断れない。
イチカ:(良心の呵責か…断れば一生のしこりになるし、受ければ死ぬことになる。命のやり取りをするなら当たり前なんだよな…当たり前の選択か…)
「「いやだねぇ…」」
ドーラ:「そんな危ない件には関わりたくないわね」
ドーラは不安そうな顔で答えるが、イチカは覚悟しなければいけないと諦めたような顔をしていた。ギルド長はイチカの様子と顔すら覆っている包帯を見て、この男は決断してきたんだろうと感じた。そのため、あえて軽い口調で答える。
ギルド長:「安心しろ。人が多いとこにはそこを拠点にしているやつもいる。要請は真っ先にそういった馴染みのやつに行くさ」
イチカ:「流れ者はあんまり信用されないと」
ギルド長:「それはその時の状況次第だな」
ドーラ:「一応、手順と注意点は理解できたわ。ギルド長さん、色々ありがとうございました」
ギルド長:「いいって。君らが死なずに冒険者を続けられることを祈るよ」
二人はギルド長に感謝したあとにギルドハウスを出た。二人のルーキーの姿が不思議とギルド長の目に焼きつく。
ギルド長:「存外、掘り出し物かもな」
深い森と生い茂る草によって沼地は暗く、周辺の森との間で光の届かない空間を作りだしていた。イチカ達はその暗い沼地の前で足を停めた。二人は迂闊に入るのは危険だと感じた。
イチカ:「さて、今から狩りを始めるわけだが。これから、まじめに作戦会議をしたいと思います」
ドーラ:「真面目じゃない作戦会議ってなによ」
イチカ:「まぁまぁ、まず俺達は討伐対象のグールに対して圧倒的に不利だ」
イチカの素直な言葉にドーラは驚いた顔をしている。
ドーラ:「意外、素直に認めるのね。てっきり、見つけ次第倒せばいいって言うと思ってたわ」
イチカ:「おい、俺は脳筋じゃねぇ。相手を格下だと舐めてかかると、こっちが死ぬことになる。生き残るには馬鹿じゃ無理だからな」
ドーラ:「そうね。でも作戦って何か考えがあるの?」
イチカの意見にドーラは同意しつつ、作戦について聞く
イチカ:「俺達は相手の情報が少ないから、待ち伏せるのは無理だ。そこで探知術式などを使って捜索した後に状況を見て仕掛ける。聞きたいんだが、ドーラは探知術式を使えるか?」
ドーラ:「使えるわ。この術式本で簡単なものならいけるわよ」
術式本とは術式を書き込み、術式を任意に使い分けるためのものである。使い方はとても簡単で本人が扱える術式のページをめくり探して使うだけである。今ドーラが持っている本は漫画ほどの大きさで、藍色のカバーが被せてあり、表面にも円形の術式が施されている。見るからに本の材質はよく、良い品だと分かる。
イチカ:「そうか、良かった。俺も自分の本は持っているが、あんまり品質が良くなくてな。粗悪じゃないが、一度使えばそのページが燃えちまう」
ドーラ:「一般的なものは何度も魔力の負荷に耐えられないものね。これは…父様から貰った形見なの」
イチカ:「そうか。本当に娘思いの親父さんだったんだな」
魔術本は品質がよければ何度も魔力の負荷に耐えられるが、品質が良いということは値段も高くなるということになる。また、術式を日常で使う者は少ないので、需要の少なさも相まって簡単に手に入れられるようなものではない。そんな高級品をドーラの父は娘に渡している。イチカはとても娘を大切に思っていたんだろうなと感じた。
ドーラ:「見つけた後はどうする?そのまま叩く?」
イチカ:「ふぅん…相手は4、5体って話だから、囲まれたらやばい。幸い、俺達は二人とも遠距離で攻撃できるから、発見した後に撃ちやすいポイントに移動しておびき寄せるか」
ドーラ:「寄ってくるかしら?」
イチカ:「来るさ。盗賊を襲ってこんな所をうろついてるなら、やつらは飢えてる。グール種と動物との最大の違いは理性が働かない点だ。必ず食いつく」
イチカは幼少期に領主のコールから教わったことを思い出す。グール・オーガ・サイクロプスは近しい種で、これらはまとめてグール種と呼ばれている。グール種はそれぞれ皮膚の色や体格などに違いはあるが、強い飢餓感に常に苛まれていることが共通している。そのため、手当たり次第に捕食できそうな獲物を襲う。襲う際は、狼などのように相手の様子を窺ったり、〔待つ〕ことが出来ないとされている。ある実験では、飢えたグールの前に負傷した群れの仲間を置くと、すぐに襲い掛かったという記述も存在する。そのため、イチカが話した様に動物とグール種では〔最低限の理性〕という壁が存在すると言われている。
ドーラ:「自分を囮にするのは気が引けるわね」
イチカ:「そうだな。それと最後に決めておきたいことがある。ハンドサインだ」
ドーラ:「ハンドサイン?」
イチカの言うハンドサインとは前世の軍隊が使用していた手信号をイメージしていた。室内や隠密行動の際に声を出せば発見されてしまう。そんな時に軍では意思疎通のために用いられた。
ドーラはハンドサインという聞きなれない言葉に小首を傾げる。イチカはドーラの頭の上に出ているはてなに気づき、理由も含めて説明する。
イチカ:「相手は人間以上に耳も鼻も優れてる。少しの話し声で気づかれるだろう。そこで話さなくても簡単な意思疎通をする手段が必要だと思うんだ」
ドーラ:「なるほど。手話みたいなものと考えたらいいのね。どうするの?」
イチカはこのドーラの理解の速さとすぐに受け入れるところ評価していた。命がかかっている実戦ではこれほど心強いものはない。相棒の頼もしさを感じつつ、イチカは手を動かしながら説明する。
イチカ:「あんまり複雑だと、咄嗟のときに出来ないだろうから。簡単なものを三つ」
イチカは一つ目のサインとして、ドーラの前に立ち左手を垂直に伸ばして前後させる。
イチカ:「これが〔行こう〕のサイン。次に…」
二つ目のサインは垂直に伸ばした手を握り締める。
イチカ:「これが〔止まれ〕。最後は…」
最後は自分の目に向けてピースサインを作り、その手を開いて前に向ける。
イチカ:「これは〔見つけた〕だ。俺が前にいるときは肩を叩いて、これをしてくれ」
ドーラはイチカと決めたハンドサインの確認をする。その時、暗い沼地から何体もの影が飛び出した。ドーラはそれに気づき背を向けているイチカの腕を叩いて指を差す。
ドーラ:「イチカ、あれ…グールよね?」
イチカ:「んな訳ないだろぉう。作戦会議してるのにいきなり現れるとか。そんな馬鹿なぁ」
イチカが笑いながら振り向くと、そこに痩せこけた人間が四つん這いになっているようなものが五体いる。それらは遠目で見れば這っている人間に見えるかもしれない。しかし、10メートル程先にいるそれらの体は灰色で皮膚がだらりと垂れている。人間と同じような顔は白目で牙を剥き出しにして低く唸っている。
イチカ:「あ、あれだよ…森のおじさんたちだよ。妖精みたいなもんだよ」
ドーラ:「あんな妖精がいてたまるかぁ!完全に化け物よ!」
イチカ:「いやいや、まさかぁ。おじさんだって。ほら、挨拶すれば返してくれる優しい世界が…」
両手を広げてやれやれと肩をすくめるイチカに向かって、グールは唸り声を上げて走り出す。
イチカ:「ダアァァッ!襲ってきたぁぁ!」
ドーラ:「どこが優しい世界よ!厳しい世界しかないじゃない!」
二人は先ほどの計画を投げ捨てて、グールに向かって攻撃を行う。イチカは素早く銃を発砲するが、低い姿勢で素早く動くグールにはなかなか当たらない。
イチカ:「くそっ!速ぇぇ…」
イチカの放った弾丸が二体のグールに当たり、一匹の頭を吹き飛ばし、もう一匹は右肩が抉れて地面に倒れ込む。だが、当たった二体に目もくれず、一匹のグールがイチカの前に迫る。イチカは銃の装填を止め、腰から引き抜いた手斧を近づいたグールの頭に叩きつける。手斧がグールの頭に深々と刺さり、そのまま動かなくなる。三匹の相手をしているイチカの横で、ドーラは冷静に魔力を杖に込めて魔術を発動させる。淡く光る杖を向かってくる二匹へ振りかざし、サッカーボールほどの火球を放つ。放たれた火球に一匹は飲み込まれ、一瞬で炭となった。もう一匹は横にジャンプして避けたが、避けた所で放たれた火球に当たって炎に包まれた。二匹を倒したドーラに向かって、右側の茂みから勢いよく一匹のグールが現れた。ドーラが振り向いた時には、大きな口で噛み付こうと飛び掛った瞬間だった。ドーラが間に合わないと感じた瞬間、一発の弾丸が左側からグールの頭を吹き飛ばした。撃たれたグールは脳の中身と青色の体液を撒き散らしながら地面に落ちた。
イチカ:「無事か?」
後ろに引こうとして倒れたドーラにイチカは手を差し出した。ドーラは差し出された手を握って立ち上がり、笑顔でイチカに感謝する。
ドーラ:「ありがとう。助かったわ」
イチカ:「いいさ、貸しにしとく」
ドーラを立たせた後、イチカはまだ息のあるグールにとどめを刺した。イチカはとどめを指した後に前世のことを思い出していた。
イチカ(前世では犬型ロボットに銃を載せる計画を馬鹿にしてたけど、これは当たらんわ。速い…)
合計六匹のグールを倒した二人はギルド長の忠告に従って、すぐにグールの耳を切り落とした。切った耳は麻袋に入れ、死体はドーラの魔術で全て焼いた。二人は初めて冒険者としての依頼をこなし、達成感に浸りつつ町へと戻った。
○町のギルドハウス
ギルドハウスに戻るときには日が沈み始めて夕暮れになろうとしていた。ギルドハウスに入るとギルド長がカウンターで出迎えてくれた。
ギルド長:「おう、戻ったか。成果はどうだ?」
イチカ:「この通り」
グールの耳が入った麻袋をギルド長の前に置くと、ギルド長は感心したように二人を見る。
ギルド長:「ほー、やるなぁ。ルーキーだけのチームだとビビッて逃げたり、怪我や最悪死ぬこともある…だが、お前らは死ぬことなくやり遂げたな。おめでとう」
ギルド長からの素直な賞賛はこそばゆく、ドーラは照れながら答える。
ドーラ:「ありがとう。これで試験には合格でいいの?」
ギルド長:「あぁそうだ。これを持っていきな。それと依頼を受ける時の流れを説明しとく」
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ドーラ:「どうして?」
赤い依頼といわれてイチカはボードを探すが見当たらない。
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ドーラ:(魔獣を討伐する人たちか…)
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ギルド長:「ギルドお抱えの凄腕だ。あぶねー問題を解決する専門家ってやつだ。だが、もしその調査員がいない場合、ギルドから付近の冒険者に参加要請をすることがある」
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ドーラ:(凄腕か…今日のグールなんかすぐに倒しちゃうのかな)
イチカ:「その要請は断れないものですか?」
ギルド長:「ほとんどは、すぐに対処しないと死人がでるような件だ。良心が痛まないってなら、断るのもありかもな」
イチカはまるで断りようの無い召集令だと思った。人が死ぬかもしれないなんて言われたら、たいていの場合は断れない。
イチカ:(良心の呵責か…断れば一生のしこりになるし、受ければ死ぬことになる。命のやり取りをするなら当たり前なんだよな…当たり前の選択か…)
「「いやだねぇ…」」
ドーラ:「そんな危ない件には関わりたくないわね」
ドーラは不安そうな顔で答えるが、イチカは覚悟しなければいけないと諦めたような顔をしていた。ギルド長はイチカの様子と顔すら覆っている包帯を見て、この男は決断してきたんだろうと感じた。そのため、あえて軽い口調で答える。
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ドーラ:「一応、手順と注意点は理解できたわ。ギルド長さん、色々ありがとうございました」
ギルド長:「いいって。君らが死なずに冒険者を続けられることを祈るよ」
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