振り向いて、三原くん

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振り向いて、三原くん

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【川瀬空良side】『振り向いて、三原くん』

 俺、川瀬空良かわせそらが高校に入学してから、三原青葉みはらあおばの存在を知るまでにかかった時間はわずか数分。
 入学式が始まる前の喧騒の中ずらっと並べられたパイプ椅子に座ると、後ろの方で一際目立つ存在に気がついた。
 みんなから「三原」と言われ、グループの中心に立つ人物。

「三原さ、春休み中に髪ちょっと切ったでしょ!」

 グループの中にいた1人の女子がそう言う。

「ん?あぁ、そうそう。いいっしょ」

 三原くんはそれを笑いながら軽く受け流している。

「めっちゃ似合うー!かっこいい!」

 ちらちらと横目で見ても、確かに三原くんはかっこよかった。ぱっちりとした二重に、涼しげで爽やかな目元。スッと通る鼻筋。身長も高い。これはモテるだろうな。男の俺ですらかっこいいと思うくらいだ、女子にとっては俳優やアイドルのように映るだろう。
 グループ内で繰り広げられる話ははっきりと聞こえなかったが、時々聞こえるちょっとハスキーな声が心地よかった。

 しかしそろそろ式も始まる時間だ。あのグループはずっと喋っているけど、大丈夫なのかな。

「うおっ」

 椅子と椅子でできた通路を通った誰かが俺の足に引っかかってしまった。ぼうっとしていて足が上手くたためていなかったんだ。
 さっきまで聞いてたような声が頭上から降ってくる。

「あっ、ごめん。大丈夫?」
「あ、全然大丈夫!ごめん」

 さっきのハスキーな声に似てる。もしかして、この人、三原くん?
 その答え合わせをするかのように、さっきのグループ内にいた男子が「三原~?どした、なに止まってんの?」と発した。
 目の前にいる人がさっきの三原くんだと思うと、とたんに酸素が薄くなったような感覚がした。でも人の流れに押されて三原くんは目の前から離れていく。お互いの視界から消えそうなほんの一瞬に「ほんとごめんねー!」とちょっと大きな声で言われて、さらに顔まで赤くなってしまった。
 さっきの「大丈夫?」と優しく心配してくれた声がずっと頭の中でリピートされる。おかしい、ただぶつかっただけなのに。
 もう三原くんは近くにいないのに、酸素はまだちょっと薄い。
 早くなった鼓動は、入学式が終わるまで続いた。


 ◇◇◇


 入学式が終わり、みんな新たな教室に帰っていく。俺が入学した高校は6クラス編成で、1年生は4階にあるのでとても長い階段を登らないと教室にまで辿りつかない。中学の頃の俺ならきっと途中でうんざりしていたことだろう。しかし今の俺は、もう息切れをしている。
 なぜなら、入学式前に三原くんとちょっと話しただけで、こんなにもどきどきしてしまっているから。
 こんなのおかしい。今までこんなことなかったのに。やっぱり三原くんがものすごいイケメンだからかな。内容はないのにふと三原くんのことを考えてしまう。

「お、川瀬!」
山森やまもり?」

 後ろから聞こえてくる通った声。同じ中学出身の友達である山森だ。
 山森は隣に並ぶようにやってきて話し始める。

「今年もよろしく」
「うん…よろしく。ていうか、なんで朝いなかったの?」
「あぁ、入学初日からちょっと寝坊しちゃってギリギリだった」
「相変わらず、だね…」

 山森は中学時代からこんな感じ。自由気ままにマイペースに生きる。だから俺も気楽。

「で、なんで川瀬は息切れしてんの?」
「…ちょっと疲れただけだよ…」

 そして鋭い。意外と人のことを観察している。
 こんな調子の山森と話してたら徐々にどきどきも収まってきた気がしてきた…。

「ふぅん。川瀬って中学の頃は普通に体力あったのに、やっぱ受験で衰えたんじゃね?」
「う、うるさいな……」
「ま、そろそろ教室じゃない?人少なくなってきたし」

 山森の言葉は本当で、他の人がだんだんと自分のクラスに入っていって人は最初より減っていた。そして、1-4と書かれたプレートがぶら下がっている教室を見つけた。あそこが俺のクラスだ。
 人の出入りが多いので開きっぱなしになったドアをくぐり、教室の中を見た途端、俺は自分の目を疑う。

「三原、俺ら席近いな!」
「ここら辺ま行集まってるから良かったよな」

 もう覚えた。この声。そこにいるだけで目立つオーラ。また酸素が薄くなる。

「うわ、すごいイケメン」

 さすがの山森も彼のかっこよさには気づくらしい。
 そこからはスローモーションだった。
 俺の視線に気づいたのか否か、彼は伏せていた目線を上げた。そしてその目線に俺は撃ち抜かれた。
 そして彼は目を見開いて、再び俺に話しかけてくる。

「あ、さっきの!ごめん、足痛くない?」

 俺は思い切り酸素を吸い込んで、この高鳴りが悟られないように注意を払った。

「いや、ほんと大丈夫!気にしないで」

 三原くんが俺のことを覚えていてくれたのが嬉しかった。三原くんはただ心配してくれているだけなことくらいわかってる。それでも良かった。

 三原くんは友達と一緒にいた席から離れ、こっちの方向へ歩きながら「良かった~」と安堵の表情を浮かべた。
 そして俺の目の前で止まり、またあの心地よい少し掠れた声を響かせる。

「俺は三原青葉。よろしく」
「お、俺は川瀬空良。こちらこそよろしく」

 彼の下の名前は『青葉』なんだ。あおば、なんて似合うのだろう。爽やかで綺麗な名前だ。そんなことを俺が思っていると、三原くんが目を丸くしていることに気がついた。

「どうかした?」
「あぁ、いや、なんでもない!…空良くんね、よろしく」
「う、うん。よろしく」

 本当に三原くんは人との距離を詰めるのが上手い。さらっと下の名前で呼ばれて、俺は嬉しくて胸の内部が湧き立つような感覚がした。あたたかな空気が流れ込んだようだった。それを隠すために俺はどうしても不器用な返し方になってしまう。俺の近くをうろついていた山森にちょっと笑われている。
 さっきのは多分、俺があまりにも緊張していたから驚いたのかな。
 また三原くんと話せたらいいなと願ってしまう。こんなの、すでにクラスの中心になりかけている三原くんに思うには不相応だとわかってる。俺の周りだけ酸素が薄くなってもいいから、もっと間近で彼を知りたい。

 時計の針は動く。瞬く間に、ホームルーム開始の鐘が鳴った。


 ◇◇◇


 まだ聞き慣れないチャイムが鳴ると、担任の先生が「じゃあ席につけー」と言いながら教室に入ってきた。それを皮切りに、みんな散り散りに自席に座る。俺は「かわせ」なので三原くんや山森とは遠い席だ。それから担任の自己紹介プリントや明日から数日間にわたる予定表が配られる。
 そして「じゃあ、こっちから自己紹介をしてもらうぞ」と指されたのはあ行の方。つまり俺はわりと早めに自己紹介が回ってくる。名前と趣味を言えと指示が出ているので、俺は無難に答えた。

「川瀬空良です。趣味は音楽鑑賞です。よろしくお願いします」

 あぁ緊張した。俺のいた中学はこんなに人がいなかった。
 名前の順の席なので、そこから「みはら」や「やまもり」にいくのは長かった。同じクラスになった人たちの名前を聞きながら待っていると、とうとう三原くんがすっと立ち上がった。

「三原青葉です。趣味は運動すること。最近はボルダリングにハマってるから、高いところの物を取る時は呼んでください」

 趣味は運動…。ボルダリングってあれだよね、壁登るやつ。やったことがない。そして高いところの物を取ってくれるらしい。なんて優しくて面白い人なんだろう。俺が困った時でも、取ってくれたりするのかな。
 そんな三原くんは

「壁登って取るんかよ」
「お前身長高いだろ」
「三原くんおもしろ~い」
「三原相変わらずじゃーん」

 と朝のグループの人たちにツッコまれている。
 三原くんはそれに対してはははっと楽しげに笑いながら、「よろしくお願いしまーす」と最後に言い、席に着いた。俺の近くの女子たちは「三原くん、めっちゃかっこい~…」「イケメンだし高身長だしやばい~!」と小声で会話している。俺も完全同意です。

「はい、じゃあみんなお疲れ様。これから高校生活を共にする仲間なので、1年間仲良く平和にやっていきましょう!」

 担任がそう言ったタイミングでホームルーム終了の鐘が鳴り、今日は終了。日直はまだ始まっていないので担任が号令をして解散となった。みんながそれぞれ自席から離れて友達と話したりする中、三原くんだけは立ち上がらない。周りに人が集まり、立つまでもないのだ。

「三原くんっ、良かったらイソスタ繋がらない?」
「別にいいよ」
「私も良いかな!?」
「うん」

 あそこに「俺も」って言えたら、もっと近くへいけるかもしれない。「俺も交換したい!」って、言える勇気がほしい。

「川瀬、このあとどうする?」と山森に聞かれてふと我に返る。そうだ、三原くんが俺とイソスタ交換なんてしたいわけないんだ。俺が言ってもきっと困らせる。何を勝手に交換してくれると思い込んでるんだ、俺。

「あ~、どっかファミレスとかでいんじゃない?」

 乾いた笑いしか出ない。
 俺だって、今日初めて知った人にこんなに惹かれてしまうだなんて思ってもいなかったんだ。

「ん、りょーかい。駅の近くのとこな」
「じゃあ山森行こ、腹減ったし」

 俺は足早に教室から出て、山森と並んで駅に向かおうとした。

「待って!」

 背中にセンサーでもついたかのように、ぴんと背筋が伸びる。信じられないけど、視界に入るキラキラとしたオーラでその相手がわかった。背丈があり、ぱっちりとしつつ爽やかな目元、スッと通る鼻筋、ハスキーな声。すでにもう廊下にいた俺たちは、彼の方を振り返る。

「三原くん…!?」
「空良くん、もし良ければ俺とライソ交換してくれない?」
「…え」

 これは夢?これ、都合のいい聞き間違いとか…?
 俺に聞いたものの、彼は有無を言わせず「これ俺の」と自身のQRコードを見せてくる。まだ現実味のない事実にあわあわとしながら、彼の気が変わる前に急いでQRコードを読み取った。

「この『青葉』っていうのが三原くんだよね?」
「そう、急にごめんね。でも、交換しときたかったんだ」
「え、や、全然!嬉しい」

 交換しときたかった?なんで?彼の思考は俺にはわからない。

「ははっ、良かった」

 彼の名前だって分解すればただの文字なのに、どうしてこうも輝かしく見えるんだろう。彼のアイコンになっている写真は、どうしてただの写真に見えないんだろう。

 もう少しここにいてほしい。しかし教室から三原くんを呼ぶ声が聞こえてくる。ここにいたのはほんの2分。2分いないだけで、彼は騒がれるのだ。三原くんはハッと目を開いて、「じゃあね!ありがとう!!」とみんなが待つ方へ帰って行ってしまった。シンデレラのように、無情にも魔法は解けてしまう。お城の鐘が鳴ってしまうのは止められない。

「あ、うん…。ありがとう」

 三原くんの声量とは真逆の情けない声。きっとこれは三原くんに聞こえていないだろう。
 さっきまで三原くんがいた空間を見つめていると、山森がおもむろに口を開いた。

「三原と川瀬ってもう仲良くなったんだ」

 山森は拗ねたように口を尖らせ、俺をじとーっと見る。山森から見て、三原くんと俺は仲良く見えるのか?

「仲良く!?え、仲良いように見える?」
「ん、見える。川瀬良かったじゃん、もう友達できそうで」

 仲良く、なれるかな。俺から、話しかけてみようかな。ライソしてみようかな。
 ちょろい俺は足取り軽くファミレスに向かい、オムライスとハンバーグを平らげた。その味は、格別に美味しかった。


 ˗ˏˋ おまけ1 ˎˊ˗


「どうしよう…」

 思わず漏れたひとりごと。
 さっきは自分から行動してみようと意気込んだものの、今まで出なかった勇気が急に出るわけもなく…。とりあえず文字を打つと長文を打ちかねないので、『よろしく』と書いてあるスタンプを送った。
 するとその瞬間、既読の文字が現れた。そして十数秒経つと、ポンっという音と共に返信が返ってきた!

『急にごめん。こちらこそよろしく!』

 彼の声で文章が再生され、心が満たされるのを感じる。
 今、三原くんも俺と同じことしてるんだ…。たったこれだけの共有で嬉しくなってしまうなんて、俺ってかなり重症?

「三原くんも同じ気持ちだったら良いのに…。」と呟きそうになったが喉元までは届かず、声にならない。わかってる、三原くんは初日から人気者で、俺とは大違いで、彼が俺とこうして話してくれてることだけで奇跡だ。身の程をわきまえていない発言はできない、これ以上時間を取らせてはいけない。俺はグッドマークのリアクションで返した。一番精一杯の、ニコニコマークだった。

「ヘタレすぎんだろ…」

 思わず頭を抱えてしまう。今日もそれぞれの夜は更けていく。


 ◇◇◇


【三原青葉side】『振り向いて。空良くん』


 足がぶつかって初めましてだなんて、運命みたいだと思った。
 本当は初めましてなんかじゃないんだけど。

「あっ、ごめん。大丈夫?」

 そう言った時にはこの子が誰なのか気づいていたし、入学式で出会う前から俺は空良くんを知っていた。でも他の誰にも空良くんに気づいて欲しくなかったから、俺は忘れたことにした。


 今年は、まだ少し雪の積もったまま迎える受験だった。
 小中と受験を経験してきていないので少なからず緊張する。もし落ちたらどうしよう、急に何もわからなくなったら怖い。
 俺は昔から本番に弱かった。たくさん練習したのに本番で緊張しすぎてしまって本来のパフォーマンスを出せない。だから、本来のパフォーマンスが出せなくてもそこそこ上手くできるように人一倍練習を重ねてきて、必死に隠し通してきた。
 それでもやっぱり高校受験という人生の1つの選択は重くのしかかってくる。こんなネガティブ思考のまま1人で英語の教材をイヤホンを通して聞いていると、まだ人通りの少ない朝早くに雪で盛大にずっこけた男の子がいた。そして、その光景に気を取られていた俺も雪で滑ってしまった。
 なんて縁起の悪い。

「だ、大丈夫!?」

 最初にそう声をかけたのは俺の方だったけど、俺はその時鼻声でマスクをつけていたため多分上手く発声できていないと思う。
 なんで後に滑った俺の方が早く立ち上がったかというと、先に派手にこけた子が今起きたことを処理しきれておらずフリーズしていたからだ。

「あの、大丈夫ですか…!?」

 問いかけても、頭にハテナが浮かんでいるのが丸わかりなぽかんとした表情のまま、この子は動かない。一体誰だろう。でも、暗記シートを持ったまま固まっているのできっと同じ受験生だと思う。この高校を受けるのは俺の通っている中学の子が多いのに、この子は見たことがない。
 寒さで赤くなった鼻に、動くことを忘れた平行眉毛、きょとんとした猫目。同じ学校にこんな子いたか?

「あの、受験会場行かないとですよ!!」

 こう言うと受験会場というワードに反応したのか目に焦点が戻り、近くに放られていた赤シートを手繰り寄せた。

「ご、ごめんなさい大丈夫です!」

 そう言って雪の上で受け身を取った状態からバッと立ち上がり、肩には学校指定の鞄を抱えているこの子は全身雪まみれだった。幸い俺は雪がつくほどではなかったので彼がぱたぱたと雪を落とす様子をとりあえず見つめていたのだが、背中にも雪がついていることに全く気づく気配もないため一言「手伝うよ」と言って俺も手伝うことにした。
 すると、俺の手は寒さで赤くなり、反対にその子の顔色はみるみるうちに青くなっていく。

「えっ、本当に大丈夫…?」

 あまりの顔色の悪さに心配になり問いかけても、こくん、と頷き「ありがとう」と言うだけだった。
 大体雪も払えて水っぽくなってしまった背中には、俺の地域ではあまり見かけないカラーのウインドブレーカーが見える。
 ここから少し離れた中学の子がよく着ているのを見かけたから、きっとこの子はその中学の子なんだろう。どうりでこの子を近辺で見たことがないわけだ。鞄には俺の知らない学校のロゴと、『3年1組 川瀬空良』とある。名前の読み方は『そら』でいいのかな。この中学は人の少ないところだと聞いたことはあるけど、どこにあるかまではよく把握していないんだよな。
 そんなことを考えていると、空良くんはおもむろに鞄の小さなポケットから新品のカイロとのど飴を取り出して俺に渡してきた。

「ごめんなさい。俺のせいで手、冷えちゃいましたよね…」

 あぁなるほど、それで青ざめていたのか。心底申し訳なさそうに手渡してくるもんだから、なんだか空良くんが小動物みたいに見えてきた。俺よりもからだが小さいし、こけたからだろうがずっとこちらを心配してのぞいてくる。この子と話していると不思議と緊張が和らいでくる。

「え、そんな、全然!!でもカイロと飴ありがとう。そろそろ試験会場行かないとですね」
「もうそんな時間…ほんとすみませんお時間を取らせてしまって!」
「いえいえ。むしろ緊張ほぐれたし、ありがとう。お互い頑張ろう」

 空良くんは目に潤いを宿して「うん、ありがとう」と微笑んだ。本当に、ありがとうと言いたいのは俺の方だ。これなら、今日の受験もいけるかも。にしてもこの子なんだか放っておけないタイプの子だ。また知らぬ間にどこかで転んでいそう。

「三原ー!おはよ…って、あれ?はじめまして?」

 いつのまにかかなり人も増えてきて、俺の友達が後ろから声をかけてきた。友達は空良くんを見た後に俺の手に収まっているカイロとのど飴を見て不思議そうな顔をしているし、空良くんも突然の大きな声に驚いて目を見開いている。

「あっ、じゃあ俺はこれで…。本当にごめんなさいっ、失礼しました!」

 そう言って空良くんは再びくるりと背を向けて少し早歩きで行ってしまった。俺はまた入学式で会えることを願って、マスクを外し、彼のくれたのど飴を口に放った。
 鼻声で少し痛む喉もすっと楽になったのを覚えている。


 それから1週間と少しが経った頃。合格発表がネットで掲示され、無事に俺の番号を見つけることができた。
 そして次々と友達から合否の連絡が届き安心していると、脳裏にあの子、空良くんがよぎる。なんだか目を離せない子だったし、カイロと飴のお礼もしたい。また会えたらいいなと思った。もっと話してみたいと思っていた。

 だから入学式で空良くんを見た時本当に嬉しくて、わざわざ近くを通った。足にぶつかってしまうのは想定外だったけど、そこでアクションが取れたのは好都合だった。受験日の時に俺は名前を明かしていないし、マスクもつけていたし、今とは髪型も違うから空良くんの中であの時の子と俺は一致していないんだろう。それも想定内だ。これから仲良くなればいい。俺だけが覚えていたのでもいい。俺はあの日、空良くんに出会ってずっと張り詰めていた糸が解けたんだ。もちろんそんな意図はなかったと思うけど、それが良かった。あの子がいて助かった。俺はずっと、その恩を返したかった。

 実際に話してみて、やっぱり名前の読みは「そら」だと知った。これからは空を見るたびに空良くんを思い出すんだろうな。だってもう、のど飴を見るとあの日の空良くんを思い出すんだ。


 ◇◇◇


「三原がライソ交換するの珍しいよな、いつもある程度仲良くなってから交換するじゃん」

 俺が空良くんとライソを交換してしばらく経ち、教室に人も少なくなってきた頃。
 ポリポリとじゃがいもがスティック状になったお菓子をかじっている間宮まみや─受験日の時に後ろから声をかけてきた俺の友達─がそんなことを言った。

「ライソはあんまり交換したくない主義なの、俺は」
「じゃあ、さっきの子は元から仲がいい子ってことか」
「ん~まぁそんなような感じ」

 間宮が空良くんに興味を向けないように適当に濁しておく。間宮は空良くんのことをあまり覚えていないようだ。良かった、できれば思い出さなくていい。もしも俺より先に仲良くなられたらなんだか面白くない。俺の方が先に知ってたのに。
 俺はただ感謝を伝えたいだけ。あの時の恩を返したいだけ。なのになんで、空良くんと間宮が仲良くなってほしくないと思ってしまうんだろう。言われるままに付き合った彼女がいくら俺の友達と仲がよくても、他の誰かと浮気しててもこんなことは思わなかった。
 こんな気持ちになるのは、初めてだ。



 ˗ˏˋ おまけ2 ˎˊ˗

 ライソ、なんて送ろうか。俺から交換したいって言っておいていざこう話せるとなると悩むな。
 空良くんとのトーク画面を開き文字を打ったり消したり考え込んでいると、ふいにシュポっと音が鳴った。視界に入ってきたのは、猫のキャラクターが「よろしく」と言っているスタンプだ。なんだか空良くんらしい、本人に少し似ている。と、そんなことを考えている場合じゃない、即既読になってしまった。うわ、はず。すぐに返信をしたが、数分経ってリアクションだけ返ってきて少し凹んだ。
 次は絶対に返信したくなるようなライソを送ろう、そう考えた夜だった。
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