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◆第1章 一目惚れ
休息時間、音楽と彼と――私の言い訳
今、宮中ではルイーズの目の前でリリアンがヘンリーにキスしたという話で持ち切りだ。
ウワサが広まる早さからして、口止め対策もなにもされていないのでは、とイヤな気分になった。
「なんてことになったの……」
「お嬢様……」
あの時、涙が流れて自分でも驚いた。
長年、婚約者として一緒に過ごしてきたから、それなりに情はあるとは思っていた。けれど、甘い気持ちを抱いていたかというと……そんなことはないじゃないかと思っていたのに。
(でも、涙が流れたのはショックを受けたからだわ)
自分の人生を振り返ると、彼のためにほとんどの時間を費やしてきている。
(きっと、私は自分の人生を否定された気がして悲しかったのだわ)
実際は、そんなに簡単に割り切れない複雑な想いが胸の中に渦巻いている。だけど、今はそう考えることにした。
「ルイーズ、大丈夫か?」
キス事件を知った父は、屋敷に戻るなり尋ねてきた。
「大丈夫ではないですわ……でも、起きてしまったことをどうこう言っても仕方ありません」
「なぜ、こんなことになったのだ……」
「殿下がきちんと卒業されていれば、こんなことにはならなかったでしょう」
「そうなのだ。殿下のせいなのだ」
父が額に手を当てながら言う。
リリアンは隣国の王女ということもあり、学園でのサポートをヘンリーが担当することに決まった。それが、彼らが接近する大きな要因になったのだ。
しかも、貴賓扱いの彼女は王宮内に部屋も与えられている。だから、学園でも帰宅しても常に一緒。彼らが仲良くなる条件はそろっていた。
「お前は妃教育も早々と終えている。それほど優秀だというのに、王子がポンコツだとは……」
「お父様、屋敷の中といえど、そんなことを言ったらいけませんわ」
「誰がどう見ても王子が悪いだろう」
「否定はしがたいですけれど。……私は殿下とどうしても結婚しなくはならないのですか?」
父が眉を下げる。
「殿下との婚約は陛下が決められたことだ」
「そうですわよね。言ってみただけです。わかっておりますわ、そう簡単に覆せるものではないのは。ですが、殿下が卒業されるまでは同じ状況が続きますわね……ならば、せめて私にしばらく気持ちを切り替える時間をいただけないでしょうか?」
胸に手を当てて切実そうに訴える。
「気持ちを切り替える時間は、是非とも必要だろう。……時間さえあれば、殿下との結婚を前向きに考えられそうか?」
「……努力はいたしますわ」
ふむ、と父があごヒゲを撫でた。
「ならば好きに過ごすがよい。……して、なにをして過ごす?」
(今ならあの途方もない計画を実行できるかもしれないわ)
胸の内に秘めていた計画を実行できる絶好の機会だと、先ほどまで落ち込んでいたのに、そわそわと落ち着かない気分になる。
「それは……」
「ルイーズ!」
口を開いた瞬間、帰宅した兄が声を掛けてきた。
「ルイーズ、ごめんな。やっぱり僕がもっとリリアン姫を口説いておくんだったよ」
「まだ、言ってますの?もうやめてと言ったでしょう?本当に怒るから」
「お前が心配なんだよ。それに、あのリリアン姫は意外と計算高いかもしれないぞ。最近、隣国とは領土問題のことで争っているだろう?留学してきたのもその問題が絡んでいるかもしれない」
「なのに、殿下はのん気に隣国の姫と仲良くしているとは、まことにけしからん!」
父が憤慨して足を踏み鳴らす。
(重要な話ではあるけれど、話がズレていくわ……私の伝えたいことが)
「お父様、お兄様、私は殿下との婚約は継続いたします。私がいれば抑止力にはなるでしょうから。だから、私は心の安定が図れるように、しばらく音楽に没頭いたしますわ」
「音楽?」
「はい、音楽です。私はこの機会に、バイオリンに集中してみますわね。美しい音楽は人を裏切りませんから」
ニッコリと優雅に微笑んでみせる。
「それは悪くない。むしろ、積極的にやればいい。音楽は人を豊かにするからな。さっそく優秀な指導者を呼び寄せようか?」
「いいえ!それには及びませんわ。もう目星をつけているのです」
「ふうん、なににだ?」
父と兄は不思議そうな顔をする。
「週末の街の演奏会で見たような演奏、ステキでしたわね。あれがヒントですわ」
「カルテットでも組もうというのか?ならば、演奏者を探してやろう」
「お父様、私がやりますから。大丈夫です」
「私の小さな姫がいろいろとやろうとすると、手伝いたくなるのだ。……まあ、決めたらきちんと報告するように」
「はい、そうしますわ」
父と兄は過保護だ。下手なことを言って止められたらマズイとこだったと胸をなでおろす。
(話を変えなきゃ)
「お母様も音楽をとても愛しておられましたわね」
母の話を出した瞬間、父の顔がすぐに変わった。
「ああ。ジュピルの奏でるピアノは素晴らしかった」
「たまには、私がピアノでも弾きましょうか?」
「いいな、それはいい」
「じゃあ、僕は歌でも歌おうか」
「お前はいい。下手だから」
ヒドイではないですか!と、父に話しているルースはお茶らけているが、母を思い出して泣きそうな父を励ましているのがわかった。兄は軽薄そうでいて優しい心の持ち主だ。
ちなみに、父と母は政略結婚だったが、音楽という共通の趣味で心から愛し合う夫婦だった。
(殿下は音楽に興味がない様子だし、仲が深まるなんてことは一生ないでしょうね)
自分もリリアンみたいなタイプであったならば、もう少し仲良くなれたのかなと、考えたルイーズであった。
ウワサが広まる早さからして、口止め対策もなにもされていないのでは、とイヤな気分になった。
「なんてことになったの……」
「お嬢様……」
あの時、涙が流れて自分でも驚いた。
長年、婚約者として一緒に過ごしてきたから、それなりに情はあるとは思っていた。けれど、甘い気持ちを抱いていたかというと……そんなことはないじゃないかと思っていたのに。
(でも、涙が流れたのはショックを受けたからだわ)
自分の人生を振り返ると、彼のためにほとんどの時間を費やしてきている。
(きっと、私は自分の人生を否定された気がして悲しかったのだわ)
実際は、そんなに簡単に割り切れない複雑な想いが胸の中に渦巻いている。だけど、今はそう考えることにした。
「ルイーズ、大丈夫か?」
キス事件を知った父は、屋敷に戻るなり尋ねてきた。
「大丈夫ではないですわ……でも、起きてしまったことをどうこう言っても仕方ありません」
「なぜ、こんなことになったのだ……」
「殿下がきちんと卒業されていれば、こんなことにはならなかったでしょう」
「そうなのだ。殿下のせいなのだ」
父が額に手を当てながら言う。
リリアンは隣国の王女ということもあり、学園でのサポートをヘンリーが担当することに決まった。それが、彼らが接近する大きな要因になったのだ。
しかも、貴賓扱いの彼女は王宮内に部屋も与えられている。だから、学園でも帰宅しても常に一緒。彼らが仲良くなる条件はそろっていた。
「お前は妃教育も早々と終えている。それほど優秀だというのに、王子がポンコツだとは……」
「お父様、屋敷の中といえど、そんなことを言ったらいけませんわ」
「誰がどう見ても王子が悪いだろう」
「否定はしがたいですけれど。……私は殿下とどうしても結婚しなくはならないのですか?」
父が眉を下げる。
「殿下との婚約は陛下が決められたことだ」
「そうですわよね。言ってみただけです。わかっておりますわ、そう簡単に覆せるものではないのは。ですが、殿下が卒業されるまでは同じ状況が続きますわね……ならば、せめて私にしばらく気持ちを切り替える時間をいただけないでしょうか?」
胸に手を当てて切実そうに訴える。
「気持ちを切り替える時間は、是非とも必要だろう。……時間さえあれば、殿下との結婚を前向きに考えられそうか?」
「……努力はいたしますわ」
ふむ、と父があごヒゲを撫でた。
「ならば好きに過ごすがよい。……して、なにをして過ごす?」
(今ならあの途方もない計画を実行できるかもしれないわ)
胸の内に秘めていた計画を実行できる絶好の機会だと、先ほどまで落ち込んでいたのに、そわそわと落ち着かない気分になる。
「それは……」
「ルイーズ!」
口を開いた瞬間、帰宅した兄が声を掛けてきた。
「ルイーズ、ごめんな。やっぱり僕がもっとリリアン姫を口説いておくんだったよ」
「まだ、言ってますの?もうやめてと言ったでしょう?本当に怒るから」
「お前が心配なんだよ。それに、あのリリアン姫は意外と計算高いかもしれないぞ。最近、隣国とは領土問題のことで争っているだろう?留学してきたのもその問題が絡んでいるかもしれない」
「なのに、殿下はのん気に隣国の姫と仲良くしているとは、まことにけしからん!」
父が憤慨して足を踏み鳴らす。
(重要な話ではあるけれど、話がズレていくわ……私の伝えたいことが)
「お父様、お兄様、私は殿下との婚約は継続いたします。私がいれば抑止力にはなるでしょうから。だから、私は心の安定が図れるように、しばらく音楽に没頭いたしますわ」
「音楽?」
「はい、音楽です。私はこの機会に、バイオリンに集中してみますわね。美しい音楽は人を裏切りませんから」
ニッコリと優雅に微笑んでみせる。
「それは悪くない。むしろ、積極的にやればいい。音楽は人を豊かにするからな。さっそく優秀な指導者を呼び寄せようか?」
「いいえ!それには及びませんわ。もう目星をつけているのです」
「ふうん、なににだ?」
父と兄は不思議そうな顔をする。
「週末の街の演奏会で見たような演奏、ステキでしたわね。あれがヒントですわ」
「カルテットでも組もうというのか?ならば、演奏者を探してやろう」
「お父様、私がやりますから。大丈夫です」
「私の小さな姫がいろいろとやろうとすると、手伝いたくなるのだ。……まあ、決めたらきちんと報告するように」
「はい、そうしますわ」
父と兄は過保護だ。下手なことを言って止められたらマズイとこだったと胸をなでおろす。
(話を変えなきゃ)
「お母様も音楽をとても愛しておられましたわね」
母の話を出した瞬間、父の顔がすぐに変わった。
「ああ。ジュピルの奏でるピアノは素晴らしかった」
「たまには、私がピアノでも弾きましょうか?」
「いいな、それはいい」
「じゃあ、僕は歌でも歌おうか」
「お前はいい。下手だから」
ヒドイではないですか!と、父に話しているルースはお茶らけているが、母を思い出して泣きそうな父を励ましているのがわかった。兄は軽薄そうでいて優しい心の持ち主だ。
ちなみに、父と母は政略結婚だったが、音楽という共通の趣味で心から愛し合う夫婦だった。
(殿下は音楽に興味がない様子だし、仲が深まるなんてことは一生ないでしょうね)
自分もリリアンみたいなタイプであったならば、もう少し仲良くなれたのかなと、考えたルイーズであった。
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