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本編
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しおりを挟む幼馴染のギルフォードが、なぜか薔薇を片手に、私の屋敷の前に立っていた。
慌てて彼に恋人のふりをしてもらったのだけれど――。
翌日、馬車の中で私と彼は一緒に過ごしていた。
ガタガタ揺れる中、昔と変わらず偉そうな態度の彼が説明を求めてくる。
「それで? お前の親父さんを適当にあしらってきたわけだが――事情を説明してもらおうか? ルイーズ」
脚を組んで窓に寄り掛かっているギルフォードは、舞台俳優もかくやといった出で立ちだ。
小窓から陽が差して、金の髪から光が零れ落ちている。
「……私、結婚適齢期を過ぎたけれど、まだ結婚してないのよ」
「そんなことは知ってる」
ぐっと言葉に詰まった。
「お父様の親戚たちから、縁談話を持ち掛けられるようになって……。職場の菓子工房にまで、来るようになってしまって、ちょっとうんざりしちゃって……」
すると、彼の唇がにやりと弧を描いた。
「それで、お前のことだから、菓子職人のままでいたかった。恋人がいると嘘をついたってとこか。ルイーズの親父さん、過保護極まりないせいで、妻や娘のことになると周りが見えなくなるところがあるからな」
さすが昔なじみだ。
ギルフォードは、私の父の性格まで熟知している。
「ちゃんと正直に話せば良かっただけだろうが……まあ、意地っ張りなルイーズの性格じゃ無理だったか」
彼が青い瞳を眇めた。
――呆れられただろうか?
「お願いよ、ギル。親戚の皆に悪気はないのは知っているわ。だけど、どうしても女性の幸せは結婚だって思ってる人たちが多いのも事実よ。だけど、お母様のように、ずっと好きな仕事は続けていきたいの。一時しのぎの演技に付き合ってくれたら……しばらくしたら、仲違いしたことにしてもらっても良いから……」
尻すぼみになった。
――なんだか元気が出ない。
なんだか漠然とした虚しさのようなものが胸に去来する。
(ギルの予言通り。令嬢で仕事をしている人は珍しいわ。ギルが帰国する前に婚約者なり結婚相手がいたら、今、こんなに苦しくなかったかもしれないのに……)
けれども、そんな相手は出来やしなかった。
(だって私は、ずっと――)
成功している彼が、やけに眩しく感じた。
以前に比べて精悍になった彼の横顔を見ると、胸が疼く。
「面白そうだし協力してやってもいい」
ほっと安堵する。
「ありがとう、ギル。いえ、ごめんなさい。貴方を巻き込んでしまって……」
「だが、条件があると言ったはずだ――……」
心臓がドキンと跳ねる。
――ギルフォードの言う条件。
父の前で彼が放った言葉が脳裏をよぎる。
『もちろん礼は、身体で払ってくれるんだろうな?』
――身体。
勝手に恥ずかしくなって、身体が火照りはじめる。
その時――。
ガタン。
車輪が何か踏んだのか、車体が大きく揺れた。
「きゃっ……!」
気づけば、馬車の座席にギルフォードに押し倒される格好になっていた。
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