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ハネムーン前日譚
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しおりを挟む月が昇りはじめた。
ギルフォードはまだ帰ってきていない。
私はと言えば、仕事終わりに菓子作りに励んで疲れてしまい、白いエプロンも外さずにソファに座り込んでしまった。
作ったチョコを、味見代わりに一粒食べる。
とろりと口の中で蕩けて、幸福感に包まれた。
「良かった、おいしく出来たわね」
しかし、ドクンと心臓が大きく跳ねあがる。
身体が変調をきたしはじめた。
(あれ? なんで? 体が熱い。どうしよう身体が変?)
落ち着かずに浅い呼吸を繰り返していると、部屋の扉が開く。
「ただいま、ルイーズ。って、どうした? やたらと顔が紅いが、熱でもあるのか?」
彼がこちらに近付いてきたかと思うと、額に額をこつんとぶつけられる。
「悪ぃ。触れるなって言われていたが……熱はなさそうだな」
あれだけ一方的に怒ってしまったのに、ギルフォードは優しかった。
胸がずきんと痛む。
「具合が悪いんだったら、とっとと寝ろ。じゃあ、俺は今日も隣で寝るから」
頭の芯がぼおっとしてきたまま、立ち去ろうとするギルフォードを呼び止めた。
「待って、ギル!」
マダムモリスンにもらった香料のおまじないが効いているからか、はたまた頭がくらくらするからか――いつも以上にするりと素直な言葉が出て来た。
「ごめんなさい。ギル、貴方に一方的に怒鳴りつけてしまった。しかも触らないでなんて、本音とは違うことを言ってしまって」
引き返してきたギルフォードが、私の隣にドザリと座った。脚を組んで偉そうな態度だが、普段よりも気遣った調子で声をかけてくる。
「火を使ってる場所で俺が触ったりしたから、怒ったんだろう? あれは俺が悪い……」
ふと、ソファの前にあるテーブルの上へと彼の視線が移った。チョコの入った箱に気づいたようだ。
「これは俺にか?」
「ええ。貴方へ……いつも菓子ばっかりで申し訳ないけれど……貴方との仲直りの仕方が他に分からなくて……」
ちょっとだけ自分が情けない。
ギルフォードが箱を空けるところを見守った。
「ルイーズ、前も言っただろう? 俺はどれだけでも、お前の菓子なら食べられるって。なあ、せっかくだから、お前が俺にチョコを食わせてくれよ」
「うん」
私の反応を見て、ギルフォードは少しだけ眉をひそめた。
「それにしても、いつになく素直だな? やっぱり具合が悪いんじゃないか?」
「なんだか、チョコを食べてから、身体が火照っちゃって……はい、あ~~んして」
首を横に振った私は、手ずから彼にチョコを食べさせる。
「チョコを食べてから? まあ、お前に食わせてもらえるなんて、最高だ……な……」
ぺろりと食べ終わると、ギルフォードが眉をひそめた。蒼い瞳が揺れ動く。
(ギル、様子が変?)
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