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おまけ「どれだけ離れたとしても」
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しおりを挟む生家であるフォード侯爵家で、二十歳ほど年の離れた実弟ディラン・フォードの誕生日パーティがあった。形式ばったものではなく立食形式のカジュアルな祝いの場だ。
パティシエである私が、弟の誕生日祝いとして作ったのは好物のショートケーキだった。ふわふわの白い雪のようなホイップクリームに、ふかふかのふんわりスポンジ生地、甘酸っぱいイチゴをふんだんにあしらったケーキに、弟はうっとりしていた。
「姉様の作るケーキは最高に美味しいよ!」
「ディランにそう言ってもらえるなら嬉しいわ」
父と母の間に遅くに出来たディランはまだ五歳の少年だ。父譲りの蜂蜜色の髪に、翡翠色の瞳の持ち主。同年代の子に比べると頭一つ身長が高くて、とても礼儀正しく、父に似て愛想が良いので柔和な表情を浮かべていることが多い。
そんな弟ディランはケーキを食べ終わり、白い陶器とカトラリーをテーブルの上に置くと、ニコニコ微笑んでいる私の隣に立つ人物にチラリと視線を移した。
「ギルフォード義兄様は姉様の手作り菓子を毎日食べることが出来て羨ましいです」
「ああ、確かにそうだな」
返事をしたのは、私の夫であり、ディランにとっては義兄に当たる青年ギルフォード・グリフィスだ。
豪奢なシャンデリアでキラキラと輝くアッシュブロンドの髪、澄んだ海のような蒼い瞳の美青年。無駄のない筋肉の持ち主である高身長の彼は、今は煉瓦色のフロックで身を包んでいる。
甘い顔立ちのギルフォードが綿飴みたいにふわっと柔らかな笑みを浮かべているところを見て、私の心臓はドキンと跳ね上がった。
(相変わらず社交性は高いんだから……私に対してはいつも意地悪なくせに……)
そんなことを思っていると、弟ディランがポツリと呟いた。
「僕はギルフォード義兄様が羨ましいです」
「ん?」
ふっとディランに視線を移すと――。
「……僕ももっとルイーズ姉様と一緒に過ごしたかった」
――うるうると瞳に涙をため込んでいるではないか。
そうして、少年は私のサファイアブルーのドレスのプリーツの襞へと勢いよく特攻してきて、シクシクと泣きはじめる。
「ディラン……」
「ルイーズ姉様……ううっ、どうか、僕のところにもっと顔を出してください」
弟ディランと過ごしたのは生まれてからの約五年間だ。
自分を慕ってくれている気持ちが伝わってきて、私は申し訳ないやら嬉しいやらで胸がじんわり熱くなっていく。ちょうど私の腰ぐらいの高さにある頭を、そっと両腕で抱き寄せると、ますます弟はおいおいと涙を流す。
「ううっ、姉様は僕よりもギル義兄様の方が好きなんだ……ううっ……」
「ディラン、そういうわけじゃ……」
言葉で表すのは難しいが、夫に対しての愛情と弟への愛情は違うものであり、どちらがどうとか比べられるものではない。
少しだけ困った事態になったと思っていると――。
「こら、ディランったら、ルイーズ姉様を困らせないのよ」
ブラウンの髪と瞳の持ち主である女性――我々姉弟の母・アメリアが現われ、助け船を出してくれたのだった。
「お母様」
ほっとしている間に、母アメリアが長男ディランをドレスの裾からそっと引き剥がしたかと思うと、幼い少年と視線が同じ高さになるようにしゃがみ込んだ。
「ルイーズお姉様にとっては、ディランもギルフォードくんも、どちらもかけがえのない存在よ」
「だけど、僕は姉様とはちょっとだけしか一緒にいれなくって……」
すると、母アメリアは首を横に振った。
「確かに一緒に暮らせるのは素敵なことよ。だけれど、誰かと絆を深めていくというのに、一緒に近くで過ごすことだけが全てじゃないとお母さんは思うの」
ディランには難しいのか、キョトンとしていたが、母の話す姿を見て落ち着きを取り戻していったようだった。
「どれだけ離れて暮らしていたとしても――身体は近くになかったとしても、ちゃんと好きだっていう気持ちは消えないから……ね、ディラン?」
そうして、母アメリアが私たちの方へと視線を移してくる。
「ごめんなさい、ギル君、ディランに悪気はないのよ。気を悪くしないでね」
「分かっています」
ギルフォードの返事を聞いた後、母アメリアが続けた。
「もうすぐお父様が――フォード侯爵が戻ってくるわ」
すると、私の隣に立つギルフォードが眉をひそめた。
(ん?)
そんな姿を見て、母がふふっと淡く微笑む。
「シャーロック様にはいつも言い聞かせているのだけれど……またギル君に絡みそうだし……そうね、簡単に挨拶だけ済ませたらすぐに帰ると良いわよ。私が何か適当に理由はつけておくから、ね」
「ああ、いつも申し訳ない……ありがとうございます」
そんな二人のやりとりを見て、少しだけモヤっとしてしまう。
(お母様とギルはわかり合っているけれど、何なの?)
気にはなったが、その場では聞けないまま、現われた父に対して挨拶もそこそこにその場を立ち去ったのだった。
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