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4回表 sideユリア
しおりを挟むヴァレンス様に連れられてから数日が経った。
白猫姿のまま戻ることが出来なくなった私はと言えば、彼の部屋で暮らすことになった。
王妃ユリアの失踪は表立っては隠されていて、諜報部の人間たちで捜索活動がおこなわれている状態だ。
(人間のユリアがいなくなっても、ヴァレンス様はヴァレンス様のまま……いなくなった当日、少し焦られていたような気がするけれども、それきりではある)
そこはちょっぴり寂しいけれども……。
それ以上に、白猫ユリアは幸福感で胸いっぱいだった。
なぜならば、ヴァレンスが彼女にとっても優しいからだ。
(ヴァレンス様はネコのお世話がとっても得意でいらっしゃるわ。冷酷王という噂が嘘のようにネコの私に対して、とってもお優しい)
部屋に帰るとすぐに、お昼寝用にもこもこのクッションやハンモック、水飲み場に爪とぎや隠れ場所にトイレなどなどを手配してくださった。
いつもは暗いカーテンで窓を閉め切っているそうなのだが、明るい色のものに取り変えてくださったりもしたのだ。
しかも、上質な布で出来た愛らしい魚の姿のけりぐるみを準備してくださったりもした。
人間の食事だと濃すぎたり危険だからと、専用の食事を三食準備してもらえる。
毛づくろいやブラッシングといったグルーミングを毎日してもらいながら、頭や顎をなでなでさせられると、思わずお腹を出してごろんと寝転がってしまったりもした。
(あとは、特に好きなのは……)
元々低い声のヴァレンス様が少しだけ高い口調で声をかけてくるのが、意外だったし大人の男性なのに可愛らしくって、胸がきゅうっと疼くのだ。
(ネコの姿のままなのは気になるけれど、こんなに幸せで良いのかしら……?)
「にゃあ、にゃあん……(やっぱり、ヴァレンス様はネコが本当に好きでいらっしゃるのね……)」
嫁いできて以来、どう彼に接して良いかわからなかった私は、王妃の部屋からネコと戯れる姿を見て、すごく驚いたのを覚えている。
(だからいっそネコになりたいと思っていたけれど……)
今までのヴァレンスのことを振り返る。
(夫婦の営みこそないけれど……人間だった頃だって、ちゃんと三食準備してくださったし、見たこともないような美しい調度やドレスに装飾品を準備してくださっていたし、式典の際には妻として立ててくださっていた)
――今にして思えば、とても大事にしてくれていたような気がするのだ。
ネコから人間の姿に戻ることが出来るのか、現時点では分からないが……。
(戻れたのなら、ちゃんと勇気を出してヴァレンス様に事情を聞いてみたい)
この数日、ネコの姿で暮らしてきて、そんな前向きな気持ちになってきていたのだ。
夜、部屋の中でゴロゴロしていると、ヴァレンス様が帰室してくる。
「ユリア、どうだ、不都合はないか?」
「にゃあん(大丈夫です)」
「そうか、それなら良かった」
ふっとヴァレンスがこちらを見て微笑んできた。
(まるで私の言葉が分かっているみたい……)
もう彼は寝間着に着替えていて、少し歩いた先にあるベッドの上に腰かけた。
てててと彼に近づいて、すりすりとピンクの鼻先で少しだけざらついた頬に触れてみる。
「にゃにゃにゃ、なあん(ヴァレンス様……好き)」
すっかりネコになりきってしまっていた私は、思わず相手に告白してペロリと相手の唇の端をなめてしまった。
相手からの反応がない。
「にゃ……?」
そこではっとする。
(私ったらネコ姿だからって、なんて大胆なことを……!)
恥ずかしがっていると、なぜか目の前のヴァレンスも顔を真っ赤にして固まっているではないか――。
わたわたしていた、その時――。
「にゃ?」
一瞬、心なしかヴァレンス様の御姿が歪んで見えた気がする。
(気のせい? それとも自分に何かが起こっているのだろうか?)
ヴァレンス様も一瞬目を真ん丸に開いていた。だが、咳ばらいをしたかと思うと――。
「ユリア……俺も……その……」
だが、すぐに彼がごろんと横になった。
(機嫌を損ねてしまったかしら?)
そんなことを思っていると――。
「ユリア……ほら、こちらにおいで」
彼が片腕を差し出して、私を手招く。
(腕枕……!)
じーんと感動しながら、私は彼の筋肉質な腕の上に寝転んだ。
「ユリア、良い夢を……」
(ああ、なんて幸せなの……)
――部屋の中に開かずの間がなぜかあるのは気になるけれど、それすらどうでも良いぐらいに、とってもとっても幸せな心地で眠りに就くことができたのだった。
***
翌朝。
日中の真っ白な光で目が眩みそうだ。
ぽかぽかした中、ひなたぼっこをしていると、心がほっこり温かくなっていく。
(やっぱり目の前が歪むような気がする……?)
そんな中――。
(あれは……ヴァレンス様!!)
目の前に夫の姿を見て、気分が一気に高揚する。
嬉しくなって茂みから飛び出そうとしたけれども――。
「まだ事を成していないのか?」
彼の目の前には――妖艶な黒髪長髪の人物が立っていた。
(……ヴァレンス様と噂の公爵令嬢……?)
――ズキンと胸が痛む。
「早くしないと……時間がないぞ……お前がその調子では私も心配でしょうがない……」
「ああ、あなたが心配するようなことは何もない。安心してほしい。ちゃんとユリアの件に関してはカタをつけるつもりだ――だが、俺からユリアに口づけることはないだろう――なぜなら……」
苦悩に満ちた表情を浮かべたヴァレンスのセリフを聞いてしまい、胸がズキンと痛んだ。
それ以上の彼の言葉が頭に入ってこない。
(あ……)
うるうると目の前が潤んでくる。
(ヴァレンス様は私にキスをしたいとは思われないのね……やはり女性としては愛せないということなのね……)
――こうなったらもう一生ネコの姿のままでいて私はペットとして飼われたまま過ごしていたい。
そうして、正妃には公爵令嬢になってもらって……。
(だけど……ヴァレンス様が私以外の女性に腕枕をしたりするのは……)
なんだか切ない気持ちになって、私が茂みでまごついていると、さっと影が差す。
(何……?)
「にゃあんっ……!」
体の上に何か重みを感じる。
「にゃにゃにゃにゃん」
なんと――いつもヴァレンス様と一緒に見かける黒いネコに白猫の私は組み伏せられてしまったのだった――!!
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